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王の許嫁と秘密
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マリクが将来を誓った女と出会ったのは、アル=アサドの名を冠するよりも、十年ほど前のことだ。マリク・ガシェーは、数ある部族の中の部族長の息子にすぎなかった。この地域を支配するのは太陽のシンボルを擁するシャムス家であり、子の多いシャムスの王は縁組によって裏切りを牽制していた。
マリクもその例に漏れず、シャムスの八番目の娘が許嫁としてあてがわれている。二人の顔合わせは、マリクが十三歳、そして娘が十二歳の時のことだった。シャムスの娘は、儀礼通りに目元以外は布で覆って隠されていたが、その隙間から覗く紫の瞳はきらきらと輝いて、その美しさにマリクは心臓が跳ねるのを感じた。
顔合わせでは、まず無言で目線のやりとりをし、互いの世話人に了承の旨を伝えると、部屋にふたりきりにされて、布を被ったまま挨拶を交わす。これは決められた結婚だから、拒否することなどありえないが、政略結婚ではあっても一目で心を奪われたマリクは、今後の結婚生活に胸を膨らませた。しかし、その思いはふたりきりになった瞬間に、打ち砕かれることになる。
「あなたがマリク? わたくしはアミーラ・シャムス。あなたに嫁いであげるわ。光栄に思いなさい」
儀礼など無視して、ばさりと頭の布を剥ぎ取ったアミーラは、居丈高にそう言い放った。布の中から現れた艶やかな黒髪と顔立ちの麗しさは、マリクが見惚れて一瞬文句を言うのを忘れてしまうほどだった。
彼女の第一印象は最悪だ。けれど、その評価もすぐに変わる。
「あら? ここは笑うところだったのだけれど……」
固まってしまったマリクに、アミーラはぱちぱちとまばたきをして首を傾げる。
「それが面白いつもりか?」
むっと顔を顰めたマリクに、アミーラは一転して困ったような眉尻を下げた。
「……ごめんなさい。夫となる方と少しでも早く仲良くなりたくて、冗談を考えてきたのだけど……あなたの気分を悪くしてしまったようね。考えなしだったわ」
もじもじと指先を弄ってアミーラが謝る。先ほどの居丈高な調子の方がよっぽど似合う顔立ちをしているのにも関わらず、口ごもる姿がいじらしくてマリクは笑ってしまった。
「いや、すまない。俺も悪かった。仲良くしよう」
それは下位の部族長の息子が、王の娘に聞く口にしては気安すぎる口調だったが、アミーラは気に入ったらしい。ぱあっと顔を輝かせて、破顔した。
「よろしくね!」
こんな顔合わせのあとから、アミーラはガシェー家の率いる部族で暮らすことになった。正式な婚姻は数年後の予定だったが、シャムス家とマリクたちが住む拠点は離れすぎている。八番目の娘のために何度も行き来をするほどの金は出さないということなのだろう。
アミーラは『王女』としての対面を保ちつつも、部族長の息子に嫁入りする娘として、精一杯に努めていた。快活な少女であり誰に対しても物怖じせずに言葉を交わし、身体を動かすのが好きで、剣や体術まで習う。一方で女性としての勤めも欠かさず、刺繍だってこなしたし、王女だからと言って炊事をサボるようなこともなかった。控えめに言って、これ以上にない嫁であった。
マリクとの仲も悪くなかったが、彼女は何か隠し事をしているようだった。嘘が下手な彼女が隠し事をしていれば、すぐにわかる。アミーラと暮らすようになり数年経った夏のある日、子どもたちが水遊びに興じていたときのことだ。
「アミーラも一緒にやらないか?」
何気ないその誘いに、さっと表情を硬くしたアミーラは首を振った。
「わたくしはやめておくわ。皆で楽しんでちょうだい」
