悪役令嬢やめますっ! ~バッドエンドから始まるハッピーエンド~

美袋和仁

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 剣と野獣と悪役令嬢 ~中編~

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「落ち着け、リーナっ!!」

「ラシール.....」

 エカテリーナは王太子を支えたまま、背後の熊を切り殺した騎士を見た。それは王太子の親友とも言われる御学友。
 ラシールはエカテリーナから王太子を受け取り、地面に横たわらせ、受けた怪我を確認する。

「範囲は広いが深くはない。おいっ! すぐに衛生兵をっ!! 動かすな、まずは手当てだっ!! 治癒師は同行していなかったかっ?!」

 受けた傷の衝撃で軽く失神していた王太子は、そのラシールの叫びに眼を覚ました。
 飛んできた衛生兵らに手当てを受けながら、フィルドアはしばし茫然と友人の顔を見つめる。

 そして、はっと瞠目した。

「ラシールか....... エカテリーナはっ?!」

「無事だよ、よくやった、フィルドア。リーナっ、王太子が意識を取り戻したぞ」

 慌ててフィルドアは、無意識にエカテリーナの姿を探す。
 するとすぐ近くに彼女はいた。彼女の悲鳴を聞き付けた兄達に抱えられ、覚束ない足取りでエカテリーナは王太子の傍までやってくる。

「「良かった........ 本当に」」

 どちらともなく呟かれる異口同音。
 しかし次には、凄まじい怒号がフィルドアを襲った。

「貴方は一体、何を考えておられるのですかあぁぁーっ!!」

 声の主はエカテリーナ。

 大きな瞳に涙をためて、薄い唇を小刻みに震わせ、彼女の全身は怒りに戦慄いている。

「王族たる者が前線に出てきて、しかも臣下を庇うなど......っ、愚かにも程がありますっ! 御身の尊さを御存知ありませぬかっ?!」

 ほたほた流れる小さな雫。それを拭いもせずに彼女は叫び続けた。

「貴方に万一があれば取り返しはつかないのですよっ?! それを......っ」

 眼を剥いて怒鳴るエカテリーナをラシールが止める。彼女の目の傍に軽く手をかざし、フィルドアに向かっていた意識を途切れさせた。

「リーナ、そこまで。気持ちは解るけど、フィルドアは怪我人だからね? しかも君を守ろうとした名誉の負傷なんだよ? 婚約者の面目躍如じゃない?」

 唇を噛み締めて悔しそうなエカテリーナを見つめ、ラシールは軽く苦笑する。
 そしてふわりと抱き締めて、その背中をポンポンと叩いた。

「ほんとに君は変わらないね。立派な淑女になったと思っていたのに、そんな所は子供の頃のままだ」

 フィルドアは目の前の光景が理解出来ない。

 .....なぜ、ラシールがエカテリーナを抱き締めている? なぜ、エカテリーナは、それを素直に受け止めている?

 そして何より違和感があったのは、辺境伯家兄弟の態度だった。

 あの、妹溺愛な二人が、エカテリーナを抱き締めるラシールを微笑ましそうに見つめていた。
 フィルドアが指一本でも触れようものなら、烈火の如く睨み付けてくる猛獣二人が。
 わけが分からないまま、王太子は再び意識を失う。
 長い戦いの疲れもあったのだろう。泥のように吸い込まれる意識の中で、フィルドアは延々と、なぜを繰り返していた。



 今回の樹海の氾濫は各国で起きたらしく、幸いにも援軍の間に合ったタランテーラの被害は少なかった。
 夜半であったことも災いし、他の国々ではかなりの被害が出たようで、この国の損害が軽微だったのは、樹海の異変に気づき警戒していた辺境伯のおかげだと、国中が感謝に沸き返る。

 そして中でも、戦場を縦横無尽に走り回っていた少女に人々の関心は集まっていた。

 獣を切り払い、民を避難させ、兵士達の指揮を取る勇ましい乙女の姿。神々しさまで感じるほどに美しい顏。
 それが王太子の婚約者であり、辺境伯令嬢だと知った民らは、畏敬と崇拝にも近い面持ちで祈るように王宮を見つめる。

 .....ありがとうございました。

 人々の眼に浮かぶ感謝は、弥が上にもエカテリーナを王族へと押し上げていった。



「勇ましくもお優しいお妃様の話題で市中は持ちきりらしいな」

「いずれ離縁するのにな。夢を見せても良いのかな?」

「その話、もっと早く知りたかったんだけど?? どうするのさっ、俺、フィルドアに悪知恵貸しちゃったじゃんっ!!」

 新聞片手に暢気な呟きを洩らすのは辺境伯家兄弟。それを忌々しく睨み付け、がっくりと頭を項垂れているのはラシール。

 実はこの三人、エカテリーナを含めて幼馴染みである。
 まだ洗礼前のラシールとエカテリーナは、ひょんな事から樹海で知り合い、隣領地だったラシールは、辺境伯騎士団に武術を習いに足げく通っていたのだ。
 長年の付き合いがあり、辺境伯家からは家族同然の扱いを受けている。

 学園ではもちろん一線をひいていた。エカテリーナは王太子の婚約者候補だ。下手に親しくして、妙な誤解は受けたくない。
 ラシール自身もフィルドアの側近となる事を狙っていたため、弁えた行動をとる。

 その動機は、明らかに歪でゆがんだものではあるのだが。

 婚約者候補ではなく婚約者になったのだ。未来は確定した。ならば、実は幼馴染みだったんですと暴露しても良かろうと、ラシールは以前のようにリーナ呼びをする。
 フィルドアは、それに違和感を持ったようだが構うものか。
 妹同然な幼馴染みを掠め取っていったんだ。精々、悋気を起こして転げ回るが良い。
 
 そんな意趣返し的な暗い思惑もあった。

 しかし、今になって真実を知る。

 契約が確定したからと、辺境伯家兄弟は初めてエカテリーナの悪役令嬢計画をラシールに教えてくれた。
 その片鱗はラシールも掴んでいた。あのエカテリーナの豹変ぶりを見れば、何かしらわけがあるのだろうとは察することが出来る。
 だからあの日、ラシールは王太子に策を与えてしまった。

 舞踏会で婚約が整い、エカテリーナが正妃に確定した日。

 契約の条件を聞き、ラシールはしばらく考えてから、フィルドアに耳打ちした。

『それって王太子でなくば半分は無効に出来るぞ?』

 王太子には寝耳に水な発言だった。

『ついでに、彼女を王位につけたら、全て無効になるぞ?』

 ほくそ笑むラシールに、天啓を受けたかのごとき衝撃受けるフィルドア。

 条件の殆どは王家と彼女にまつわる事だ。彼女自身が王となり、婚姻を解消する必要が無くば、白の婚姻である必要もない。
 エカテリーナが女王となれば、王太子を辞したフィルドアが王婿となるのも自然な流れだ。

 問題はどうやってエカテリーナを王位につけるか。

 そこにラシールは、思いもよらぬ逆説をぶつけてくる。フィルドアには出来ない発想を。
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