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槇島城の戦い~高屋城の戦い
高屋城の戦い
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「今こそが好機! 大坂へ出撃じゃあ!」
一度兵を引いた織田軍は、石山本願寺を撃破する為に着々と準備を進めた。そして桜の咲き誇る季節。大坂の織田軍が石山本願寺軍の砦を奪還したことを好機と見た六助は、予定より早めの出陣を決意したらしい。
ちなみに今回は俺も帯同しなければならないそうだ。何でも今回が石山本願寺との最後の戦になるかもしれないというのと、宿敵の息の根を止めるところを間近で見ていただきたい、といった理由があるのだとか。
まあ俺としては最近ずっと美濃にいたし、久しぶりに戦場に赴くというのも悪くない。戦うのは俺じゃないし、それで皆の士気が奮うのなら。ただ……。
「わたしもいく!」
「あんたまだそんなバカなこと言ってんの?」
子供たち、というか初は簡単には納得してくれなかった。一度準備をする為に屋敷に戻ると出かける際にだだをこねられてしまい、お市が説得するも中々いうことを聞く気配がない。
「初ちゃん、あまりプニながさまをこまらせちゃだめだよ」
「おんながせんじょうにいけるわけ、ない」
武家の娘だけあってその辺りはきちんと理解してくれているらしい。けど、茶々と江の言葉はほぼ無視に近い形で抗議を続ける。
「わたしだってたたかえるもん!」
「そういう問題じゃないし、戦えないでしょうが!」
「じゃあどういうもんだいなの!?」
「えっ」
お市が言葉に詰まる。この世界で女性が戦場に行けない主な理由は「穢れ」。それを子供にどう説明したらいいものか難しいところだ。
ちなみに俺も最近知った話だけど、実際に女性が戦場に出る例は、実を言えばないことはないそうだ。主に武将の奥さんやその娘が、城主が不在の際に城を守る為に戦うとかそんな感じらしいけど。
その時、成り行きを見守っていた帰蝶が、後ろからそっと初に歩み寄って声をかけた。
「初ちゃん」
「なに?」
初は少し不機嫌そうに返事をした。
「私たちのお役目はね、プニ長様のおうちを守って差し上げることなの」
「そうなの?」
「うん。プニ長様が戦場からお帰りなられたのにおうちが無かったらお困りになるでしょ?」
「うん……」
目を伏せて、まだ納得がいかない様子で考えごとをしてから顔をあげた。
「なんでおんなだけなの? おとこもいえをまもればいいじゃん」
「おとこよりおんなの方が家のことを知っているからだよ」
初が口を開けて「あっ」という顔をした。
「家を守るっていうのはね、おとこみたいに戦場で戦うことじゃないの。洗濯に掃除、料理をしておとこの帰る場所を守ったり、家を存続させるのがお仕事。おんなにとっては家が戦場なんだよ」
「いえがせんじょう……」
今度は少し呆けた表情ながらも戦場という響きに眼を輝かせている。
「でも、ははうえはりょうりできないよ? せんたくとかも」
「うっ」
痛いところを突かれたのか、お市がうめき声をあげた。帰蝶はそれに苦笑を浮かべながら応じる。
「侍女の皆がやってくれるからね。私たち武家の娘はその皆をまとめて、時にはおとこみたいに武器を取っておうちを守るんだよ」
「え、そうなの!?」
武将の奥さんや娘が城を守る為に戦う。あまりない例とはいえ、それはこの世界の女性が、有事の際に戦えるだけの鍛錬を積み覚悟を持っているということを意味している。
帰蝶やお市だってそうだ。料理や洗濯をしないのは何も侍女に任せてさぼっているというのではなく、他にしなければならないことがあるから。
「あんたらは見た事ないかもしんないけど、私も義姉上も薙刀振るえるんだから」
「まだ危ないから、鍛錬は三人がいないところでやってるからね」
「へえ……」
「ははうえ、おばうえ、かっこいい」
茶々と江も興奮しながら瞳をきらきらさせ始めた。
「だから、みんなも一緒にプニ長様のおうちを守ってくれる?」
「はい!」
「うん!」
「わかった」