水遊びでは裸になるわけではない。さらにいえば、今そばにいるのはマリクの家族だけだ。とはいえ、彼女は部族に馴染んでも、シャムス家の王女である。まだぎりぎり少女の身と言っても、嫁入りを控えた身で素足を晒すことは許されないのだろう。そう周囲は納得したが、実のところ、そうではなかった。
その日の夜、皆が寝静まった後、アミーラはマリクのいる寝室にこっそりと訪ねていった。
「……マリク」
「アミーラ!? どうしてこんなところに!」
小声ではあったが、彼が驚き怒ったのも無理はない。彼が寝ているのは男の兄弟たちが共に眠る寝室だった。この部族では伴侶を迎えるまでは同性の兄弟で一緒に眠るのが常である。そんな場所に、自身の許嫁が来たのだから、心配と同時にうかつさに怒るのは当然のことだろう。
「ごめんなさい。話があるから、来てほしいの」
そう言って、アミーラは自分の寝室にマリクを招き入れた。ちなみに彼女は未だ客分なので、一人部屋が与えられている。
「こういうのはよくないと思う」
大人としての身体が出来上がるにはまだ少し時間があるが、既に生殖能力もあり、性に興味のある成人目前の少年である。対するアミーラも少しずつ女性らしい身体つきになってきている。こんな風に一目を忍んでふたりきりになるべきではなかった。しかし、密室でふたりきりになることこそが彼女の目的だったのである。
「……ごめんなさい。どうしても、あなたに嫁ぐよりも前に、伝えておかなくてはならないと思って」
彼女はそう言いながら、背を向けると服を脱ぎ始めた。
「アミーラ!」
制止の声をかけたが、マリクは金縛りになったように動けなかった。静かな部屋に、衣擦れの音を響かせて素肌を露わにする彼女から、目が離せない。ろうそくのほのかな灯に肌が晒されると、服で胸を隠した彼女は背に垂れた長い黒髪をするりと前に流して、自身の肩を見せる。
「……右肩を、見て」
彼女の声が震えている。
「肩?」
おうむ返しに聞き返した彼に対して、アミーラは言葉を選ぶように黙る。しかしやがて言いにくそうにしながらも口を開いた。
「痣が、あるの」
ぽつりと言った言葉で、どうやら彼女が婚前交渉に誘っているわけではないと悟ったマリクは、かっと頬を赤らめた。
「見える?」
「あ、ああ」
慌てて目を凝らして見ると、右肩に確かに痣があった。離れていたマリクには、ろうそくの火ではよく見通せないから、一歩近づく。その音に身体を震わせたアミーラは、ぎゅっと自身の肩を抱いた。
「醜い、でしょう?」
「うん?」
「女にこんな痣があるのは、本来なら嫁にいける身体ではないと言われていたの。でも、わたくしはあなたの許嫁として……ここにいる」
もう一歩近づいて見れば、その痣は花びらのようにも、蝶のようにも見える。それを醜いと言われて、マリクはどう言ったものかと考える。
「本当はずっと、あなたを騙していることがうしろめたかったの。でも、いつかはわかることでしょう? 今日、水遊びを断ったのは、濡れた服でこれが透けたらと思うと怖くて……でも、あなたに嘘をついているのはやっぱりいやなの。ごめんなさい。破婚にするなら、早い方がいいわ。明日にでも」
震える声で、懸命にアミーラは言葉を紡ぐ。
女の身体に痣や傷があることは、恥ずべきことだ。少なくとも、この地域ではそのように考えられている。シャムス家の王女と言えどもそれは同じことで、本来なら政略結婚にあてがわれるような身体ではないのだ。だというのに、アミーラがここにいるのはシャムス王の意向に違いない。婚儀を結んでさえしまえば、もし後から痣が発覚しても破談にはできず、政略結婚の要は成すと踏んだのだろう。つまりはシャムス家が、ガシェー家を軽視したというわけだ。
彼女ははっきりとものを言うタイプだ。嘘なんてつかないしつけないアミーラが、瑕疵のある身だと自覚しながらマリクと共に過ごすのはきっと、マリクが想像するよりもずっと辛かったに違いない。生家に帰ることも許されず秘密を守ってきた彼女が、マリクに震えながらもやっと伝えてくれたのだ。その姿がいじらしい。
