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謎で謎を解く御伽横丁
闇に満たされた街 ~みっつめ~
しおりを挟む「伏せてっ!! 発砲だっ!!」
「えっ? えっ??」
翔は懐深く彼女を抱き込んでベンチの陰に蹲る。強靭な身体ですっぽり包み込まれ、未だに何が起きたのか分からない朏。
地面に伏せる二人を余所に、どこからか怒鳴り合うような喧騒が聞こえ、しばらくして静かになった。
「.....終わったかな? .....? ーーーーっ!!」
辺りを窺いつつ身体を起こした翔は、自分が朏を抱き締めていたことに気づき、今さら狼狽える。
.....非常時っ! 非常時だったんだっ! 邪な気持ちは欠片も.....っ、.....欠片も。
誰にしているのか分からない言い訳が彼の脳内を飛び回るが、そんなことは朏の知ったことではない。
彼女は初めて聞いた銃声と、その後に起きた喧騒。そこに交じる幾つもの銃声にパニック状態である。
「じゅ.....っ、銃声って? 何が起きたのっ?!」
「さあ? なんかしらあったんだと思うけど。様子見てこようか?」
あっけらかんと言い放つ翔にコクコクと頷いて、朏は未だに大騒ぎな街角に向かった。
翔に庇われつつやってきたところは大通りの商店。そこで周りの人々に羽交い締めされているのは、なんと和真である。
傍には、オロオロした菜摘もいた。
「商売道具を勝手に使うなやっ! 弁済してくれるんだろうなっ!!」
「やかましいわっ! 暴発するようなガラクタ掴ませやがってっ! こちとら、危うくロストするとこだったんだぞっ!!」
ぎゃんぎゃんやらかす二人だが、それぞれ屈強な男どもに押さえつけられていたため、なんとか一触即発な獰猛さで睨みあうだけで済んでいた。
それに呆れた目を向け、翔が足早に駆け寄る。
「お前かよ、和真。何事かと思ったぞ?」
「おう...... 翔か。悪ぃな。こいつがよぉ、菜摘にジャンク売り付けやがって。.....暴発したせいで指が吹っ飛んだんだ」
ギリギリ奥歯を噛み締めた和真の左手には小型銃。確かに女性でも扱いやすそうな大きさだ。
それを見た翔も辛辣に目をすがめ、唾棄するように吐き捨てる。
「典型的なサタデーナイトスペシャルじゃないか。素人に売るような銃じゃないな。五丁に一丁は不具合の起きる廉価版だぞ?」
「それが分かってて売ったんだよ、この碌でなしはっ! 菜摘が素人だと思って、不具合のある物をなっ!」
《サタデーナイトスペシャル》
これは、お手軽に手に入る廉価版な小型銃の総称だ。土曜の夜は犯罪が起きやすく、起こしやすい。そういった海外の治安の悪さと犯罪率の高さを皮肉った名前である。
実際、一時期爆発的に土曜犯罪が増えた時期があり、そんな思いつきのゲーム感覚で犯罪に手を染める者が、簡単に手に入れられる銃でもあった。
「ちゃんとしたスミスのいる店で買えって言ったのによぉ..... 菜摘っ! お前も悪いっ! これで分かっただろうがっ!」
「ごめん.....っ、ごめんね? ガンショップなら、どこでも同じだと思って.....」
そりゃそうだ。朏は、気の毒なくらいオロオロする菜摘に同情を禁じ得ない。
お気楽極楽な日本で生まれ育った者に、銃の良し悪しなど分かるわけがないのだから。ゆえに専門家に頼る。
その専門家が悪どく騙そうとしたら、素人は騙されてしまっても仕方がない。
むしろ、当たり前のごとくサタデーナイトスペシャルだの、スミスだのと口にする二人の方が朏にしたら異常だった。
「銃に詳しいのね?」
唖然と口にする朏に視線を振り、和真は苦虫を噛み潰したような顔を。翔は切なげな苦笑をし、溜め息のように言葉を紡ぐ。
「否応なしだよ。俺も和真も、何度も指を飛ばしてる。.....こういう悪辣な店に騙された粗悪品でね」
「.....今じゃ感覚で分かるくらいな。ここは悪意や邪気が空気で感じられる街だ。慣れてくると分かるんだよ。物の良し悪しも」
.....ああ、なるほど。理屈じゃないんだわ。
生と死の狭間。闇の静寂。
繰り返す危機的状況が、硝煙のごとく彼等に死の気配をこびりつかせるのだろう。
実際、死に戻りなどという死線を潜り抜けてきたのだ。己の命が尽きる刹那。その研ぎ澄まされた冷たい感覚が、本能に刻み込まれても不思議はない。
そう感慨深く黙り込んだ朏は、新たに響いた銃声で現実に引き戻される。
そこには店の銃を構えた翔が、店主に向かって発砲した姿があった。
風に靡く硝煙。微塵も表情の揺るがない翔。膝から頽れ絶叫する店主。右の膝が砕けたらしく、夥しい血流が地面を流れて行く。
そんなことは物ともせず、翔はガショっと弾を装填し直すと、今度は店主の左脚に狙いを澄ませて銃を構えた。
「な.....っ! ちょーーーーっ!!」
思わぬ凄絶な光景に度肝を抜かれ、朏は必死に翔の構えた銃を押さえ込む。
それに驚き、翔は慌てて銃の引き金から指を浮かした。
「朏っ! 危ないなぁ、何してんのさ」
.....それは、こっちのセリフだぁぁーーっ!!
