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1 運命の恋
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とある時代の、とある国でのお話
その国は緑も多く、貿易も盛んに行われており、周辺諸国の中でも特に栄えた国だった。貴族と平民は身分差こそしっかりあるけれど、共存し発展してきた。
そんな国の結婚適齢期は男性が十八歳から、女性が十六歳からである。女性で二十歳を過ぎようものなら、“行き遅れ”のレッテルを貼られかねないのだ。
ここに一人の女性が居る。
フィオナ・ローズ伯爵令嬢
性格は穏やかで賢く、出しゃばりすぎず控えめすぎない。絶世の美女とはいかないけれど、母親譲りの美しいブロンドと薄紫の瞳で笑顔の可愛らしい女性だ。
自領の特産物と貿易で財を成した伯爵家で身分も申し分なく、結婚相手としてはまたとない女性であるのだが、世の貴族は口を揃えて言う。
『しかし、彼女は行き遅れだ』
フィオナ・ローズは今年で二十四歳の年を迎える。そんな彼女が、幸せになるための物語
「姉さん、また夜会に行かないそうじゃないか」
「アル、新しい本が手に入ったの、すぐに読んでしまいたいのよ」
「本はいつだって読めるだろう。姉さんはこうしている間にも年をとっていくんだから」
フィオナの弟、アルテリアが呆れたようにため息を吐く。家同士の決めた婚約者が居ない貴族たちは夜会に参加して恋人や結婚相手を探すものだ。一昔前は婚約者が居るのがあたりまえだったが、今は恋愛結婚や見合い結婚のほうが多くなっている。愛のない結婚はよくない、と先代の国王が明言したのだ。だからフィオナにもアルテリアにも婚約者は居ない。
しかし、アルテリアには想い人がいるらしく、その令嬢が参加する夜会に合わせて参加し、逢瀬を重ねているという。婚約者も恋人も居ないのに、夜会にも参加しない姉を弟として心配しているのだ。
「アル! なんてこと言うの!」
「げ、母様」
「恋愛結婚が主流になった今、『行き遅れ』なんて言葉はナンセンスなのよ!」
「でも、みんなそう言ってる。このままじゃレディ・ローズは年寄りの後妻になるしかないって」
「その『みんな』を連れてらっしゃい! わたくしが成敗してさしあげるわ!」
きっ、と二人の母親であるエレノアが声を荒げた。エレノアはまさしく先王の恩恵を受けた人間であり、公爵家出身でありながら大きく格の離れた伯爵家に嫁いできた令嬢だった。
世間は当時公爵令嬢と伯爵家の嫡男のラブロマンスにそれはもう湧いたと言う。その話はフィオナもアルテリアもなんども聞かされているから知っている。それ故に、フィオナはともかくとして、アルテリアは『運命の恋』とういうものに憧れているらしい。だからこそ頻繁に夜会に顔を出し、これぞという令嬢を探しているのだ。
「フィオナ」
「はい」
「世の声は気にしなくていいのよ、貴女が結婚したいと思う相手が居たなら結婚なさい」
「……はい、お母様」
アルテリアのため息を背中に聞きながら、フィオナはにこりと微笑んだ。
満足そうに頷きお茶会があるからと出ていったエレノアを見送って、テーブルに置いてあった本を手に取る。
「姉さん、どこ行くの」
「図書館よ、落ち着ける場所で本を読むわ」
肩を竦めてドアに向かうフィオナを見ながら、アルテリアは申し訳なさそうに視線を外した。何も姉を行き遅れだと揶揄いたかったわけではない。幼い頃から自分の面倒をよく見てくれていた姉が社交界の噂の的になるのが嫌だったのだ。よく夜会に顔を出しているアルテリアからすれば、フィオナはそこらへんの令嬢よりも、よほど素晴らしい令嬢に見えた。可愛らしい容姿をしているし、でしゃばりではなく聡明で贅沢もしない。そんな姉が結婚できないというレッテルを貼られるのは我慢ならない。だから早く結婚してほしく、こんなことを言ってしまう。
「姉さん、ごめん、僕」
「いいのよ、……ありがとう、アルテリア」
アルテリアの気持ちはフィオナもわかっていた。しかし、だからと言って意気揚々と夜会に向かい結婚相手を探す気にはなれなかった。フィオナは、自分が夜会に行ったところで社交界の話のタネにされることがわかっていた。自分はそれでもいい、しかし何の罪もない弟にまで噂の手が及んでしまうことは避けたかった。
だから、これでいい。いつか王子様が、なんて物語を願っているわけでもない。想い合っていようと、神の定めた運命には逆らうことができないと、フィオナは知っているのだから。
「こんにちは、フィオナ様、今日は本を借りに?」
「いいえ、いつもの席で新刊を読ませてもらおうかと思って」
「空いていますよ、どうぞ」