「アミーラ」
後ろから抱きしめて、マリクはゆっくりと名前を呼んだ。身を硬くしたアミーラは、黙り込んでいる。
「お前は綺麗だ」
腕に込めた力を強めてマリクが言えば、彼女が息を呑んだ。
「そ、んなわけないわ……だって、醜いって、わたくしの痣は……」
「誰が何と言おうと、お前は綺麗だ」
力強く繰り返したマリクは、彼女の右肩の痣に唇を落とす。
「何をして」
「俺も黙っていたことがある」
「……んっ!?」
マリクが口づけた右肩が、ほんのりと熱を持つ。そして、ろうそくの仄かな灯りしかないはずの部屋に、ふわりと暖かな光が舞った。その光の粒子は花びらのように揺れて、やがて集まり蝶のようにひらひらと虚空に浮かんだ。
「これは俺の魔法でな」
「魔法が使えたの?」
「ああ、秘密だぞ。これでお前が黙っていたことなんて、あいこだ」
抱きしめられた体勢のまま、アミーラは浮かんだ蝶を見つめて、その美しさに顔を歪めた。
「マリクの秘密は、綺麗ね……」
自分の秘密とは大違いだとでも思っていそうな声に、マリクが笑んだ。
「そうだろう? お前の右肩の模様は、こんなに綺麗なんだ」
「え?」
マリクはアミーラの前に手の平を見せると、その指先に光を集めて蝶の形にする。
「お前は、肩に蝶を住まわせていたから、こんなに俺をひきつけてやまないんだな」
「……適当なことを言わないで」
低い声を出したアミーラを無視して、マリクは再度、右肩に口づける。
「あ……っ」
「アミーラ。今、お前が綺麗だと言ってくれた光を、ここに埋め込んだ。お前が俺のものだという証だ」
そう告げて、マリクは更に右肩の痣の蝶に、唇を落とす。
「だって、こんなの……破婚しなきゃ」
「誰がそんなことするか」
アミーラの肩に顔を埋めて、マリクは強く抱きしめる。
「わたくしなんかが……許嫁で、いいの?」
「お前じゃなきゃ、俺は困る」
アミーラの身体を反転させて、マリクは彼女の顔を上向かせた。アミーラがガシェー家に来た時にはほぼ同じくらいだった身長は、もうマリクの方がずいぶんと高い。来年にはアミーラはマリクの正式な妻となるのだ。それほどの年を重ね、マリクはもう彼女以外の女など考えられないと思っている。
「でも」
それ以上の言葉は、マリクの唇が塞いで言えなかった。唇が軽く押し付けただけの口づけだったが、本来であれば肌の接触など婚姻後にしか許されないのだから、アミーラは驚いて黙り込んでしまった。
「二人だけの秘密をもう一つ増やしてしまったな」
吐息が触れそうなほどの至近距離で悪戯っぽく微笑んだマリクに、つられてアミーラも笑う。
「……本当にわたくしを綺麗だと思ってくれるのなら、もう一つ、二人の秘密を増やす?」
目を細めたアミーラが、今度は背伸びをして口づけ返す。抱きしめられるばかりでずっと服を抱え込んでいた彼女は、するりとマリクの背中に腕を回した。その動きで、彼女の身体を隠していた服がすとんと床に落ちる。
「俺の未来の嫁は、ずいぶんと大胆だな」
笑ったマリクは噛みつくように口づけを返して、そのまま彼女を押し倒す。マリクもアミーラも、詳しい閨の作法など知らない。ただ無我夢中で唇を重ね合って、勢いに任せて舌を絡めあった。
膨らんだ乳房を両手で揉んで、かぶりつくように舌を這わせれば、控えめながらもアミーラの口から甘い声が漏れる。
「んっマリクも脱い、で」
「ああ」
乞われるままに服を脱ぎ捨てたマリクの下半身は、口づけと胸への愛撫で興奮したのか、すでに熱を孕んでいた。硬くなったそれをアミーラの身体に擦りつけながら、胸への愛撫を繰り返す。それだけで彼女を貫くに充分な硬度になった肉棒の穂先からは、欲が先走って透明な液体を漏らし、彼女の太ももを汚す。
「マリ、ク……んん、はやく、挿れて……」
触れられてもいない蜜壺を潤わせたアミーラは、乙女の純潔を散らして欲しいとねだる。痣なんかよりも大きな秘密を、早く二人で作ってしまいたい。そんな欲望を向けられて、マリクの肉棒はいよいよ我慢できなくなった。
