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とある魔法学校教師の受難
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ここは、人間と魔法使いが共存する世界。
とはいえ、殆どが人間で魔法使いはごくごく稀だ。
魔法使いは、人間から突然変異の様にして産まれ、その奇跡の力で、人間を守護する者にも脅かす者にもなる。
長い歴史の中で、人間が魔法使いを迫害した時代もあれば、魔法使いにより人間が征服された時代もあったが、今の世ではお互いに共存を目指している。
俺は、しがない社会科教師をしながらふと思う。いつか魔法使いと人間が本当に協力し合える時代が来たら、世界は素晴らしいものになるのに。
しかし、その道は険しい…。
「あ~、今日も疲れた…。」
俺は廊下を歩きながらひとり、ため息をついた。
ここは、王立魔法学校。
魔法使いを国が管理し、国のため、人間のために魔法を使うよう教育するための学校だ。13歳から18歳までの魔法使いの生徒達が通っている。
俺はただの人間だが、この学校で社会科教師をしている。
普通の高校で数年教師をしていたが、今年から異動になった。この学校は、生徒は全員魔法使いだが、教師は人間も配属される。互いの理解を深めるためらしいが、そんなに上手くいくはずがない。魔法使いの子ども達は、幼い頃ならまだしも、大きくなると人間の教師の言うことなんて聞かなくなる。人間は色々な法律で守られているものの、人間の学校にイジメがあるのと同じで、この学校では魔法使いの生徒による人間の教師イジメが深刻な問題だ。前任者は3ヶ月もたなかったと聞いている。俺も異動を断ろうとしたが、女性では危ない、男性でも新米には無理、かといって年寄りも体力的に不可ということで、32歳独身、男の俺に白羽の矢が立ってしまった。1年だけという条件で、高等部2年の担任をすることになり早3ヶ月。もう今すぐに辞めたい…。
「また魔法か…。」
放課後になり、俺は2階の教室から1階の職員室へ戻りたいのだが、階段を降りても降りても2階に戻ってしまう。他の生徒達は、問題なく行き来出来ている様なので、俺だけにかけられた魔法なんだろう。
「はぁ…。」
こういう嫌がらせを毎日受けると、本当に気が滅入る。
あぁ、でもあと1年の辛抱だ。給料だけはいいし…。
誰かに助けを求めるのも癪で、俺は仕方なく空き教室のバルコニーから降りてみようと思い立った。バルコニーから下を見下ろすと、2階とはいえ結構高いし怖い。下は中庭になっているので、所々ある植え込みの上に飛び降りようか、それともロープでも探してきた方が安全か…。
思い詰めた顔で下を覗き込んでいると…。
「カイル先生?」
ちょうど中庭を通りがかった褐色の肌をした男子生徒が、俺を見上げて言った。180cmを超える長身で、黒いブレザーの制服が様になっている。
「イスハーク!」
彼は、俺のクラスの生徒だ。精悍な美貌と金色の髪が夕日にきらめいているからという理由だけでなく、色々な意味で眩しい。神の助けだ。
「階段で下に降りれなくてさ…。そんな魔法ある?」
情けないと思いつつも、俺は助けを求める様にイスハークを見つめた。
「何ですかそれ。そんな魔法知りませんよ。」
彼は、やる気なさそうに肩をすくめた。だけど、エメラルド色の瞳は何となく優しい、気がする。
「下に降りたいんですか?じゃあ飛び降りてください。受け止めますから。」
出来れば魔法を解いてもらって階段で下に降りたいけど、詳しい事情を聞いてくれる気はなさそうなので、俺は意を決して身を乗り出す。
雑な扱いだが、他に俺を助けてくれる生徒はいない。
イスハークは、魔力が強く優秀な魔法使いだが、独りが好きなのかクラスメートと群れることがなく、人間をいじめることにも興味がない。
だから、何らかのお礼をすれば気軽に助けてくれるありがたい生徒だ。
「明日の昼飯おごるよ。」
学食のおばちゃん達は、人間だから仲良しだ。頼めば人気メニューも取り置きしてくれるし、よくこの手を使う。
「それはどうも。」
「だからさ、飛び降りるのも怖いし、魔法で降ろしてくれないかな…ダメか?」
急に強い風が吹いたと思ったら、俺の体が宙に浮いた。イスハークの魔法だ。
「お、おいっ!」
まだ心の準備が…っ!
身一つで宙に浮かぶという非現実的な感覚に、俺は思わず手足をバタバタさせる。
そのままゆっくりと地面に着地すると思いきや、なぜかイスハークの腕の中に着地した。これは、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
滑らかな褐色の肌の喉元が目の前にある。見上げると、エメラルド色の瞳が、面白そうに俺を見下ろしていた。
男と分かっていても、イスハークの端正な美貌を間近にすると、つい見惚れてしまう。
「割と抱き心地がいいですね。」
痩せてる方かもしれないけど、身長はそこそこある俺を軽々抱えるなんて、力あるな…。って、
「な、なんの冗談だっ!降ろしてくれ!!」
我に返り、離れようともがいていると、
ドスン!!
急に手を離されて、俺は地面に思いっきり尻もちをついた。
「いって~~~!」
腰がおかしくなりそうだ。涙目で腰をさする俺を、イスハークが不機嫌そうに見下ろしている。
「もう少し可愛くお礼でも言ったらどうです?…まぁ、いいですけど。明日の昼飯はよろしくお願いします。」
それだけ言うと、彼は踵を返してしまった。
足が長いからか、あっという間に遠ざかる背中を見つめながら、何だかんだ言っても助けてくれたことに感謝して、俺は職員室へ戻った。
「カイル先生、また変な魔法がかかっていませんか?」
職員室へ戻ると、同僚のミカエラ先生がそばにやってきて、マジマジと俺を見つめた。彼は魔法使いで俺より年下だけど、人間の俺を見下さずに気を配ってくれる優しい先生だ。
透き通る様な白い肌にプラチナブロンドの髪が揺れ、宝石の様な青い瞳が瞬く。
相変わらず綺麗だ…。
「階段を、降りても降りても1階に降りれませんでした。」
情けなく笑う俺に、ミカエラ先生が気の毒そうな表情をする。
「またですか。例の賭けをしている生徒達には注意をしているのですが、やはり言うことを聞きませんね…。」
例の賭けというのは、この学校恒例の先生イジメで、新しい人間の教師が来る度に、何ヶ月で辞めさせられるか生徒同士で賭けているらしいのだ。ミカエラ先生は、賭けに参加している生徒達に再々指導してくれている様だが、賭けの首謀者は先生よりも魔力が強く、なかなか言うことを聞かないらしい。
「どうやって1階に降りたんですか?」
「ベランダから降りました。イスハークに助けてもらって…。」
「イスハークが?」
ミカエラ先生が、驚いた様に青い瞳を瞬かせた。
「たまたま通りがかっただけですけど。」
「…彼はいつも飄々としているので、意外ですね。」
そう言って、ミカエラ先生が目を閉じて呪文を唱えた。
先生のまつ毛長いなぁ…。つい見惚れている間に、
「これでもう大丈夫ですよ。」
魔法を解いてもらえた様だ。攻撃魔法の様な危険な魔法はさすがにかけられたことはないけど、極めて地味な魔法で毎日の様に嫌がらせをされる。イスハークがいなければ、もうとっくに辞めていた。
「彼はなかなか心を開かない生徒なので、仲良くして頂くのは有り難いのですが…。この学校でも1、2を争うくらい魔力が強い子なので、気を許しすぎない方がいいかもしれません。」
魔力の強さというのは、人間の俺にはよくわからない。生徒達の資料はもらったけど、魔力には色々な要素があるらしく、複雑でわかりにくかった。イスハークは優秀な生徒とは聞いていたけど、そんなに魔力が強いのか…。
「昼飯奢ったりする代わりに、手を貸してもらっている感じなんですけど…。贔屓みたいでいけないですかね?」
「彼が昼食くらいで手を貸してくれるとも思えないので、心配といいますか…。」
ミカエラ先生が意図する意味がよくわからなくて、俺は首を傾げる。
この学校は、色々な国から生徒がやってくるため、基本的には寮生活だ。金持ちでも学校の食事を食べるしかないし、列にも並ばないといけない。でも、俺が食堂のおばちゃんに頼めば、イスハークは好きなものを並ばずに食べられるという、ただそれだけなんじゃないだろうか?
「面倒くさい」が口癖のイスハークを思い出しながらそう思う。
「……彼の国では、気に入った人をハーレムに閉じ込めたりできるらしいですよ?気を付けてくださいね。」
「ハーレムですか?」
日常では聞きなれない言葉に、一瞬ポカンとする。
確かイスハークの故郷は、内陸部の砂漠の国だ。一昔前までは、富裕な男達が、性別も年齢も関係なく美男美女を侍らせていたらしいけど、最近はもうほとんど聞かない。
「あはは、まさか。あの国でも、もう王族くらいしかそんな特権ありませんよ。」
ミカエラ先生の忠告を、冗談だと思って笑っていると、
「…本人の意向で隠しているので内緒ですけど、彼はその王族なんですよ。」
ミカエラ先生が、俺の耳元に手を当てながら小声で言った。
「えぇっ?!」
なんでも、第一夫人の子ではないけれど、王位継承権もある王子様なんだそうだ。魔法使いということもあり、複雑なお家事情から、この学校に来たらしい。
王家に生まれた魔法使いだなんて、将来教科書に載りそうだな…。
「カイル先生、この学校の子達は色々と特殊なので、特定の生徒とあまり仲良くしない方がいいですよ。今度から、何かあったら私に相談してくださいね。」
そう言って、ミカエラ先生が天使の様に微笑む。
「は、はい…。」
俺は神妙に頷いた。
それにしても、魔法使いの教師達は、どこか人間を見下している人が多いのに、ミカエラ先生は人間に対してとても友好的だ。イスハークの件も、短い任期の俺にわざわざ教えてくれて、本当に心配してくれているんだな…。
ミカエラ先生が席に戻るのを見送りながら、そんなことを考えていると…。
「カイル先生、魔法使いなんてあてにしちゃいけませんよ。」
いつからそこにいたのか、背後から先輩教師のリフェット先生の声がして、後ろを振り返った。
リフェット先生は、俺と同じ人間の教師だ。俺よりだいぶ年上で長くこの学校に勤めているが、生徒からイジメられずにうまいことやっている。彼は魔法科学の専門家で、その道では知らない人がいないくらいの実力者なので、一目置かれているのかもしれない。魔法科学というのは、魔法に近い力を人間が使えるようにするための技術だ。魔法の力を宿した武器や防具、生活道具なんかに応用されている。
すごい人なんだろうけど、リフェット先生はとにかく変わり者で、いつも実験室で怪しげな研究ばかりしているので、職員室で見かけるのは珍しい。
「カイル先生、あなたはよく3ヶ月乗り切りましたね。人間同士、助け合いませんか?」
青白い顔で迫られ、異様な迫力につい押される。
「は、はい?」
「ミカエラ先生は調子のいいことを言っていましたが、あなたを24時間守ってくれるわけではない。ひ弱な人間のことなど、いくら優しくても彼らには理解できないでしょう。私の方が、あなたの助けになると思いますよ。」
痩せこけた頬と、落ち窪んだ目が怖すぎる。怯える俺に、リフェット先生が何やら怪しげな生き物を差し出してきた。
「まだ試作段階なんですけど、あなたのボディーガードになると思います。試してみませんか?」
「鳥、ですか?」
差し出されたのは、鳥籠に入った黄色い小鳥だ。セキセイインコに似ているけど、目がルビーの様に赤くて少し怖い。
「インコに似てますけど…。」
「セキセイインコと魔法生物を色々と掛け合わせてつくりました。人間のペット兼ボディーガード用に研究しているのです。あらゆる魔法を吸収して無効化してくれます。メスですよ~、可愛いでしょう?」
ニヤニヤと自信ありげに笑うリフェット先生に、俺は断ることができず、鳥籠を受け取った。あらゆる魔法を無効化って、もし本当だとしたらすごいじゃないか。
「カイル、カイル!」
急に聞きなれない声で名前を呼ばれ、俺はキョロキョロと周りを見渡した。誰だ??
「カイル先生、この子ですよ。少し喋れるんです。」
リフェット先生が、籠の中の小鳥を指差す。
「え、すごい!」
「カイル!」
「いやぁ、私には懐かなかったんですけど、あなたには懐きそうですねぇ。感想聞かせてくださいね。人間同士協力しましょう…。」
「わ、わかりました。」
リフェット先生の迫力に押され、つい頷いてしまった。
飼い方は、普通のインコと変わらないらしい。
女の子か。名前は…そうだ、ローラにしよう。
ローラは、生まれて初めて出会った魔法使いの女の子の名前だ。彼女の瞳も、ルビーの様に赤くて綺麗だったなぁ。
10歳くらいの時、彼女とは学校で同じクラスだった。魔法使いは珍しいから、彼女は有名人でしかも可愛くて、近寄りがたい存在で…。
ある日、グラウンドで遊んでいた時、彼女の友達にサッカーボールが飛んできて、咄嗟に魔法で粉々にしてしまったことがあった。学校で魔法を使うのは禁止だったから、彼女は先生に怒られて、助けたはずの友達からも怖がられてしまって、俺はそれを遠巻きに見ながら、心が痛んだのを思い出す。魔法使いを好きになるのは、人間の子どもの間ではタブーだったし、俺は何も出来ないまま初恋は終わってしまったけど、あのボールを砕いた瞬間のローラの姿は、今でも目に焼き付いている。憧れと羨望と、尊敬が入り混じった様な、そんな初恋だった。
真っ赤な目で俺を見つめるローラに、昔の甘酸っぱい気持ちを思い出し、今夜はペットショップに寄って小鳥グッズを買って帰ることにした。
翌日、イスハークが昼は屋上で食べたいと言うので、俺は昼食を持って屋上へ向かった。もちろんローラも一緒だ。彼女のおかげか、午前中は問題なく授業を終えることができた。
ローラは籠から出しても俺からあまり離れない。リフェット先生によると、小鳥から半径1メートル範囲内の魔法が無効化されるため、飼い主のそばをなるべく離れない習性を持つ様につくられているらしい。今も、俺の後ろをパタパタ飛んでついてくる。
屋上のドアを開けると、気持ちの良い青い空が広がっていた。イスハークは、小さな屋根が日陰を作っている場所で、壁を背もたれに長い足を投げ出して座っていた。近くに行くと、無防備な顔をして眠っている。
ただ居眠りをしているだけなのに、声をかけるのを躊躇うくらい絵になっている。さすが王子…。王族だと思うと緊張するけど、いつも通り振る舞わないと。
俺は軽く息を吸ってから、
「イスハーク、持ってきたぞ。」
そう言って、隣に座った。
「…あぁ、どうも。」
ぼんやりと目を開けたイスハークは、大きく伸びをした。
「ハンバーガーなんて、珍しいな。」
俺は食堂で買ってきたハンバーガーの包みを、イスハークに差し出した。
「結構好きなんですよ。どこでも食べやすいし。それにこの学校に来るまで、食べたことなかったんで。」
イスハークは嬉しそうに包みを開けて、ハンバーガーにかぶりついた。確かに王族なら、逆に庶民の味は珍しいだろう。まぁ庶民の味といっても、ここのハンバーガーは、パテから手作りで確かに美味しい。
「美味い。でもこれ、こんなに分厚かったですっけ?」
「サービスしてもらった。」
食堂のおばちゃんが、パテを2倍にしてくれたので、かなりボリューミーだ。飲み物やフレンチフライもたっぷり付けてくれた。
食べっぷりのいいイスハークを眺めながら、俺もハンバーガーにかぶりつく。
「天気が良くて、気持ちいいなぁ。」
「…はぁ、そうですかね。」
期待はずれなイスハークの返答に、俺は首を傾げる。
「あれ、違うのか?」
「俺は、雨の方が好きなんで。」
「…珍しくないか?」
「俺の国は、雨が貴重なんですよ。」
そうだった、イスハークの故郷は砂漠の国だ。彼らにとって、雨は恵の雨であって、特別なものだ。
「そっか、そうだよな。晴れてばかりじゃ、困るもんな。」
慌ててフォローめいたことを言う俺の隣で、イスハークが空に手をかざした。
「好きな時に雨を降らせる魔法があれば、俺の国はもっと豊かになるんですけどね。」
「天気を操れる魔法なんて、あるのか?」
さすがにそれは、歴史の上でも聞いたことがなかった。伝説のドラゴンとかならまだしも、自然現象を操るなんて神業だろ。
「この学校では、ないと言われましたけど。なんか俺、故郷では期待されてるんで。」
空にかざしたイスハークの手が仄かに光り、空気が1点に集まっていく。空気の渦が現れ、徐々に気体が液体へ変化していった。屋上の乾いたコンクリートに、霧の様な雨が降る。
「すごい!」
感動する俺に、イスハークは苦笑いした。
「攻撃魔法から応用したんです。だから雨というか水を広範囲に拡散させているだけなんですけどね。この学校の範囲内くらいなら、少しの間は降らせることができると思いますけど、あの乾いた国には、全然足りませんよ。」
人間の俺からしたら、十分すごいと思うけど…。そもそも雨を降らせろとか、いくら王族でもそんなことを期待されているなんて…。
イスハークの、綺麗だけれど無表情な横顔を見つめて思う。まだ17歳の子どもに重荷を背負わせすぎだろ…。
「イスハークは、他にしたいことはないのか?」
担任としての進路指導のつもりで、俺はイスハークの肩を両手でつかみ、力説した。
魔法使いの王様なんて過去に例がないけど、彼は望んでいるんだろうか?単に、王族の1人として国の役に立ちたいのだろうか?聞いてみたい気もしたけど、イスハークから言ってくれない限りは、俺から口にすることはできない。
「魔法使いは確かにすごいけど、神様じゃないんだ。それに、自分の人生なんだぞ。やりたいことをやった方がいい!」
イスハークのエメラルド色の瞳が、驚いた様に瞬いた。
「故郷が何と言おうと、俺はイスハークの夢を応援するから!!」
その時、
「キー!!」
けたたましい鳴き声に、俺はハッとした。肩の上のローラが、バタバタと羽をはばたかせている。
「ど、どうしたんだ?!」
俺は慌ててローラを手のひらで包み込んだ。
「…朝から気になってたんですけど、その鳥何ですか?」
イスハークが、怪訝そうに眉根を寄せる。
「あ~…、リフェット先生からもらった魔法生物でさ、名前はローラちゃん。俺の初恋の女の子の名前なんだけど…。」
「…名前なんて聞いてませんよ。特殊な魔法生物ですか?」
リフェット先生に無断で話してもいいか迷ったけど、イスハークには世話になっているし信頼して話すことにした。
「人間のボディーガードの試作品らしくてさ。色んな魔法を吸収してくれるんだ。」
「吸収?」
「ローラと一緒にいれば、生徒から変な魔法をかけられても安全だって…。」
そういえば、いつのまにか霧雨も止んでいた。ローラが無効化したのかもしれない。明るい太陽の下で、あっという間に床が乾いていく。
イスハークは、冷めた目でローラを一瞥した。
「魔法の理を無視してますよ。うまくいくわけない。」
「魔法の理?」
首を傾げる俺に、イスハークがため息をついた。
「…膝、貸してもらえます?」
イスハークはそう言うと、俺の膝に頭を乗せて横になった。
「え、おいっ!」
自分の生徒に膝枕をさせられたのは始めてだ。しかも男…。なんか変な気分だ。
「そのまま寝転ぶと、固いんで。」
…確かに。床はコンクリートだ。俺の大腿の上に乗っているイスハークが、俺を下から見上げていた。珍しく生徒から甘えられている様な気がして、まぁ、いいか、膝枕くらい。という気持ちになる。
「で、理って何だよ?」
「魔法は吸収されて無くなったりしませんよ。あなたのローラが、貯めるだけです。」
俺の大腿の上で頭の位置を調節しながら、イスハークが言う。
「…貯めたら、どうなるんだ?」
「さぁ、それはわかりませんけど…。碌なことにならないんじゃないです?」
「えぇっ!やっぱり、リフェット先生に返してこようかな…。」
怖気付いた俺の言葉に、
「カイル!カイル!」
ローラが俺の名を呼ぶ。そういえば、リフェット先生には懐いていないんだった。
「懐かれてますね。面倒くさそ…。」
イスハークは、そう言って目を閉じた。
「困ったな~、どうしよう…。」
「あのリフェット先生のことだから、うまくいかないことは想定内だと思いますけどね。あえてやってるんですよ。カイル先生も、実験台です。」
「え、そんなにひどい人なのか??」
人間同士協力しようって言われたんだけど…。
「誰を信じるかは、先生次第ですけど。」
イスハークはそれだけ言うと、黙ってしまった。この状況で本当に眠ったのか?薄情なヤツだな…。ローラも、なぜか屋上の入口の方へ飛んで行ってしまった。追いかけようにも、イスハークが膝の上に乗っていて動けないし…。
俺は、恨みがましくイスハークの寝顔を見つめた。滑らかな褐色の肌に、長いまつ毛が影を落としている。
褐色の肌に金髪って、珍しいよな。まつ毛の色素も薄いし、染めているわけじゃないんだ。鼻高いなぁ。唇の形とかも全部すごい綺麗…。
つい見惚れていると、
「…男の膝だと、やっぱりちょっと固いですね。」
イスハークが、不満げに呟いて目を開けた。
「仕方ないだろ!女の子にしてもらえよ。お前なら、いくらでも…。」
イスハークが身体を起こした。ふと、端正な顔が近づく。
え……?