王立図書館に着くと、馴染みの司書がフィオナに話しかけた。王立図書館に勤める人間は貴族と平民とそれぞれ居るけれど、実際に図書館で本の管理や貸し借りの作業をするのはほとんどが平民だった。貴族たちは次年度の予算や権力争いで忙しいらしくほとんどを執務室のある城で過ごしている。それ故、あまり貴族の目の届かない王立図書館は平民にも開かれている。
ほとんどの貴族は屋敷に専用の図書室を持っており、わざわざ王立図書館を利用したりはしない、令嬢ならなおさらのことである。
いつもの席、とフィオナが言うのは窓際にあるすこし日陰になる席だった。最初は日のあたる席に座っていたが、長い間そこにいると本が日に焼けることに気づいたのだ。ついでに自分の肌も焼けてしまう。だから、いまは日陰の席で静かに本を読むことにしている。
馴染みの司書に礼を言ってその席に向かった。新刊というのは、最近話題の冒険小説のことだった。貴族、平民関わらずに人気のそれは、冒険家が実際に遭遇したことを元に書かれているらしい。シリーズ四作目をいち早く手に入れて、フィオナは上機嫌だった。
「……だ、……が」
「ですから……、……は」
フィオナが小説に没頭していると、普段は静かな図書館に人の声が響いた。それは図書館の静かさに合わせて抑えられているけれど、誰も喋らないが故によく響いていた。どうやらカウンターあたりでやりとりがされているらしいが、フィオナの席からはそれは見えなかった。あと少しで読み終わる本へ視線を戻そうとしたが、よく聞くと馴染みの司書が困っているようだった。そんな状況では本に集中できない。小さくため息を吐いて立ち上がり、フィオナはカウンターへと向かった。
「だから、検索魔法を使えばすぐわかるんじゃないのか」
「それは、その、出来ないといいますか……」
「何故だ」
ひょい、と本棚を抜けてカウンターの方を覗くと、やはり対応しているのは馴染みの司書だった。相手は身なりからするに貴族だろう。少し高圧的な言い方がそれを物語っている。そして聞こえた「検索魔法」の言葉。この国では魔法は当たり前に生活に根付いていて、平民でも使える者は居る。そして件の検索魔法だが、これは少し下準備が必要なものだった。
ぱちり、と司書とフィオナの視線が合う。あ、と思ったときには、フィオナは足を踏み出していた。
「失礼いたします、探し物ですか?」
声をかけられた青年は訝しげにフィオナを見た。二人の視線が合う。
これが、フィオナ・ローズと後に彼女の運命を大きく変える相手との出会いだった。
その国は緑も多く、貿易も盛んに行われており、周辺諸国の中でも特に栄えた国だった。貴族と平民は身分差こそしっかりあるけれど、共存し発展してきた。
そんな国の結婚適齢期は男性が十八歳から、女性が十六歳からである。女性で二十歳を過ぎようものなら、“行き遅れ”のレッテルを貼られかねないのだ。
ここに一人の女性が居る。
フィオナ・ローズ伯爵令嬢
性格は穏やかで賢く、出しゃばりすぎず控えめすぎない。絶世の美女とはいかないけれど、母親譲りの美しいブロンドと薄紫の瞳で笑顔の可愛らしい女性だ。
自領の特産物と貿易で財を成した伯爵家で身分も申し分なく、結婚相手としてはまたとない女性であるのだが、世の貴族は口を揃えて言う。
『しかし、彼女は行き遅れだ』
フィオナ・ローズは今年で二十四歳の年を迎える。そんな彼女が、幸せになるための物語
「姉さん、また夜会に行かないそうじゃないか」
「アル、新しい本が手に入ったの、すぐに読んでしまいたいのよ」
「本はいつだって読めるだろう。姉さんはこうしている間にも年をとっていくんだから」
フィオナの弟、アルテリアが呆れたようにため息を吐く。家同士の決めた婚約者が居ない貴族たちは夜会に参加して恋人や結婚相手を探すものだ。一昔前は婚約者が居るのがあたりまえだったが、今は恋愛結婚や見合い結婚のほうが多くなっている。愛のない結婚はよくない、と先代の国王が明言したのだ。だからフィオナにもアルテリアにも婚約者は居ない。
しかし、アルテリアには想い人がいるらしく、その令嬢が参加する夜会に合わせて参加し、逢瀬を重ねているという。婚約者も恋人も居ないのに、夜会にも参加しない姉を弟として心配しているのだ。
「アル! なんてこと言うの!」
「げ、母様」
「恋愛結婚が主流になった今、『行き遅れ』なんて言葉はナンセンスなのよ!」
「でも、みんなそう言ってる。このままじゃレディ・ローズは年寄りの後妻になるしかないって」
「その『みんな』を連れてらっしゃい! わたくしが成敗してさしあげるわ!」
きっ、と二人の母親であるエレノアが声を荒げた。エレノアはまさしく先王の恩恵を受けた人間であり、公爵家出身でありながら大きく格の離れた伯爵家に嫁いできた令嬢だった。