「なにって..... 翔こそ何してんのよっ! 人.....っ、人に向けて銃を撃つなんてっ!」
慌てふためく朏を見て、翔と和真は顔を見合わせる。
「こういう反応も新鮮だな?」
「そうだね。そういや、こういうモンだよね、外の世界は」
ふはっと噴き出してケラケラ笑う二人と、周囲の人々。
信じられない状況に絶句して、憮然と辺りを見回している朏に、翔が説明した。
「ここは命のやり取りをする街だ。命を脅かされた者は、命を脅かし返す。それが流儀なのさ。ほら、見てて」
翔の指差した先には、撃たれて転げ回る店主。そこに駆けつけた誰かが店主と二言三言言葉を交わし、ダイスを振っていた。
「応急手当でダイスっ!」
《2D10》
「次いで医学でダイスっ!」
《同じく》
からんっといつものサイコロが転がり、毎度お馴染みな成功音が鳴り響く。
途端に、みるみる店主の傷が癒え、うっそりと立ち上がった彼は、忌々しそうな顔で懐の探索者カードを取り出し、治癒してくれた男性の差し出すカードと重ねた。
「毎度♪」
にこやかな笑みを残して離れて行く男性。
唖然と見ていた朏に、翔が苦笑混じりで説明する。
「この街は目には目を歯には歯をで、報復も当たり前。むしろ倍返しで思い知らせることが推奨されているんだよ。舐められたら最後、粗悪品ばかり押し付けられるからね。こういった悪質な奴は殺されても文句は言えないし、まあ死ぬ前に、ああしてヒーラーが治療する。奴らにしたら良い小金稼ぎだし、店主も思わぬ痛い出費と、上手く出来てるんだよ」
「は、死んだってかまわなかったがな。ざまあだ。ああ、すっきりしたぜ」
陶然と冷たい顔で据えた目をする二人。菜摘も事が済んだとばかりに、いつもの笑顔だ。
その周りも、やれやれと言った雰囲気で解散し始めている。被害者たる店主も、気まずげに店のシャッターを下ろしていた。
まるで何もなかったかのような平穏が展開される大通り。
「おら、菜摘! ちゃんとした店に買いに行こう」
「ええ。 松永君、高橋さんも。お騒がせしました。またね?」
「また。気をつけて」
さらっと挨拶を交わして、和真と菜摘は雑踏に溶けていく。
それを呆然と見送り、朏は夥しい情報を脳内で必死に処理していた。
.....ここは死人の街。顔見知り同士が出会うと問答無用で闇に呑み込まれる。
.....発砲や刃傷沙汰は日常茶飯事。ヒーラーが癒すので問題ない。
.....目には目を歯には歯をで、報復が推奨され、殺しても構わない的に殺伐とした環境?
