転生したら乙女ゲームのヒロインでしたが逆ハーレムはお断りしたいので闇落ち悪役令嬢のフラグを叩き折ることにします!

かべうち右近

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番外編

【番外編】運命などなくとも

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「アウレウス・ローズ。少し話がある」

 そう彼を呼び出したのは、教師のラン・ルーナだった。彼は先日、婚約者のセリナが闇落ちしかかったばかりで、今は闇落ちの原因究明に奔走していて、忙しいはずだ。原因究明を手伝ってもらうと言っていた割りには、ランはクレアたちに声をかけることが一切なくなった。まるで避けてでもいるかのようである。

 命を救ったにも関わらず、ランたちがぞんざいな態度でいることを、当のクレアは気にしていないようだった。むしろ「必要なゲームシナリオは終わったんだから、先生たちが私に絡む必要はもうないもんね」と納得してさえいるようである。そのことに関してアウレウスはあまり納得がいっていなかったが、ほかならないクレアが気にしていないのだから、アウレウスが口出しをするつもりはなかった。

 そんな中で、クレアではなく、アウレウスだけを指名しての呼び出しである。自分からは話などないが、と思いつつも、アウレウスは呼び出しに応じた。

「時間もったいないから単刀直入に言うけど、アウレウス、お前、聖女様に捨てられそうになってるぞ」

「……今、何と?」

 ランの研究室にアウレウスが入るなり、ランはそう告げた。内容を聞き取れている筈なのに聞き返したアウレウスに対して、ランはにやりと笑った。

「お前がファンディスクの攻略対象だって話は覚えてるだろ?」

「はい」

「お前が強制力で自分のことを好きだから、お前との恋愛フラグを折りたいんだとさ。だから、どうやったら恋愛フラグが折れるのか聖女様が僕に聞いてきた」

「それであなたは何と答えたのです」

 唸るような声をあげて、アウレウスはランを睨む。クレアの前では澄ました顔をとりつくろっている彼が、怒りを抑えられない様子だ。

「お前らの気持ちが『ゲームの通りなら』という前提だがな。恋愛フラグは、お前を補佐から下ろせば折れるって言っといた」

「……余計な真似を」

「まあ、お前らの恋愛フラグを折るには、もっと早い段階……お茶会イベントの後あたりでお前を補佐から下ろす必要があるんだよ。だから、今更補佐から下ろしたところで無駄なんだけどな」

「ではなぜ、クレア様にその話をしたのですか?」

「僕がフラグの折り方を教えなかったら、あの聖女様はなんとしてでもフラグを折ろうとしただろうからな。暴走されるよりは、嘘でもなんでも教えておいた方がいいだろうと思って」

 笑いながらの声に、アウレウスは怒りの表情から一転して、溜め息を吐く。

「全くあの方は……どこまでも私の気持ちを信じていないようですね」

 やれやれ、と首を振ったアウレウスの顔を、ランはまじまじと見つめて、首を傾げる。

「聖女様は強制力を強く信じてるみたいだからな」

「……そう、ですね……」

 それについてはアウレウスも思い当たるふしがあった。そして、「この世界に運命はある」と彼女の考えを肯定するような発言をしたのも、過去の自分だ。そのせいで自分の気持ちを疑われるのだとは思ってもみなかったが、今更自分の発言を悔いても仕方がない。

「ところでアウレウスって、いつから聖女様のことが好きなの?」

「は」

 虚を突かれたような顔になったアウレウスは、ランの質問の意図が判らず、彼を凝視する。しかし、ランはアウレウスが答えるまで、その意図を話すつもりはないようだった。

「……自覚はありませんでしたが……恐らく、初めて出会ったその日ですね」

「へえええええ! じゃあ、一目惚れなんだ?」

「いえ、そうではありませんが……一体なんの質問ですかこれは」

 再び苛立ったようにアウレウスが言うのに対して、ランはまた笑う。

「恋愛フラグがいつ立ったかの確認だよ。お前さ、聖女様と編入した後、女生徒に何回か告白されてるだろ」

 どうしてそのことを、とアウレウスが問うよりも先に、ランが続ける。

「ゲーム通りなら恋愛フラグは、お前が女生徒を冷たく振ってるとこを聖女様に目撃されて、諫められたとこで発生するんだよ。フラグを折りならそこでお前がクビになる。……でも、アウレウスは学園に来るよりも前に聖女様に惚れたんだろ?」

 以前のアウレウスなら、女性からの告白などすげなく断っていただろう。媚びを売ってくる女
など、辟易していたのだから。しかし、クレアが言い寄ってくるモブの男子生徒たちに対して、丁寧に断っているのを見てから、自分に言いよる女たちに対しても、きっぱりとではあるが、冷たくないように断っていた。

『私には将来を誓った相手がおりますので』

 それが決まった断り文句だった。本夫になる、という宣言は一方的なものであったが、アウレウスにとっては誓いであったし、嘘は言っていない。将来を決めていると告げれば浮ついた女生徒は簡単に引いたので、冷たい態度を取る必要もなかったから、楽だった。そのシーンを目撃したクレアからは「また言ってる」とドン引きした反応をされはしたが。

 本来の恋愛フラグになるべきイベントは起きていた。けれど、それがきっかけで恋愛が盛り上がっただとか、補佐を外す話になったりだとかはなかったのだ。

「強制力なんか関係なく、聖女様を好きになったんなら、『ゲームシナリオ通り』のフラグ折りをされても、お前には問題ないよな?」

「そう……ですね」

 目を伏せて、アウレウスは薄く微笑する。

「まあただ、補佐をおろそうとしてはくるだろうから、そこんとこだけ気をつけろ」

「そう……ですね?」

 全くあの方は、と吐息にかすかな怒りを込めて、アウレウスは呆れの表情を作ろうとする。けれど、それは上手くいかなかった。

「僕の話は終わり。いい?」

「ありがとうございます。有意義な情報でした」

 会釈してのアウレウスの発言に、もうランは背中を向けて自分の机に向かいだす。あとは勝手に帰ってくれという意味だ。その背中に感謝の意を込めてもう一度会釈して、アウレウスは研究室を出た。

 扉を背にして、アウレウスはかすかに早くなった胸を抑える。

「運命などなくとも、私はあの方を好きになっていた……」

 確認するように言葉にしてから、アウレウスはふっと笑みを浮かべる。

「では、フラグを折ろうとする強制力をもねじ伏せるために、私も準備をしないといけませんね」

 先ほどまで甘やかな微笑みを浮かべていたアウレウスは、一転して物騒な笑みを浮かべて、廊下を歩き始めた。

 そうしてこの後、アウレウスは補佐を下ろされた時に備えて、自分の代わりに送迎を行う者の手配など、準備をすぐさまに整えた。手の平で転がされているとも知らずに、クレアがアウレウスに補佐を下ろすことを伝えるのは、この数日後のことである。
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