片翅の蝶は千夜の褥に舞う

すがのさく

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最後の夜2※

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 やや大きめの男性器をかたどったそれが自分の後ろに当てられている様子は、見えないけれど容易に想像がつく。
 きっとぐずぐずになった穴の周囲は、無意識に先端に絡みつくように動いている。

「怖いですか?」

 ギャラが甘い声で訊ねてくる。

「い、いえ……」

 ユノンは精一杯首を振った。
 この指南を受け始め、最初の頃は何度か張り型のせいで切れてしまうことがあった。
 これよりも一回り、二回りほど小さいものから入れ始めたというのに、ユノンの後孔はとても固くて小さい蕾のようだったのだ。

 それでも毎日の責めに耐え、今でも挿入時は一瞬怖くなってしまうけれども、ユノンの後ろは少し大きめの男性器を受け入れることができるまでになった。
もちろん本物はまだ知らず、経験したのは張り型だけだ。

「大丈夫。本物はもう少し柔らかくて温かいですから。行きますよ」

「はい。……あうっ、……あっ……!」

 ずぷ……と冷たい木製の男性器が内側に入り込んでくる。
 ゆっくり、ゆっくりと、まだ入るのかと思うくらい深いところまでやって来る。

「あああっ、も、入りませ……」
「お上手ですよ。男性はご自分のものを大きい、太いと褒められるのが好きなのです」

 それだったら、自分のものは貧相過ぎて誰も褒めてくれないだろう。
 ぎゅうぎゅうの腹を皮膚の上から抑えながら、ユノンは敷布に顔を埋めて口元だけで笑った。

「あなた様がこんなにも淫らに成長されて、私は誇らしいです。最初はどうなることかと思いましたが」

 ゆっくりと引き抜かれ、ばちゅんと打ち付けられた。
 ユノンは「ひあんっ!」と声を上げる。
 抜かれるのも、入れられるのもおかしな感じがして変な気分になる。女性は性交時、いつもこんな感じを味わわねばならないのだろうか。

「後ろの穴もとても愛らしく育ちましたね。本当は私自身が入れて具合を確かめて差し上げたいところですが、王の許嫁を手付きにするのは重罪ですし、なにぶんあなた様とは身分の差がありますゆえ……」

 ぱちゅ、ぱちゅと何度も出ては入って来る。
 喘ぎ声を我慢せずひっきりなしに声を漏らしながら、ユノンは目を閉じた。

 ここから逃げたい。別の世界に行きたい。
 指南で張り型を使い突かれている最中は、いつもそんなことを考えている。
 まぶたの裏に描ける景色は、この小さな湖の孤島の国ではない。

 いつも霧に包まれた暗いこの世界ではなく、空気は清浄で澄んでいて、明るい日差しが常に燦々と差し、緑の絨毯がどこまでも広がっている風景。
 そこを誰かと手を繋いで笑いながらどこまでも駆けて行く。花の中を、蝶を追い抜いて、気の向くまま。どちらかが疲れて立ち止まるまで走っていく。その情景を、子どものころから知っていた。

 そこにあるのは、「自由」だ。
 わかっていることは、その世界は今自分がいるこことは別の次元の世界だということ。それは物心ついた時から漠然と理解していた。
 だって自分はこの孤島の国から出たことがないのに、こんな景色を知っているわけはない。夢にだって見るはずがない。

 きっと違う世界の記憶を持って生まれてきてしまったのだ。そんなこと大昔の伝承にしか聞かないし、頭がおかしくなったと噂されるだけだろうから誰にも言えないけれど。
 子どもの頃にこの風景を紙に描いたら、父にくだらないと破り捨てられてしまったこともある。

「ユノン様、今日は達せそうですか?」

 不意に問われ、目を開けた。白い敷布、暗い部屋、軋む寝台。
 大切なものをあちらに忘れてきた気がする。それなのに、忘れようとしていた違和感が腹の奥に戻って来た。

「はあ、は、……あ、……むり、……出せま、せん……」

 いつもの喪失感の中、息も絶え絶えに答えた。

「仕方ありませんね。最後くらいはと期待してみましたが、こればっかりは難しいようですね」

 ずるりと異物が抜けていく。
 ユノンは動けないまま荒く呼吸を繰り返す。

「さあ、楽におなりなさい」

 張り型の代わりに細いものが遠慮なしに入ってきて、ぐりぐりと弱いところを抉ってきた。

「やっ! あ、あ、ああ――っ……!」

 抗えない力に押し出され、ユノンは強制的に吐精させられた。
 汗と香油が混ざり、ぶわりと甘い香りが立ち上る。
 香油には潤滑と二種類を混ぜての催淫の効果があり、さらに汗の香りが混ざることで絶頂時の快楽が増すとされている。

