時の蛇 ~誰が為に紡がれる未来~

美袋和仁

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 存亡 ~後編~

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「すごいね....」
 
 ガイアの案内に従い、百香達は地下の《エデン》にやってきた。

 天井一面は張られた光彩パネル。真昼、薄闇、夜と時間帯に合わせて明るさは変化し、萌える木々は二百年の時を感じさせる立派な物だ。
 足首まで埋もれる柔らかい草を踏み締めながら、百香達は中へ進む。

 シェルターと同じ大きさの《エデン》は、八階層分ぶちぬきで、左右の壁面にも太い蔦が天井近くまで覆い垂れ下がっていた。
 蔦には、所々に蘭性の植物がまとわり咲き誇り、草原の花々と相まって、巨大な空間全域に仄かな良い香り漂わせる。
 
 .....何だろう、この既視感。あれだ、御母様と見た古い映画の.... 親方、空から女の子がって奴。

 天井こそガラスではなく光彩パネルだが、幼い頃に見た某有名スタジオの映画。あの空に浮かぶお城を彷彿とさせる。

「故意か偶然か。石動、貴様、趣味に走ったな?」

 遠い眼で呟く清水の言葉に、ガイアのインカムの向こうで誰かが吹き出した。
 くつくつと笑う声がインカムのスピーカーから零れる。

「首相、好きでしたからねぇ、こういうの」

 ガイアのインカムの向こうは各シェルター代行。それぞれの代行が、今同時にガイアの案内を受けていた。吹き出したのは、鈴木だ。

「大戦前のあの状況で... 必要ではあったのでしょうけど、全力で楽しんで此処を造られたのが分かりますね。理解はできませんが... ああぁ胃が痛い」

 望月の苦虫を噛み潰したような声に、百香達は思わず苦笑する。
 
 公人としては非の打ち所のない石動だったが、私人としては落第点。家族も仲間も置き去りにして、興味がある事に猪突猛進。
 その内の八割は、純粋に日本に関わる事だったので、眉を潜めつつも、誰も爆走しまくる彼を止める事はしなかった。 

 だが結果が出るまで、石動の行動が何を考えての事なのか理解出来る者はいない。

 ゆえに二割ほど純然たる石動の趣味のみな物も存在し、周囲に頭痛の種を撒き散らしていた。

 今は良い思い出である。

「壁ニ沿ッテ左ニ真ッ直グ五百メートルホド進ンデクダサイ」

 百香達は、ガイアの指示通りに進んだ。すると壁に違和感を覚える。

 蔦の下に幾ばくかの段差があり、よくよく見れば、それは扉だった。
 ステンレス製の板が扉に嵌め込まれ、そこには悌の文字。

 天井を目指して伸びる蔦が深く生い茂り、とても人が通れる状態ではなかった。

「植木鋏を準備ってのは、こういう事だったのね」

 ガイアの管理下、少数の園芸ロボットが最低限の手入れしかしておらず、基本は放置。まるで原生林のような有り様の箱庭だ。
 
 うっそうとした森は、人の手が及ばない。

 溜め息をつきつつ、すちゃっと皆が取り出したるはステンレス製の植木鋏。ここでも人海戦術。
 一緒にやってきた各部署の責任者らと、バチンバチン軽快な音をたてながら、百香は皆と力を合わせ蔦を切る。

 しばらくして出来た蔦の小山の代わりに、人が一人通れる位の穴が空いた。
 扉にあるは悌の文字。システム悌が発動しているため、扉の人感センサーが働き、音もなく左右に開く。

 .....システム悌とは一体?

 百香達は、緊張した面持ちで静かに薄暗い部屋の中に入った。

「うぉっ? これは....つ」

 部屋の中央あたりに来た途端、薄暗かった室内が明るく照らされ、周囲にひしめく精密機械がパチパチと音をたてて稼働し始めた。

 最先端であったはずの医局すら足元に及ばない。この部屋は、素人目で見ても高度な医科学研究所である事が見てとれる。
 一際眼を引くのは、正面の壁に埋め込まれたガラスケース。縦五メートル弱、横十メートル程のそれは、幅二メートル間隔で内部が仕切られた巨大な水槽。奥行きは三メートルくらいか。

「こんな地下に、なんで....」

 唖然とする百香達と対照的に、医局のメンバーは備え付けてある資料を食い入るように読み散らかしていた。

 そして、呆然とした顔で辺りを一瞥する。

「やっぱり、そうだ。ここは人間の育成培養システムです。しかも、完成してます。その....代行、これを」
 
 彼が差し出すのは一枚のメモ用紙。

 なんと、これから着手するはずだった難題に、いきなり目処がついた。家畜用の物を代用せずに済む。

 .....お父様、ありがとう。

 百香は、心から父に感謝した。

 ただ願わくば、予め心の準備をさせて欲しい。ガイアの自我と言い、{エデン}やシステム悌のこの部屋と言い、寝耳に水で、新展開についていけない。
 悪戯好きな父の事だ。今ごろ天国でサムズアップでもしていることだろう。
 正直、罷り間違えば二度手間になりかねない事態だった。

 医師が手渡して来た一枚のメモ用紙を受け取りながら、百香は感謝しつつも、天国の父に愚痴る。
 そして、ふと医師の複雑そうな顔に気づいた。訝る百香に、医師は苦笑いを返す。

 .....一体なに?

 メモは父から娘に宛てた手紙。

 カサリと開くと、そこには少し斜に傾いだ独特な文字があった。
 見慣れた父の文字に、込み上げる懐かしさを感じ、百香の眼が潤む。
 しかし、読み終わって顔を上げた途端、瞬間乾燥、更に斜め上へと事態が展開。

 .....いや、喜ばしくはあるんだが、いきなり自身に事態が絡むとか、有り得なさすぎだろう。

《百香へ。今、これを見ているという事は、予想外の何かで、人類に危機が訪れたという事だろう。安心してこの部屋を使うと良い。卵子と精子も冷凍保存で、かなりストックしてあるし、人間の育成培養は完成している。証拠はお前だ。ここはお前の生まれた場所。おかえり百香。》

 思わず絶句。

 百香の顔からスルリと表情が抜け落ち、しだいに眼を見開きながら、わなわなと震える手で彼女はメモ用紙を握り潰した。知らず知らず口角がつり上がる、

 然もありなんと、医師が慰めるように百香の肩に手をおいた。
 
 すでに人工子宮から人間は誕生していたのだ。すくすくと育ち、三十路を前に頑張っている。

 .....私だ。

「だぁーから、何で私にくらい最初から伝えておかないかなあぁぁぁっ!!」

 .....カミングアウトするタイミングおかしいでしょっ、こっちの気持ちも考えて、準備期間寄越しなさいよっっ! 糞親父っっ!!!!

 《エデン》に百香の絶叫が響き渡り、深い森から数羽の小鳥が羽ばたいていった。
  毒づく彼女の脳裏には、したり顔でサムズアップする父親の姿浮かんでいる。

 開拓元年夏。人類初の人工子宮ベイビー誕生(ただし、二百と二十八年前)
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