そう思った瞬間、俺の唇にイスハークの唇が重なる。
軽く唇を吸われてから、ペロリと舐められた。
「…へぇ、こっちは柔らかい。」
切長の目が、楽しそうに細められる。
「な、何する…っ!」
熱くなった両耳の辺りを抑えられ、またイスハークに口付けられる。今度は、弾力のある舌まで入ってきて俺は青ざめた。
「うぅ……っ、ふ……っ!」
逃げようとする舌を絡め取られ、口の中を好き勝手に犯される。背後の壁に体を押し付けられて逃げられなかった。
こ、子どものするキスなのか、これ…っ。
膝枕くらいならまだしも、生徒にこんなキスされるなんて…。
ショックで呆然とする俺を、イスハークのエメラルド色の瞳が嬉しそうに見ていた。好き勝手して気が済んだのか、やっと長い口づけから解放される。
「な、何するんだ…っ。」
慌てて口を拭った。顔が熱い…。
「キスしたくなったんで。」
全く悪びれない態度に、ついカッとなる。
「変な冗談はよせ!!」
「先生は、可愛いですね。」
まるで女の子を口説く様に色っぽく微笑んで、イスハークが俺の首筋に顔を埋めた。獣がマーキングするみたいに、甘噛みされる。強く吸われて、ジンジンした所を固くした舌で舐められた。
「………っ。」
何とも言えない感覚が迫り上がってきて、心臓が早鐘を打つ。遊びか嫌がらせか知らないけど、こんなことさせちゃいけないと思うのに、体に力が入らない…。
ふと、イスハークの動きが止まった。
「……いい所だったのに。」
そして、名残惜しそうに腕を解き、俺から離れる。
「カイル先生!!」
次の瞬間、屋上のドアの方からミカエラ先生の声がした。
ミカエラ先生の後ろには、生徒が一人ついて来ている。
「ゼノが、屋上の入口が開かないと言うので、心配になって来てしまいました。」
「やっぱイスハークか。屋上を独占すんなよ!」
ミカエラ先生の後ろで、ハリネズミの様に灰色の髪を立て、制服を着崩した少年が、イスハークに毒づく。ゼノは3年生で、ミカエラ先生のクラスの生徒だったはずだ。魔力が強い上に、不真面目な問題児で有名な生徒だ。
「ドアに複雑な封印魔法をかけないでくださいね。解くのに時間かかりましたよ。」
ミカエラ先生の口調は優しかったけど、青い瞳は笑っていない。
「ドアごとぶっ壊せば早いのに。」
「ゼノ、あなたはもう少し勉強しなさい。」
ピシャリと言いのけられ、ゼノは不満そうな顔をしたけど大人しくなった。
「うっかりしてました。」
イスハークは適当なことを言って、壁を背もたれにして欠伸をする。
「…うっかり何をしてたんでしょうね。カイル先生、大丈夫ですか?」
ミカエラ先生と目が合い、俺は咄嗟に何でもない様に笑顔をつくる。
「大丈夫ですよ!心配してもらって、すみません。」
「あれ、首の所、痕ついてんじゃん! へ~。どうりで辞めてくんないわけだ。」
全く空気を読まない感じのゼノが、揶揄うというよりは驚いた様に言う。
咄嗟に首筋に手を当てた。赤い痕が、ジンジンして熱を持っている。
「ゼノ!」
「でもさ、カイル先生にはそろそろ辞めてもらわないと、俺が賭けに負けるんだよなぁ。俺はイスハークと違って、金に困ってるからさぁ。」
ミカエラ先生の制止も聞かず、ゼノが勝手なことを言う。悪びれた風もなく八重歯を見せて笑うゼノに、ミカエラ先生がゲンコツを食らわした。こいつが例の賭けの首謀者なのか。
「だから、賭けはやめなさいと言ってるでしょう!!」
「金が欲しいだけだって!」
「十分な奨学金をもらっているはずです。」
「え~、でもさ~。」
いつも穏やかなミカエラ先生が、本気で怒っている。美しい顔をしているだけにかなり迫力があるが、何となくゼノのことを嫌っている様には見えなかった。ゼノも、俺やイスハークに向けるきつい眼差しと違い、ミカエラ先生を見る目はどことなく優しい。
「あ、そういえば、入口にいた鳥のせいか分かんないけど、今日はカイル先生に魔法かけても効かないから、ちょっと追い払っといた。」
そういえば、ローラが見当たらない。
「カイル先生、あの小鳥変わってますね。イスハークがドアにかけた魔法に興味を持っていた様ですが…。大丈夫なんですか?」
ミカエラ先生も、心配そうな顔をしている。
「リフェット先生からもらった、魔法を吸収してくれる生き物なんですけど、イスハークにも怒られてしまって…。」
チラリとイスハークに視線を向けると、また眠そうにうとうとしている。
「お、イスハーク居眠り中じゃん。チャンス!」
ゼノがニヤリと笑うと同時に、イスハークへ向かって刃の様な鋭い風が飛んだ。
「おい!!」青ざめた俺が声をあげるのと、
「…うるさいな。」イスハークが呟くのは同時だった。
何がどうなったのかわからなかったけど、ゼノが飛ばした風の軌道が変わり、コンクリートの床に突き刺さる。
床が抉れて、盛大にヒビが走った。
「ゼノ!!あなたは、何てことを!!」
ミカエラ先生が青筋を立てて、またゼノにゲンコツを食らわした。
「いって~!!」
「演習場以外での攻撃魔法は禁止でしょう!?万が一、彼に怪我でもさせたら、どうなると思っているんですか!!本当にあなたは手がかかりますね…っ。今日も補習です、補習!!」
ものすごい剣幕で叱られて、ゼノはミカエラ先生に連れて行かれてしまった。
みんな平然としているけど、何だよこれ…。
初めて間近で攻撃魔法を見た俺は、あまりの迫力に体が震えていた。
何だよ、あれ…。当たったらすぐ死ぬぞ…。ここの生徒って、あんなことが出来るのか…。
分かっていたはずなのに、目の当たりにすると怖かった。
やっぱり、人間と魔法使いじゃ力の差がありすぎる…。
震える俺の後ろに、いつの間にかイスハークが立っていて、背後から抱きしめられた。
「は、はなせ……っ!」
恐怖感を感じて、鳥肌が立つ。
「…怖がらないでくださいよ。俺が守りますから。」
イスハークは、少し傷ついた様に言った。
どうしてそんなこと言うんだ…。本当に、俺みたいなただの人間に変な興味を持っているのか…?
まさか、とは思うけど、直接聞くのも怖かった。
イスハークが、首筋の痕を指でなぞると、ゾクリと、変な感覚が走る。
「そろそろ授業が始まりますよ。」
黙り込んだ俺に、イスハークはそう言って腕を解くと、何事もなかったように屋上を出て行った。チャイムが鳴り響く。
俺はひとりその場にへたり込んで、しばらく動けなかった…。
その後、ローラは、俺を待っていたかの様に先に教室に戻っていて、それからずっと俺の側で落ち着いていた。
俺はというと、何とか午後からの授業をこなし、高速で雑務を終わらせると、逃げる様に帰宅した。自宅のベッドでぐったりと横になった俺を、ローラの赤い瞳が不思議そうに見つめている。
イスハークは、この学校で唯一気心の知れた生徒だったのに…。
面倒くさそうな顔をしながらも、聞けば何でも教えてくれて、手も貸してくれた。いつの間にか、ものすごく頼りにしていた。
なのに、何で急にキスなんかしてくるんだよ…。
思い出して頬が熱くなる。
まさか、ミカエラ先生が言っていた通り、今まで助けてくれていたのは、俺とああいうことをしたかったからなのか?
男子生徒を意識したことがなくて、全く気づかなかった。
もう、イスハークに関わっちゃいけない…。
でも、担任だし避け続けるのも無理だ。そうだ、もう無かったことにするしかない。忘れよう…。
俺は、鳥籠の中のローラを見つめた。
得体は知れないけど、明日からはローラに頼るしかない。ミカエラ先生は仕事があるし、そう度々頼りするわけにもいかないし…。
魔法は怖いけど、あと少しの辛抱だ…。
ローラに変わった様子はないし、リフェット先生の実験が、上手くいくことを願うしかない。
あぁ、魔法使いと人間が仲良くできる日なんて、本当に来るんだろうか…。
「…ル、カイル…。」
誰かに名前を呼ばれて、俺はうっすらと目を開けた。
薄暗くなった部屋。
いつの間に眠ってたんだ…?
ベッドから体を起こそうとして、ハッとした。
暗がりの中に、ぼんやりと人影がある。
ゾクリとして、息を呑んだ。
人影が、ゆっくりと近づいて来る。音もなく、まるで浮かんでいる様な滑らかな動きだった。この世のものではない、尋常じゃない雰囲気を感じとり、俺の心臓が、恐怖にドクドクと脈打つ。
「カイル…。」
人影がまた俺の名前を呼び、仄かに光った。
女の子だ。どこかで見たことがある。腰まであるピンク色の長い髪に、パッチリとした大きな赤い瞳…。
「…ローラ?」
それは、俺の初恋の女の子、ローラだった。産まれて初めて出会った、魔法使いの女の子。
10歳くらいの少女の姿が、俺の記憶を鮮やかに蘇らせていく。
「カイル、大好き。」
「え…?」
ローラが、花が咲く様に愛らしく微笑んだ。そう、この笑顔が大好きだった。でも、俺の片思いで、好きなんて言われたことなかったよな…。
「カイルは、私のこと好き?」
「…好きだよ。」
口にすると、胸がキュンとした。子どもの頃の俺は、ローラに告白なんてしていない。魔法使いに憧れて、長い間ずっと好きだったけど、近寄りがたくて進展もなく、学校が別れてからそれきりだ。
「じゃあ、私とイイコトしよ?」
「いいこと?」
ローラが妖艶に微笑んだかと思うと、体が強く発光し、少女の姿から大人の女性の姿へ変わった。
「え??」
ローラの大人の姿なんて見たことないけど、目の前でとんでもない美人に成長して、俺を誘う様に微笑んでいる。
夢、だよな。そうじゃないとおかしい…。
ふと手をとられ、豊満な胸元へ押しつけられた。柔らかくて弾力のある感触は、ものすごくリアルだったけど、本物なわけない。
「もっと、触って?」
ローラが、身につけていた服をはだけさせ、白くて滑らかな肌が露わになった。
夢だと分かっていながらも、ゴクリと喉が鳴る。
そうだ、夢だ。俺に都合のいい夢を見ているんだ。でも…。躊躇う俺に、ローラから甘い匂いが漂ってきた。
頭が、クラクラする。
熱を帯びて勃ち上がってきた俺自身を、ローラの細くて冷たい指がなぞった。堪らない様な気持ちになって、俺はローラを見つめた。情欲に潤んだ大きな瞳が、俺を見つめ返す。
「カイルの、精液が欲しい…。」
美しい容姿に似つかわしくない、恥ずかしいことを言われて、顔が熱くなった。
「え、ローラ、なに…っ!」
ローラが、ベルトを外して俺自身を服から取り出すと、その赤い唇を俺のモノに寄せる。
「………っ!!」
赤い舌でチロチロと舐められ、自分のモノが完全に勃ち上がった。指と唇とで扱かれ、先の方は舌で嬲られる。舌が少しザラザラしていて、絡められると腰が浮いた。
気持ちいい…。気持ち良すぎる…っ!
俺は、あっという間に果ててしまった。ビクビクと腰が痙攣する。
「…美味しい♡」
ローラに可愛いらしく言われて、彼女が自分の放ったモノを全部飲み込んだのだと気づいた。
「え、ご、ごめん…っ!大丈夫?」
慌てふためく俺を見て、ローラがクスクスと笑う。
「ねぇ、もっと…。」
妖艶に微笑んだまま、ローラが俺の上に跨った。そして、果てたばかりの俺自身を、また刺激し始める。
「え、ちょっと…っ!」
もう少し待って欲しい。何だよこの夢…、ハード過ぎないか??
甘い匂いが部屋中に充満していた。否応なく体が熱くなってくる。あまりにもリアルな体の感覚に、俺は戸惑ってきた。
これは、本当に夢なのか?
「君は、本当に…。」
俺の口を塞ぐように、ローラが口づけてきた。柔らかくて小さな唇の感触。昼間とは違う、あの噛みつかれるようなイスハークの……。体に熱がまわり、首筋の痕が疼き出す。ジンジンする感覚に、昼間の出来事がフラッシュバックした。イスハークの声、強い力、俺を見つめるエメラルド色の眼…。
「キーーー!!」
その瞬間、苦しそうな鳴き声とともに、ローラの体が一気に霧散する。俺の上から重さが消えた。
「ローラ……!?」
バタバタと羽ばたく音がする。暗い室内を、小鳥のローラが飛び回り、開いていた窓から外へ飛び出していくのが見えた。
「待って…っ!」
慌てて追いかけようとしたけど、ズボンを履き直したりしているうちに、すっかり見失ってしまった。
夢、じゃない……?自分の頬をつねったら、しっかり痛かった。
じゃあ、さっきの女の子って、小鳥のローラ…?
何で人間の姿になってたんだ?
しかも、俺とイイコトしようなんて……。
ボディーガードじゃなかったのか??
イスハークが言っていた言葉を思い出した。
『魔法の理を無視してますよ。うまくいくわけない。』
言われた通りだ。
ローラに何か変なことが起きているんだ…。
また戻ってくるだろうか?
リフェット先生に、報告しないと…!
窓の外が、うっすらと明るくなってきた。また1日が始まる…。
「なるほど。」
翌朝、俺はリフェット先生の魔法科学実験室にいた。
ローラが戻ってこないことを、朝イチで相談しに来たのだ。痩せて生気のないリフェット先生は、同じ人間なのに近寄り難くて、今まで話をする機会がほとんどなかったので、何だか緊張する。しかも、内容が内容だ。
「ローラは、カイル先生の初恋の人の姿になって、〝精液が欲しい〟と言っていた。で、1回精飲し、〝もっと〟と言っていたのに、なぜか途中で小鳥の姿に戻って逃げてしまい戻って来ないという訳ですね?」
リフェット先生の容赦ない質問に答える形で白状したが、恥ずかしくて死にそうだ。
「……素晴らしい!」
ローラが行方不明だというのに、白衣のリフェット先生はメモを取りながら何やら感動している。
「リフェット先生、魔法は吸収してもなくならないし、ローラが魔法を貯めるとどうなるかわからないと、魔法に詳しい人から聞いたのですが…。」
イスハークが言っていたことが、正しかったのか…?
「その通りです!これは、魔法エネルギーによる生物の進化ですよ!!」
その通りって……!俺は空いた口が塞がらなかった。
「人間のボディーガードの研究じゃなかったんですか!?」
「もちろん、そうです。吸収した魔法を栄養源にする生き物にしたかったんですけど…。まぁでも、生き物ですから。魔法を進化のためのエネルギーにしちゃったんですねぇ。やはり、物質と違って生物と魔法の関係は興味深い…!」
イスハークの言う通りだった。リフェット先生は、何か起こるかもしれないと分かっていて、ローラを俺に託したんだ。
「そんな、進化なんてする可能性があるなら、はじめから教えといてくださいよ!」
人間同士助け合おうなんて言葉を、鵜呑みにした俺がバカだった。
「まぁ、怒らないでくださいよ。人類の進歩のためですから…。」
青白い顔のリフェット先生が、全く悪びれることなくニヤニヤ笑った。なんてやばい人なんだ。
「あの魔法生物は、数種類の生物をかけ合わせて作っています。人になつく習性を付けるために淫魔も入ってますんで、人の形になったり、あなたの精液を採ろうとしたんでしょう。」
あれ、淫魔だったのか…。ローラの妖艶な美女の姿を思い出す。でも、あの調子で誰かの魔法を吸収したり精液を採ったりし続けたら、一体どうなるんだ!?
「リフェット先生、とにかく早くローラを探さないと!」
これからも進化する可能性がある魔法生物を野放しにするなんて心配だ。何か起こる前に、回収しないと…。
「カイル先生、逃げる前に元の鳥の姿に戻ってしまった理由があると思うんですけど、何か心当たりあります?」
俺の焦りをさらりと流して、リフェット先生が冷静に言う。
ローラが鳥に戻る前?
「確か、昨日の昼間のことを思い出してそれで…。」
無意識に、俺は首筋の痕に手を当てていた。リフェット先生は、その様子を見逃すことなく追求してくる。
「おやぁ、キスマーク…。昼間に学校で何かあったんですか?あなたと親しい生徒は、イスハーク君くらいですよね…。なるほど、そういうご関係でしたか。」
リフェット先生は淡々としていたが、俺の頬は熱くなる。
「ふむふむ、ローラちゃんとの行為に集中出来なくなったら、鳥の姿に戻った…。となると、あの魔法生物はあなたの記憶や感情を読み取って利用する知性は育っているものの、精神支配力はまだ弱い様ですねぇ。いやぁ、これからどう育つか楽しみだなぁ…!」
リフェット先生が、青白い顔で嬉々として笑う。
いやいや、楽しみって…おい!
「これからどんどん魔法を吸収して、変な力をつけたらどうするんですか!早く捕まえないと…!」
「何事もリスクはありますよ…。それに、捕まえなくてもあなたの所へ戻ってくる可能性は高いですから。どうやら、淫魔と同じく精液を栄養源にしてるみたいですしねぇ。」
しれっと、恐ろしいことを言う。
「えぇっ!!そんな、戻ってきてまた襲われたら俺はどうしたらいいんですか!?」
「どうなったか、教えてくださいねぇ…。」
ニヤニヤと笑うリフェット先生に、俺は悟った。ダメだ。リフェット先生には話が通じない。誰か他の人に相談しないと…。1番に思い浮かんだのは、やっぱりイスハークだったけど、ダメだ、と思い直す。
そうだ、ミカエラ先生に相談してみよう。でも、もう朝のホームルームが始まる時間だった。俺は、あせる気持ちを抑えて教室へ向かった。
「…おはようございます。」
担当クラスである2年生の教室で、俺は朝のホームルームを始めた。イスハークは、窓側の席で頬杖をついて、こちらを見ている。何だろう、数人の生徒達が、珍しく俺の方を注目している様な気がした。
しばらくすると、教壇に近い席の男子生徒達が、何やらヒソヒソ話を始めた。そして、
「先生~、その首の所どうしたんですか?」
その内の1人が、嫌な笑いを浮かべながら手を上げる。
さっき慌てて絆創膏を貼ってきたけど、カッターシャツの襟でギリギリ隠れない所なので、やはり目立つ。
「ちょっと引っ掻いて、傷になっただけだ…。」
せめて服で隠れる所にして欲しかった。からかいのネタにされ、俺は青ざめる。
ビリっと、魔法で絆創膏が剥がされた。
「本当に引っ掻き傷なんですか~?」
揶揄われても反応しちゃいけないとわかっているのに、頬が熱くなる。
「そうだよ。もう静かにしなさい。」
毅然と振る舞ったつもりだけど、内心は怖い。いつもは加担しない大人しいタイプの生徒達まで、何やらヒソヒソと話し始めた。
「先生、顔真っ赤~!」
収集がつかなくなってきた雰囲気に、俺は内心焦った。
どうしたら…。
俺は無意識に、イスハークの方を見ていた。彼も、俺を見ていた。エメラルド色の鋭い眼差しに、視線が絡め取られる。その瞬間…。
ガタガタ…ッ。
教室の生徒達全員が、一斉に机に突っ伏した。床に転がった生徒も数人いる。
「な、大丈夫か…!?」
俺は、教卓の近くの床に倒れ込んだ生徒に駆け寄った。
「眠らせただけですよ。」
イスハークがそう言って、ゆっくりと席から立ち上がる。
「お前がやったのか…?」
「まぁ、ちょっと腹が立ったんで。」
いつものだるそうな雰囲気とは違う、ピリピリした空気をまとったイスハークが、近づいてきた。そして、倒れた生徒の側でかがみ込んでいた俺の隣で、同じように膝を折る。
「こんなことして、大丈夫なのか…?」
「目が覚めたら、全部忘れてますよ。カイル先生こそ、大丈夫ですか?」
こんなことまで出来るのか…。
助けてくれたのはありがたいけど、こういう力の使い方は、やっぱり怖かった。それに元はと言えばイスハークが痕なんてつけるから…。
「生徒達に勘繰られるから、もう変なことはしないでくれ…。」
首筋の痕に手を当てる。
「それのせいだけじゃないですよ。」
そう言われて、不機嫌そうなイスハークに手首を掴まれた。
力が強くて、軽い痛みが走る。
「………っ。」
そして、そのまま教卓に背中を押しつけられて、俺はバランスを崩して床に尻餅をついた。
「痛いから、やめなさい…。」
イスハークの意図がわからず、声が震えた。手首を掴む力は弛まない。イスハークが、俺の耳元に顔を寄せてきた。そして、
「カイル先生、甘い匂いがする。何か、悪い遊びでもしました?」
低い声で、囁く。
甘い匂い?まさか、ローラの…。昨夜、部屋中に充満していた甘い匂いを思い出す。
「ちゃんとシャワー浴びたのに…。」
「…魔力が強い生徒は、そういうの分かるんですよ。」
だから、何人かの生徒達が反応してたのか…?