こうして帰蝶のさすがな説得によって、俺は何とか屋敷を出ることが出来たのであった。
美濃を出発した織田軍は京都を経て大坂へと入り、若江城へと入った。
「ささ、プニ長様はしばらくここでお休みください」
「キュキュン(何か悪いな)」
どうやら、城の最上階にある寝室でしばらく寝泊まりするらしい。
つまり俺はいつもの如くただ前線の奥にいるだけで戦うわけじゃない。が、犬の身体では何が出来るわけでもないのでどうしようもない。皆が「いるだけで士気が上がる」と言うのだからそれに甘えさせてもらおう、とすでに諦めがついている。
織田軍はすぐに高屋城へと進軍したものの、城を守ろうと打って出た三好康長軍との激しい戦闘になった。結果勝利を収めた織田軍は、高屋城下にいる三好軍の足軽や武士たちの身体中の毛をむしりとることで戦意を喪失させる。
それで仏門に入ったと勘違いされ、やつらは僧に寺へと連れていかれてしまったらしいけど、その寺次第では本願寺の兵力が増してしまうので別に戦意を喪失させなくてもよかったのではと思う。
そして勢いづく織田軍の元に、美濃や尾張を始め、畿内や朝倉から織田領になった若狭や根来衆など、各方面からの援軍が多数押し寄せ、総勢で十万を超える大軍となった。
「いと尊し」「ありがたやありがたや」
「この手、一生洗いますまい」
六助の提案で、援軍に来てくれた諸将にプニモフをさせてあげた。当然彼らの士気を上げることが目的で、何としても今回で石山本願寺を倒したいという、六助の強い気持ちが感じられる。
プニモフの下賜が終了すると、俺は六助や馬廻衆と共に天王寺へと移動。ここに布陣して石山本願寺と対峙した。
織田軍は石山本願寺に攻撃を仕掛けつつ、新堀城を攻め立てていく。
新堀城は高屋城と石山本願寺を支援している重要な拠点で、ここを落とせば本願寺の落城は目前とのこと。
そして、織田軍は瞬く間に新堀城を落としてしまった。
「がっはっは! 敵の陣地で刈り取った稲は美味いですなぁ!」
「キュンキュンキュン(本当に稲のまま食うな)」
六助が石山本願寺周辺で刈り取った稲を生でもさもさと食べていて、もはや狂気しか感じない。
「いやあ、限りなく米に近付いているこの感じ! 生命を感じます!」
「キュキュンキュン(多分米になってからの方がより生命を感じると思う)」
むしゃむしゃぱきぱきと異常な咀嚼音を立てながら六助は続ける。
「しかし、あの石山本願寺落城ももはや時間の問題。必ずや無数の僧兵の尻をプニ長様の前に並べてご覧に入れますぞ!」
「キュウンキュキュン(何てものを見せようとしてんだお前は)」
何ていつも通りの? やり取りをしていると、にわかに陣の外から騒がしい足音が近づいてきた。その足音は、陣に入って来るなり早々に声を荒げる。
「プニ長様! 六助様!」
六助が勢いよく振り返る。
「どうした! お前もこの稲が欲しいのか?」
「いっ、いえ、お気持ちだけでも私にはもったいのうございます!」
「そうか……して、用件は?」
目を伏せ、何故か少し残念そうな顔をする。
「はっ! 徳川家康様の領内にある長篠城に武田軍が攻めて参りました!」
「何っ!?」
一瞬で六助だけじゃなく、陣にいる全ての人間へ緊張が走るのがわかった。
皆が驚いているのは、当主の信玄に何かあったのであろう武田は、しばらく動かないと思っていたからだ。おまけにもし情報が本当なら、徳川だけでは三方ヶ原の二の舞になってしまうかもしれない。同盟の織田家としては一刻も早く救援に向かうべき事態だった。武田軍というのはそれぐらいの脅威なのだ。
「敵の数はわかっているのか?」
「詳しくは……。しかし、万は確実に越えているものと」
「ぬぬぬ。くそっ、本願寺落城も目前だというのに」
六助は心底悔しそうに、拳を膝にうちつけた。
「キュキュンキュンキュ? (それでも家康を助けに行った方がいいんじゃね?)」
「プニ長様、そうですね。仰る通りでございます」
言葉が通じたわけではないものの、六助もただちに家康と合流した方がいいことはわかっているのだろう。
「是非も無し。織田軍はただちに家康殿と合流する。そう伝えてくれ」
「了解致しました!」
