怠けた数だけ強くなれるよ

森野エアコン

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まだ

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「はっ——はっ——はっ——」
 
 薄暗い通路をわき目も振らず、ただ一点テルルだけを目指して少女レーナは駆ける。
 
 通路の左右は壁をくり抜いて造られた小さな部屋がいくつもあった。まるで牢屋だ。扉だったと思われる錆びた鉄格子は……床に転がっていて、役割を果たせていない。
 
 ……鼻が効かない。悪臭の所為で鼻が限界を迎えている。でも、認識票コレがある。テルルの居場所を教えてくれる。1秒でも早くテルルと此処を出でいく。…………それだけ、他は邪魔になる——。
 人として、間違った考えだって理解してる。
 人でなしって言われても構わない。
 
 …………それでも、————
 
 奥に進むにつれ、血の臭いと肉のすえた臭いが一層キツくなる。
 
 いないっ——いないっ——いないっ——
 はやくっ——はやくっ——はやくっ——
 
 ……グチャっ————!
 
 なにか…………踏んだ——? 
 
 思わず、脚を止めてしまう少女レーナ
 
 これ……は…………血。コールタールの様なねっとりとした血が足に纏わりつく……
 誰の……テルルの——? ちが、う…………認識票タグは反応してる……だいじょうぶ……生きてる…………厭……だいじょうぶ…………厭——。
 
 不安に思考あたまが侵食される——。
 
 ——最悪の結果すがたを想像してしまう。
 
 厭だ……、厭だよ……、厭————
 
 
 
「…………レーナ……?」
 
「⁉︎————」
 
 聴きたかった声………見たかった顔………
 レーナはテルルに駆け寄り——ギュッと、抱きしめ名前を呼び続けた。
 
「レーナ、痛い、し、……うるさいよ」
 
「……だって、だって……」
 
 テルルは肩越しに、キョロキョロ辺りを見渡す。
 
「…………レーナ、1人で来たの?」
 
「ううん、ダイキあいつも一緒よ。——テルルこそ、どうしてこんなとこに居るの? ひとり?」
 
「ううん————」
 
 テルルの視線が、背後——通路の暗闇おくに向けられる——
 
「出てきて、…………大丈夫だよ」
 
 暗闇の中から、奴隷の少女が、ゆっくり歩いてきた。
 
「もう大丈夫だよ、レーナが助けに来てくれたから」
 
 それを聞いて、レーナの顔が曇る。
 
「どうしたの……レーナ——?」
 
「なんでもない…………。それより早く逃げないと——あの女の仲間がやって来ないうちに」
 
「たぶん、大丈夫だと思うよ——」
 
「どうして?」
 
「それがさ……、居ないんだよどこにも——。ボクたちが連れてこられた時は何人か居たんだけど。ボクたちを捕まえたのが——2人、ここを見張っていたのが——6人。でも全員、殺されたはず、あの受付に居た女の人に」
 
 確かにさっき、そんな事を言っていた————処分したって。
 
「目の前で見ていたのテルルは?」
 
「いやぁ、さすがにそんなところ見たくないよ。男の叫び声っていうか……断末魔ってやつが聞こえてきたんだよ。声だけだから8人全員かどうか分からないけど、そのあと受付に居た女の人は鉄格子とびら越しに見えたんだけど、それ以降は毎回1人だったから、男は全員殺されたのかなって」
 
「…………その叫び声がしてから、今まで誰か殺されたりしてない?」
 
「うん、静かだったよ。なんでボクたち連れて来られたんだろうって思ってたくらい、なにもされなかったし。ご飯くらい出して欲しいよねー」
 
 そんな冗談を笑いながら言うほど、テルルは余裕があるようだった。
 
 そういえば、と、テルルは何か思い出したようだった。
 
「どうしたの、テルル——?」
 
「ああ、うん、あのね……あの受付の女の人が鉄格子とびらの前を通るたびにね……揺れるんだよ……地面が——」
 
 地面が揺れる————?
 
「最初はたまたま——、地震が起こったのかなって、そう思ってたんだけど……毎回揺れるから、おかしいなって、——ねっ」
 
 テルルは奴隷の少女に同意を求めると、少女はおどおどしながら黙って頷いた。
 
「ねえ、さっきも揺れた?」
 
 さっき——? と、不思議そうなテルル。
 
「今日は二回揺れたよ————。ずっと暗いから、日付と時間の感覚がおかしくなってるけど、レーナに合う————30分から1時間くらい前だと思うけど」
 
「⁉︎」
 
 おかしい——! ここに入るほんの数分前に、あたしはあの女の前を走り抜けた。あの女が、そんなに早くからあたし達を待ち伏せていた様には感じなかった。確か、ダイキあいつが近づいて来たから出てきたって——。
 
「いつも奥の暗がりから、入口に向かって歩いていくだけで、特に何かしてるって感じはしないんだよね、すぐ奥に戻って行くし」
 
 えっ…………もどって、っ————!
 
「テルルっ!」
 
「なっ、なに?」
 
 すぐにここを出ないと——!
 
「テルル走って! すぐにっ——!」
 
「ちよっ、ちょっとまってよ、っ——! 痛いよっ」
 
 強く腕を引っ張ったから、テルルは痛みで顔を歪ませている。それでも離さない…………歪む顔が残っている今のうちに、逃げないといけない。奴隷の少女も、あとに続いて走る。
 
「どうしたのさっ、レーナ————!」
 
「お願いだから黙って走って——!」
 
 はやくっ——はやくっ——はやくっ——はやくっ——はやくっ——!
 
「そんなに急がなくても、あの女の人は一度奥に引っ込むと半日近くは姿を見せないからゆっくり歩いていても大丈夫だよ。むしろ走ったりしたら、足音で気づかれるかもっ——」
 
「ばかっ!」
 
 益々——はやく逃げ出さないとっ——!
 
「……テルル、鉄格子があったはずよね、どうやって外に出たの」
 
「どうって、言われても……、外れてたんだよっ——いつの間にか」
 
「……外れてた」
 
 外したじゃなくて————外れてた——
 
 あの女、どこまで性悪なのよっ!
 
 これは今回が、テルル達の、事なんだ。
 
 途中の、鉄格子が外された部屋——、
 入口に向かって歩くだけの女——、
 それと、さっきの血溜まり——、
 
 あの時点で、おかしいって気づくべきだった。
 
 っ————!
 
 おかしいっ——、入ってきた時より、出口までの距離が長くなってる——!
 
 視界が揺らぐ————、ほんの僅かにあの香水に似た匂いが————。
 
 莫迦はあたしだっ————!
 あの女が巣食っている場所なんだから、幻術の類があるのは予想するべきだったのに。
 
「ほんとうに……、あなたは幻術が効きづらいんですね、面倒なひと。でも~、それももう、どうでも良いことですけどね~」
 
 っ————⁉︎
 
 声が背後から聞こえてくる。
 聞きたくない声が————。
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