そういえば、魔法科学で淫魔の力から作った大人のグッズを売っていたりする。そういう物を使ったと誤解されたんだろうか。
「これはローラが、淫魔の力で、甘い匂いをさせて、人間の姿で襲ってきて、それで…。」
「それで、何されたんです?」
何されたかなんて、生徒に言える内容じゃない…。
「そ、そんなことより、リフェット先生が、ローラは吸収した魔法の力で進化してるかもしれないって…。でも、逃げたんだ…。早く見つけないと…。」
ローラのこと、色々忠告されたのに、結局こんなことになってしまった。説明しながら、どんどん情けない気持ちになる。
「…やっぱり、面倒なことになりましたね。」
ため息をつかれ、返す言葉もなかった。
「…ごめん。」
小さく呟いた俺に、
「その匂いは、俺が消してあげますよ。」
イスハークが、今までに見たことのないような真剣な表情をして言った。
どうして、そんな表情するんだ…?
「あの鳥も、俺が捕まえてやります。だから…。」
俺の心臓が、うるさいくらいに早鐘を打つ。
「褒美には、あなたが欲しい。…いいですよね?」
なにを、なにを言っているんだ…?頭が混乱した。
呆然とする俺に、イスハークが口づけてくる。強引に入ってきた舌に、俺の舌が絡め取られる。逃げようとすると、噛みつかれるみたいに深く口づけられて、また捕まる。どちらのものともわからない吐息が漏れて、飲みきれなかった唾液が顎を伝った。
欲しいと言われた意味を理解して、それと同時に、教室でこんなことをされているという恐怖で我に返った。俺は必死に顔を背けて、キスから逃れる。
「だ、駄目に決まってるだろ…!こんなの、誰かに見られたら…っ。」
みんな、本当に寝てるよな…?寝たふりしてるとか…。
「まぁ、起きる奴もいるかもしれませんね。」
教室を見廻す俺に、イスハークが平然と言う。
「いいって言うまで、離しません。誰かに見られてもいいんですか?」
耳元で囁かれ、そのまま耳を甘噛みされた。唇で吸ったり、舌で舐めたり…。湿った音がして、ゾクゾクする様な感覚が背筋を駆け昇ってくる。耳から、頬、首筋、鎖骨も、次々キスされる。掴まれている手首は、振り解けそうにない。
なんなんだよ…っ。
こんなの、脅しみたいなもんじゃないか…。
気の迷いか何か知らないけど、俺は教師で、男で、10歳以上も年上なんだぞ。それをどうにかしたいなんて、何を考えてるんだ…?
「お前まで、俺のこと何だと思ってるんだよ…っ。」
気がついたら、泣いていた。
ボロボロと涙が溢れてくる。
「頼りにしてた…のに、こんなことして、楽しいか…?こういうのは、好きな子とするんだ…っ。魔法使いは、違うのかよ…?」
イスハークが戸惑った様に動きを止めた。
緩んだ力に、俺は泣きながらヨロヨロと立ち上がった。
教卓に片手をついて、涙を拭う。すると、俺を追いかける様に立ち上がったイスハークが、後ろから抱きしめてきた。
「もう、離せよ…っ。」
いい大人が生徒の前で泣くなんて、情けないにも程がある。そう思うのに、涙が止まらなかった。
「…泣かないでくださいよ。」
困った様な声だった。誰のせいだと思っているんだ…。
イスハークが、俺の頭を撫でる。なんだよ、これじゃまるで立場が逆じゃないか…。
そう思ったけど、イスハークの手が優しくて、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。
「…カイル先生の授業って、あたたかいですよね。長い歴史の中で、魔法使いと人間の間にあったひどい出来事の解釈とか…。人間が作った教科書は、魔法使いに厳しいですけど、先生の話を聞いていると、人間達ともっと分かり合えるんじゃないかという気がしました。」
静かな教室に、イスハークの低い声だけが響く。
もしかしたら、学校中が眠っているのかもしれない。
「だんだん、あなたを守りたいと思うようになって…。」
抱きしめてくる腕に、力がこもる。
「いつの間にか、好きになりました。…あなたを、俺だけのものにしたい。」
「面倒くさい」が口癖のやる気のない男が、俺の授業を眠らずに聞いてくれていた姿を思い出す。
他の生徒は、人間の教師の話なんか真面目に聞いてくれなかったのに。
この世のものとは思えないくらい静まり返った教室で、
イスハークの心臓の音が、聞こえてくる様だった。
本気だと、言われている様な気がした。
俺の心臓の音も、きっと聞こえている。
イスハークが、俺のことを好き…?
そんな、俺は男だし、彼は俺の生徒だ。
無理に決まってるだろ…。でも、俺は何でこんなに動揺しているんだ…?
「あ、ありがとう…。」
俺は、そっとイスハークの腕を解いた。
「でも、ごめん、君は俺の大切な生徒だから…。」
絞り出す様にそれだけ告げて、俺は逃げる様に教室を飛び出した。
しばらくして、学校中が目を覚ました。イスハークが言う通り、みんな何も覚えていないし、誰に眠らされたのかもわからない様子だった。
ローラの匂いについても、その後は何も言われなかった。イスハークが、いつの間にか消してくれたのかもしれない。
ローラのことを何とかしないといけないのに、何もかもが上の空だ…。
イスハークのことが、頭から離れなかった…。
「カイル先生、お昼ご一緒しませんか?」
昼休みの職員室でぼんやりしていると、ミカエラ先生に声をかけられた。食欲がなくて断ろうと思ったけど、ローラのことを相談しないと、と思い直した。食堂で適当に買ってから、人気のない場所で話そうと、ミカエラ先生が担当している魔法制御学の演習場へ向かった。
演習場は一見すると体育館の様だが、魔法が暴発してもいいように、制御システムが張り巡らしてある。人間の俺は、ほとんど来たことがない場所だ。
演習場の隣にある準備室のソファに通され、ミカエラ先生がお茶を淹れてくれる。
「今朝、何かありましたか?」
向かいのソファに座ったミカエラ先生が、心配そうに俺を見つめていた。美しく慈愛に満ちた天使の様で、何もかもを懺悔したい様な気持ちになる。
俺は俯きながら、昨夜のことを話した。今朝のイスハークとのことも。
「今朝は強い魔法の気配がしたので、何かあったとは思いましたけど、私もイスハークの魔力には敵わないので、追求できませんでした。情けないです…。」
ミカエラ先生が、青い瞳を伏せた。
「魔法生物のことは、市街地の方へ行っていたらいけないので、すぐに警備に連絡しておきます。でも、いくら進化するといっても小さな小鳥ですから、捕まえられますよ。心配しないで。」
そう言ってもらえて、少しホッとした。変な被害が出る前に、捕まえないと…。
「すみません。こんなことになってしまって…。」
ミカエラ先生は、俺を責めることなく穏やかに続ける。
「イスハークのことは、少しだけ、こうなるような予感がしていました。私は入学当初から彼を知っているので、あなたを見る目が先生を見る目ではない様な気がして…。彼はぶっきらぼうに振る舞って、隠そうとしていたみたいですけど。」
ミカエラ先生の口調から、イスハークを可愛がっている雰囲気が滲み出ていた。
「…イスハークのこと、嫌いになりましたか?」
「いや、そういう訳では…。」
でも、好きかと聞かれるとよくわからない。生徒をそういう目で見たことがないし、男を好きになったこともない。
俺なんか好きになったって、イスハークも幸せになれないと思うし…。でも、いざ彼を目の前にすると、流されそうになる自分が怖かった。
「イスハークとカイル先生では、その、やはり力の差が大きいので、どうしても彼が嫌いなら、ここで逃げておいた方がいいのかもしれません…。」
ミカエラ先生が、言葉を選びながら続ける。
「でも、もし彼のことを嫌いでなければ、逃げずに見守ってあげてください。」
もう学校を辞めようかと思っていたのを見透かされた様に言われて、俺は俯いた。
でも、これ以上ここにいることが、いいことなのか分からない。
「あの子は家の事情が複雑で、あまり人を信じません。いつも独りでいて寂しそうなので、あなたまでいなくなるのは…。」
ミカエラ先生の言葉に、彼の無表情な横顔を思い出した。
「それと、これは秘密にして欲しいんですけど、私もゼノと色々あって…。彼の気持ちを受け入れることも出来ませんし、かと言ってなかなか言うことも聞かなくて…。」
俺は驚いて、ミカエラ先生を見つめた。先生は恥ずかしそうに、白い頬を染めている。
ミカエラ先生くらい綺麗なら、男女問わずファンはたくさんいそうだ。いや実際いると思うけど、もしかしたらゼノは、先生にとって他の生徒とは違う特別な存在なのかもしれない。
でも、わざわざそんな話を俺にするなんて…。
「…俺、ここにいていいんでしょうか…?」
この学校に来て、ずっとそう思っていた。
魔法使いの生徒達に毎日イジメられて、イスハークとはこんなことになってしまった。
「イスハークが、カイル先生を必要としているんです。人を好きになるのは、悪いことじゃないでしょう?カイル先生のやり方で、彼を見守ってあげてください。それに私も、ゼノとのことは悩んでいるので、時々お話を聞いてもらえると嬉しいです。」
ミカエラ先生が、プラチナブロンドの髪を揺らして微笑んだ。
教師と生徒というだけでも問題で、おまけに男同士で不毛極まりないと思うのに、いざ渦中に入ってしまうと、こんなに普通に悩むのか、と思わされる。こんなに綺麗で魔法使いのミカエラ先生でも、同じなのかもしれない。
魔法使いに必要だと言われたのは、生まれて初めてだ。
彼らともう少しだけ一緒にいてみたい。そう、思った。
放課後になり、俺はひとり社会科準備室で仕事をしていた。
ミカエラ先生が町の警備に連絡してくれたけど、ローラの手がかりはない。魔力が弱いと見つけにくいものらしい。進化して強力になっているわけではなさそうだけど、早く見つかって欲しかった。
外は天気が良く、開いた窓からは心地の良い風が入ってきていた。昼寝でもしたくなる様な、穏やかな夕暮れ時。
やばい、眠くなってきたな…。
昨夜の一件で寝不足だった俺は、仕事中だというのについ眠気に襲われた。
ウトウトし始めた俺は、ふと、小鳥の羽の音を聞いた気がして、ドキリとする。
窓辺に、小さな黄色い小鳥がとまっていた。
「ローラ?」
恐る恐る名前を呼ぶと、
「カイル!」
音もなく幼い少女の姿へと変わった。
俺の所へ戻って来た…!
俺はローラが逃げない様に、慌てて窓を閉めた。とりあえずこの部屋に閉じ込めて、ミカエラ先生を呼ぼう。
この時間なら、部活動の指導をしているはずだ。きっとグラウンドにいるはず。
そう思って、入り口から出ようとしたところで…。
ドアが外から開き、2人の男子生徒が入ってきた。そして、ドアのカギを閉められる。
「君たち、何して…?」
2人とも見覚えのない顔の生徒だった。体格が良く、運動着を着ている。部活動で残っていた生徒だろう。無表情で、目が虚だ。
「カイル、わたしお腹がすいたの。」
嫌な予感がした。
「たくさん魔法のお勉強をして、すごぉくお腹がすいたから、私より魔力が弱い子に協力してもらって、いっぱい精液もらおうと思って♡」
ダメだ、生徒達はローラに操られているんだ…!
逃げようとしたけど入口は1つしかなくて、そこには生徒が立っている。
「だ、だれか…っ!!」
大声を出そうとしたら、1人の生徒に手で口を塞がれた。そして、床に押し倒される。
だめだ、力が強い…っ。俺は絶望的な気持ちでローラを見た。ルビーの様な赤い瞳が、無邪気に俺を見ている。
「いただきまぁす♡」
ペロリと小さな舌で舌なめずりをされ、俺は声にならない悲鳴を上げた。
あの甘い匂いが、部屋を満たす。徐々に頭がクラクラして、どうしたらいいかを考える力がなくなっていく。
誰か、この匂いで気づいてくれないだろうか…?
その願いも虚しく、操られている生徒達に無理矢理服をはがされ、体を無遠慮に弄られた。
「嫌だ、やめろ…っ!!」
声が震える。
俺の両足の間に入り込んでいる生徒が、勃ち上がった雄を俺自身に強くこすりつけてきた。
「あぅ…っ。」
つい漏れた声に誘われる様に、もう1人の生徒が俺の上半身を起こし、背中からはがいじめにしてくる。
耳を舐めながら、乳首を指でいじられた。俺の反応を引き出す様に、強く引っ張ったり、爪を立てたりされて、じわりと下半身に熱がこもる。
「はぁ、やめ…っ。」
体格のいい男子生徒2人がかりだと、みじろぎすることさえできない。がっちりと腰を押さえられて、俺自身と生徒の熱くなったモノとを一緒に擦られる。
腰をゆすりながら手も使って先の辺りを弄られると、グチュグチュと湿った音がした。
こんなの、嫌だ…!!
甘い匂いに敏感になった身体でも、生理的な嫌悪感で快感を追いきれない。
こんなことなら、いっそイスハークに頼めば良かった…。
くぐもった声を上げて、生徒が白濁を吐き出した。腰の動きが緩やかになる。
「もぉ、カイルがイッてないじゃない!魔法使いより人間の精液の方が美味しいのに~!」
ローラが不満そうに頬を膨らませた。とは言えお腹が空いているのか、俺の腹の上に飛び散った精液をザラザラした舌で舐めとる。そして、あまり反応していない俺自身に舌を伸ばしてきた。
「カイルは、私が触るより男の人の方がいいんじゃなかったの?」
どういう意味だ…?
「昨日、私がこの姿を保てなくなるくらい気が逸れちゃったでしょう?」
昨夜、行為の途中で俺がイスハークのことを考えると、ローラが小鳥の姿に戻ってしまったのを思い出した。
「それとも、あのエメラルドみたいな目をした子じゃないとダメなの?」
そうだと言えば、もしかしたら諦めてくれるかもしれない。俺は、一縷の望みをかけて頷いた。でも…。
「じゃあ、あの子呼んできてあげる♡」
無邪気に微笑んだローラに、一瞬頭が真っ白になった。
「え…?」
いや、そういうことじゃない…っ!
「あの子、魔力が強いから気配でわかると思う。」
しかし、ローラは、さっさと入口から出て行ってしまった。
「ま、待て…っ!!」
体を起こそうとすると、生徒達に押さえ込まれた。ローラがいなくなっても、拘束は弛まない様だ。甘い匂いにあてられた生徒達の手が、また伸びてくる。残った体力で暴れてみたけど、逃げられそうになかった。
口の中に、生徒のモノを無理矢理突っ込まれた。そのまま喉の奥まで抜き差しされる。
苦しくて、涙が止まらない。
誰でもいいから助けて欲しいと思う気持ちと、誰にも見られたくないという気持ちがぐちゃぐちゃになる。
もう放課後だから、イスハークは学校にいないかもしれない。
このままローラに逃げられても、知らない生徒にヤられてもいいから、どうか来ないでくれ…。
なけなしの理性で、俺はそれだけを願った…。
どれくらいの時間が経ったんだろう。
生徒達の放ったもので、ベタベタして気持ちが悪い…。
ローラに、早く戻ってきて欲しかった。
知らない男との行為を、気持ちが悪いと思っていた理性が溶けて、身体が反応し始める。
俺の精液くらいあげるから、イスハークには何も言わないでくれ…。
1人の生徒が、俺の後孔を触り始めた。そして、無遠慮に指を突っ込んでくる。普通の状態なら、異物感とか痛みを感じるんだろうけど、甘い匂いに朦朧とした頭では、得体の知れない感覚にすり替わった。指を増やされ、中を掻き回されると、腰が甘く疼く。俺の内側がうねって、意図せず指を咥え込んだ。何なんだこの感じ…。
指を入れていた生徒が、生唾を飲んだ。生徒のモノをあてがわれて、俺はビクリと体を固くする。
かたく目を閉じ、諦めて覚悟を決めた瞬間、
「待ちなさい!見ない方がいい…!!」
ミカエラ先生の声と、複数の足音が聞こえて、俺を犯そうとしていた生徒の動きが止まる。
そして、乱暴にドアが開く音がした。
うっすら目を開けると、数人の人影が見えて…、
「あ………。」
そこには、来ないでくれと願ったイスハークの姿があった…。
「…殺してやる。」
低く唸る様な声と、見たこともない様な冷たい表情だった。
瞳の色が、金色に光って見える。
「イスハーク待て!こいつらは、別に悪気は…。」
俺を襲った生徒達と同じ運動着を着たゼノが、慌てて彼らを連れ出そうとしている。
「ゼノ、2人を連れて早く行きなさい!!」
ミカエラ先生の言葉が聞こえたのと同時に、教室が大きく軋んだ。まるで大地震が来たみたいに、下から突き上げられる様な衝撃が走る。
皆立っていられなくなって、床に這いつくばった。
ミカエラ先生が、呪文を唱え始める。
ゼノも援護する様に呪文を唱えている。
もう、学校が崩れてしまうんじゃないかと思う様な揺れの中
、イスハークだけが立っていて、俺の側まで歩いて来た。
「イスハーク、止めてくれ…っ!」
どうしたらやめてもらえるのか分からず、俺は泣きながら懇願した。
このままじゃ、皆死んでしまうかもしれない。
「お願いだ…、何でもするから…っ!」
「…じゃあもう、黙って俺のものになれ…。」
心が凍りそうな、冷たい表情だった。目の前に手を翳され、視界が遮られる。キンと耳鳴りがして、それを最後に、俺の意識は暗転した…。
あれからどうなったんだろう…。皆は、学校は無事なのか…?
意識を取り戻し、うっすら目を開けると、俺は見覚えのない部屋にいた。夜だろうか。淡い照明に照らし出された室内は、やたら天井が高く、装飾が豪華だ。
ゆっくり体を起こすと、天蓋付きの大きなベッドの上だった。汚れた体は綺麗になっていたけど、何も身につけていない。
「やっと、目が覚めましたか。」
イスハークの声がして、ビクッと体が震えた。
薄暗く広い部屋に視線を移すと、ソファーに座っていた様子の彼が、立ち上がって俺の方へ近づいてくる。
「学校は、どうなったんだ…?ローラは…?」
「あのふざけた鳥は、魔力を奪って捕まえました。学校は…、さぁ、知りません。ミカエラ先生とゼノが何とかしたんじゃないですか。」
興味なさそうに言って、イスハークがベッドの端に腰かけた。厚いスプリングのベッドが、ふわりと揺れる。
あれだけのことをしておいて、知りませんはないだろうと思ったけど、ローラを捕まえてもらえたことに安心した。良かった…。
「ここ、どこだ…?」
「あなたを、閉じ込めるための場所です。」
意味深な言い方に、ドキリとする。
イスハークがゆっくりと俺の上にのしかかってきた。金色の髪が、淡い照明の光を集めて揺れる。
「ここは、俺が週末使っている部屋です。寮だと窮屈なんで。あなたは、今日からここにいてください。」
寮も全室個室のはずなのに、週末使うだけでこんな贅沢な別宅を持っていたのか…。
俺の上で、イスハークが着ていたガウンを脱いだ。
程よく筋肉のついたしなやかな身体が露わになる。
まだ完全な大人ではない、美しい青年の身体…。
彼が何をしようとしているのか悟ると同時に、怖くなった。
彼はまだ17歳の子どもなんだ。こんなの、やっぱり間違っている。
「イスハーク、やっぱりやめよう。せめて卒業するまで…。」
「無理ですよ。」
抑揚のない声でピシャリと言われて、言葉を飲み込んだ。
イスハークが、苦しそうに端正な顔を歪める。
「あいつらに好き勝手されたあなたを見て、魔力の制御が効かないんだ…っ。今も、ギリギリなんです…。くそ…っ、ぶっ壊したい、何もかも…!!」
イスハークの瞳が、猫の様に金色に光り、部屋が、ガタガタと揺れ始める。
学校の大地震を思い出して、冷や汗が流れた。
あれは、意図的に起こしたものじゃなかったのか…?