伝令役の足軽たちが出入りし、忙しなくなっていく織田本陣の喧騒を聞いていると、何故か急に帰蝶に会いたくなった。
一度兵を引いた織田軍は、石山本願寺を撃破する為に着々と準備を進めた。そして桜の咲き誇る季節。大坂の織田軍が石山本願寺軍の砦を奪還したことを好機と見た六助は、予定より早めの出陣を決意したらしい。
ちなみに今回は俺も帯同しなければならないそうだ。何でも今回が石山本願寺との最後の戦になるかもしれないというのと、宿敵の息の根を止めるところを間近で見ていただきたい、といった理由があるのだとか。
まあ俺としては最近ずっと美濃にいたし、久しぶりに戦場に赴くというのも悪くない。戦うのは俺じゃないし、それで皆の士気が奮うのなら。ただ……。
「わたしもいく!」
「あんたまだそんなバカなこと言ってんの?」
子供たち、というか初は簡単には納得してくれなかった。一度準備をする為に屋敷に戻ると出かける際にだだをこねられてしまい、お市が説得するも中々いうことを聞く気配がない。
「初ちゃん、あまりプニながさまをこまらせちゃだめだよ」
「おんながせんじょうにいけるわけ、ない」
武家の娘だけあってその辺りはきちんと理解してくれているらしい。けど、茶々と江の言葉はほぼ無視に近い形で抗議を続ける。
「わたしだってたたかえるもん!」
「そういう問題じゃないし、戦えないでしょうが!」
「じゃあどういうもんだいなの!?」
「えっ」
お市が言葉に詰まる。この世界で女性が戦場に行けない主な理由は「穢れ」。それを子供にどう説明したらいいものか難しいところだ。
ちなみに俺も最近知った話だけど、実際に女性が戦場に出る例は、実を言えばないことはないそうだ。主に武将の奥さんやその娘が、城主が不在の際に城を守る為に戦うとかそんな感じらしいけど。
その時、成り行きを見守っていた帰蝶が、後ろからそっと初に歩み寄って声をかけた。
「初ちゃん」
「なに?」
初は少し不機嫌そうに返事をした。
「私たちのお役目はね、プニ長様のおうちを守って差し上げることなの」
「そうなの?」
「うん。プニ長様が戦場からお帰りなられたのにおうちが無かったらお困りになるでしょ?」
「うん……」
目を伏せて、まだ納得がいかない様子で考えごとをしてから顔をあげた。
「なんでおんなだけなの? おとこもいえをまもればいいじゃん」
「おとこよりおんなの方が家のことを知っているからだよ」
初が口を開けて「あっ」という顔をした。
「家を守るっていうのはね、おとこみたいに戦場で戦うことじゃないの。洗濯に掃除、料理をしておとこの帰る場所を守ったり、家を存続させるのがお仕事。おんなにとっては家が戦場なんだよ」
「いえがせんじょう……」
今度は少し呆けた表情ながらも戦場という響きに眼を輝かせている。
「でも、ははうえはりょうりできないよ? せんたくとかも」
「うっ」
痛いところを突かれたのか、お市がうめき声をあげた。帰蝶はそれに苦笑を浮かべながら応じる。
「侍女の皆がやってくれるからね。私たち武家の娘はその皆をまとめて、時にはおとこみたいに武器を取っておうちを守るんだよ」
「え、そうなの!?」
武将の奥さんや娘が城を守る為に戦う。あまりない例とはいえ、それはこの世界の女性が、有事の際に戦えるだけの鍛錬を積み覚悟を持っているということを意味している。
帰蝶やお市だってそうだ。料理や洗濯をしないのは何も侍女に任せてさぼっているというのではなく、他にしなければならないことがあるから。
「あんたらは見た事ないかもしんないけど、私も義姉上も薙刀振るえるんだから」
「まだ危ないから、鍛錬は三人がいないところでやってるからね」
「へえ……」
「ははうえ、おばうえ、かっこいい」
茶々と江も興奮しながら瞳をきらきらさせ始めた。
「だから、みんなも一緒にプニ長様のおうちを守ってくれる?」
「はい!」
「うん!」
「わかった」
こうして帰蝶のさすがな説得によって、俺は何とか屋敷を出ることが出来たのであった。
美濃を出発した織田軍は京都を経て大坂へと入り、若江城へと入った。
「ささ、プニ長様はしばらくここでお休みください」
「キュキュン(何か悪いな)」
