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原作小説がメリバエンドだと心が辛い ※残酷描写あり(飛ばしてもOK)

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 小説『堕ちゆく花たち』は、一見してありがちな逆ハーレム小説だが、そのタイトルの通り、物語の登場人物たちは『堕ち』ていく。

 ロッティ・アーチボルトは病弱なため、生まれてすぐの頃からずっと、母方祖父の領地である田舎で療養をしていた。王都を離れ、貴族同士の腹の探り合いのような空気から遠い場所で育ったロッティは、天真爛漫な少女に成長した。もちろん、侯爵令嬢としての教育は受けていたが、それは礼儀作法を身につけたというに過ぎず、彼女の心はまっすぐで誰に対しても優しかった。

 田舎に移り住んだことで彼女の身体は健康になり、デビュタントを迎えるにあたり、王都へと呼び戻されることとなる。ここが『堕ちゆく花たち』の物語のスタートである。

 ロッティを取り囲む男のキャラクターは、全員で三人いる。

 一人目は、魔法使いかつ子爵のクレイヴだ。

 アーチボルト家で開かれたロッティのためだけのデビュタントパーティーはそれは盛大なものだった。彼女の父親は、より多くの出会いを娘にさせてやりたかったのだろう。王都内に住む年ごろの男女のほとんど全てに、招待状を送った。そのパーティーでクレイヴはロッティと出会い、過去に召使いとして虐められていた過去を、ロッティによって救われることになる。

 過去を振り払い前を向くきっかけをくれたロッティに対して、そこからクレイヴは溺れるように恋をするようになるのだ。

 二人目は、ロッティの幼馴染であり、従兄である。ロッティが地方の領地にいる時から、身体の弱いロッティを守るべき対象だと思い込み、ずっと彼女の側で見守り続けた結果、告白もできずに彼女への恋心を拗らせている。「汚すべきでない守るべき子だ」という意識と、「他の誰にも譲りたくない」という意識の間で、ロッティへの執着だけが強くなってしまっているの特徴のキャラクターである。伯爵家次男である彼は、領地に居てもすることがないため、デビュタントのために実家に戻るロッティと共に王都へ引越してきている。もちろん、住んでいるのはロッティの家だ。

 三人目の男は、この国の王太子である。彼の出会いは三人の中で一番遅い。デビュタントも終わった花まつりの季節、王太子は一人お忍びで祭りにやってくる。そこでロッティと出会うのだ。

 王太子にはもともと、忘れられない初恋の少女がいた。婚約者候補に上がっていた彼女が、婚約をすると決まった段階で、彼女は突然死してしまった。愛する人を失ってしまった喪失感を抱えて病んでいた王太子の心を、明るく優しいロッティが癒し、立ち直っていくのだ。そうしてロッティに救われた王太子は身分を隠したままの交流を続けてはいたものの、当然のようにロッティに想いを寄せるようになる。

 物語の序盤は、ロッティを囲む三人の男がかわるがわる彼女にアプローチを続け、ドキドキするシーンやワクワクするシーンなどもありつつ、和やかに進んでいく。

 しかし、中盤以降になって物語は、それまでのコミカルさから一転してかげりを帯びる。

 ロッティはその優しさゆえに、男性陣のアプローチを断ることができない。誰の心も裏切らないその優しさは言い換えればただの優柔不断だ。その態度は、男性たちを無駄に期待させて執着を深めさせた。一人がアプローチすれば、他の二人がロッティを取られまいと対抗してより過激なアプローチをする。けれどロッティは決定的に誰かを選ぶということはしない。ロッティの気持ちが傾くのを待っていられないと、最初に彼女に明確に「好きだ」と告げたのは王太子だった。しかし、この時、ロッティはすぐには返事ができなかった。生まれて初めての愛の告白に戸惑ったからだ。

 その返事を王太子が待っている間に、物語を大きく変えてしまうような大胆な行動に出たのはクレイヴだった。

 王太子がロッティに告白したことをその時点のクレイヴは知らなかったが、優柔不断なロッティを自分のものにするために、強硬手段に出たのだ。本来なら子爵位のクレイヴとロッティはあまりに身分違いである。しかしロッティは気さくに接してくれるから、クレイヴは望みがあると勘違いしたのだろう。クレイヴはアーチボルト家に対し、求婚状を送ってしまった。お互いに恋仲になっているわけでもない身分違いの求婚が、普通に考えて受け入れられるわけがない。当然の結果として、それはロッティの父親により無残に断られてしまった。

 そんなクレイヴは、諦めずにロッティに会いに行き、必死に言い募る。

「ロッティ、私の愛を受け入れてくれるなら、この手を取って欲しい。私と一緒に暮らそう。必ず幸せにする」

「ごめんなさい、クレイヴ。あなたを悲しませたくないわ。けれど、わたくしはお父様を裏切ることはできないの……」

 駆け落ちをしようと誘うクレイヴに対して、ロッティは愛を受け入れるとも拒むとも告げず、ただ駆け落ちはできないと泣いて謝る。

「どうして君はそうなんだ! いつも思わせぶりな態度ばかりで……これは私が悪いんじゃない、君が私をこうさせるんだ」

 逆上したクレイヴはロッティの腕を強引に引っ張り、連れ去ろうとしてしまう。しかし、クレイヴの逃避行は侯爵家の騎士たちによる捕縛という形で叶わず、彼は誘拐犯としてアーチボルト家に莫大な賠償金を支払うこととなってしまった。自暴自棄になった彼はギャンブルにのめり込み、賠償金を支払うことも叶わず、やがて酔っ払い路地裏で死んでいるところを発見されてしまう。