魔法を制御できないなんて、そんな…。
「お、落ち着いてくれ…。」
「無理だ…っ!」
揺れが、強くなってくる。
「あなたの気持ちを考える余裕がない。欲しい…、俺のものだ…!!」
両足を広げられて、ヒュッと喉がなった。
もう、教師だからとか、男同士だからとか、言ってる場合じゃなかった。イスハークを鎮めないと…。
「い、いいよ、もう好きにして、いい…。」
恐る恐る両腕を伸ばして、彼を抱きしめると、金色に光る瞳が、驚いた様に俺を見つめた。
彼も、一度すれば気が済むかもしれない。
俺は女の子じゃないんだし、もういい大人なんだから、体くらい減るものでもない。
もうそう思うことにして、俺はぎこちなく微笑む。
「男とかは、その初めてで、怖いんだ…。まずは落ち着いてくれよ…。」
いい年して、何言ってんだよ、俺。
でも、色々な意味で怖いのは本心だ。他に方法があればいいのに…。
それにしても、俺なんかのために、ここまで情緒不安定になってくれるなんて…。どうしよう、不謹慎だけど嬉しいなんて、そんなことを思う自分にかぶりを振る。
駄目だ、どんどん流されそうになる…。
部屋の揺れが、徐々に収まってきた。
よかった…。
とりあえずそのことに安堵して、俺は目を閉じた。
行為に感じたりしなければ、イスハークの諦めもつくんじゃないかと思うのに、キスされながら体を弄られると、俺自身が、いつの間にか熱をもつ。
「っ…、あ……っ!」
握られて扱かれると気持ち良くて、思わず声が漏れた。
「あなたが、俺じゃないと駄目だと言うから、俺を呼びにきたってあの鳥から聞きましたけど、本当ですか?」
閉じていた目を開けると、金色の瞳が、俺を眺める様に上から見下ろしている。
「そ、それは…。」
確かにそう言ったけど…。
まるでそれを本当だと証明する様に、彼に捕まった俺の中心は、彼から与えられる刺激に素直な反応を見せる。
自分でも、気持ちがついていかない。
「ミカエラ先生とゼノが、部活の休憩時間に生徒がいなくなったと騒いでいて、丁度一緒にいたんです。だから、あの2人にもバレてますよ。…もう、いいじゃないですか。」
ミカエラ先生とゼノにも聞かれたのか?
ミカエラ先生はともかくゼノは、どう思ったんだろう。
生徒が先生を好きになるのは、大人や恋への憧れも含んでよくあることだ。でもその逆は、あってはならない。
子どもと大人の境界線というものが、そこにきちんとあるべきなんだ。
「ちゃんと答えてくださいよ。」
俺自身をぎゅっと強く握り込まれて、俺は痛みに顔を歪める。
「っ……!俺は生徒相手に、感じたりなんか…。」
「俺には感じてる。屋上でキスした時から…。」
「……っ!」
顔から火が出そうだった。
嫌だ、認めたくない。
イスハークが俺自身をまた刺激し始めた。長い指で緩急をつけながら上下に扱かれると、また気持ち良くなってくる。
嫌だ、駄目だ。でも、どうして彼にされていると思うと、こんなに…。男なのに、生徒なのに…っ。
「わ、わからない…。俺は、何で…っ。」
先の方を指で擦られ、裏筋を指でなぞられると、腰が切なくなってくる。
「いい加減認めてくださいよ。あなたも俺のことが好きだって。」
金色の目が、俺を見下ろしている。揶揄うでも面白がるでもなく、真剣に。
「教師は生徒に、そういう感情は…、持っちゃいけないんだ…っ。」
イスハークの目を見れなくなって、視線を逸らす。泣きそうだった。俺の教師生活、最大のピンチじゃないか。教師というのは、聖職なんだぞ。人によるのかもしれないけど、俺はちゃんとした先生でありたいんだ…。
「素直じゃないですね。」
俺自身の先の方を指でグリグリされて、強く扱かれた。
「んっ、あぁ……!」
グチュグチュと湿った音がして、俺の熱が一気に高まる。
だ、ダメだ…っ。
「好きじゃないなら、あなたはきっとこんな風にならない。」
イかされる……っ!
声を堪えるために、自分の手で口を塞いだ。
「っ…………んんっ……!!」
腰が震える。
達してしまった自分に、心底呆然とした。
イスハークの綺麗な指を、汚してしまった…。
自分の生徒にイかされた…。
イった後のぼんやりした頭でも、とんでもない罪悪感と恥ずかしさに襲われた。
もう、こんなの自分が駄目になってしまう…。
俺は、許しを請う様にイスハークを見上げた。
「やっぱり、もうやめよう…。」
「…あなたの心ごと欲しい。俺以外のことは、どうでもよくなればいい。」
そんなの、俺が俺でなくなる気がする…。
端正な顔が近づいてきて、口を塞がれた。そのまま、
「っ…………!」
俺が放ったもので濡れた指が、後孔に入ってきた。
学校で、そこを掻き回されたことを思い出して、体がすくむ。
「…ここ、あいつらに触られた?」
気持ちを読まれたかの様に言われて、つい黙り込んだ。
「…やっぱり、殺そうかな。」
イスハークが、低く呟く。
「ダメだ!あれは、ローラのせいで、彼らのせいじゃ…っ!」
「先生って、生徒なら誰にでも優しいんですね。」
乱暴に指を抜かれて、痛みに顔を顰めた。
「あんなことされて、平気なんですか?あなたが望むなら、どんなことでもしてやりますよ。死ぬより辛い思いをさせてやることだって…!」
「イスハーク、そういうのはいいから!!そんなに酷いことされてないから…っ。」
殺すとか殺さないとか、いくら魔法使いだからって、いや、魔法使いだからこそ簡単に言わないで欲しかった。
「…リフェット先生の研究室は破壊してやりましたけど。」
「そんなことしたのか…?リフェット先生の、大切な研究が…。」
リフェット先生の研究は、危険かもしれないけど、人間達のために日々積み重ねてきたものだ。
「あなたが傷つけられたんです。当然ですよ。」
そんな風に想ってもらえるのは嬉しいけど、イスハークの容赦の無い振る舞いは、やっぱり怖い。
「ここに、挿れられました?」
「挿れられてないっ…。助けに来てくれたから…。だから、これ以上何もしないでくれ…。」
「……まぁ、傷はないみたいですけど。」
イスハークは、どこか納得のいかない様な表情をしている。
「俺は女じゃないんだから、これくらい大したことじゃない。」
「…へぇ、人間って、もっとか弱いのかと思ってましたけど、案外図太いんですね。」
剣呑な雰囲気が増して、内心焦る。
そうか、イスハークにとって人間は、男でもか弱いのか。
確かに魔法使いの前では、人間なんてそんなものかもしれないけど…。
「もしかして、俺に抱かれるのも、大したことじゃないと思ってます?」
「そ、そんなことない。君は生徒なんだし、十分大したことだよ。」
「じゃあ、何で急に抱かれる気になったんだよ?」
「それは…。」
「とりあえず一回許せば、気が済むとでも思った?」
図星をつかれて、言葉に詰まった。だって、他にどんな方法があるんだよ。
魔力の制御について詳しいことは分からないけど、とにかく落ち着いて欲しかったんだ。
「子どもだと思って、バカにしてます? 覚悟を決めてくれたのかと思ったら、何だよそれ…っ!」
また、建物が揺れ始めた。
こんなの、もうどうしたらいいんだ!?
「バカになんてしてないっ!君には分からないかもしれないけど、大人には色々と事情があって…!だから、君が大人になるまで待って欲し…。」
「そんなこと言って、人間の教師なんてすぐにいなくなるくせに!」
ガタガタと、家具が軋む音がする。
「待ってくれ、落ち着いて…っ!」
どうしよう、もう彼を宥められそうになかった。
「怖いんだ、君を好きになるのは…っ!だって生徒だし、男だし…、魔法使いだし…。こんなの、どうしたら…っ。」
口にしたら、涙が止まらなかった。
こんなにたくさんの壁があるのに、俺は彼に惹かれるんだ。
ローラを好きになった時と、変わらない。憧れと、羨望と、尊敬が入り混じって、目が離せなくなる。
恋人とか、そういうのじゃなくても良かったはずなんだ。
ただ見つめていられれば、それだけで…。
でも、どこで間違ったんだろう。
「…俺のこと、ちゃんと好きって言ってくださいよ。」
イスハークの顔が、涙で滲む。いい大人を泣かせておいて、彼はまるで甘えるように、俺に命令する。
「………好きだ…。」
なのに何で、俺は、彼に従うんだろう。これもいっそ、魔法だったらいいのに。気づかないうちに、心を操られていたとか、そういう魔法。
でも、知っているんだこの感じ。
恋に堕ちる時はいつだって、こんな風に堕ちていくんだ…。
ローションの様なものを使われて、グチュグチュと後孔を解される。異物感に逃げようとする腰を押さえつけられ、念入りに…。
好きだと認めた以上、イスハークが待ってくれるはずもなく、体も彼に暴かれていく。
「イスハーク、もういいから、もう挿れろ!」
痛いのは想像していたし、その方がマシなんだ。それなのに、イスハークの指で内壁を執拗に探られるうちに、体の奥が疼く様な、得体の知れない感覚が広がってくる。
「初めてが痛いのは、後々良くないんで。」
そんなこと考えてくれなくていいから!!
もう、早く挿れて終わって欲しかった。恥ずかしくて、耐えられない。
でも、イスハークは指を増やしてそこをさらにほぐし始めた。
グチュグチュと中を掻き回される度に、甘く疼く様な感覚がどんどん広がる。
「っ…?ひっ、あぁ…っ!!」
そして、ある一点を刺激されると、腰の奥から突き上げてくる様な、強い感覚に襲われた。
「ここがイイんですね。」
嬉しそうに、何度もそこを責められる。そうされると、内側がうねって指を咥え込むのが、自分でもわかった。
その次の瞬間…。
ビリビリと、電気が走る様な感覚が体を突き抜けた。
「あ゛ぁ………っ!! や、な、何…っ?」
体がじんわりと熱くなってくる。
「あなたが、もっと可愛くなる魔法です。…そろそろ、大丈夫か。」
なに、なんの魔法だ!?
入っていた指が抜かれて、代わりに硬くて熱いものを押し付けられた。解されていた入口が、ヒクヒクする。
「声、我慢しないでください。」
情欲を孕んだ声で囁かれて、ゾクリとした。
グッと腰をすすめられて、入口を押し広げられる。ゆっくりと、ものすごい圧迫感を伴って、熱いものが入ってきた。
「ゔ、あぁ…………っ!」
苦しいけど、何なんだこの感じ…?
ギチギチに拡げられた腸壁から、中にあるモノの硬さと大きさがわかった。
その重量感に、まるで満たされる様な……。
イスハークを見上げると、彼も余裕の無さそうな表情をしていた。精悍な顔が、快楽をにじませている。
いつの間にか反応していた俺自身を、イスハークの手が育てる様に扱く。
「っ…!あぁ……っ!」
もどかしい様なじんわりとした快感が広がって、緊張が緩んだ所を、イスハークが一気に奥まで腰を進めた。
「ひ……っ、あ゛ぁ……っ!」
散々解された弱い所を掠めるだけで、頭の芯が痺れる。
だ、ダメだ…っ、こんなのは、知らない……!
普通にセックスしていた時の何倍もの快感が押し寄せる。
「イスハーク、ダメだ、動くな……っ!!」
姿勢が変わって、中のモノの角度が変わっただけで、言いようのない感覚が迫り上がってくる。
「逃げないでください。」
俺の腰を押さえて、イスハークが、ゆっくり動きはじめる。
「あ゛、いやだぁ……っ、動くなっ!」
狭い内側で大きなイスハークのモノを抜き差しされると、どうしても弱い所が擦られる。
「あ゛、あ゛ぁ……っ!!」
俺の腰が痙攣しながら、白濁を吐き出した。
まだ痛い方がマシだった。
こんな、生徒に抱かれて喘ぐ自分なんて、自分じゃない…!
「…すごい、イイ顔。」
イスハークが、薄く笑う。
「いやだ、抜いてくれ…っ、おねが……っ!!」
泣いて頼んでも、本気で暴れても、押さえつけられる。
「ダ、ダメだっ、あ゛ぁーーーーーっ!!」
止まらない。
イスハークに突き上げられる度に、イく。何回も…!
頭が、おかしくなりそうだった。
「俺のこと、好きって言ってください。」
突き上げられながら、何回も繰り返し言わされる。
朦朧とする意識の中で、もう言いなりだった。
「…っ、好き…っ、あ゛……っ!」
「練習してください、もう一回。」
「ひぁ…っ、好き、だから…っ、もう、許し…くれ…っ。」
イきすぎて何も出なくなっても、絶頂が襲ってくる。
体がドロドロに溶けそうな快楽に、もう抵抗すらできない。
支配された。体ごと全部。
満足そうに、イスハークが俺を見下ろしている。
「もう言い訳させませんよ。あなたは、俺のものです。」
こういう魔法使いが、魔王になるのかもしれない…。
俺は、最後そんなことを思いながら、意識を手放した…。
喉が渇いた…。水が飲みたい…。
ぼんやりと目を開けると、やっぱり自分の家じゃなかった。
やたら高い天井と、凝った装飾。
夢なら覚めて欲しかったけど、やっぱりイスハークと一夜を過ごしたことは現実だったんだと思う。
隣には、彼が眠っていた。カーテンの隙間から差し込む日の光に照らされた、穏やかな寝顔。
滑らかな褐色の肌に、長い金色のまつ毛が影を落としている。眠っていれば、やっぱりまだ17歳の青年だ。
彼としてしまった、数々の痴態を思い出すと、死にたいくらい恥ずかしくて、もう社会的に終わった気さえする。
許されない秘密を抱えて重たい体を、俺はそっと起こした。
「……ん……。」
大きなベッドが揺れて、イスハークが寝返りをうつ。
一瞬、起こしたかと思ってギクリとしたけど、まだ静かに寝息をたてていた。
俺は、イスハークが着ていたローブを羽織って、ゆっくりと絨毯の上に降りた。ふわふわしていて柔らかい。
散々な目に遭った割には、体は痛くなかった。これも魔法かもしれない。
ここは、何処なんだろう。
カーテンの隙間から外を覗くと、見たことのある町の景色が広がっていた。学校も見えて、俺は心底ホッとした。
学校が壊滅してなくて良かった。
違う国に連れてこられたわけでもないんだ。
安心した俺は、とりあえずシャワーを探そうと近くにあった扉を開けようとした。でも、なぜか開かない。
内側の鍵も見当たらないのに。
仕方がないので、他に扉がないか探していると…。
「俺より先に、ベッドから出ないでくださいよ。」
急にイスハークの声がして、心臓が飛び出るかと思った。
振り返ると、イスハークがベッドの上で上半身を起こして、俺の方を見ていた。
「お、おはよう。起きてたのか?」
昨夜の記憶が強烈すぎて、表情が強張る。どんな顔をしたらいいか、全くわからない。
「シャワー、探してただけだから!」
「バスルームは、こっちです。食事も後で運ばせますから、やり直してください。」
『おいで』という風に両手を広げられ、俺は抵抗する気力もなくベッドへ戻った。
「素直でいいですね。」
抱きしめられて、頭を撫でられる。
ものすごく複雑な気持ちになったけど、もう張り合う気力はなく、俺はされるがまま大人しくしていた。
だいぶ落ち着いた様子のイスハークは、瞳の色もエメラルドグリーンに戻っている。
「体は、大丈夫ですか?」
体を気遣われ、昨夜の痴態の限りを思い出すと、また死にたくなるくらい恥ずかしくなった。
「だ、大丈夫だから…!」
もう、居た堪れないから早く家に帰りたい。
シーツを握りしめて俯いていると、コポコポと水が注がれる様な音がして、俺は音がする方へ視線を向けた。
水差しとコップが、ふわふわと宙に浮いていて、水が注がれている。
「喉、渇いてませんか?」
イスハークの魔法で差し出されたグラスを受け取る。喉が渇いていたことを思い出して、俺は一気に飲み干した。するとまた、水差しが勝手に水を注ぐ。
「…やっぱり、魔法ってすごいな。」
感心する俺を、イスハークが柔らかい眼差しで見つめている。
ふと、壁に飾られていた絵がぼんやりと光り、描かれていた魚達が、絵から飛び出してきた。
色とりどりの魚達が、部屋中を自由に泳ぎはじめる。
まるで、自分が水の中にいるみたいだ。
「イスハーク、すごい!! 綺麗だ!!」
夢の様に美しい光景に、つい見惚れる。魚に手を伸ばすと、指をつつかれてくすぐったかった。
「オアシスの泉には、こういう魚がたくさんいますよ。」
イスハークも魚に手を伸ばして、つついたりして遊んでいる。
「今度、一緒に泳ぎましょう。あなたは、泳げましたっけ?」
そういえば、あまり泳いだことがないかもしれない。俺は、海のない国で育ったから。
「少しは、いけると思うけど…。」
でもつい見栄を張ろうとする俺に、イスハークが口端を上げて笑う。
「まぁ、溺れたら助けてあげますよ。」
いつもの、イスハークだ。
「そしたらまた、何か奢るよ。」
俺も、いつもの様に答える。
「いりませんよ。可愛く礼でも言ってください。」
ああ、でもやっぱり、俺を見る目はもう…。
イスハークにキスをされながら、思う。
…戻れるわけじゃないんだ。
「ちょっと魔力を使い過ぎてダルいんで、俺はしばらく寝ます。」
イスハークが、俺に抱きつきながら小さくあくびをした。
「俺が起きるまで、ここにいてください。ドアは開きませんから。」
本当に、ここに閉じ込められるのか…?