「痛いかもしれないが」
余裕のない声でそう言いながら、アミーラの股を割って、マリクは熱源を押し付ける。どこを触れば気持ち良くなるのか、どうほぐせば痛みを消せるのか、そんなことも知らない二人は、性急に契りを交わそうとしている。
「いいの」
マリクの首に腕を回して、ぎゅっと抱き着くと、アミーラは最後のおねだりをする。それに合わせて、マリクが腰を落とせば、彼女の腕に力が籠り、口からはかみ殺した苦悶の声が漏れる。
「アミーラ」
「だい、じょうぶだから。して……」
彼女の声に圧され、マリクは腰を更に落とす。根本まで挿入し終えると、マリクはそこで止まった。
「アミーラ?」
彼女の目尻から、涙がこぼれている。
「もう辞めたほうが」
「ううん、違うの。痛いけど……そうじゃなくて。わたくしも、マリクのお嫁さんになれるんだと思ったら、嬉しくて。だから、動いて。わたくしに、子種をちょうだい?」
「お前はというやつは……!」
彼女への気遣いは、そこまでしか持たなかった。煽りたてられたマリクは、腰を引いて抽送を始めた。操を散らしたばかり、しかもろくな愛撫もされていない彼女の蜜壺は、快楽よりも痛みが勝っているだろう。けれど、声をかみ殺しながらも、彼女はマリクにしがみついて離れず、肉棒が自身を抉り、彼の熱を刻みつけてくるのをただひたすらに噛みしめていた。
肉がぶつかりあう音を響かせながらのピストンは、そう長くは続かない。初めての快楽に夢中で腰を振るマリクは、処女の蜜壺に包まれて、あっという間に上り詰めた。
「アミーラ、アミーラ……」
「来て……!」
ぐっと強く腰を押し付けて、マリクは子種を許嫁の胎に注ぎ込む。婚前交渉は決して褒められたものではない。快楽すらないその行為が、今のアミーラにとって何よりも得難い幸せだった。
「ありがとう、マリク……」
愛しているという言葉ではなく、許容してくれたことへの感謝を告げて、アミーラは微笑む。そうして、二人は秘密を共有したのだった。
マリクもその例に漏れず、シャムスの八番目の娘が許嫁としてあてがわれている。二人の顔合わせは、マリクが十三歳、そして娘が十二歳の時のことだった。シャムスの娘は、儀礼通りに目元以外は布で覆って隠されていたが、その隙間から覗く紫の瞳はきらきらと輝いて、その美しさにマリクは心臓が跳ねるのを感じた。
顔合わせでは、まず無言で目線のやりとりをし、互いの世話人に了承の旨を伝えると、部屋にふたりきりにされて、布を被ったまま挨拶を交わす。これは決められた結婚だから、拒否することなどありえないが、政略結婚ではあっても一目で心を奪われたマリクは、今後の結婚生活に胸を膨らませた。しかし、その思いはふたりきりになった瞬間に、打ち砕かれることになる。
「あなたがマリク? わたくしはアミーラ・シャムス。あなたに嫁いであげるわ。光栄に思いなさい」
儀礼など無視して、ばさりと頭の布を剥ぎ取ったアミーラは、居丈高にそう言い放った。布の中から現れた艶やかな黒髪と顔立ちの麗しさは、マリクが見惚れて一瞬文句を言うのを忘れてしまうほどだった。
彼女の第一印象は最悪だ。けれど、その評価もすぐに変わる。
「あら? ここは笑うところだったのだけれど……」
固まってしまったマリクに、アミーラはぱちぱちとまばたきをして首を傾げる。
「それが面白いつもりか?」
むっと顔を顰めたマリクに、アミーラは一転して困ったような眉尻を下げた。
「……ごめんなさい。夫となる方と少しでも早く仲良くなりたくて、冗談を考えてきたのだけど……あなたの気分を悪くしてしまったようね。考えなしだったわ」
もじもじと指先を弄ってアミーラが謝る。先ほどの居丈高な調子の方がよっぽど似合う顔立ちをしているのにも関わらず、口ごもる姿がいじらしくてマリクは笑ってしまった。