「そうです。この香り、これがあなた様だけの香です」
「これ、やっ、……ああんっ!」

 性器への上下運動による刺激よりも、遥かに大きい快楽に意識がどこかへ飛びそうになってしまう。

 いっそこのまままぶたの裏の世界へ連れて行ってくれればいいのにと何度も願った。
 はしたなく声を上げながら何度か断続的に放ち、最後は悦の余韻に浸りながら、だらだらと先端から透明な体液が滴るのを四つん這いのまま見ていた。

「……どうでしたか、今の射精は」
「あ……う、……」

 どうでしたか、とは。
 どう答えるのか正解なのか回らない頭では察しかね、ユノンは尻を突き出したまま、ただ肩で息をする。

「王との伽の最中に達することができれば満点です。けれど王があなた様の良い所をお察しになるとも限らない。そういう時は、達してもよいか許可を求めなさい。自慰もなるべく控え、伽の際に最大限魅力的に乱れたあなた様をお見せできるよう、努めてください」

「……はい……」

 姿勢を楽に、とやや穏やかな声で言われ、ユノンはふるふる震える脚を閉じた。そして寝台に身体を起こし、ギャラに向き直るように座る。

 ギャラは白い布でユノンの体液と香油で濡れた手を拭っている。
 冷徹な表情は崩れない。淡々と語る。

「先ほども申し上げましたが、もうユノン様は合格点です。きっと千夜のお褥を遂げられる能力をお持ちだと、私は信じています。後は王を千夜に渡ってお誘いできるかどうかにかかっている」

「はい」

 千日も連続で抱かれることになるなんて、気が遠くなる。大体にして、言い伝えはどこまでが本当でどこからが伝説なのだろう。

「千日しっかりとお勤めをし、王の子種を腹にいただき続ければ男子でも子を授かることができる。王とは絶対的な『雄』である、といつかお教えしましたね」

「はい、覚えております」

 このカザカル国の昔からの伝承だ。今も女が生まれなくなり久しいが、この国は元々女の人口比率が少ない。
 初代の王は、湖の底の向こう側にある国からやって来た。そしてここに小さな国を築くこととし、妃はたくさんの子を産んだ。だがなんと妃は、王のたった一人の男性従者だったのだ。……という伝説がある。

 もちろんみな伝説は伝承しようとするが信じてはおらず、否定して怒るのは年寄りくらいのものだ。

「じつのところ私もその伝説を信じているわけではありません。なんとも自然の理に背いていますから。けれど、王もまだお若い。次に女児が生まれれば、生まれた家系に関係なくその子どもが王の妾となることは決まっているのです」

 知らされている。自分はかりそめの妃。女児が生まれ、その子が子を産める身体に成長するまでの間王を悦ばせ続けること。それが役目だと。

「千夜も過ぎるまでには、今の状況も少しは変わっているかもしれない。それまでの間、王をしっかりと支えて満足していただけるようにする。それがあなた様のお勤めですよ」

「心得ております」

 ギャラは張り型を綺麗に拭き、黒い布袋に収める。

「これは差し上げます。王宮にも立派なものはおありでしょうが、日々精進することで飽きられることなく、王もあなた様を愛されることでしょう」

「ありがとう、ございます」

 本当はこんなものほしくない。けれど、自分には必要なものだ。

 ユノンは両手で差し出されたものを受け取った。

「これで私の役目は終わりました。明日からはまた、違うお宅での指南役を務めます。今度は妃候補ではありませんので、気が楽です」

 そう言い、壁からローブを取り、纏う。部屋の中の闇がギャラに凝縮されているようだ。
 裸のままのユノンも薄衣を身に着けた。立ち上がり、見送りのためギャラに近寄る。

「……先王がみまかられた際、私は最後のお別れにも行けなかった。けれど、あなた様は妃です。王とはどちらかが死ぬまでともにいる。ただひたすらに愛されることです。あなた様には、それしか道はありません」

 ……わかっている。もう家にも戻れない。戻ったとしても、父が自分を家に入れるわけがない。
 王宮で、王に愛されるしか生きる道はないのだ。

「先生、長いこと、お世話になりました。教えていただいたことを忘れず、明日から務めに励みます」

 こんな真面目な言葉を吐いていても、尻からは先ほどの指南で中に残された香油が内腿を伝ってくる。ユノンはもじもじと膝を擦り合わせた。

「ええ、そうしてください。陰ながら応援していますよ。あなた様は、とても美しくいやらしくお育ちになられた。自信を持ってください」

 最後、ギャラはほんの少しだけ笑った。
 目元や口元にはうっすら皺が浮かんでいるけれど、もう少し若い頃の美貌は容易に想像がつく。
 年増の侍女たちの立ち話を前に聞いた。ギャラは、少年時代から長いこと先王の第一妾だったらしい。
 先王が崩御した際王宮を追われ、今では少年たちに夜技の指導をすることで生計を立てている。この国においては必要な技能者なのだ。

 扉が開けられ、ギャラは廊下に出ると振り返ることなく歩いて行った。
 濃い闇がろうそくの揺れる暗い廊下の向こうに消えて行くさまを、ユノンは何とも言えない気持ちで見つめていた。
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