「起きたら、また一緒に学校行こうな…?」
不安になって、恐る恐る聞いてみる。
「……まぁ、昨夜は可愛かったんで、いいですけど。」
よ、良かった。外には出れそうだ。
「また言い訳したり勝手なことをしたら、もう出しませんよ。」
釘を刺されて、俺はゴクリと唾を飲む。冗談には聞こえない。
「…俺が卒業したら、国へ来てください。」
ふいに、真面目な表情でイスハークが俺を見つめた。
「あなた、俺がやりたいことをしろって前に言ってましたけど…。」
屋上で、力説したのを思い出した。イスハークは、国に帰ってどうしたいんだろう。
「一応、王族なんで、あなたに見せてやれると思います。」
少し、照れた様にイスハークが視線を逸らす。
「見てみたいんでしょう? 魔法使いと人間が、もっと協力して暮らす国。」
そういえば、授業で、話したことがあったかもしれない。
魔法使いの生徒達にも、同じように思ってもらいたくて。
「俺が、見せてあげますよ。だから、そばにいてください。」
その瞬間、もう、常識もプライドも何もかもがどうでも良く思えた。
そんな風に、思ってくれていたのか…。
少し前までは、自分が生徒を好きになるなんて、夢にも思っていなかった。
しかも男で魔法使いで、一国の王子様だ。
身分違いの恋ほど、苦しいものはない。
それは、数々の歴史が証明しているというのに。
あぁでも、例えこの先、どんなに苦しい思いをしたとしても、見てみたい。彼が創る国を。
「…楽しみだよ。」
俺の答えに、イスハークが満足そうに微笑んだ。
「でも、魔王みたいになるなよ?」
彼がそうならない様にするのが、俺の役目なのかもしれない。
「あなた、可愛くしろって言いましたよね?」
「だから、そういう所だって!!」
イスハークが、笑っている。近寄り難い程、端正で精悍な美貌が、笑うと少しだけ親しみやすくなる。
こういう表情を、もっと見てみたい。
これから歩む道が例え受難の道であっても、行けるところまで一緒に行ってみよう。
とはいえ、殆どが人間で魔法使いはごくごく稀だ。
魔法使いは、人間から突然変異の様にして産まれ、その奇跡の力で、人間を守護する者にも脅かす者にもなる。
長い歴史の中で、人間が魔法使いを迫害した時代もあれば、魔法使いにより人間が征服された時代もあったが、今の世ではお互いに共存を目指している。
俺は、しがない社会科教師をしながらふと思う。いつか魔法使いと人間が本当に協力し合える時代が来たら、世界は素晴らしいものになるのに。
しかし、その道は険しい…。
「あ~、今日も疲れた…。」
俺は廊下を歩きながらひとり、ため息をついた。
ここは、王立魔法学校。
魔法使いを国が管理し、国のため、人間のために魔法を使うよう教育するための学校だ。13歳から18歳までの魔法使いの生徒達が通っている。
俺はただの人間だが、この学校で社会科教師をしている。
普通の高校で数年教師をしていたが、今年から異動になった。この学校は、生徒は全員魔法使いだが、教師は人間も配属される。互いの理解を深めるためらしいが、そんなに上手くいくはずがない。魔法使いの子ども達は、幼い頃ならまだしも、大きくなると人間の教師の言うことなんて聞かなくなる。人間は色々な法律で守られているものの、人間の学校にイジメがあるのと同じで、この学校では魔法使いの生徒による人間の教師イジメが深刻な問題だ。前任者は3ヶ月もたなかったと聞いている。俺も異動を断ろうとしたが、女性では危ない、男性でも新米には無理、かといって年寄りも体力的に不可ということで、32歳独身、男の俺に白羽の矢が立ってしまった。1年だけという条件で、高等部2年の担任をすることになり早3ヶ月。もう今すぐに辞めたい…。
「また魔法か…。」
放課後になり、俺は2階の教室から1階の職員室へ戻りたいのだが、階段を降りても降りても2階に戻ってしまう。他の生徒達は、問題なく行き来出来ている様なので、俺だけにかけられた魔法なんだろう。
「はぁ…。」
こういう嫌がらせを毎日受けると、本当に気が滅入る。
あぁ、でもあと1年の辛抱だ。給料だけはいいし…。
誰かに助けを求めるのも癪で、俺は仕方なく空き教室のバルコニーから降りてみようと思い立った。バルコニーから下を見下ろすと、2階とはいえ結構高いし怖い。下は中庭になっているので、所々ある植え込みの上に飛び降りようか、それともロープでも探してきた方が安全か…。
思い詰めた顔で下を覗き込んでいると…。
「カイル先生?」
ちょうど中庭を通りがかった褐色の肌をした男子生徒が、俺を見上げて言った。180cmを超える長身で、黒いブレザーの制服が様になっている。
「イスハーク!」
彼は、俺のクラスの生徒だ。精悍な美貌と金色の髪が夕日にきらめいているからという理由だけでなく、色々な意味で眩しい。神の助けだ。
「階段で下に降りれなくてさ…。そんな魔法ある?」
情けないと思いつつも、俺は助けを求める様にイスハークを見つめた。
「何ですかそれ。そんな魔法知りませんよ。」
彼は、やる気なさそうに肩をすくめた。だけど、エメラルド色の瞳は何となく優しい、気がする。
「下に降りたいんですか?じゃあ飛び降りてください。受け止めますから。」
出来れば魔法を解いてもらって階段で下に降りたいけど、詳しい事情を聞いてくれる気はなさそうなので、俺は意を決して身を乗り出す。
雑な扱いだが、他に俺を助けてくれる生徒はいない。
イスハークは、魔力が強く優秀な魔法使いだが、独りが好きなのかクラスメートと群れることがなく、人間をいじめることにも興味がない。
だから、何らかのお礼をすれば気軽に助けてくれるありがたい生徒だ。
「明日の昼飯おごるよ。」
学食のおばちゃん達は、人間だから仲良しだ。頼めば人気メニューも取り置きしてくれるし、よくこの手を使う。
「それはどうも。」
「だからさ、飛び降りるのも怖いし、魔法で降ろしてくれないかな…ダメか?」
急に強い風が吹いたと思ったら、俺の体が宙に浮いた。イスハークの魔法だ。
「お、おいっ!」
まだ心の準備が…っ!
身一つで宙に浮かぶという非現実的な感覚に、俺は思わず手足をバタバタさせる。
そのままゆっくりと地面に着地すると思いきや、なぜかイスハークの腕の中に着地した。これは、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
滑らかな褐色の肌の喉元が目の前にある。見上げると、エメラルド色の瞳が、面白そうに俺を見下ろしていた。
男と分かっていても、イスハークの端正な美貌を間近にすると、つい見惚れてしまう。
「割と抱き心地がいいですね。」
痩せてる方かもしれないけど、身長はそこそこある俺を軽々抱えるなんて、力あるな…。って、
「な、なんの冗談だっ!降ろしてくれ!!」
我に返り、離れようともがいていると、
ドスン!!
急に手を離されて、俺は地面に思いっきり尻もちをついた。
「いって~~~!」
腰がおかしくなりそうだ。涙目で腰をさする俺を、イスハークが不機嫌そうに見下ろしている。
「もう少し可愛くお礼でも言ったらどうです?…まぁ、いいですけど。明日の昼飯はよろしくお願いします。」
それだけ言うと、彼は踵を返してしまった。
足が長いからか、あっという間に遠ざかる背中を見つめながら、何だかんだ言っても助けてくれたことに感謝して、俺は職員室へ戻った。
「カイル先生、また変な魔法がかかっていませんか?」
職員室へ戻ると、同僚のミカエラ先生がそばにやってきて、マジマジと俺を見つめた。彼は魔法使いで俺より年下だけど、人間の俺を見下さずに気を配ってくれる優しい先生だ。
透き通る様な白い肌にプラチナブロンドの髪が揺れ、宝石の様な青い瞳が瞬く。
相変わらず綺麗だ…。
「階段を、降りても降りても1階に降りれませんでした。」
情けなく笑う俺に、ミカエラ先生が気の毒そうな表情をする。
「またですか。例の賭けをしている生徒達には注意をしているのですが、やはり言うことを聞きませんね…。」
例の賭けというのは、この学校恒例の先生イジメで、新しい人間の教師が来る度に、何ヶ月で辞めさせられるか生徒同士で賭けているらしいのだ。ミカエラ先生は、賭けに参加している生徒達に再々指導してくれている様だが、賭けの首謀者は先生よりも魔力が強く、なかなか言うことを聞かないらしい。
「どうやって1階に降りたんですか?」
「ベランダから降りました。イスハークに助けてもらって…。」
「イスハークが?」
ミカエラ先生が、驚いた様に青い瞳を瞬かせた。
「たまたま通りがかっただけですけど。」
「…彼はいつも飄々としているので、意外ですね。」
そう言って、ミカエラ先生が目を閉じて呪文を唱えた。
先生のまつ毛長いなぁ…。つい見惚れている間に、
「これでもう大丈夫ですよ。」
魔法を解いてもらえた様だ。攻撃魔法の様な危険な魔法はさすがにかけられたことはないけど、極めて地味な魔法で毎日の様に嫌がらせをされる。イスハークがいなければ、もうとっくに辞めていた。
「彼はなかなか心を開かない生徒なので、仲良くして頂くのは有り難いのですが…。この学校でも1、2を争うくらい魔力が強い子なので、気を許しすぎない方がいいかもしれません。」
魔力の強さというのは、人間の俺にはよくわからない。生徒達の資料はもらったけど、魔力には色々な要素があるらしく、複雑でわかりにくかった。イスハークは優秀な生徒とは聞いていたけど、そんなに魔力が強いのか…。
「昼飯奢ったりする代わりに、手を貸してもらっている感じなんですけど…。贔屓みたいでいけないですかね?」
「彼が昼食くらいで手を貸してくれるとも思えないので、心配といいますか…。」
ミカエラ先生が意図する意味がよくわからなくて、俺は首を傾げる。
この学校は、色々な国から生徒がやってくるため、基本的には寮生活だ。金持ちでも学校の食事を食べるしかないし、列にも並ばないといけない。でも、俺が食堂のおばちゃんに頼めば、イスハークは好きなものを並ばずに食べられるという、ただそれだけなんじゃないだろうか?
「面倒くさい」が口癖のイスハークを思い出しながらそう思う。
「……彼の国では、気に入った人をハーレムに閉じ込めたりできるらしいですよ?気を付けてくださいね。」
「ハーレムですか?」
日常では聞きなれない言葉に、一瞬ポカンとする。
確かイスハークの故郷は、内陸部の砂漠の国だ。一昔前までは、富裕な男達が、性別も年齢も関係なく美男美女を侍らせていたらしいけど、最近はもうほとんど聞かない。
「あはは、まさか。あの国でも、もう王族くらいしかそんな特権ありませんよ。」
ミカエラ先生の忠告を、冗談だと思って笑っていると、
「…本人の意向で隠しているので内緒ですけど、彼はその王族なんですよ。」
ミカエラ先生が、俺の耳元に手を当てながら小声で言った。
「えぇっ?!」
なんでも、第一夫人の子ではないけれど、王位継承権もある王子様なんだそうだ。魔法使いということもあり、複雑なお家事情から、この学校に来たらしい。
王家に生まれた魔法使いだなんて、将来教科書に載りそうだな…。
「カイル先生、この学校の子達は色々と特殊なので、特定の生徒とあまり仲良くしない方がいいですよ。今度から、何かあったら私に相談してくださいね。」
そう言って、ミカエラ先生が天使の様に微笑む。
「は、はい…。」
俺は神妙に頷いた。
それにしても、魔法使いの教師達は、どこか人間を見下している人が多いのに、ミカエラ先生は人間に対してとても友好的だ。イスハークの件も、短い任期の俺にわざわざ教えてくれて、本当に心配してくれているんだな…。
ミカエラ先生が席に戻るのを見送りながら、そんなことを考えていると…。
「カイル先生、魔法使いなんてあてにしちゃいけませんよ。」
いつからそこにいたのか、背後から先輩教師のリフェット先生の声がして、後ろを振り返った。
リフェット先生は、俺と同じ人間の教師だ。俺よりだいぶ年上で長くこの学校に勤めているが、生徒からイジメられずにうまいことやっている。彼は魔法科学の専門家で、その道では知らない人がいないくらいの実力者なので、一目置かれているのかもしれない。魔法科学というのは、魔法に近い力を人間が使えるようにするための技術だ。魔法の力を宿した武器や防具、生活道具なんかに応用されている。
すごい人なんだろうけど、リフェット先生はとにかく変わり者で、いつも実験室で怪しげな研究ばかりしているので、職員室で見かけるのは珍しい。
「カイル先生、あなたはよく3ヶ月乗り切りましたね。人間同士、助け合いませんか?」
青白い顔で迫られ、異様な迫力につい押される。
「は、はい?」
「ミカエラ先生は調子のいいことを言っていましたが、あなたを24時間守ってくれるわけではない。ひ弱な人間のことなど、いくら優しくても彼らには理解できないでしょう。私の方が、あなたの助けになると思いますよ。」
痩せこけた頬と、落ち窪んだ目が怖すぎる。怯える俺に、リフェット先生が何やら怪しげな生き物を差し出してきた。
「まだ試作段階なんですけど、あなたのボディーガードになると思います。試してみませんか?」
「鳥、ですか?」
差し出されたのは、鳥籠に入った黄色い小鳥だ。セキセイインコに似ているけど、目がルビーの様に赤くて少し怖い。
「インコに似てますけど…。」
「セキセイインコと魔法生物を色々と掛け合わせてつくりました。人間のペット兼ボディーガード用に研究しているのです。あらゆる魔法を吸収して無効化してくれます。メスですよ~、可愛いでしょう?」
ニヤニヤと自信ありげに笑うリフェット先生に、俺は断ることができず、鳥籠を受け取った。あらゆる魔法を無効化って、もし本当だとしたらすごいじゃないか。
「カイル、カイル!」
急に聞きなれない声で名前を呼ばれ、俺はキョロキョロと周りを見渡した。誰だ??
「カイル先生、この子ですよ。少し喋れるんです。」
リフェット先生が、籠の中の小鳥を指差す。
「え、すごい!」
「カイル!」
「いやぁ、私には懐かなかったんですけど、あなたには懐きそうですねぇ。感想聞かせてくださいね。人間同士協力しましょう…。」
「わ、わかりました。」
リフェット先生の迫力に押され、つい頷いてしまった。
飼い方は、普通のインコと変わらないらしい。
女の子か。名前は…そうだ、ローラにしよう。
ローラは、生まれて初めて出会った魔法使いの女の子の名前だ。彼女の瞳も、ルビーの様に赤くて綺麗だったなぁ。
10歳くらいの時、彼女とは学校で同じクラスだった。魔法使いは珍しいから、彼女は有名人でしかも可愛くて、近寄りがたい存在で…。
ある日、グラウンドで遊んでいた時、彼女の友達にサッカーボールが飛んできて、咄嗟に魔法で粉々にしてしまったことがあった。学校で魔法を使うのは禁止だったから、彼女は先生に怒られて、助けたはずの友達からも怖がられてしまって、俺はそれを遠巻きに見ながら、心が痛んだのを思い出す。魔法使いを好きになるのは、人間の子どもの間ではタブーだったし、俺は何も出来ないまま初恋は終わってしまったけど、あのボールを砕いた瞬間のローラの姿は、今でも目に焼き付いている。憧れと羨望と、尊敬が入り混じった様な、そんな初恋だった。
真っ赤な目で俺を見つめるローラに、昔の甘酸っぱい気持ちを思い出し、今夜はペットショップに寄って小鳥グッズを買って帰ることにした。
翌日、イスハークが昼は屋上で食べたいと言うので、俺は昼食を持って屋上へ向かった。もちろんローラも一緒だ。彼女のおかげか、午前中は問題なく授業を終えることができた。
ローラは籠から出しても俺からあまり離れない。リフェット先生によると、小鳥から半径1メートル範囲内の魔法が無効化されるため、飼い主のそばをなるべく離れない習性を持つ様につくられているらしい。今も、俺の後ろをパタパタ飛んでついてくる。
屋上のドアを開けると、気持ちの良い青い空が広がっていた。イスハークは、小さな屋根が日陰を作っている場所で、壁を背もたれに長い足を投げ出して座っていた。近くに行くと、無防備な顔をして眠っている。
ただ居眠りをしているだけなのに、声をかけるのを躊躇うくらい絵になっている。さすが王子…。王族だと思うと緊張するけど、いつも通り振る舞わないと。
俺は軽く息を吸ってから、
「イスハーク、持ってきたぞ。」
そう言って、隣に座った。
「…あぁ、どうも。」
ぼんやりと目を開けたイスハークは、大きく伸びをした。
「ハンバーガーなんて、珍しいな。」
俺は食堂で買ってきたハンバーガーの包みを、イスハークに差し出した。
「結構好きなんですよ。どこでも食べやすいし。それにこの学校に来るまで、食べたことなかったんで。」
イスハークは嬉しそうに包みを開けて、ハンバーガーにかぶりついた。確かに王族なら、逆に庶民の味は珍しいだろう。まぁ庶民の味といっても、ここのハンバーガーは、パテから手作りで確かに美味しい。
「美味い。でもこれ、こんなに分厚かったですっけ?」
「サービスしてもらった。」
食堂のおばちゃんが、パテを2倍にしてくれたので、かなりボリューミーだ。飲み物やフレンチフライもたっぷり付けてくれた。
食べっぷりのいいイスハークを眺めながら、俺もハンバーガーにかぶりつく。
「天気が良くて、気持ちいいなぁ。」
「…はぁ、そうですかね。」
期待はずれなイスハークの返答に、俺は首を傾げる。
「あれ、違うのか?」
「俺は、雨の方が好きなんで。」
「…珍しくないか?」
「俺の国は、雨が貴重なんですよ。」
そうだった、イスハークの故郷は砂漠の国だ。彼らにとって、雨は恵の雨であって、特別なものだ。
「そっか、そうだよな。晴れてばかりじゃ、困るもんな。」
慌ててフォローめいたことを言う俺の隣で、イスハークが空に手をかざした。
「好きな時に雨を降らせる魔法があれば、俺の国はもっと豊かになるんですけどね。」
「天気を操れる魔法なんて、あるのか?」
さすがにそれは、歴史の上でも聞いたことがなかった。伝説のドラゴンとかならまだしも、自然現象を操るなんて神業だろ。
「この学校では、ないと言われましたけど。なんか俺、故郷では期待されてるんで。」
空にかざしたイスハークの手が仄かに光り、空気が1点に集まっていく。空気の渦が現れ、徐々に気体が液体へ変化していった。屋上の乾いたコンクリートに、霧の様な雨が降る。
「すごい!」
感動する俺に、イスハークは苦笑いした。
「攻撃魔法から応用したんです。だから雨というか水を広範囲に拡散させているだけなんですけどね。この学校の範囲内くらいなら、少しの間は降らせることができると思いますけど、あの乾いた国には、全然足りませんよ。」
人間の俺からしたら、十分すごいと思うけど…。そもそも雨を降らせろとか、いくら王族でもそんなことを期待されているなんて…。
イスハークの、綺麗だけれど無表情な横顔を見つめて思う。まだ17歳の子どもに重荷を背負わせすぎだろ…。
「イスハークは、他にしたいことはないのか?」
担任としての進路指導のつもりで、俺はイスハークの肩を両手でつかみ、力説した。
魔法使いの王様なんて過去に例がないけど、彼は望んでいるんだろうか?単に、王族の1人として国の役に立ちたいのだろうか?聞いてみたい気もしたけど、イスハークから言ってくれない限りは、俺から口にすることはできない。
「魔法使いは確かにすごいけど、神様じゃないんだ。それに、自分の人生なんだぞ。やりたいことをやった方がいい!」
イスハークのエメラルド色の瞳が、驚いた様に瞬いた。
「故郷が何と言おうと、俺はイスハークの夢を応援するから!!」
その時、
「キー!!」
けたたましい鳴き声に、俺はハッとした。肩の上のローラが、バタバタと羽をはばたかせている。
「ど、どうしたんだ?!」
俺は慌ててローラを手のひらで包み込んだ。
「…朝から気になってたんですけど、その鳥何ですか?」
イスハークが、怪訝そうに眉根を寄せる。
「あ~…、リフェット先生からもらった魔法生物でさ、名前はローラちゃん。俺の初恋の女の子の名前なんだけど…。」
「…名前なんて聞いてませんよ。特殊な魔法生物ですか?」
リフェット先生に無断で話してもいいか迷ったけど、イスハークには世話になっているし信頼して話すことにした。
「人間のボディーガードの試作品らしくてさ。色んな魔法を吸収してくれるんだ。」
「吸収?」
「ローラと一緒にいれば、生徒から変な魔法をかけられても安全だって…。」
そういえば、いつのまにか霧雨も止んでいた。ローラが無効化したのかもしれない。明るい太陽の下で、あっという間に床が乾いていく。
イスハークは、冷めた目でローラを一瞥した。
「魔法の理を無視してますよ。うまくいくわけない。」
「魔法の理?」
首を傾げる俺に、イスハークがため息をついた。
「…膝、貸してもらえます?」
イスハークはそう言うと、俺の膝に頭を乗せて横になった。
「え、おいっ!」
自分の生徒に膝枕をさせられたのは始めてだ。しかも男…。なんか変な気分だ。
「そのまま寝転ぶと、固いんで。」
…確かに。床はコンクリートだ。俺の大腿の上に乗っているイスハークが、俺を下から見上げていた。珍しく生徒から甘えられている様な気がして、まぁ、いいか、膝枕くらい。という気持ちになる。
「で、理って何だよ?」
「魔法は吸収されて無くなったりしませんよ。あなたのローラが、貯めるだけです。」
俺の大腿の上で頭の位置を調節しながら、イスハークが言う。
「…貯めたら、どうなるんだ?」
「さぁ、それはわかりませんけど…。碌なことにならないんじゃないです?」
「えぇっ!やっぱり、リフェット先生に返してこようかな…。」
怖気付いた俺の言葉に、
「カイル!カイル!」
ローラが俺の名を呼ぶ。そういえば、リフェット先生には懐いていないんだった。
「懐かれてますね。面倒くさそ…。」
イスハークは、そう言って目を閉じた。
「困ったな~、どうしよう…。」
「あのリフェット先生のことだから、うまくいかないことは想定内だと思いますけどね。あえてやってるんですよ。カイル先生も、実験台です。」
「え、そんなにひどい人なのか??」
人間同士協力しようって言われたんだけど…。
「誰を信じるかは、先生次第ですけど。」
イスハークはそれだけ言うと、黙ってしまった。この状況で本当に眠ったのか?薄情なヤツだな…。ローラも、なぜか屋上の入口の方へ飛んで行ってしまった。追いかけようにも、イスハークが膝の上に乗っていて動けないし…。
俺は、恨みがましくイスハークの寝顔を見つめた。滑らかな褐色の肌に、長いまつ毛が影を落としている。
褐色の肌に金髪って、珍しいよな。まつ毛の色素も薄いし、染めているわけじゃないんだ。鼻高いなぁ。唇の形とかも全部すごい綺麗…。
つい見惚れていると、
「…男の膝だと、やっぱりちょっと固いですね。」
イスハークが、不満げに呟いて目を開けた。
「仕方ないだろ!女の子にしてもらえよ。お前なら、いくらでも…。」
イスハークが身体を起こした。ふと、端正な顔が近づく。
え……?