「いや、すまない。俺も悪かった。仲良くしよう」
それは下位の部族長の息子が、王の娘に聞く口にしては気安すぎる口調だったが、アミーラは気に入ったらしい。ぱあっと顔を輝かせて、破顔した。
「よろしくね!」
こんな顔合わせのあとから、アミーラはガシェー家の率いる部族で暮らすことになった。正式な婚姻は数年後の予定だったが、シャムス家とマリクたちが住む拠点は離れすぎている。八番目の娘のために何度も行き来をするほどの金は出さないということなのだろう。
アミーラは『王女』としての対面を保ちつつも、部族長の息子に嫁入りする娘として、精一杯に努めていた。快活な少女であり誰に対しても物怖じせずに言葉を交わし、身体を動かすのが好きで、剣や体術まで習う。一方で女性としての勤めも欠かさず、刺繍だってこなしたし、王女だからと言って炊事をサボるようなこともなかった。控えめに言って、これ以上にない嫁であった。
マリクとの仲も悪くなかったが、彼女は何か隠し事をしているようだった。嘘が下手な彼女が隠し事をしていれば、すぐにわかる。アミーラと暮らすようになり数年経った夏のある日、子どもたちが水遊びに興じていたときのことだ。
「アミーラも一緒にやらないか?」
何気ないその誘いに、さっと表情を硬くしたアミーラは首を振った。
「わたくしはやめておくわ。皆で楽しんでちょうだい」
水遊びでは裸になるわけではない。さらにいえば、今そばにいるのはマリクの家族だけだ。とはいえ、彼女は部族に馴染んでも、シャムス家の王女である。まだぎりぎり少女の身と言っても、嫁入りを控えた身で素足を晒すことは許されないのだろう。そう周囲は納得したが、実のところ、そうではなかった。
その日の夜、皆が寝静まった後、アミーラはマリクのいる寝室にこっそりと訪ねていった。
「……マリク」
「アミーラ!? どうしてこんなところに!」
小声ではあったが、彼が驚き怒ったのも無理はない。彼が寝ているのは男の兄弟たちが共に眠る寝室だった。この部族では伴侶を迎えるまでは同性の兄弟で一緒に眠るのが常である。そんな場所に、自身の許嫁が来たのだから、心配と同時にうかつさに怒るのは当然のことだろう。
「ごめんなさい。話があるから、来てほしいの」
そう言って、アミーラは自分の寝室にマリクを招き入れた。ちなみに彼女は未だ客分なので、一人部屋が与えられている。
「こういうのはよくないと思う」
大人としての身体が出来上がるにはまだ少し時間があるが、既に生殖能力もあり、性に興味のある成人目前の少年である。対するアミーラも少しずつ女性らしい身体つきになってきている。こんな風に一目を忍んでふたりきりになるべきではなかった。しかし、密室でふたりきりになることこそが彼女の目的だったのである。
「……ごめんなさい。どうしても、あなたに嫁ぐよりも前に、伝えておかなくてはならないと思って」
彼女はそう言いながら、背を向けると服を脱ぎ始めた。
「アミーラ!」
制止の声をかけたが、マリクは金縛りになったように動けなかった。静かな部屋に、衣擦れの音を響かせて素肌を露わにする彼女から、目が離せない。ろうそくのほのかな灯に肌が晒されると、服で胸を隠した彼女は背に垂れた長い黒髪をするりと前に流して、自身の肩を見せる。
「……右肩を、見て」
彼女の声が震えている。
「肩?」
おうむ返しに聞き返した彼に対して、アミーラは言葉を選ぶように黙る。しかしやがて言いにくそうにしながらも口を開いた。
「痣が、あるの」
ぽつりと言った言葉で、どうやら彼女が婚前交渉に誘っているわけではないと悟ったマリクは、かっと頬を赤らめた。
「見える?」
「あ、ああ」
慌てて目を凝らして見ると、右肩に確かに痣があった。離れていたマリクには、ろうそくの火ではよく見通せないから、一歩近づく。その音に身体を震わせたアミーラは、ぎゅっと自身の肩を抱いた。
「醜い、でしょう?」
「うん?」
