悪役令嬢やめますっ! ~バッドエンドから始まるハッピーエンド~

美袋和仁

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 王太子の側近と悪役令嬢

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「.......ラシール?」

「おや? 王太子殿下。いかがなされましたか?」

 驚き、微動だにしないフィルドアを見つめ、ラシールは人好きする笑顔で微笑んだ。

 場所は後宮入り口。

 今日、エカテリーナはハシュピリス辺境伯領へ帰郷する。
 当然、身分に見合う護衛と従者。サリュガーニャ公爵令嬢も同行する事から、結構な随員となっていた。

「なぜ、そなたが?」

「我がヴァルバレッタ伯爵領と辺境伯領は隣なので、私も帰郷がてら護衛につく事になりました。それで、殿下は?」

 不思議そうな眼に囚われ、フィルドアは思わず言葉を詰まらせる。
 サプライズ的に同行しょうとしていたが、ラシールがいるとなると、やりにくい。

 しかし、そんな彼の戸惑いも知らず、真後ろから言葉の矢を射かける者がいた。

「殿下、荷物はどこに..... ヴァルバレッタ伯爵令息?? なぜ、ここに?!」

 王太子の側近二人と護衛が、軽く瞠目してラシールを見る。
 その眼に含まれる忌々しげな光。フィルドアを守り切れず、側近筆頭を辞した彼に、なにがしか思うところがあるのだろう。

 まあ、元々仲が良かった訳でもない。むしろ地位を争うライバル的な存在でもあった。
 蹴落としたはずの相手が、いつまでも王太子の周りにいるのが気にくわななくもあるのだろう。

 ラシールは軽く眉を上げて、その場を辞する。

 もう、どうでも良い事だ。

 自分は出世コースを外れ、エカテリーナと共にある未来を選んだ。
 あとは野となれ山となれ。

 王太子達から離れ、ラシールは後宮入り口に現れた愛しい女性の姿に、うっすらと笑みをはく。
 小さな少女を連れた彼女は、ラシールに気がつくと軽く手を振った。

「御機嫌よう、ラシール。しばらく宜しく御願いいたしますね」

「承りましてございます、ハシュピリス辺境伯令嬢」

 騎士の礼をとるラシールを、ミルティシアが不思議そうに見上げる。
 その小さな貴婦人の視線に柔らかな笑みを返し、ラシールは、そちらにも改めて挨拶した。

「お初に御目にかかりまします。ラシール・ヴァルバレッタと申します。以後、お見知りおきを」

「サリュガーニャ公爵が娘、ミルティシアです。以後、よしなに」

 綺麗なカーテシーを決める少女。

 まるでエカテリーナの小さい頃を見ているようだ。
 ラシールは、ふっくりと眼に弧を描き、小さな貴婦人の手を取った。

「御丁寧な挨拶、いたみいります。貴女方の護衛という栄誉を賜り、恐悦至極。さ、馬車まで御案内いたしましょう」

 ゆうるりとした美丈夫の完璧なエスコート。
 まだ社交界デビューしていないミルティシアは、洗練された大人の対応に、おっかなびっくり頷き、エカテリーナを伴い馬車へと向かう。
 ミルティシア付きの侍女を連れ、四人が馬車に乗り込もうとした時、一部始終を見ていた王太子が声をかけてきた。

「エカテリーナ」

「あら、王太子様。御機嫌麗しゅう」

 淑やかなカーテシーで応えるエカテリーナに小さく頷き、フィルドアは横の少女を見る。

 話には聞いていたが、これが母上の言っていたサリュガーニャ公爵令嬢か。エカテリーナを悩ませた、我が儘娘。

 ミルティシアを見つめるフィルドアの眼差しに温度はない。
 むしろ、やや冷たくも取れるその視線に、ミルティシアは、ぴゃっとエカテリーナの後ろに隠れた。
 それを微笑ましげに見やり、エカテリーナは王太子へ不思議そうな視線を振る。

「王太子様は、なぜこちらへ? お見送りでしょうか?」

 サプライズ的なノリで、彼女に秘密なままやってきたフィルドアは、軽く咳をして呼吸を整え、静かに口を開いた。

「そなたが帰郷すると聞いてな。何とか政務に区切りをつけて時間を作ったのだ。行けるかどうか分からなかったので、直前まで伝えられなかったが、私も辺境伯領へと同行したい」

 それを聞き、目の前の三人は、あからさまに動揺する。
 
 エカテリーナは軽く固まり、ラシールは額に手を当てて天を仰いだ。
 ミルティシアにいたっては、侍女とともに、あわあわと狼狽える。

 .....この方は.......