どうやら、城の最上階にある寝室でしばらく寝泊まりするらしい。
つまり俺はいつもの如くただ前線の奥にいるだけで戦うわけじゃない。が、犬の身体では何が出来るわけでもないのでどうしようもない。皆が「いるだけで士気が上がる」と言うのだからそれに甘えさせてもらおう、とすでに諦めがついている。
織田軍はすぐに高屋城へと進軍したものの、城を守ろうと打って出た三好康長軍との激しい戦闘になった。結果勝利を収めた織田軍は、高屋城下にいる三好軍の足軽や武士たちの身体中の毛をむしりとることで戦意を喪失させる。
それで仏門に入ったと勘違いされ、やつらは僧に寺へと連れていかれてしまったらしいけど、その寺次第では本願寺の兵力が増してしまうので別に戦意を喪失させなくてもよかったのではと思う。
そして勢いづく織田軍の元に、美濃や尾張を始め、畿内や朝倉から織田領になった若狭や根来衆など、各方面からの援軍が多数押し寄せ、総勢で十万を超える大軍となった。
「いと尊し」「ありがたやありがたや」
「この手、一生洗いますまい」
六助の提案で、援軍に来てくれた諸将にプニモフをさせてあげた。当然彼らの士気を上げることが目的で、何としても今回で石山本願寺を倒したいという、六助の強い気持ちが感じられる。
プニモフの下賜が終了すると、俺は六助や馬廻衆と共に天王寺へと移動。ここに布陣して石山本願寺と対峙した。
織田軍は石山本願寺に攻撃を仕掛けつつ、新堀城を攻め立てていく。
新堀城は高屋城と石山本願寺を支援している重要な拠点で、ここを落とせば本願寺の落城は目前とのこと。
そして、織田軍は瞬く間に新堀城を落としてしまった。
「がっはっは! 敵の陣地で刈り取った稲は美味いですなぁ!」
「キュンキュンキュン(本当に稲のまま食うな)」
六助が石山本願寺周辺で刈り取った稲を生でもさもさと食べていて、もはや狂気しか感じない。
「いやあ、限りなく米に近付いているこの感じ! 生命を感じます!」
「キュキュンキュン(多分米になってからの方がより生命を感じると思う)」
むしゃむしゃぱきぱきと異常な咀嚼音を立てながら六助は続ける。
「しかし、あの石山本願寺落城ももはや時間の問題。必ずや無数の僧兵の尻をプニ長様の前に並べてご覧に入れますぞ!」
「キュウンキュキュン(何てものを見せようとしてんだお前は)」
何ていつも通りの? やり取りをしていると、にわかに陣の外から騒がしい足音が近づいてきた。その足音は、陣に入って来るなり早々に声を荒げる。
「プニ長様! 六助様!」
六助が勢いよく振り返る。
「どうした! お前もこの稲が欲しいのか?」
「いっ、いえ、お気持ちだけでも私にはもったいのうございます!」
「そうか……して、用件は?」
目を伏せ、何故か少し残念そうな顔をする。
「はっ! 徳川家康様の領内にある長篠城に武田軍が攻めて参りました!」
「何っ!?」
一瞬で六助だけじゃなく、陣にいる全ての人間へ緊張が走るのがわかった。
皆が驚いているのは、当主の信玄に何かあったのであろう武田は、しばらく動かないと思っていたからだ。おまけにもし情報が本当なら、徳川だけでは三方ヶ原の二の舞になってしまうかもしれない。同盟の織田家としては一刻も早く救援に向かうべき事態だった。武田軍というのはそれぐらいの脅威なのだ。
「敵の数はわかっているのか?」
「詳しくは……。しかし、万は確実に越えているものと」
「ぬぬぬ。くそっ、本願寺落城も目前だというのに」
六助は心底悔しそうに、拳を膝にうちつけた。
「キュキュンキュンキュ? (それでも家康を助けに行った方がいいんじゃね?)」
「プニ長様、そうですね。仰る通りでございます」
言葉が通じたわけではないものの、六助もただちに家康と合流した方がいいことはわかっているのだろう。
「是非も無し。織田軍はただちに家康殿と合流する。そう伝えてくれ」
「了解致しました!」
伝令役の足軽たちが出入りし、忙しなくなっていく織田本陣の喧騒を聞いていると、何故か急に帰蝶に会いたくなった。
応援ありがとうございます!
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