そう思った瞬間、俺の唇にイスハークの唇が重なる。
軽く唇を吸われてから、ペロリと舐められた。
「…へぇ、こっちは柔らかい。」
切長の目が、楽しそうに細められる。
「な、何する…っ!」
熱くなった両耳の辺りを抑えられ、またイスハークに口付けられる。今度は、弾力のある舌まで入ってきて俺は青ざめた。
「うぅ……っ、ふ……っ!」
逃げようとする舌を絡め取られ、口の中を好き勝手に犯される。背後の壁に体を押し付けられて逃げられなかった。
こ、子どものするキスなのか、これ…っ。
膝枕くらいならまだしも、生徒にこんなキスされるなんて…。
ショックで呆然とする俺を、イスハークのエメラルド色の瞳が嬉しそうに見ていた。好き勝手して気が済んだのか、やっと長い口づけから解放される。
「な、何するんだ…っ。」
慌てて口を拭った。顔が熱い…。
「キスしたくなったんで。」
全く悪びれない態度に、ついカッとなる。
「変な冗談はよせ!!」
「先生は、可愛いですね。」
まるで女の子を口説く様に色っぽく微笑んで、イスハークが俺の首筋に顔を埋めた。獣がマーキングするみたいに、甘噛みされる。強く吸われて、ジンジンした所を固くした舌で舐められた。
「………っ。」
何とも言えない感覚が迫り上がってきて、心臓が早鐘を打つ。遊びか嫌がらせか知らないけど、こんなことさせちゃいけないと思うのに、体に力が入らない…。
ふと、イスハークの動きが止まった。
「……いい所だったのに。」
そして、名残惜しそうに腕を解き、俺から離れる。
「カイル先生!!」
次の瞬間、屋上のドアの方からミカエラ先生の声がした。
ミカエラ先生の後ろには、生徒が一人ついて来ている。
「ゼノが、屋上の入口が開かないと言うので、心配になって来てしまいました。」
「やっぱイスハークか。屋上を独占すんなよ!」
ミカエラ先生の後ろで、ハリネズミの様に灰色の髪を立て、制服を着崩した少年が、イスハークに毒づく。ゼノは3年生で、ミカエラ先生のクラスの生徒だったはずだ。魔力が強い上に、不真面目な問題児で有名な生徒だ。
「ドアに複雑な封印魔法をかけないでくださいね。解くのに時間かかりましたよ。」
ミカエラ先生の口調は優しかったけど、青い瞳は笑っていない。
「ドアごとぶっ壊せば早いのに。」
「ゼノ、あなたはもう少し勉強しなさい。」
ピシャリと言いのけられ、ゼノは不満そうな顔をしたけど大人しくなった。
「うっかりしてました。」
イスハークは適当なことを言って、壁を背もたれにして欠伸をする。
「…うっかり何をしてたんでしょうね。カイル先生、大丈夫ですか?」
ミカエラ先生と目が合い、俺は咄嗟に何でもない様に笑顔をつくる。
「大丈夫ですよ!心配してもらって、すみません。」
「あれ、首の所、痕ついてんじゃん! へ~。どうりで辞めてくんないわけだ。」
全く空気を読まない感じのゼノが、揶揄うというよりは驚いた様に言う。
咄嗟に首筋に手を当てた。赤い痕が、ジンジンして熱を持っている。
「ゼノ!」
「でもさ、カイル先生にはそろそろ辞めてもらわないと、俺が賭けに負けるんだよなぁ。俺はイスハークと違って、金に困ってるからさぁ。」
ミカエラ先生の制止も聞かず、ゼノが勝手なことを言う。悪びれた風もなく八重歯を見せて笑うゼノに、ミカエラ先生がゲンコツを食らわした。こいつが例の賭けの首謀者なのか。
「だから、賭けはやめなさいと言ってるでしょう!!」
「金が欲しいだけだって!」
「十分な奨学金をもらっているはずです。」
「え~、でもさ~。」
いつも穏やかなミカエラ先生が、本気で怒っている。美しい顔をしているだけにかなり迫力があるが、何となくゼノのことを嫌っている様には見えなかった。ゼノも、俺やイスハークに向けるきつい眼差しと違い、ミカエラ先生を見る目はどことなく優しい。
「あ、そういえば、入口にいた鳥のせいか分かんないけど、今日はカイル先生に魔法かけても効かないから、ちょっと追い払っといた。」
そういえば、ローラが見当たらない。
「カイル先生、あの小鳥変わってますね。イスハークがドアにかけた魔法に興味を持っていた様ですが…。大丈夫なんですか?」
ミカエラ先生も、心配そうな顔をしている。
「リフェット先生からもらった、魔法を吸収してくれる生き物なんですけど、イスハークにも怒られてしまって…。」
チラリとイスハークに視線を向けると、また眠そうにうとうとしている。
「お、イスハーク居眠り中じゃん。チャンス!」
ゼノがニヤリと笑うと同時に、イスハークへ向かって刃の様な鋭い風が飛んだ。
「おい!!」青ざめた俺が声をあげるのと、
「…うるさいな。」イスハークが呟くのは同時だった。
何がどうなったのかわからなかったけど、ゼノが飛ばした風の軌道が変わり、コンクリートの床に突き刺さる。
床が抉れて、盛大にヒビが走った。
「ゼノ!!あなたは、何てことを!!」
ミカエラ先生が青筋を立てて、またゼノにゲンコツを食らわした。
「いって~!!」
「演習場以外での攻撃魔法は禁止でしょう!?万が一、彼に怪我でもさせたら、どうなると思っているんですか!!本当にあなたは手がかかりますね…っ。今日も補習です、補習!!」
ものすごい剣幕で叱られて、ゼノはミカエラ先生に連れて行かれてしまった。
みんな平然としているけど、何だよこれ…。
初めて間近で攻撃魔法を見た俺は、あまりの迫力に体が震えていた。
何だよ、あれ…。当たったらすぐ死ぬぞ…。ここの生徒って、あんなことが出来るのか…。
分かっていたはずなのに、目の当たりにすると怖かった。
やっぱり、人間と魔法使いじゃ力の差がありすぎる…。
震える俺の後ろに、いつの間にかイスハークが立っていて、背後から抱きしめられた。
「は、はなせ……っ!」
恐怖感を感じて、鳥肌が立つ。
「…怖がらないでくださいよ。俺が守りますから。」
イスハークは、少し傷ついた様に言った。
どうしてそんなこと言うんだ…。本当に、俺みたいなただの人間に変な興味を持っているのか…?
まさか、とは思うけど、直接聞くのも怖かった。
イスハークが、首筋の痕を指でなぞると、ゾクリと、変な感覚が走る。
「そろそろ授業が始まりますよ。」
黙り込んだ俺に、イスハークはそう言って腕を解くと、何事もなかったように屋上を出て行った。チャイムが鳴り響く。
俺はひとりその場にへたり込んで、しばらく動けなかった…。
その後、ローラは、俺を待っていたかの様に先に教室に戻っていて、それからずっと俺の側で落ち着いていた。
俺はというと、何とか午後からの授業をこなし、高速で雑務を終わらせると、逃げる様に帰宅した。自宅のベッドでぐったりと横になった俺を、ローラの赤い瞳が不思議そうに見つめている。
イスハークは、この学校で唯一気心の知れた生徒だったのに…。
面倒くさそうな顔をしながらも、聞けば何でも教えてくれて、手も貸してくれた。いつの間にか、ものすごく頼りにしていた。
なのに、何で急にキスなんかしてくるんだよ…。
思い出して頬が熱くなる。
まさか、ミカエラ先生が言っていた通り、今まで助けてくれていたのは、俺とああいうことをしたかったからなのか?
男子生徒を意識したことがなくて、全く気づかなかった。
もう、イスハークに関わっちゃいけない…。
でも、担任だし避け続けるのも無理だ。そうだ、もう無かったことにするしかない。忘れよう…。
俺は、鳥籠の中のローラを見つめた。
得体は知れないけど、明日からはローラに頼るしかない。ミカエラ先生は仕事があるし、そう度々頼りするわけにもいかないし…。
魔法は怖いけど、あと少しの辛抱だ…。
ローラに変わった様子はないし、リフェット先生の実験が、上手くいくことを願うしかない。
あぁ、魔法使いと人間が仲良くできる日なんて、本当に来るんだろうか…。
「…ル、カイル…。」
誰かに名前を呼ばれて、俺はうっすらと目を開けた。
薄暗くなった部屋。
いつの間に眠ってたんだ…?
ベッドから体を起こそうとして、ハッとした。
暗がりの中に、ぼんやりと人影がある。
ゾクリとして、息を呑んだ。
人影が、ゆっくりと近づいて来る。音もなく、まるで浮かんでいる様な滑らかな動きだった。この世のものではない、尋常じゃない雰囲気を感じとり、俺の心臓が、恐怖にドクドクと脈打つ。
「カイル…。」
人影がまた俺の名前を呼び、仄かに光った。
女の子だ。どこかで見たことがある。腰まであるピンク色の長い髪に、パッチリとした大きな赤い瞳…。
「…ローラ?」
それは、俺の初恋の女の子、ローラだった。産まれて初めて出会った、魔法使いの女の子。
10歳くらいの少女の姿が、俺の記憶を鮮やかに蘇らせていく。
「カイル、大好き。」
「え…?」
ローラが、花が咲く様に愛らしく微笑んだ。そう、この笑顔が大好きだった。でも、俺の片思いで、好きなんて言われたことなかったよな…。
「カイルは、私のこと好き?」
「…好きだよ。」
口にすると、胸がキュンとした。子どもの頃の俺は、ローラに告白なんてしていない。魔法使いに憧れて、長い間ずっと好きだったけど、近寄りがたくて進展もなく、学校が別れてからそれきりだ。
「じゃあ、私とイイコトしよ?」
「いいこと?」
ローラが妖艶に微笑んだかと思うと、体が強く発光し、少女の姿から大人の女性の姿へ変わった。
「え??」
ローラの大人の姿なんて見たことないけど、目の前でとんでもない美人に成長して、俺を誘う様に微笑んでいる。
夢、だよな。そうじゃないとおかしい…。
ふと手をとられ、豊満な胸元へ押しつけられた。柔らかくて弾力のある感触は、ものすごくリアルだったけど、本物なわけない。
「もっと、触って?」
ローラが、身につけていた服をはだけさせ、白くて滑らかな肌が露わになった。
夢だと分かっていながらも、ゴクリと喉が鳴る。
そうだ、夢だ。俺に都合のいい夢を見ているんだ。でも…。躊躇う俺に、ローラから甘い匂いが漂ってきた。
頭が、クラクラする。
熱を帯びて勃ち上がってきた俺自身を、ローラの細くて冷たい指がなぞった。堪らない様な気持ちになって、俺はローラを見つめた。情欲に潤んだ大きな瞳が、俺を見つめ返す。
「カイルの、精液が欲しい…。」
美しい容姿に似つかわしくない、恥ずかしいことを言われて、顔が熱くなった。
「え、ローラ、なに…っ!」
ローラが、ベルトを外して俺自身を服から取り出すと、その赤い唇を俺のモノに寄せる。
「………っ!!」
赤い舌でチロチロと舐められ、自分のモノが完全に勃ち上がった。指と唇とで扱かれ、先の方は舌で嬲られる。舌が少しザラザラしていて、絡められると腰が浮いた。
気持ちいい…。気持ち良すぎる…っ!
俺は、あっという間に果ててしまった。ビクビクと腰が痙攣する。
「…美味しい♡」
ローラに可愛いらしく言われて、彼女が自分の放ったモノを全部飲み込んだのだと気づいた。
「え、ご、ごめん…っ!大丈夫?」
慌てふためく俺を見て、ローラがクスクスと笑う。
「ねぇ、もっと…。」
妖艶に微笑んだまま、ローラが俺の上に跨った。そして、果てたばかりの俺自身を、また刺激し始める。
「え、ちょっと…っ!」
もう少し待って欲しい。何だよこの夢…、ハード過ぎないか??
甘い匂いが部屋中に充満していた。否応なく体が熱くなってくる。あまりにもリアルな体の感覚に、俺は戸惑ってきた。
これは、本当に夢なのか?
「君は、本当に…。」
俺の口を塞ぐように、ローラが口づけてきた。柔らかくて小さな唇の感触。昼間とは違う、あの噛みつかれるようなイスハークの……。体に熱がまわり、首筋の痕が疼き出す。ジンジンする感覚に、昼間の出来事がフラッシュバックした。イスハークの声、強い力、俺を見つめるエメラルド色の眼…。
「キーーー!!」
その瞬間、苦しそうな鳴き声とともに、ローラの体が一気に霧散する。俺の上から重さが消えた。
「ローラ……!?」
バタバタと羽ばたく音がする。暗い室内を、小鳥のローラが飛び回り、開いていた窓から外へ飛び出していくのが見えた。
「待って…っ!」
慌てて追いかけようとしたけど、ズボンを履き直したりしているうちに、すっかり見失ってしまった。
夢、じゃない……?自分の頬をつねったら、しっかり痛かった。
じゃあ、さっきの女の子って、小鳥のローラ…?
何で人間の姿になってたんだ?
しかも、俺とイイコトしようなんて……。
ボディーガードじゃなかったのか??
イスハークが言っていた言葉を思い出した。
『魔法の理を無視してますよ。うまくいくわけない。』
言われた通りだ。
ローラに何か変なことが起きているんだ…。
また戻ってくるだろうか?
リフェット先生に、報告しないと…!
窓の外が、うっすらと明るくなってきた。また1日が始まる…。
「なるほど。」
翌朝、俺はリフェット先生の魔法科学実験室にいた。
ローラが戻ってこないことを、朝イチで相談しに来たのだ。痩せて生気のないリフェット先生は、同じ人間なのに近寄り難くて、今まで話をする機会がほとんどなかったので、何だか緊張する。しかも、内容が内容だ。
「ローラは、カイル先生の初恋の人の姿になって、〝精液が欲しい〟と言っていた。で、1回精飲し、〝もっと〟と言っていたのに、なぜか途中で小鳥の姿に戻って逃げてしまい戻って来ないという訳ですね?」
リフェット先生の容赦ない質問に答える形で白状したが、恥ずかしくて死にそうだ。
「……素晴らしい!」
ローラが行方不明だというのに、白衣のリフェット先生はメモを取りながら何やら感動している。
「リフェット先生、魔法は吸収してもなくならないし、ローラが魔法を貯めるとどうなるかわからないと、魔法に詳しい人から聞いたのですが…。」
イスハークが言っていたことが、正しかったのか…?
「その通りです!これは、魔法エネルギーによる生物の進化ですよ!!」
その通りって……!俺は空いた口が塞がらなかった。
「人間のボディーガードの研究じゃなかったんですか!?」
「もちろん、そうです。吸収した魔法を栄養源にする生き物にしたかったんですけど…。まぁでも、生き物ですから。魔法を進化のためのエネルギーにしちゃったんですねぇ。やはり、物質と違って生物と魔法の関係は興味深い…!」
イスハークの言う通りだった。リフェット先生は、何か起こるかもしれないと分かっていて、ローラを俺に託したんだ。
「そんな、進化なんてする可能性があるなら、はじめから教えといてくださいよ!」
人間同士助け合おうなんて言葉を、鵜呑みにした俺がバカだった。
「まぁ、怒らないでくださいよ。人類の進歩のためですから…。」
青白い顔のリフェット先生が、全く悪びれることなくニヤニヤ笑った。なんてやばい人なんだ。
「あの魔法生物は、数種類の生物をかけ合わせて作っています。人になつく習性を付けるために淫魔も入ってますんで、人の形になったり、あなたの精液を採ろうとしたんでしょう。」
あれ、淫魔だったのか…。ローラの妖艶な美女の姿を思い出す。でも、あの調子で誰かの魔法を吸収したり精液を採ったりし続けたら、一体どうなるんだ!?
「リフェット先生、とにかく早くローラを探さないと!」
これからも進化する可能性がある魔法生物を野放しにするなんて心配だ。何か起こる前に、回収しないと…。
「カイル先生、逃げる前に元の鳥の姿に戻ってしまった理由があると思うんですけど、何か心当たりあります?」
俺の焦りをさらりと流して、リフェット先生が冷静に言う。
ローラが鳥に戻る前?
「確か、昨日の昼間のことを思い出してそれで…。」
無意識に、俺は首筋の痕に手を当てていた。リフェット先生は、その様子を見逃すことなく追求してくる。
「おやぁ、キスマーク…。昼間に学校で何かあったんですか?あなたと親しい生徒は、イスハーク君くらいですよね…。なるほど、そういうご関係でしたか。」
リフェット先生は淡々としていたが、俺の頬は熱くなる。
「ふむふむ、ローラちゃんとの行為に集中出来なくなったら、鳥の姿に戻った…。となると、あの魔法生物はあなたの記憶や感情を読み取って利用する知性は育っているものの、精神支配力はまだ弱い様ですねぇ。いやぁ、これからどう育つか楽しみだなぁ…!」
リフェット先生が、青白い顔で嬉々として笑う。
いやいや、楽しみって…おい!
「これからどんどん魔法を吸収して、変な力をつけたらどうするんですか!早く捕まえないと…!」
「何事もリスクはありますよ…。それに、捕まえなくてもあなたの所へ戻ってくる可能性は高いですから。どうやら、淫魔と同じく精液を栄養源にしてるみたいですしねぇ。」
しれっと、恐ろしいことを言う。
「えぇっ!!そんな、戻ってきてまた襲われたら俺はどうしたらいいんですか!?」
「どうなったか、教えてくださいねぇ…。」
ニヤニヤと笑うリフェット先生に、俺は悟った。ダメだ。リフェット先生には話が通じない。誰か他の人に相談しないと…。1番に思い浮かんだのは、やっぱりイスハークだったけど、ダメだ、と思い直す。
そうだ、ミカエラ先生に相談してみよう。でも、もう朝のホームルームが始まる時間だった。俺は、あせる気持ちを抑えて教室へ向かった。
「…おはようございます。」
担当クラスである2年生の教室で、俺は朝のホームルームを始めた。イスハークは、窓側の席で頬杖をついて、こちらを見ている。何だろう、数人の生徒達が、珍しく俺の方を注目している様な気がした。
しばらくすると、教壇に近い席の男子生徒達が、何やらヒソヒソ話を始めた。そして、
「先生~、その首の所どうしたんですか?」
その内の1人が、嫌な笑いを浮かべながら手を上げる。
さっき慌てて絆創膏を貼ってきたけど、カッターシャツの襟でギリギリ隠れない所なので、やはり目立つ。
「ちょっと引っ掻いて、傷になっただけだ…。」
せめて服で隠れる所にして欲しかった。からかいのネタにされ、俺は青ざめる。
ビリっと、魔法で絆創膏が剥がされた。
「本当に引っ掻き傷なんですか~?」
揶揄われても反応しちゃいけないとわかっているのに、頬が熱くなる。
「そうだよ。もう静かにしなさい。」
毅然と振る舞ったつもりだけど、内心は怖い。いつもは加担しない大人しいタイプの生徒達まで、何やらヒソヒソと話し始めた。
「先生、顔真っ赤~!」
収集がつかなくなってきた雰囲気に、俺は内心焦った。
どうしたら…。
俺は無意識に、イスハークの方を見ていた。彼も、俺を見ていた。エメラルド色の鋭い眼差しに、視線が絡め取られる。その瞬間…。
ガタガタ…ッ。
教室の生徒達全員が、一斉に机に突っ伏した。床に転がった生徒も数人いる。
「な、大丈夫か…!?」
俺は、教卓の近くの床に倒れ込んだ生徒に駆け寄った。
「眠らせただけですよ。」
イスハークがそう言って、ゆっくりと席から立ち上がる。
「お前がやったのか…?」
「まぁ、ちょっと腹が立ったんで。」
いつものだるそうな雰囲気とは違う、ピリピリした空気をまとったイスハークが、近づいてきた。そして、倒れた生徒の側でかがみ込んでいた俺の隣で、同じように膝を折る。
「こんなことして、大丈夫なのか…?」
「目が覚めたら、全部忘れてますよ。カイル先生こそ、大丈夫ですか?」
こんなことまで出来るのか…。
助けてくれたのはありがたいけど、こういう力の使い方は、やっぱり怖かった。それに元はと言えばイスハークが痕なんてつけるから…。
「生徒達に勘繰られるから、もう変なことはしないでくれ…。」
首筋の痕に手を当てる。
「それのせいだけじゃないですよ。」
そう言われて、不機嫌そうなイスハークに手首を掴まれた。
力が強くて、軽い痛みが走る。
「………っ。」
そして、そのまま教卓に背中を押しつけられて、俺はバランスを崩して床に尻餅をついた。
「痛いから、やめなさい…。」
イスハークの意図がわからず、声が震えた。手首を掴む力は弛まない。イスハークが、俺の耳元に顔を寄せてきた。そして、
「カイル先生、甘い匂いがする。何か、悪い遊びでもしました?」
低い声で、囁く。
甘い匂い?まさか、ローラの…。昨夜、部屋中に充満していた甘い匂いを思い出す。
「ちゃんとシャワー浴びたのに…。」
「…魔力が強い生徒は、そういうの分かるんですよ。」
だから、何人かの生徒達が反応してたのか…?