 あまりの残念感に言葉もない。御自分の立場を理解しておられないにも程がある。

 さらに周囲に侍る側近や護衛らにも怒りを覚え、エカテリーナは、しゅっと背筋を伸ばし、真っ直ぐ王太子を見据えた。

「どういう事か御説明いただけますか?」

「説明?」

「はい。同行なさるとの事ですが、馬車はいかがなさいますの?」

「そなたと同じ馬車に乗るつもりであったが?」

「わたくしはミルティシア公爵令嬢を御招待しております。彼女と侍女、それに護衛。この四人と共に殿下も乗られると? 王太子様がお一人で?」

 貴族の馬車は大きい。通常は四人でゆったりと乗るものだが、詰めれば六人乗れなくもない。
 だが、それは隣同士の肩が触れ合う密着する形となり、貴族の御令嬢に対して失礼極まりない申し出である。

 それに気がついたのだろう。

 フィルドアは、しどろもどろで、言い訳を始めた。

「いやっ、そんなつもりではなく...
.....っ、その、公爵令嬢は別の馬車で向かっていただくとか出来ぬだろうか?」

 その場しのぎな提案。

 貴族の移動とは、そんな簡単に予定を変えられるものではない。
 御忍びならいざ知らず、公的な旅程は、不備がないよう綿密な支度がかかせないものだ。
 王太子が同行するならば、さらに厳重な警備や、周到な準備が必要である。

 エカテリーナは、王太子の傍に立つ側近を、じっとりと見つめた。

 彼等は一体何をやっているのか。諫めるなり、入念な下準備をするなり、王太子のフォローに回るべきだろう。
 なのに、見たところ、彼等は王太子の傍にいるだけで、何もしているようには見えない。

 エカテリーナは剣呑に眼をすがめ、役立たずな側近に声をかけた。

「そこの貴方。この事は両陛下から許可は出ているの?」

「は? え、........存じません」

 しりすぼみな小さい呟き。

 ラシールへは強気に睨めても、王太子の現婚約者であるエカテリーナにはへりくだる。
 その無様な姿に嘆息するラシールに気がつき、側近の一人が一歩前に出た。

「発言、御許しいただけますでしょうか?」

「許します」

 鷹揚なエカテリーナの言葉に頭をさげ、その側近はラシールを見る。

「護衛の方に席を御譲り頂ければと思います。むしろ自らそのように辞していただけたらと思っておりましたが.......」

 暗にラシールの気が利かないと仄めかし、どや顔な側近。
 それを冷めた眼で一瞥し、エカテリーナは御話にならないと言った感じで首を振った。

「何を仰っておられるか分かりかねます。辺境伯領まで十数日かかる旅路に、わたくしや王太子殿下の傍に護衛がいらないと申されるのですか?」

「いやっ、決してそのようなっ」

 慌てて否定する側近に、エカテリーナはぴしゃりと言い放つ。

「そう言ってるではないですかっ、己の発言の内容すら理解しておられないの??」

 警備が厳重で決められたコースを短時間走るだけなら、それも可能だろう。
 しかし辺境伯領まで、どんな不測の事態が起きるか分からない旅程だ。護衛の同席がないなど有り得ない。

「王太子様。このような暴挙は、貴方様の御身分を鑑みて、お控えください。貴方様は、もはや学生ではないのです。その背中には王族の矜持を背負っておられます。努々、心に銘じられませ」

 言外に拒絶を含んだエカテリーナの言葉。
 これを正しく理解したのは、フィルドアとラシールのみだった。
 若い側近らや、ミルティシアは微かに眉を寄せて疑問符を浮かべている。
 そしてエカテリーナは、じろりとラシールをも見た。
 学生時代に王太子のやんちゃに散々付き合ってきたラシールである。
 王太子が、こんな軽挙妄動を起こすのも、周りがそれを諫めなかったからだと、彼女の瞳が辛辣に語っていた。

 .....あー、うん。否定はしない。

 によっとラシールの口角が上がる。

 学生時代なんて、そんなものだ。そういった経験を経て、誰しも大人になってゆく。
 まあ、中には少年の心のままで腹芸一つ出来ない奴もいるが。

 エカテリーナから、やんわりと拒絶され、茫然自失な王太子。
 彼は、新たな側近を選ぶさいに、気楽に付き合える学友的な者達を選んだ。
 それなりの成績で、可も不可もない無難な人選。
 それをラシールもラルフも止めなかった。
 ラルフは辺境伯騎士団に入るつもりだったし、ラシールも御しやすい凡人らが側近の方が好都合。王宮には政務担当の文官がいるし、自分もいる。
 側仕えは小間使い程度に気が利けば良い。そんな感じて決まった側近らだった。

 今になって、それが禍するとは。

 ひとしきり説教して、エカテリーナはミルティシアと共に馬車へ乗り込む。もはや、王太子に一瞥すらくれない。
 動き出した馬車の窓から、小さくなっていく王太子達を見つめ、ラシールはほくそ笑んだ。

 その辛辣な愉悦の笑みに気づいた者は、誰もいない。
 
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