「女にこんな痣があるのは、本来なら嫁にいける身体ではないと言われていたの。でも、わたくしはあなたの許嫁として……ここにいる」
もう一歩近づいて見れば、その痣は花びらのようにも、蝶のようにも見える。それを醜いと言われて、マリクはどう言ったものかと考える。
「本当はずっと、あなたを騙していることがうしろめたかったの。でも、いつかはわかることでしょう? 今日、水遊びを断ったのは、濡れた服でこれが透けたらと思うと怖くて……でも、あなたに嘘をついているのはやっぱりいやなの。ごめんなさい。破婚にするなら、早い方がいいわ。明日にでも」
震える声で、懸命にアミーラは言葉を紡ぐ。
女の身体に痣や傷があることは、恥ずべきことだ。少なくとも、この地域ではそのように考えられている。シャムス家の王女と言えどもそれは同じことで、本来なら政略結婚にあてがわれるような身体ではないのだ。だというのに、アミーラがここにいるのはシャムス王の意向に違いない。婚儀を結んでさえしまえば、もし後から痣が発覚しても破談にはできず、政略結婚の要は成すと踏んだのだろう。つまりはシャムス家が、ガシェー家を軽視したというわけだ。
彼女ははっきりとものを言うタイプだ。嘘なんてつかないしつけないアミーラが、瑕疵のある身だと自覚しながらマリクと共に過ごすのはきっと、マリクが想像するよりもずっと辛かったに違いない。生家に帰ることも許されず秘密を守ってきた彼女が、マリクに震えながらもやっと伝えてくれたのだ。その姿がいじらしい。
「アミーラ」
後ろから抱きしめて、マリクはゆっくりと名前を呼んだ。身を硬くしたアミーラは、黙り込んでいる。
「お前は綺麗だ」
腕に込めた力を強めてマリクが言えば、彼女が息を呑んだ。
「そ、んなわけないわ……だって、醜いって、わたくしの痣は……」
「誰が何と言おうと、お前は綺麗だ」
力強く繰り返したマリクは、彼女の右肩の痣に唇を落とす。
「何をして」
「俺も黙っていたことがある」
「……んっ!?」
マリクが口づけた右肩が、ほんのりと熱を持つ。そして、ろうそくの仄かな灯りしかないはずの部屋に、ふわりと暖かな光が舞った。その光の粒子は花びらのように揺れて、やがて集まり蝶のようにひらひらと虚空に浮かんだ。
「これは俺の魔法でな」
「魔法が使えたの?」
「ああ、秘密だぞ。これでお前が黙っていたことなんて、あいこだ」
抱きしめられた体勢のまま、アミーラは浮かんだ蝶を見つめて、その美しさに顔を歪めた。
「マリクの秘密は、綺麗ね……」
自分の秘密とは大違いだとでも思っていそうな声に、マリクが笑んだ。
「そうだろう? お前の右肩の模様は、こんなに綺麗なんだ」
「え?」
マリクはアミーラの前に手の平を見せると、その指先に光を集めて蝶の形にする。
「お前は、肩に蝶を住まわせていたから、こんなに俺をひきつけてやまないんだな」
「……適当なことを言わないで」
低い声を出したアミーラを無視して、マリクは再度、右肩に口づける。
「あ……っ」
「アミーラ。今、お前が綺麗だと言ってくれた光を、ここに埋め込んだ。お前が俺のものだという証だ」
そう告げて、マリクは更に右肩の痣の蝶に、唇を落とす。
「だって、こんなの……破婚しなきゃ」
「誰がそんなことするか」
アミーラの肩に顔を埋めて、マリクは強く抱きしめる。
「わたくしなんかが……許嫁で、いいの?」
「お前じゃなきゃ、俺は困る」
アミーラの身体を反転させて、マリクは彼女の顔を上向かせた。アミーラがガシェー家に来た時にはほぼ同じくらいだった身長は、もうマリクの方がずいぶんと高い。来年にはアミーラはマリクの正式な妻となるのだ。それほどの年を重ね、マリクはもう彼女以外の女など考えられないと思っている。
「でも」
それ以上の言葉は、マリクの唇が塞いで言えなかった。唇が軽く押し付けただけの口づけだったが、本来であれば肌の接触など婚姻後にしか許されないのだから、アミーラは驚いて黙り込んでしまった。
