夏空、到来

楠木夢路

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夏空、到来

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 なっちゃんは帰り道を急いでいました。
 公園で友達と遊んでいるうちに、日もそろそろ傾きかけています。ママと約束した五時はとっくに過ぎてしまっていました。
「早く帰らなくちゃ、また怒られちゃう」
 近頃はずっと雨の日ばかりが続いていました。
「梅雨なんだから仕方ないわ」
 ママはそうは言っていましたが、なっちゃんは遊びに行けない日が続いて、毎日、たいくつで仕方ありませんでした。
 今日は久しぶりに天気が良かったから、なっちゃんは朝からはしゃいでいました。
 学校が終わると、公園で友だちと待ち合わせをして、みんなでオニごっこをしていたのです。
 夢中になって遊んでいたら時間なんてあっという間です。
 誰かが「あ、五時過ぎちゃった」と言ったとたん、みんなそれぞれに「帰らなきゃ」と言い出しました
 それで、なっちゃんも急いで帰ることにしたのです。
 なっちゃんが住んでいるのは、山に囲まれた田舎の町です。
 田植えが終わったばかりの田んぼには、青々としたイネの苗が並んでいて、ずっと遠くまで広がっています。田んぼのあぜ道の中をなっちゃんはトットットとかけていきます。
 家の近くの小川まで来たとき、なっちゃんは手のひらにすっぽり収まるほどの小さなビンが落ちているのを見つけました。
 拾いあげてよく見ると、ビンの中では白いとろりとした液体が入っています。
「何が入っているんだろう」
 なっちゃんがビンを振ると、白い液体は瓶の中でゆらりと揺れました。絵の具でもないし、ただの水とは思えません。
 なっちゃんが振るのをやめても液体はゆったりとたゆたい続けています。ちょっとだけ開けてみようかと迷っていると後ろから声をかけられました。
「それ、わしのや。返してくれんか」
 振り向くと、なっちゃんよりずっと背丈の小さいオニが立っています。オニがあまりに小さいから、なっちゃんはちっとも怖くはありませんでした。
「嫌だよ、私が拾ったんだもん」
 なっちゃんはぷいと顔を背けました。
「それに知らない人とは話しちゃいけないんだもん」
「知らない人って……見たらわかるやろ? わては雷さまやないかい」
 よく見ると、オニは背中に小さなたいこをいくつも背負っています。確かに絵本で見た雷さまとそっくりです。
「本当に雷さまなの? 本物の雷さまなら雲の上にいるんじゃないの? こんなとこで何してるの?」
 なっちゃんは疑わしそうな目を向けました。
「落とし物を拾いに来たんや。そのビン、そのビンはわしの大切なものなんや。そのビンがないとほんと困るねん」
 雷さまは本当に困った顔をしています。
「じゃあ、中身が何か、教えてくれたら返してあげる」
「そんなこと、教えられるわけないやろ」
 雷さまの言葉に、なっちゃんはちょっとムッとしました。
「教えてくれなきゃ返してあげない」
 なっちゃんは、またそっぽを向きました。
「かんにんしてぇや。そんなこと言わんと返してくれへんか? な、この通りや」
 雷さまは両手を合わせます。今にも泣き出しそうです。
 なっちゃんは少しかわいそうになりました。でも、どうしても白い液体が何なのか知りたくて、なっちゃんは小ビンを両手でにぎりしめました。
 雷さまは小さくため息をついて、それから言いにくそうに小さな声で「そりゃ夏雲のタネや」と言いました。
「夏雲のタネ? 何それ、意味わかんない」
「だから夏雲のタネやって。よく見てみ」
 なっちゃんはじっと小ビンの中を見つめましたが、雲にもタネにも見えません。
「ただの白い液体にしか見えないよ。嘘つくんだったら返してあげないもん」
「嘘なんかついてへんって」
 雷さまは困り果てたように考え込んでいましたが、急にポンッと両手を叩きました。
「そや。じゃあ、そのビンの口をちょこっとだけ開けてみ。ちょこっとだけやで」
 なっちゃんは思い切りビンのふたを開きました。
 ビンから飛び出した白い液体はあっという間にどんどん広がって大きくなります。
 どんどん、どんどん大きくなりながら空高く、天に向かって昇っていきました。
 なっちゃんはあんぐりと口を開けたまま空を見上げました。
 白い液体はそのままどんどん大きくなって、天まで昇っていって、それから大きな雲になりました。
 あっという間にせきらん雲が出来上がりです。
 雷様は足をふみ鳴らしてくやしがりましたが、後の祭りです。
「あーもう。何してくれてんねん。まだ早すぎるっちゅうねん。見てみー、もう夏空になってまったがな」
 なっちゃんは嬉しくて飛び上がりました。
 夏空、到来。今年も暑くなりそうです。
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