「ラグー○シティだって、ここまでじゃねぇぇーーーーっ!!」
いや、あの街も相当なモノだが、少なくとも生きたまま闇の狭間に呑み込まれたり、生死を別つセッションに投げ込まれたりはしない。
○グーンシティ? と首を傾げる翔。
凄まじい現実を目の当たりにし、朏は御伽街という特異な場所を理解していく。
そして翌日、彼女は新たなシナリオに遭遇した。
「翔さん、『鏡の裏側』ってシナリオなんだけど来る?」
『ちょっ! まっ! ダメだ、朏っ! それはリタイアしろっ!』
スマホの向こうの翔が、突然叫んだ。
いつものクローズドも騒然としていて、何が起きたのか朏には分からない。
「そうっ! そのシナリオっ! 逃げる? 逃げたいっ!」
「早く迎えに来てくれっ! クローズドは一人じゃ出られない仕様なんだから!」
「死んじゃうっ! 死んじゃうってぇぇ!」
一体、何事か。呆気に取られた朏のスマホの向こうでも、翔が必死に叫んでいた。
『朏っ? おいっ、返事してっ? 迎えに行くから喚んでっ!! 早くーーーっ!!』
呆然と事を眺めている朏の視界に、次々と現れる探索者達。
彼らは、バディらしい相手と手を繋ぎ、あっという間に消え失せた。
「え......?」
そう朏が疑問顔を浮かべるより早く、次々とクローズドから消えていく人々。みるみる探索者達が減り、残り数人になったあたりで、ようやく朏はスマホから聞こえる翔の叫びに気がついた。
『俺を喚べ、朏ぃぃーーーっ!!』
その叫びに朏が気を取られた瞬間、周囲に残っていた探索者達が彼女を一瞥する。
「.....悪いな」
「..........」
そう言って、彼らはクローズドから姿を消した。
何がなにやら分からない朏は、スマホの向こうで叫び続ける翔に状況を説明する。
『~~~~~~~っ、万事休すか』
「なんなの? これ。みんなリタイアしてちゃったけど?」
クローズドに引きずり込まれる探索者らは、参加するかリタイアするかを選べた。それぞれバディを喚び、リタイアするならバディに連れ出してもらう。
怪異に呑まれ、密室に閉じ込められた探索者は、そこから自力で逃げ出せないのだ。
探索者カードのシステムの一つに『緊急避難』というモノがある。それは、リアルで窮地に陥った時、探索者ギルドへ転移出来るシステムだ。
有料だが、万一の事態が頻繁に起きる御伽街では非常に役に立つシステムだった。
まあ転移一回で百万という高値であるため、気軽に使えるものではない。しかし共有して使えば頭割りで払えるので、けっこう利用されている。
手を繋いだり、しがみついたりと接触している者同士なら、一緒に移動出来るからだ。
しかし怪異に呑み込まれセッション側の認識した人物の探索者カードからは、それが消えている。だから、この仕組みを利用するには、セッションに認識されていない誰かを外部から喚ばねばならない。
迎えに来るだけなら、みんな気軽に来てくれるので特に問題もなかった。対価は喚んだ人間が払うことになっている。
この仕組みを聞いた時、邪神のゲームにしては随分と温い仕組みだなあと朏は思った。
.....が、一人きりになった朏の処へ跳んできた翔が、彼女の感想を打ち砕く。
「~~~~~っ、ラストか。待ちだな」
「待ち?」
はあ.....っと大仰な溜め息をつき、翔は申し訳なさげに朏を見た。
「クローズドは人数が集まるのを待つだけの場所なんだよ。その数が最小になると..... 次から入った人間を絶対に出さなくなる。つまり、朏はこのセッションから逃げられない。他の誰かを喚んで、なんとかこのセッションをクリアする他ないってこと」
「げ......っ」
驚く朏の脳裏に、一緒にクローズドにいた探索者らの気まずげな顔が過る。
『.....悪いな』
.....そっか、あの呟きは、そういう。
彼等は知っていたのだ。だからの言葉。
「ま、なっちゃったモンは、しゃーない。みんなを喚んでセッションクリアしよ?」
幸いというか、前回のセッションをくぐり抜け、生還した朏には声をかけてくれる知り合いが沢山いた。その多くは攻略組と呼ばれる強者探索者だ。
アマビエ様の噂を聞きつけ、是非とも御伽街の攻略に参加して欲しいと持ちかけてきた人々。彼等に協力を仰げば何とかなるだろう。
楽観視する朏を複雑な顔で見つめる翔。
この時の自分を後で殴り倒したくなる未来がやってくるなど、今の朏は知らなかった。
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