 それが脇役令嬢ポーラに虐げられ、ロッティに溺れた元執事クレイヴの末路だ。

 クレイヴが破滅を迎える展開になった頃、ロッティが求婚を受けた末にそのような騒動になったことを知った王太子は、これ以上身分を隠してロッティと交流を続けるのは無理だと悟った。そして彼は身分を明かし、正式に彼女への求婚をする。王太子と明かす前の告白についての返事はまだだったが、王族からの求婚など断れるはずもない。侯爵家はすぐに婚約同意の旨を返し、ロッティと王太子は正式に婚約する運びとなった。

 しかし、ここで暴れたのがロッティの従兄である。彼がアーチボルト家への居候を許されていたのは、もともと一人娘しかいないアーチボルト家の婿養子に入る予定があったからだ。婚約も取り交わしておらず、ロッティも預かり知らぬところではあったが、少なくとも従兄はそのつもりだった。ゆくゆくはロッティは自分と結婚するのだと心の底では思っていた従兄にとって、ロッティと王太子の婚約は、青天の霹靂の事態である。

「ロッテ、俺と結婚するんじゃなかったのか?」

「……お兄さま、どうしてそんなことをおっしゃるの?」

 きょとんとした彼女は、本当に思い当たるふしがないようだ。まるで彼がロッティに寄せる想い全てがただの親族としての親愛で、恋愛感情など全くなかったかのような反応だ。二人は、クレイヴや王太子と比べて、ずっと親密だったはずだ。ロッティが家族以外で頬へのキスを許していたのは従兄だけだったし、外で彼女をエスコートするのはいつも従兄の役目だった。

 当然、ロッティだって従兄のことを憎からず思っていると思っていたのに「好き」だという言葉を使わなかっただけで、純真なロッティは従兄の気持ちに一切気付いていなかったのである。

「わたくしは、王太子殿下と婚約いたしましたわ。お祝いしてくださらないの……?」

 傷ついた表情で涙を浮かべたロッティに対して従兄は動揺したが、彼は今まで他の二人の男とのアプローチ合戦によって、狂ってしまっている。

「判った」

「お兄さま!」

「お前が俺のものにならないなら、殺してやる」

 涙を流しながら従兄は毒を口に含むと、無理やりロッティの唇を奪ってその毒を彼女に流しこんだ。

「いや……やめ、て……!」

 自身も毒に苦しみながら、最期にロッティを汚してやろうと、従兄はロッティの服を乱暴に剥く。けれど、ロッティの必死の抵抗により、従兄の凶行が完遂する前に従兄は昏倒した。

 口移しで飲ませたために、毒のもっとも強力な成分は従兄が吸収し、ロッティは弱まった毒を飲んだ。結果として従兄はそのまま死んだが、ロッティは何とか命を繋ぐことができたのだった。

 この事態に狂ったのは、王太子である。弱々しい姿でベッドに伏せるロッティの姿に、王太子はかつての初恋の人の姿を重ねてしまった。

「どうして私の愛する人は、私を置いていこうとするんだ……」

「わたくしはずっと王太子殿下のおそばにおります」

「今にも貴女の命の灯は消えてしまいそうじゃないか!」

 そう叫んだ王太子に対して、ロッティは首を振る。

「そんなに心配なさらないで。わたくしはすぐ元気になりますわ」

「……すぐに元気になったとしても、貴女を私から攫おうとする輩はこれからも現れるんだろうな。貴女は、男に愛想を振りまきすぎる」

 ふ、と鼻で笑った王太子を見たロッティは目をみはったが、すぐに微笑みを浮かべた。

「でしたら、わたくしの命をその手でつみとってください」

「なに……」

「殿下、わたくしと共に死へ旅立ちましょう? そうすれば誰に奪われることもなく、わたくしと殿下は永遠に一緒です」

 彼女の浮かべる微笑みはほの暗い。それも無理のないことだった。ロッティは三人の男性にとりあわれ、そのうちの一人には愛を語ったその場で彼女を誘拐しようとし、信頼していた従兄には毒殺されそうになった上に辱めを受けるところだった。その上、婚約者にまで今後の浮気を疑われている。そんな状況で正気でいられるわけがなく、王都に戻ってきたばかりの頃のような純真だったロッティはもういなかった。

「もう、わたくし疲れました」

 どうせ王太子はこの申し出を受け入れる訳がないと思いながら、ロッティはそう呟く。

「……わかった」

 その言葉に、ロッティは顔を上げて王太子の顔を見る。彼は、決意に満ちた顔でロッティの手をとった。

「私と永遠を誓ってくれ、ロッティ」

「ええ。……ええ、殿下! わたくしを永遠の幸せに連れていってくださいませ……!」

 かげっていた顔は、興奮で薔薇色に染まった多幸感に満ちた微笑みに変わった。

 そうして、ロッティ・アーチボルトは王太子の手によって殺され、王太子もまた自ら命をたち、『堕ちゆく花たち』は、ロッティという花を中心にして堕ちるところまで堕ちて終わりを告げるのだ。


***


 原作小説の流れを改めて思い返したポーラは溜め息を吐いた。メリーバッドエンドだと言われているこの小説は、ロッティにとっては悪夢のような状況を終わらせられるという意味でハッピーエンドなのだろうが、周囲の人たちからしたら不幸極まりない。

 これが現実に起こるのだとしたら、何がなんでも阻止せねばならない。特に愛するクレイヴを借金地獄になど追いやるわけにはいかないのだ。

「今度こそ、原作通りにならないようにしなくちゃいけないわ」

 決意も新たに、ポーラはこれからの対策を練ることにしたのだった。
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