そういえば、魔法科学で淫魔の力から作った大人のグッズを売っていたりする。そういう物を使ったと誤解されたんだろうか。
「これはローラが、淫魔の力で、甘い匂いをさせて、人間の姿で襲ってきて、それで…。」
「それで、何されたんです?」
何されたかなんて、生徒に言える内容じゃない…。
「そ、そんなことより、リフェット先生が、ローラは吸収した魔法の力で進化してるかもしれないって…。でも、逃げたんだ…。早く見つけないと…。」
ローラのこと、色々忠告されたのに、結局こんなことになってしまった。説明しながら、どんどん情けない気持ちになる。
「…やっぱり、面倒なことになりましたね。」
ため息をつかれ、返す言葉もなかった。
「…ごめん。」
小さく呟いた俺に、
「その匂いは、俺が消してあげますよ。」
イスハークが、今までに見たことのないような真剣な表情をして言った。
どうして、そんな表情するんだ…?
「あの鳥も、俺が捕まえてやります。だから…。」
俺の心臓が、うるさいくらいに早鐘を打つ。
「褒美には、あなたが欲しい。…いいですよね?」
なにを、なにを言っているんだ…?頭が混乱した。
呆然とする俺に、イスハークが口づけてくる。強引に入ってきた舌に、俺の舌が絡め取られる。逃げようとすると、噛みつかれるみたいに深く口づけられて、また捕まる。どちらのものともわからない吐息が漏れて、飲みきれなかった唾液が顎を伝った。
欲しいと言われた意味を理解して、それと同時に、教室でこんなことをされているという恐怖で我に返った。俺は必死に顔を背けて、キスから逃れる。
「だ、駄目に決まってるだろ…!こんなの、誰かに見られたら…っ。」
みんな、本当に寝てるよな…?寝たふりしてるとか…。
「まぁ、起きる奴もいるかもしれませんね。」
教室を見廻す俺に、イスハークが平然と言う。
「いいって言うまで、離しません。誰かに見られてもいいんですか?」
耳元で囁かれ、そのまま耳を甘噛みされた。唇で吸ったり、舌で舐めたり…。湿った音がして、ゾクゾクする様な感覚が背筋を駆け昇ってくる。耳から、頬、首筋、鎖骨も、次々キスされる。掴まれている手首は、振り解けそうにない。
なんなんだよ…っ。
こんなの、脅しみたいなもんじゃないか…。
気の迷いか何か知らないけど、俺は教師で、男で、10歳以上も年上なんだぞ。それをどうにかしたいなんて、何を考えてるんだ…?
「お前まで、俺のこと何だと思ってるんだよ…っ。」
気がついたら、泣いていた。
ボロボロと涙が溢れてくる。
「頼りにしてた…のに、こんなことして、楽しいか…?こういうのは、好きな子とするんだ…っ。魔法使いは、違うのかよ…?」
イスハークが戸惑った様に動きを止めた。
緩んだ力に、俺は泣きながらヨロヨロと立ち上がった。
教卓に片手をついて、涙を拭う。すると、俺を追いかける様に立ち上がったイスハークが、後ろから抱きしめてきた。
「もう、離せよ…っ。」
いい大人が生徒の前で泣くなんて、情けないにも程がある。そう思うのに、涙が止まらなかった。
「…泣かないでくださいよ。」
困った様な声だった。誰のせいだと思っているんだ…。
イスハークが、俺の頭を撫でる。なんだよ、これじゃまるで立場が逆じゃないか…。
そう思ったけど、イスハークの手が優しくて、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。
「…カイル先生の授業って、あたたかいですよね。長い歴史の中で、魔法使いと人間の間にあったひどい出来事の解釈とか…。人間が作った教科書は、魔法使いに厳しいですけど、先生の話を聞いていると、人間達ともっと分かり合えるんじゃないかという気がしました。」
静かな教室に、イスハークの低い声だけが響く。
もしかしたら、学校中が眠っているのかもしれない。
「だんだん、あなたを守りたいと思うようになって…。」
抱きしめてくる腕に、力がこもる。
「いつの間にか、好きになりました。…あなたを、俺だけのものにしたい。」
「面倒くさい」が口癖のやる気のない男が、俺の授業を眠らずに聞いてくれていた姿を思い出す。
他の生徒は、人間の教師の話なんか真面目に聞いてくれなかったのに。
この世のものとは思えないくらい静まり返った教室で、
イスハークの心臓の音が、聞こえてくる様だった。
本気だと、言われている様な気がした。
俺の心臓の音も、きっと聞こえている。
イスハークが、俺のことを好き…?
そんな、俺は男だし、彼は俺の生徒だ。
無理に決まってるだろ…。でも、俺は何でこんなに動揺しているんだ…?
「あ、ありがとう…。」
俺は、そっとイスハークの腕を解いた。
「でも、ごめん、君は俺の大切な生徒だから…。」
絞り出す様にそれだけ告げて、俺は逃げる様に教室を飛び出した。
しばらくして、学校中が目を覚ました。イスハークが言う通り、みんな何も覚えていないし、誰に眠らされたのかもわからない様子だった。
ローラの匂いについても、その後は何も言われなかった。イスハークが、いつの間にか消してくれたのかもしれない。
ローラのことを何とかしないといけないのに、何もかもが上の空だ…。
イスハークのことが、頭から離れなかった…。
「カイル先生、お昼ご一緒しませんか?」
昼休みの職員室でぼんやりしていると、ミカエラ先生に声をかけられた。食欲がなくて断ろうと思ったけど、ローラのことを相談しないと、と思い直した。食堂で適当に買ってから、人気のない場所で話そうと、ミカエラ先生が担当している魔法制御学の演習場へ向かった。
演習場は一見すると体育館の様だが、魔法が暴発してもいいように、制御システムが張り巡らしてある。人間の俺は、ほとんど来たことがない場所だ。
演習場の隣にある準備室のソファに通され、ミカエラ先生がお茶を淹れてくれる。
「今朝、何かありましたか?」
向かいのソファに座ったミカエラ先生が、心配そうに俺を見つめていた。美しく慈愛に満ちた天使の様で、何もかもを懺悔したい様な気持ちになる。
俺は俯きながら、昨夜のことを話した。今朝のイスハークとのことも。
「今朝は強い魔法の気配がしたので、何かあったとは思いましたけど、私もイスハークの魔力には敵わないので、追求できませんでした。情けないです…。」
ミカエラ先生が、青い瞳を伏せた。
「魔法生物のことは、市街地の方へ行っていたらいけないので、すぐに警備に連絡しておきます。でも、いくら進化するといっても小さな小鳥ですから、捕まえられますよ。心配しないで。」
そう言ってもらえて、少しホッとした。変な被害が出る前に、捕まえないと…。
「すみません。こんなことになってしまって…。」
ミカエラ先生は、俺を責めることなく穏やかに続ける。
「イスハークのことは、少しだけ、こうなるような予感がしていました。私は入学当初から彼を知っているので、あなたを見る目が先生を見る目ではない様な気がして…。彼はぶっきらぼうに振る舞って、隠そうとしていたみたいですけど。」
ミカエラ先生の口調から、イスハークを可愛がっている雰囲気が滲み出ていた。
「…イスハークのこと、嫌いになりましたか?」
「いや、そういう訳では…。」
でも、好きかと聞かれるとよくわからない。生徒をそういう目で見たことがないし、男を好きになったこともない。
俺なんか好きになったって、イスハークも幸せになれないと思うし…。でも、いざ彼を目の前にすると、流されそうになる自分が怖かった。
「イスハークとカイル先生では、その、やはり力の差が大きいので、どうしても彼が嫌いなら、ここで逃げておいた方がいいのかもしれません…。」
ミカエラ先生が、言葉を選びながら続ける。
「でも、もし彼のことを嫌いでなければ、逃げずに見守ってあげてください。」
もう学校を辞めようかと思っていたのを見透かされた様に言われて、俺は俯いた。
でも、これ以上ここにいることが、いいことなのか分からない。
「あの子は家の事情が複雑で、あまり人を信じません。いつも独りでいて寂しそうなので、あなたまでいなくなるのは…。」
ミカエラ先生の言葉に、彼の無表情な横顔を思い出した。
「それと、これは秘密にして欲しいんですけど、私もゼノと色々あって…。彼の気持ちを受け入れることも出来ませんし、かと言ってなかなか言うことも聞かなくて…。」
俺は驚いて、ミカエラ先生を見つめた。先生は恥ずかしそうに、白い頬を染めている。
ミカエラ先生くらい綺麗なら、男女問わずファンはたくさんいそうだ。いや実際いると思うけど、もしかしたらゼノは、先生にとって他の生徒とは違う特別な存在なのかもしれない。
でも、わざわざそんな話を俺にするなんて…。
「…俺、ここにいていいんでしょうか…?」
この学校に来て、ずっとそう思っていた。
魔法使いの生徒達に毎日イジメられて、イスハークとはこんなことになってしまった。
「イスハークが、カイル先生を必要としているんです。人を好きになるのは、悪いことじゃないでしょう?カイル先生のやり方で、彼を見守ってあげてください。それに私も、ゼノとのことは悩んでいるので、時々お話を聞いてもらえると嬉しいです。」
ミカエラ先生が、プラチナブロンドの髪を揺らして微笑んだ。
教師と生徒というだけでも問題で、おまけに男同士で不毛極まりないと思うのに、いざ渦中に入ってしまうと、こんなに普通に悩むのか、と思わされる。こんなに綺麗で魔法使いのミカエラ先生でも、同じなのかもしれない。
魔法使いに必要だと言われたのは、生まれて初めてだ。
彼らともう少しだけ一緒にいてみたい。そう、思った。
放課後になり、俺はひとり社会科準備室で仕事をしていた。
ミカエラ先生が町の警備に連絡してくれたけど、ローラの手がかりはない。魔力が弱いと見つけにくいものらしい。進化して強力になっているわけではなさそうだけど、早く見つかって欲しかった。
外は天気が良く、開いた窓からは心地の良い風が入ってきていた。昼寝でもしたくなる様な、穏やかな夕暮れ時。
やばい、眠くなってきたな…。
昨夜の一件で寝不足だった俺は、仕事中だというのについ眠気に襲われた。
ウトウトし始めた俺は、ふと、小鳥の羽の音を聞いた気がして、ドキリとする。
窓辺に、小さな黄色い小鳥がとまっていた。
「ローラ?」
恐る恐る名前を呼ぶと、
「カイル!」
音もなく幼い少女の姿へと変わった。
俺の所へ戻って来た…!
俺はローラが逃げない様に、慌てて窓を閉めた。とりあえずこの部屋に閉じ込めて、ミカエラ先生を呼ぼう。
この時間なら、部活動の指導をしているはずだ。きっとグラウンドにいるはず。
そう思って、入り口から出ようとしたところで…。
ドアが外から開き、2人の男子生徒が入ってきた。そして、ドアのカギを閉められる。
「君たち、何して…?」
2人とも見覚えのない顔の生徒だった。体格が良く、運動着を着ている。部活動で残っていた生徒だろう。無表情で、目が虚だ。
「カイル、わたしお腹がすいたの。」
嫌な予感がした。
「たくさん魔法のお勉強をして、すごぉくお腹がすいたから、私より魔力が弱い子に協力してもらって、いっぱい精液もらおうと思って♡」
ダメだ、生徒達はローラに操られているんだ…!
逃げようとしたけど入口は1つしかなくて、そこには生徒が立っている。
「だ、だれか…っ!!」
大声を出そうとしたら、1人の生徒に手で口を塞がれた。そして、床に押し倒される。
だめだ、力が強い…っ。俺は絶望的な気持ちでローラを見た。ルビーの様な赤い瞳が、無邪気に俺を見ている。
「いただきまぁす♡」
ペロリと小さな舌で舌なめずりをされ、俺は声にならない悲鳴を上げた。
あの甘い匂いが、部屋を満たす。徐々に頭がクラクラして、どうしたらいいかを考える力がなくなっていく。
誰か、この匂いで気づいてくれないだろうか…?
その願いも虚しく、操られている生徒達に無理矢理服をはがされ、体を無遠慮に弄られた。
「嫌だ、やめろ…っ!!」
声が震える。
俺の両足の間に入り込んでいる生徒が、勃ち上がった雄を俺自身に強くこすりつけてきた。
「あぅ…っ。」
つい漏れた声に誘われる様に、もう1人の生徒が俺の上半身を起こし、背中からはがいじめにしてくる。
耳を舐めながら、乳首を指でいじられた。俺の反応を引き出す様に、強く引っ張ったり、爪を立てたりされて、じわりと下半身に熱がこもる。
「はぁ、やめ…っ。」
体格のいい男子生徒2人がかりだと、みじろぎすることさえできない。がっちりと腰を押さえられて、俺自身と生徒の熱くなったモノとを一緒に擦られる。
腰をゆすりながら手も使って先の辺りを弄られると、グチュグチュと湿った音がした。
こんなの、嫌だ…!!
甘い匂いに敏感になった身体でも、生理的な嫌悪感で快感を追いきれない。
こんなことなら、いっそイスハークに頼めば良かった…。
くぐもった声を上げて、生徒が白濁を吐き出した。腰の動きが緩やかになる。
「もぉ、カイルがイッてないじゃない!魔法使いより人間の精液の方が美味しいのに~!」
ローラが不満そうに頬を膨らませた。とは言えお腹が空いているのか、俺の腹の上に飛び散った精液をザラザラした舌で舐めとる。そして、あまり反応していない俺自身に舌を伸ばしてきた。
「カイルは、私が触るより男の人の方がいいんじゃなかったの?」
どういう意味だ…?
「昨日、私がこの姿を保てなくなるくらい気が逸れちゃったでしょう?」
昨夜、行為の途中で俺がイスハークのことを考えると、ローラが小鳥の姿に戻ってしまったのを思い出した。
「それとも、あのエメラルドみたいな目をした子じゃないとダメなの?」
そうだと言えば、もしかしたら諦めてくれるかもしれない。俺は、一縷の望みをかけて頷いた。でも…。
「じゃあ、あの子呼んできてあげる♡」
無邪気に微笑んだローラに、一瞬頭が真っ白になった。
「え…?」
いや、そういうことじゃない…っ!
「あの子、魔力が強いから気配でわかると思う。」
しかし、ローラは、さっさと入口から出て行ってしまった。
「ま、待て…っ!!」
体を起こそうとすると、生徒達に押さえ込まれた。ローラがいなくなっても、拘束は弛まない様だ。甘い匂いにあてられた生徒達の手が、また伸びてくる。残った体力で暴れてみたけど、逃げられそうになかった。
口の中に、生徒のモノを無理矢理突っ込まれた。そのまま喉の奥まで抜き差しされる。
苦しくて、涙が止まらない。
誰でもいいから助けて欲しいと思う気持ちと、誰にも見られたくないという気持ちがぐちゃぐちゃになる。
もう放課後だから、イスハークは学校にいないかもしれない。
このままローラに逃げられても、知らない生徒にヤられてもいいから、どうか来ないでくれ…。
なけなしの理性で、俺はそれだけを願った…。
どれくらいの時間が経ったんだろう。
生徒達の放ったもので、ベタベタして気持ちが悪い…。
ローラに、早く戻ってきて欲しかった。
知らない男との行為を、気持ちが悪いと思っていた理性が溶けて、身体が反応し始める。
俺の精液くらいあげるから、イスハークには何も言わないでくれ…。
1人の生徒が、俺の後孔を触り始めた。そして、無遠慮に指を突っ込んでくる。普通の状態なら、異物感とか痛みを感じるんだろうけど、甘い匂いに朦朧とした頭では、得体の知れない感覚にすり替わった。指を増やされ、中を掻き回されると、腰が甘く疼く。俺の内側がうねって、意図せず指を咥え込んだ。何なんだこの感じ…。
指を入れていた生徒が、生唾を飲んだ。生徒のモノをあてがわれて、俺はビクリと体を固くする。
かたく目を閉じ、諦めて覚悟を決めた瞬間、
「待ちなさい!見ない方がいい…!!」
ミカエラ先生の声と、複数の足音が聞こえて、俺を犯そうとしていた生徒の動きが止まる。
そして、乱暴にドアが開く音がした。
うっすら目を開けると、数人の人影が見えて…、
「あ………。」
そこには、来ないでくれと願ったイスハークの姿があった…。
「…殺してやる。」
低く唸る様な声と、見たこともない様な冷たい表情だった。
瞳の色が、金色に光って見える。
「イスハーク待て!こいつらは、別に悪気は…。」
俺を襲った生徒達と同じ運動着を着たゼノが、慌てて彼らを連れ出そうとしている。
「ゼノ、2人を連れて早く行きなさい!!」
ミカエラ先生の言葉が聞こえたのと同時に、教室が大きく軋んだ。まるで大地震が来たみたいに、下から突き上げられる様な衝撃が走る。
皆立っていられなくなって、床に這いつくばった。
ミカエラ先生が、呪文を唱え始める。
ゼノも援護する様に呪文を唱えている。
もう、学校が崩れてしまうんじゃないかと思う様な揺れの中
、イスハークだけが立っていて、俺の側まで歩いて来た。
「イスハーク、止めてくれ…っ!」
どうしたらやめてもらえるのか分からず、俺は泣きながら懇願した。
このままじゃ、皆死んでしまうかもしれない。
「お願いだ…、何でもするから…っ!」
「…じゃあもう、黙って俺のものになれ…。」
心が凍りそうな、冷たい表情だった。目の前に手を翳され、視界が遮られる。キンと耳鳴りがして、それを最後に、俺の意識は暗転した…。
あれからどうなったんだろう…。皆は、学校は無事なのか…?
意識を取り戻し、うっすら目を開けると、俺は見覚えのない部屋にいた。夜だろうか。淡い照明に照らし出された室内は、やたら天井が高く、装飾が豪華だ。
ゆっくり体を起こすと、天蓋付きの大きなベッドの上だった。汚れた体は綺麗になっていたけど、何も身につけていない。
「やっと、目が覚めましたか。」
イスハークの声がして、ビクッと体が震えた。
薄暗く広い部屋に視線を移すと、ソファーに座っていた様子の彼が、立ち上がって俺の方へ近づいてくる。
「学校は、どうなったんだ…?ローラは…?」
「あのふざけた鳥は、魔力を奪って捕まえました。学校は…、さぁ、知りません。ミカエラ先生とゼノが何とかしたんじゃないですか。」
興味なさそうに言って、イスハークがベッドの端に腰かけた。厚いスプリングのベッドが、ふわりと揺れる。
あれだけのことをしておいて、知りませんはないだろうと思ったけど、ローラを捕まえてもらえたことに安心した。良かった…。
「ここ、どこだ…?」
「あなたを、閉じ込めるための場所です。」
意味深な言い方に、ドキリとする。
イスハークがゆっくりと俺の上にのしかかってきた。金色の髪が、淡い照明の光を集めて揺れる。
「ここは、俺が週末使っている部屋です。寮だと窮屈なんで。あなたは、今日からここにいてください。」
寮も全室個室のはずなのに、週末使うだけでこんな贅沢な別宅を持っていたのか…。
俺の上で、イスハークが着ていたガウンを脱いだ。
程よく筋肉のついたしなやかな身体が露わになる。
まだ完全な大人ではない、美しい青年の身体…。
彼が何をしようとしているのか悟ると同時に、怖くなった。
彼はまだ17歳の子どもなんだ。こんなの、やっぱり間違っている。
「イスハーク、やっぱりやめよう。せめて卒業するまで…。」
「無理ですよ。」
抑揚のない声でピシャリと言われて、言葉を飲み込んだ。
イスハークが、苦しそうに端正な顔を歪める。
「あいつらに好き勝手されたあなたを見て、魔力の制御が効かないんだ…っ。今も、ギリギリなんです…。くそ…っ、ぶっ壊したい、何もかも…!!」
イスハークの瞳が、猫の様に金色に光り、部屋が、ガタガタと揺れ始める。
学校の大地震を思い出して、冷や汗が流れた。
あれは、意図的に起こしたものじゃなかったのか…?