世間は当時公爵令嬢と伯爵家の嫡男のラブロマンスにそれはもう湧いたと言う。その話はフィオナもアルテリアもなんども聞かされているから知っている。それ故に、フィオナはともかくとして、アルテリアは『運命の恋』とういうものに憧れているらしい。だからこそ頻繁に夜会に顔を出し、これぞという令嬢を探しているのだ。
「フィオナ」
「はい」
「世の声は気にしなくていいのよ、貴女が結婚したいと思う相手が居たなら結婚なさい」
「……はい、お母様」
アルテリアのため息を背中に聞きながら、フィオナはにこりと微笑んだ。
満足そうに頷きお茶会があるからと出ていったエレノアを見送って、テーブルに置いてあった本を手に取る。
「姉さん、どこ行くの」
「図書館よ、落ち着ける場所で本を読むわ」
肩を竦めてドアに向かうフィオナを見ながら、アルテリアは申し訳なさそうに視線を外した。何も姉を行き遅れだと揶揄いたかったわけではない。幼い頃から自分の面倒をよく見てくれていた姉が社交界の噂の的になるのが嫌だったのだ。よく夜会に顔を出しているアルテリアからすれば、フィオナはそこらへんの令嬢よりも、よほど素晴らしい令嬢に見えた。可愛らしい容姿をしているし、でしゃばりではなく聡明で贅沢もしない。そんな姉が結婚できないというレッテルを貼られるのは我慢ならない。だから早く結婚してほしく、こんなことを言ってしまう。
「姉さん、ごめん、僕」
「いいのよ、……ありがとう、アルテリア」
アルテリアの気持ちはフィオナもわかっていた。しかし、だからと言って意気揚々と夜会に向かい結婚相手を探す気にはなれなかった。フィオナは、自分が夜会に行ったところで社交界の話のタネにされることがわかっていた。自分はそれでもいい、しかし何の罪もない弟にまで噂の手が及んでしまうことは避けたかった。
だから、これでいい。いつか王子様が、なんて物語を願っているわけでもない。想い合っていようと、神の定めた運命には逆らうことができないと、フィオナは知っているのだから。
「こんにちは、フィオナ様、今日は本を借りに?」
「いいえ、いつもの席で新刊を読ませてもらおうかと思って」
「空いていますよ、どうぞ」
王立図書館に着くと、馴染みの司書がフィオナに話しかけた。王立図書館に勤める人間は貴族と平民とそれぞれ居るけれど、実際に図書館で本の管理や貸し借りの作業をするのはほとんどが平民だった。貴族たちは次年度の予算や権力争いで忙しいらしくほとんどを執務室のある城で過ごしている。それ故、あまり貴族の目の届かない王立図書館は平民にも開かれている。
ほとんどの貴族は屋敷に専用の図書室を持っており、わざわざ王立図書館を利用したりはしない、令嬢ならなおさらのことである。
いつもの席、とフィオナが言うのは窓際にあるすこし日陰になる席だった。最初は日のあたる席に座っていたが、長い間そこにいると本が日に焼けることに気づいたのだ。ついでに自分の肌も焼けてしまう。だから、いまは日陰の席で静かに本を読むことにしている。
馴染みの司書に礼を言ってその席に向かった。新刊というのは、最近話題の冒険小説のことだった。貴族、平民関わらずに人気のそれは、冒険家が実際に遭遇したことを元に書かれているらしい。シリーズ四作目をいち早く手に入れて、フィオナは上機嫌だった。
「……だ、……が」
「ですから……、……は」
フィオナが小説に没頭していると、普段は静かな図書館に人の声が響いた。それは図書館の静かさに合わせて抑えられているけれど、誰も喋らないが故によく響いていた。どうやらカウンターあたりでやりとりがされているらしいが、フィオナの席からはそれは見えなかった。あと少しで読み終わる本へ視線を戻そうとしたが、よく聞くと馴染みの司書が困っているようだった。そんな状況では本に集中できない。小さくため息を吐いて立ち上がり、フィオナはカウンターへと向かった。
「だから、検索魔法を使えばすぐわかるんじゃないのか」
「それは、その、出来ないといいますか……」
「何故だ」
ひょい、と本棚を抜けてカウンターの方を覗くと、やはり対応しているのは馴染みの司書だった。相手は身なりからするに貴族だろう。少し高圧的な言い方がそれを物語っている。そして聞こえた「検索魔法」の言葉。この国では魔法は当たり前に生活に根付いていて、平民でも使える者は居る。そして件の検索魔法だが、これは少し下準備が必要なものだった。
ぱちり、と司書とフィオナの視線が合う。あ、と思ったときには、フィオナは足を踏み出していた。
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