「二人だけの秘密をもう一つ増やしてしまったな」
吐息が触れそうなほどの至近距離で悪戯っぽく微笑んだマリクに、つられてアミーラも笑う。
「……本当にわたくしを綺麗だと思ってくれるのなら、もう一つ、二人の秘密を増やす?」
目を細めたアミーラが、今度は背伸びをして口づけ返す。抱きしめられるばかりでずっと服を抱え込んでいた彼女は、するりとマリクの背中に腕を回した。その動きで、彼女の身体を隠していた服がすとんと床に落ちる。
「俺の未来の嫁は、ずいぶんと大胆だな」
笑ったマリクは噛みつくように口づけを返して、そのまま彼女を押し倒す。マリクもアミーラも、詳しい閨の作法など知らない。ただ無我夢中で唇を重ね合って、勢いに任せて舌を絡めあった。
膨らんだ乳房を両手で揉んで、かぶりつくように舌を這わせれば、控えめながらもアミーラの口から甘い声が漏れる。
「んっマリクも脱い、で」
「ああ」
乞われるままに服を脱ぎ捨てたマリクの下半身は、口づけと胸への愛撫で興奮したのか、すでに熱を孕んでいた。硬くなったそれをアミーラの身体に擦りつけながら、胸への愛撫を繰り返す。それだけで彼女を貫くに充分な硬度になった肉棒の穂先からは、欲が先走って透明な液体を漏らし、彼女の太ももを汚す。
「マリ、ク……んん、はやく、挿れて……」
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「痛いかもしれないが」
余裕のない声でそう言いながら、アミーラの股を割って、マリクは熱源を押し付ける。どこを触れば気持ち良くなるのか、どうほぐせば痛みを消せるのか、そんなことも知らない二人は、性急に契りを交わそうとしている。
「いいの」
マリクの首に腕を回して、ぎゅっと抱き着くと、アミーラは最後のおねだりをする。それに合わせて、マリクが腰を落とせば、彼女の腕に力が籠り、口からはかみ殺した苦悶の声が漏れる。
「アミーラ」
「だい、じょうぶだから。して……」
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「アミーラ?」
彼女の目尻から、涙がこぼれている。
「もう辞めたほうが」
「ううん、違うの。痛いけど……そうじゃなくて。わたくしも、マリクのお嫁さんになれるんだと思ったら、嬉しくて。だから、動いて。わたくしに、子種をちょうだい?」
「お前はというやつは……!」
彼女への気遣いは、そこまでしか持たなかった。煽りたてられたマリクは、腰を引いて抽送を始めた。操を散らしたばかり、しかもろくな愛撫もされていない彼女の蜜壺は、快楽よりも痛みが勝っているだろう。けれど、声をかみ殺しながらも、彼女はマリクにしがみついて離れず、肉棒が自身を抉り、彼の熱を刻みつけてくるのをただひたすらに噛みしめていた。
肉がぶつかりあう音を響かせながらのピストンは、そう長くは続かない。初めての快楽に夢中で腰を振るマリクは、処女の蜜壺に包まれて、あっという間に上り詰めた。
「アミーラ、アミーラ……」
「来て……!」
ぐっと強く腰を押し付けて、マリクは子種を許嫁の胎に注ぎ込む。婚前交渉は決して褒められたものではない。快楽すらないその行為が、今のアミーラにとって何よりも得難い幸せだった。
「ありがとう、マリク……」
愛しているという言葉ではなく、許容してくれたことへの感謝を告げて、アミーラは微笑む。そうして、二人は秘密を共有したのだった。
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そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
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