魔法を制御できないなんて、そんな…。
「お、落ち着いてくれ…。」
「無理だ…っ!」
揺れが、強くなってくる。
「あなたの気持ちを考える余裕がない。欲しい…、俺のものだ…!!」
両足を広げられて、ヒュッと喉がなった。
もう、教師だからとか、男同士だからとか、言ってる場合じゃなかった。イスハークを鎮めないと…。
「い、いいよ、もう好きにして、いい…。」
恐る恐る両腕を伸ばして、彼を抱きしめると、金色に光る瞳が、驚いた様に俺を見つめた。
彼も、一度すれば気が済むかもしれない。
俺は女の子じゃないんだし、もういい大人なんだから、体くらい減るものでもない。
もうそう思うことにして、俺はぎこちなく微笑む。
「男とかは、その初めてで、怖いんだ…。まずは落ち着いてくれよ…。」
いい年して、何言ってんだよ、俺。
でも、色々な意味で怖いのは本心だ。他に方法があればいいのに…。
それにしても、俺なんかのために、ここまで情緒不安定になってくれるなんて…。どうしよう、不謹慎だけど嬉しいなんて、そんなことを思う自分にかぶりを振る。
駄目だ、どんどん流されそうになる…。
部屋の揺れが、徐々に収まってきた。
よかった…。
とりあえずそのことに安堵して、俺は目を閉じた。
行為に感じたりしなければ、イスハークの諦めもつくんじゃないかと思うのに、キスされながら体を弄られると、俺自身が、いつの間にか熱をもつ。
「っ…、あ……っ!」
握られて扱かれると気持ち良くて、思わず声が漏れた。
「あなたが、俺じゃないと駄目だと言うから、俺を呼びにきたってあの鳥から聞きましたけど、本当ですか?」
閉じていた目を開けると、金色の瞳が、俺を眺める様に上から見下ろしている。
「そ、それは…。」
確かにそう言ったけど…。
まるでそれを本当だと証明する様に、彼に捕まった俺の中心は、彼から与えられる刺激に素直な反応を見せる。
自分でも、気持ちがついていかない。
「ミカエラ先生とゼノが、部活の休憩時間に生徒がいなくなったと騒いでいて、丁度一緒にいたんです。だから、あの2人にもバレてますよ。…もう、いいじゃないですか。」
ミカエラ先生とゼノにも聞かれたのか?
ミカエラ先生はともかくゼノは、どう思ったんだろう。
生徒が先生を好きになるのは、大人や恋への憧れも含んでよくあることだ。でもその逆は、あってはならない。
子どもと大人の境界線というものが、そこにきちんとあるべきなんだ。
「ちゃんと答えてくださいよ。」
俺自身をぎゅっと強く握り込まれて、俺は痛みに顔を歪める。
「っ……!俺は生徒相手に、感じたりなんか…。」
「俺には感じてる。屋上でキスした時から…。」
「……っ!」
顔から火が出そうだった。
嫌だ、認めたくない。
イスハークが俺自身をまた刺激し始めた。長い指で緩急をつけながら上下に扱かれると、また気持ち良くなってくる。
嫌だ、駄目だ。でも、どうして彼にされていると思うと、こんなに…。男なのに、生徒なのに…っ。
「わ、わからない…。俺は、何で…っ。」
先の方を指で擦られ、裏筋を指でなぞられると、腰が切なくなってくる。
「いい加減認めてくださいよ。あなたも俺のことが好きだって。」
金色の目が、俺を見下ろしている。揶揄うでも面白がるでもなく、真剣に。
「教師は生徒に、そういう感情は…、持っちゃいけないんだ…っ。」
イスハークの目を見れなくなって、視線を逸らす。泣きそうだった。俺の教師生活、最大のピンチじゃないか。教師というのは、聖職なんだぞ。人によるのかもしれないけど、俺はちゃんとした先生でありたいんだ…。
「素直じゃないですね。」
俺自身の先の方を指でグリグリされて、強く扱かれた。
「んっ、あぁ……!」
グチュグチュと湿った音がして、俺の熱が一気に高まる。
だ、ダメだ…っ。
「好きじゃないなら、あなたはきっとこんな風にならない。」
イかされる……っ!
声を堪えるために、自分の手で口を塞いだ。
「っ…………んんっ……!!」
腰が震える。
達してしまった自分に、心底呆然とした。
イスハークの綺麗な指を、汚してしまった…。
自分の生徒にイかされた…。
イった後のぼんやりした頭でも、とんでもない罪悪感と恥ずかしさに襲われた。
もう、こんなの自分が駄目になってしまう…。
俺は、許しを請う様にイスハークを見上げた。
「やっぱり、もうやめよう…。」
「…あなたの心ごと欲しい。俺以外のことは、どうでもよくなればいい。」
そんなの、俺が俺でなくなる気がする…。
端正な顔が近づいてきて、口を塞がれた。そのまま、
「っ…………!」
俺が放ったもので濡れた指が、後孔に入ってきた。
学校で、そこを掻き回されたことを思い出して、体がすくむ。
「…ここ、あいつらに触られた?」
気持ちを読まれたかの様に言われて、つい黙り込んだ。
「…やっぱり、殺そうかな。」
イスハークが、低く呟く。
「ダメだ!あれは、ローラのせいで、彼らのせいじゃ…っ!」
「先生って、生徒なら誰にでも優しいんですね。」
乱暴に指を抜かれて、痛みに顔を顰めた。
「あんなことされて、平気なんですか?あなたが望むなら、どんなことでもしてやりますよ。死ぬより辛い思いをさせてやることだって…!」
「イスハーク、そういうのはいいから!!そんなに酷いことされてないから…っ。」
殺すとか殺さないとか、いくら魔法使いだからって、いや、魔法使いだからこそ簡単に言わないで欲しかった。
「…リフェット先生の研究室は破壊してやりましたけど。」
「そんなことしたのか…?リフェット先生の、大切な研究が…。」
リフェット先生の研究は、危険かもしれないけど、人間達のために日々積み重ねてきたものだ。
「あなたが傷つけられたんです。当然ですよ。」
そんな風に想ってもらえるのは嬉しいけど、イスハークの容赦の無い振る舞いは、やっぱり怖い。
「ここに、挿れられました?」
「挿れられてないっ…。助けに来てくれたから…。だから、これ以上何もしないでくれ…。」
「……まぁ、傷はないみたいですけど。」
イスハークは、どこか納得のいかない様な表情をしている。
「俺は女じゃないんだから、これくらい大したことじゃない。」
「…へぇ、人間って、もっとか弱いのかと思ってましたけど、案外図太いんですね。」
剣呑な雰囲気が増して、内心焦る。
そうか、イスハークにとって人間は、男でもか弱いのか。
確かに魔法使いの前では、人間なんてそんなものかもしれないけど…。
「もしかして、俺に抱かれるのも、大したことじゃないと思ってます?」
「そ、そんなことない。君は生徒なんだし、十分大したことだよ。」
「じゃあ、何で急に抱かれる気になったんだよ?」
「それは…。」
「とりあえず一回許せば、気が済むとでも思った?」
図星をつかれて、言葉に詰まった。だって、他にどんな方法があるんだよ。
魔力の制御について詳しいことは分からないけど、とにかく落ち着いて欲しかったんだ。
「子どもだと思って、バカにしてます? 覚悟を決めてくれたのかと思ったら、何だよそれ…っ!」
また、建物が揺れ始めた。
こんなの、もうどうしたらいいんだ!?
「バカになんてしてないっ!君には分からないかもしれないけど、大人には色々と事情があって…!だから、君が大人になるまで待って欲し…。」
「そんなこと言って、人間の教師なんてすぐにいなくなるくせに!」
ガタガタと、家具が軋む音がする。
「待ってくれ、落ち着いて…っ!」
どうしよう、もう彼を宥められそうになかった。
「怖いんだ、君を好きになるのは…っ!だって生徒だし、男だし…、魔法使いだし…。こんなの、どうしたら…っ。」
口にしたら、涙が止まらなかった。
こんなにたくさんの壁があるのに、俺は彼に惹かれるんだ。
ローラを好きになった時と、変わらない。憧れと、羨望と、尊敬が入り混じって、目が離せなくなる。
恋人とか、そういうのじゃなくても良かったはずなんだ。
ただ見つめていられれば、それだけで…。
でも、どこで間違ったんだろう。
「…俺のこと、ちゃんと好きって言ってくださいよ。」
イスハークの顔が、涙で滲む。いい大人を泣かせておいて、彼はまるで甘えるように、俺に命令する。
「………好きだ…。」
なのに何で、俺は、彼に従うんだろう。これもいっそ、魔法だったらいいのに。気づかないうちに、心を操られていたとか、そういう魔法。
でも、知っているんだこの感じ。
恋に堕ちる時はいつだって、こんな風に堕ちていくんだ…。
ローションの様なものを使われて、グチュグチュと後孔を解される。異物感に逃げようとする腰を押さえつけられ、念入りに…。
好きだと認めた以上、イスハークが待ってくれるはずもなく、体も彼に暴かれていく。
「イスハーク、もういいから、もう挿れろ!」
痛いのは想像していたし、その方がマシなんだ。それなのに、イスハークの指で内壁を執拗に探られるうちに、体の奥が疼く様な、得体の知れない感覚が広がってくる。
「初めてが痛いのは、後々良くないんで。」
そんなこと考えてくれなくていいから!!
もう、早く挿れて終わって欲しかった。恥ずかしくて、耐えられない。
でも、イスハークは指を増やしてそこをさらにほぐし始めた。
グチュグチュと中を掻き回される度に、甘く疼く様な感覚がどんどん広がる。
「っ…?ひっ、あぁ…っ!!」
そして、ある一点を刺激されると、腰の奥から突き上げてくる様な、強い感覚に襲われた。
「ここがイイんですね。」
嬉しそうに、何度もそこを責められる。そうされると、内側がうねって指を咥え込むのが、自分でもわかった。
その次の瞬間…。
ビリビリと、電気が走る様な感覚が体を突き抜けた。
「あ゛ぁ………っ!! や、な、何…っ?」
体がじんわりと熱くなってくる。
「あなたが、もっと可愛くなる魔法です。…そろそろ、大丈夫か。」
なに、なんの魔法だ!?
入っていた指が抜かれて、代わりに硬くて熱いものを押し付けられた。解されていた入口が、ヒクヒクする。
「声、我慢しないでください。」
情欲を孕んだ声で囁かれて、ゾクリとした。
グッと腰をすすめられて、入口を押し広げられる。ゆっくりと、ものすごい圧迫感を伴って、熱いものが入ってきた。
「ゔ、あぁ…………っ!」
苦しいけど、何なんだこの感じ…?
ギチギチに拡げられた腸壁から、中にあるモノの硬さと大きさがわかった。
その重量感に、まるで満たされる様な……。
イスハークを見上げると、彼も余裕の無さそうな表情をしていた。精悍な顔が、快楽をにじませている。
いつの間にか反応していた俺自身を、イスハークの手が育てる様に扱く。
「っ…!あぁ……っ!」
もどかしい様なじんわりとした快感が広がって、緊張が緩んだ所を、イスハークが一気に奥まで腰を進めた。
「ひ……っ、あ゛ぁ……っ!」
散々解された弱い所を掠めるだけで、頭の芯が痺れる。
だ、ダメだ…っ、こんなのは、知らない……!
普通にセックスしていた時の何倍もの快感が押し寄せる。
「イスハーク、ダメだ、動くな……っ!!」
姿勢が変わって、中のモノの角度が変わっただけで、言いようのない感覚が迫り上がってくる。
「逃げないでください。」
俺の腰を押さえて、イスハークが、ゆっくり動きはじめる。
「あ゛、いやだぁ……っ、動くなっ!」
狭い内側で大きなイスハークのモノを抜き差しされると、どうしても弱い所が擦られる。
「あ゛、あ゛ぁ……っ!!」
俺の腰が痙攣しながら、白濁を吐き出した。
まだ痛い方がマシだった。
こんな、生徒に抱かれて喘ぐ自分なんて、自分じゃない…!
「…すごい、イイ顔。」
イスハークが、薄く笑う。
「いやだ、抜いてくれ…っ、おねが……っ!!」
泣いて頼んでも、本気で暴れても、押さえつけられる。
「ダ、ダメだっ、あ゛ぁーーーーーっ!!」
止まらない。
イスハークに突き上げられる度に、イく。何回も…!
頭が、おかしくなりそうだった。
「俺のこと、好きって言ってください。」
突き上げられながら、何回も繰り返し言わされる。
朦朧とする意識の中で、もう言いなりだった。
「…っ、好き…っ、あ゛……っ!」
「練習してください、もう一回。」
「ひぁ…っ、好き、だから…っ、もう、許し…くれ…っ。」
イきすぎて何も出なくなっても、絶頂が襲ってくる。
体がドロドロに溶けそうな快楽に、もう抵抗すらできない。
支配された。体ごと全部。
満足そうに、イスハークが俺を見下ろしている。
「もう言い訳させませんよ。あなたは、俺のものです。」
こういう魔法使いが、魔王になるのかもしれない…。
俺は、最後そんなことを思いながら、意識を手放した…。
喉が渇いた…。水が飲みたい…。
ぼんやりと目を開けると、やっぱり自分の家じゃなかった。
やたら高い天井と、凝った装飾。
夢なら覚めて欲しかったけど、やっぱりイスハークと一夜を過ごしたことは現実だったんだと思う。
隣には、彼が眠っていた。カーテンの隙間から差し込む日の光に照らされた、穏やかな寝顔。
滑らかな褐色の肌に、長い金色のまつ毛が影を落としている。眠っていれば、やっぱりまだ17歳の青年だ。
彼としてしまった、数々の痴態を思い出すと、死にたいくらい恥ずかしくて、もう社会的に終わった気さえする。
許されない秘密を抱えて重たい体を、俺はそっと起こした。
「……ん……。」
大きなベッドが揺れて、イスハークが寝返りをうつ。
一瞬、起こしたかと思ってギクリとしたけど、まだ静かに寝息をたてていた。
俺は、イスハークが着ていたローブを羽織って、ゆっくりと絨毯の上に降りた。ふわふわしていて柔らかい。
散々な目に遭った割には、体は痛くなかった。これも魔法かもしれない。
ここは、何処なんだろう。
カーテンの隙間から外を覗くと、見たことのある町の景色が広がっていた。学校も見えて、俺は心底ホッとした。
学校が壊滅してなくて良かった。
違う国に連れてこられたわけでもないんだ。
安心した俺は、とりあえずシャワーを探そうと近くにあった扉を開けようとした。でも、なぜか開かない。
内側の鍵も見当たらないのに。
仕方がないので、他に扉がないか探していると…。
「俺より先に、ベッドから出ないでくださいよ。」
急にイスハークの声がして、心臓が飛び出るかと思った。
振り返ると、イスハークがベッドの上で上半身を起こして、俺の方を見ていた。
「お、おはよう。起きてたのか?」
昨夜の記憶が強烈すぎて、表情が強張る。どんな顔をしたらいいか、全くわからない。
「シャワー、探してただけだから!」
「バスルームは、こっちです。食事も後で運ばせますから、やり直してください。」
『おいで』という風に両手を広げられ、俺は抵抗する気力もなくベッドへ戻った。
「素直でいいですね。」
抱きしめられて、頭を撫でられる。
ものすごく複雑な気持ちになったけど、もう張り合う気力はなく、俺はされるがまま大人しくしていた。
だいぶ落ち着いた様子のイスハークは、瞳の色もエメラルドグリーンに戻っている。
「体は、大丈夫ですか?」
体を気遣われ、昨夜の痴態の限りを思い出すと、また死にたくなるくらい恥ずかしくなった。
「だ、大丈夫だから…!」
もう、居た堪れないから早く家に帰りたい。
シーツを握りしめて俯いていると、コポコポと水が注がれる様な音がして、俺は音がする方へ視線を向けた。
水差しとコップが、ふわふわと宙に浮いていて、水が注がれている。
「喉、渇いてませんか?」
イスハークの魔法で差し出されたグラスを受け取る。喉が渇いていたことを思い出して、俺は一気に飲み干した。するとまた、水差しが勝手に水を注ぐ。
「…やっぱり、魔法ってすごいな。」
感心する俺を、イスハークが柔らかい眼差しで見つめている。
ふと、壁に飾られていた絵がぼんやりと光り、描かれていた魚達が、絵から飛び出してきた。
色とりどりの魚達が、部屋中を自由に泳ぎはじめる。
まるで、自分が水の中にいるみたいだ。
「イスハーク、すごい!! 綺麗だ!!」
夢の様に美しい光景に、つい見惚れる。魚に手を伸ばすと、指をつつかれてくすぐったかった。
「オアシスの泉には、こういう魚がたくさんいますよ。」
イスハークも魚に手を伸ばして、つついたりして遊んでいる。
「今度、一緒に泳ぎましょう。あなたは、泳げましたっけ?」
そういえば、あまり泳いだことがないかもしれない。俺は、海のない国で育ったから。
「少しは、いけると思うけど…。」
でもつい見栄を張ろうとする俺に、イスハークが口端を上げて笑う。
「まぁ、溺れたら助けてあげますよ。」
いつもの、イスハークだ。
「そしたらまた、何か奢るよ。」
俺も、いつもの様に答える。
「いりませんよ。可愛く礼でも言ってください。」
ああ、でもやっぱり、俺を見る目はもう…。
イスハークにキスをされながら、思う。
…戻れるわけじゃないんだ。
「ちょっと魔力を使い過ぎてダルいんで、俺はしばらく寝ます。」
イスハークが、俺に抱きつきながら小さくあくびをした。
「俺が起きるまで、ここにいてください。ドアは開きませんから。」
本当に、ここに閉じ込められるのか…?
「起きたら、また一緒に学校行こうな…?」
不安になって、恐る恐る聞いてみる。
「……まぁ、昨夜は可愛かったんで、いいですけど。」
よ、良かった。外には出れそうだ。
「また言い訳したり勝手なことをしたら、もう出しませんよ。」
釘を刺されて、俺はゴクリと唾を飲む。冗談には聞こえない。
「…俺が卒業したら、国へ来てください。」
ふいに、真面目な表情でイスハークが俺を見つめた。
「あなた、俺がやりたいことをしろって前に言ってましたけど…。」
屋上で、力説したのを思い出した。イスハークは、国に帰ってどうしたいんだろう。
「一応、王族なんで、あなたに見せてやれると思います。」
少し、照れた様にイスハークが視線を逸らす。
「見てみたいんでしょう? 魔法使いと人間が、もっと協力して暮らす国。」
そういえば、授業で、話したことがあったかもしれない。
魔法使いの生徒達にも、同じように思ってもらいたくて。
「俺が、見せてあげますよ。だから、そばにいてください。」
その瞬間、もう、常識もプライドも何もかもがどうでも良く思えた。
そんな風に、思ってくれていたのか…。
少し前までは、自分が生徒を好きになるなんて、夢にも思っていなかった。
しかも男で魔法使いで、一国の王子様だ。
身分違いの恋ほど、苦しいものはない。
それは、数々の歴史が証明しているというのに。
あぁでも、例えこの先、どんなに苦しい思いをしたとしても、見てみたい。彼が創る国を。
「…楽しみだよ。」
俺の答えに、イスハークが満足そうに微笑んだ。
「でも、魔王みたいになるなよ?」
彼がそうならない様にするのが、俺の役目なのかもしれない。
「あなた、可愛くしろって言いましたよね?」
「だから、そういう所だって!!」
イスハークが、笑っている。近寄り難い程、端正で精悍な美貌が、笑うと少しだけ親しみやすくなる。
こういう表情を、もっと見てみたい。
これから歩む道が例え受難の道であっても、行けるところまで一緒に行ってみよう。
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