断罪された魅了の悪女は過去に戻ってやり直します!~嫌われてたはずの王太子様に迫られてます!?~

かべうち右近

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1.魅了の悪女はやりなおす

「いやああああああああ……っ!」

 大きな叫び声をあげて、イレーニアは跳ね起きた。心臓がばくばくと鳴り、全身にいやな汗をかいている。確かに処刑された。首をはねられたあの感触が、まざまざと蘇る。だというのに、彼女の首は今、繋がっていた。

「夢……?」

 首元を押さえた手が、やけに小さい。

「え?」

 小さく呟いた声も、甲高かった。

「うそ……」

 見回したそこは、冷たい地下牢でも豪奢な天蓋つきベッドでもない。粗末なベッドに狭い部屋。ベッドを飛び降りて窓を開いたその先には、生まれ故郷の景色が広がっていた。

「……時間が、巻き戻ったの……?」

 呆然と呟いて、イレーニアは自分の手を確認する。手は小さいし、視界も低い。首は繋がっているし、身体のどこにも痛いところはなかった。

「私……生きてるんだ……」

 涙をこぼして、イレーニアは呟いた。

「イレーニア。そろそろ教会に行く時間よ、まだ寝てるの? ……ってやだ、どうしたの!? まあまあまあまあ……! 怖い夢でも見たのかしら! あなた! イレーニアが」

 ドアを開けて入ってきたのは、母親だった。涙をこぼしているイレーニアを見て、目を丸くした母親は慌てて彼女を抱きしめてくれた。

(……本当に、時間が巻き戻ってる……)

 思ったらもっと泣けてきて、イレーニアは大声で泣きわめいてしまった。それを両親が二人がかりで慰めてくれる。

 夢なのかなんなのかわからないが、あの中でしきりに魅了の瞳と罵られた。きっとそれは事実なのだろう。ようやくイレーニアは自身の瞳の能力を理解した。

 両親には可愛がられていたのだ。それが魅了の瞳のおかげなのかはわからない。だが、今の彼女はただただ、両親に甘える。おかげで午前中に行く予定だった教会に、午後にいくことになってしまったのだった。

 そうして出かける前にも、ひと悶着あった。

「目隠しをしたい?」

「あのね、私の目、色が変わってるでしょう?」

「あら、綺麗な瞳よ?」

「……どうしても、隠しておきたいの」

 そう言ってごねるイレーニアに、両親は顔を見合わせた。朝からずっと泣いていたから、目も腫れている。それを恥ずかしがったのかと理解したのか、両親は、うす布のヴェールを用意してくれた。

 あの処刑されたのが前世で、今が過去に戻ってやりなおしをしているのだと判断したイレーニアは、心に決めた。

(魅了の瞳のせいで、私は道を踏み外したんだもの。今度は目を隠して、あんな人生にならないようにしないと……)

 ちやほやしてくれた人たちの好意はみんな嘘だったのだ。それに溺れて暮らせば、二の舞になろう。だからこそ、目を隠して暮らそうと決意した。

(ジルド様が目隠しをさせたのは、そういうこと……だよね。多分、これで大丈夫)

 幸い、目を直接見られなければ、魅了は発動しないらしい。彼女にヴェールを一枚でもかけてしまえば、彼女の目はどこを向いているのかすらわかりづらい。

 この措置は、どうしてもこのあと行く教会のために必要だった。

 教会に行くのは、洗礼のためだ。十歳になる年の春、子どもたちは教会に行って、自身の魔法タイプを洗礼によって診断してもらうことになっている。この魔法タイプが特異であれば、このときに高位の貴族の養子として受け入れられることも珍しくない。

 前世のイレーニアは、この日に治癒の魔法を診断され、アマーティ侯爵の養女となったのだ。彼女を放蕩三昧の日々を送るきっかけになった一番の要因は、アマーティ侯爵だった。

 洗礼の日に養子の候補を探していたアマーティ侯爵は、イレーニアに目をつけた。といっても、彼はきっと治癒の魔法よりも、イレーニアを手に入れることそのものを目的としていたのだろう。なぜなら、アマーティ侯爵は前世で成人直前のイレーニアの純潔を散らした人物だ。そこから彼女の無秩序な性生活は始まった。

 無知だった前世ではわからなかったが、きっと洗礼のときにアマーティ侯爵はイレーニアに魅了されたのだろう。それで彼女を養女に迎えたに違いない。

(絶対、アマーティ侯爵と目を合わせちゃだめ……)

 そう決めて、イレーニアは教会へと向かった。しかしその並々ならぬ決心に反して、侯爵はいなかった。イレーニアが散々に泣いてモタモタしている間に、彼は帰っていたのである。

 洗礼を受けて前世と同じく治癒の魔法を診断された彼女は、今度は侯爵の養女にはなからなかったのだった。

 前世と違い、しばらくそのまま平民として過ごしたイレーニアは、色々なことを学んだ。目を隠していれば、魅了されていた周囲は徐々に効果が切れたらしい。やたら好意的すぎた周囲の者たちは、普通の態度になっていった。けれども、両親だけは態度が変わらなかった。親の愛情は本物だったのである。

 治癒の魔法を生かして、イレーニアは奉仕活動を行い続けた。これは前世で知らずのうちに命を奪っていた人々への償いもあったが、打算が大きかった。

(こんなに一生懸命してるんだったら、誰も私のことを殺そうなんて思わないよね!?)

 そうして十歳まで甘やかされて天真爛漫に育ったイレーニアは、そこから五年、人々に尽くして生きてきた。

 教会の聖女として迎え入れられたのはそのころである。とはいえ、平民の聖女では据わりが悪い。

「では、ぼくのうちへいらっしゃい。あなたは養女になればいい」

 そう言ってイレーニアを養女にしてくれたのは、カルタ伯爵だった。彼は五年間の奉仕を通して知り合った貴族である。カルタ伯爵にはすでに成人した子がいる。だからなのか、ヴェールを外さない彼女のことも、実子のようにかわいがってくれていた人である。最初は両親の元を離れるのを拒んだイレーニアだったが、平民の聖女は虐げられることが多い。結局は両親の説得もあって、カルタ伯爵の養子に入った。両親との交流は絶えず持ち、カルタ伯爵は三人目の親のようにイレーニアに接してくれたのだった。

 そうしてさらに五年、イレーニアは治癒の聖女として人々に尽くし続けた。この国では二十一になると成人となる。放蕩三昧だった前世と違い、今の彼女は酒もほとんど飲まなければ、ろくろく遊びにも行かない。身体も生娘のままだ。魔法の勉強は欠かさず行ったから、簡単な魔法であれば他の属性も扱える。このままいけば、大聖女の地位も夢ではない。むしろ、世間ではそう騒がれていた。

「やはり次の大聖女はイレーニア様だろうな」

「ヴェールの聖女。ああ、一度彼女の素顔を見てみたいものだ」

「治癒の聖女様には頭が上がらないよ。ああ、もう一度お会いしたい……」

 ちまたでは彼女はそうもてはやされていた。そんな中、彼女は成人を迎え、さらに周りの人に嫌われないように尽くし続けた。成人したころにちょっとした問題もあったものの、それ以外は何ごともなく、イレーニアは聖女としての日々を重ねていた。

 二十四歳になった、あの日までは。
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