片翅の蝶は千夜の褥に舞う

すがのさく

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王の褥1※

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 全身にデンフィアの香油を塗り、唇には薄く紅も塗った。
 メレの香油も盆に乗せ寝台の上に置いてある。

 ユノンは飛び出しそうな心臓を抱えながら王の寝台で夫を待つ。
 準備された薄衣は実家で練習用に使っていたものよりもやはり上等そうだ。肌は透けるが多少厚みがあり、所々に金糸で刺繍が施されている。
 履かされた下帯は常用するようなただの帯ではなく、局部だけを隠すような奇妙な形を取っている。はっきり言って窮屈だ。性器が膨らめばはみ出るか、ぎゅうぎゅうと締め付けられてしまうだろう。

 その下帯の細い布にも細かい刺繍が入っており、侍男からはこれは本来女性のものなのだと説明を受けた。
 女だけの流行り病で母が死んで久しいユノンは、もちろん女性の下帯を目にしたことはなかった。

 タリウスは、どんな風に自分を抱くのだろう。女性と思って抱くのだろうか。
 練習で中に入れられて突かれることだけしか経験していない。婚前交渉をしなければこれが当たり前なのに、「男なのに妻」であるという事実はやはり重い。王が男の妻を娶るのは、一二〇年振りだ。

「待たせたな、ユノン」

 びくりと顔を上げると、タリウスが寝台の前に立っている。酒宴と湯浴みを終え部屋に戻って来たのだ。

「あ……い、いえ。お待ちしておりました」
「どちらなのだ」

 ユノンの曖昧な答えがおかしかったのか、タリウスは白い歯を見せて笑った。
 金細工のような髪と、良い香りのする外国産の茶のような色の目だ。式の最中はそれどころではなくて気付かなかったが、夜着の下の体躯は逞しくしなやかだろうとすぐにわかる。

「……お待ちしておりました」

 赤らむ顔を隠したくて、俯きながら改めて言う。

「私も、待っていたよ。まさか昔遊んだ小さな子どもがこんなにも可憐に成長するとは」

 タリウスが隣に腰掛ける。ユノンのものとは別の何かの香油の香りがふわりと香る。

「私の妻がどんな風に成長したのか、想像しない日はなかった。お前は私の期待を大きく裏切ったな」
「申し訳ございませ……」

 言葉を呑みこむように、唇に唇が触れ合わされた。

「……ん、う……」

 体重をかけて寝台の上に押し倒され、これが接吻かと理解した時には、すでにタリウスの舌がユノンの口腔内に侵入してきていた。
 ふんわりと、ほのかに酒の香りがする。

(唇と頭がふわふわする。なんだこれは……)

 酒も飲んでいないのに心地がいい。初めての体験だというのに、ユノンは嫌悪感もなくタリウスを受け入れている。
 ぴちゃ、くちゅ……と濡れた音を立てながら、タリウスはユノンの舌を甘噛みしたり吸ったりする。ユノンも懸命に応えようとした。

「んんっ、ふ、……う、……」
「謝るな。このように裏切られるのならば本望だ。もっともっと裏切りなさい。接吻は、誰かに教わったのか?」

 唇を離し、タリウスが形のいい眉を片方上げながら笑って訊ねてくる。

「そ、なわけ、ありません。今が、初めてでございます」

 飲み込めなかった唾液が口の端を伝っているのが恥ずかしく、ユノンは口元を拭いながら答えた。
 タリウスは面白そうに目を細め、ユノンの短くなった毛先を指先で弄ぶ。

「そうか、そうだったな。王の妃は純潔でなければ。入って来い」

 出入り口の扉に向かって呼びかける。すると、全身を黒いベールで覆った人物が一礼し部屋に入ってくる。ユノンは驚いて小さく声を上げた。

「怖がるな、伽守だ。明かりを絞れ」

 伽守は室内の灯りを消して回り、寝台近くに置かれたランタンの火だけを残す。
 そして自らは寝台のから少し離れたところに立った。おそらく顔があるだろう方をこちらが見えるように向けている。

 伽守、という役職の者がいるということはギャラに教わっていた。王とその妻や妾の夜の務めを見守り、子作りがなされていたかを確かめるのが彼らの役割だ。
 ユノンを急激に羞恥心が襲う。

「……彼は、ずっとあそこに?」
「そうだ。それが仕事だからな」

 知っている。けれど、確かめずにはいられなかった。初夜の一部始終を第三者につぶさに見つめられるという、そんな恥ずかしいことが今宵ついに身に起こってしまうのだ。

「心配するな。彼は私が最も信頼する人物だ」

 そう耳元に囁き、首筋に舌を這わせながら薄衣の上から身体を撫で回される。
 心配しないわけがない。
 知らない人間が自分と夫の行為を見ている。そのことにすごく心を乱されているのに、刺激に敏感になるよう躾けられた身体は、羞恥と不安を無視して小さな悦を拾っていく。

「あ……、あっ……」

 小さく声が漏れてしまう。二人の男に聞かれてしまう。恥ずかしい。それなのに、声を我慢することはよくないことだと教えられている。

「美しいな、ユノン。この薄衣は女ものだが、お前によく似合っている。……お前は千夜の間に、ますます私好みに仕上がるのだろうな」

 首筋から耳朶までをじっとり舐めてから、タリアスがうっとりとユノンの身体を見下ろした。
 ユノンはされるがままに身を横たえながら、羞恥でタリアスをまともに見られない。
 夫は、千夜の褥の伝説を実行することに前向きなのだ。

「きめの細かい白い肌、黒絹の髪、薄桃色の胸……」

 指先で、薄衣越しにつ……と胸に触れられた。

「ひゃ、……あ……」

 身体がビクビクと跳ねる。股間の芯が熱を含んできた。

「細く長い脚も、昔目にした若い女のものとは違う。とてもしなやかで、これはこれで一興だ……」

 するりと衣擦れのかすかな音がして、帯を解かれたのがわかった。ユノンはにわかに焦る。王の手を煩わせてはならない。

「タ、タリアス様、僕が自分で……」
「いや、私にやらせてくれ。愛しい妻の身体を、自分の手で剥きたいのだ」

 その言葉に赤面した。タリアスは、しっかりと自分を妻として認識してくれている。そして自らの手で裸に剥き、食すつもりなのだ。
 タリアスは解いた帯をゆっくりとユノンの腰から抜き、寝台の下に放った。
 肌の透ける衣を着ていて帯を結ぶ意味などないのではと思ったが、これも男を誘う小道具の一つなのだと自分を納得させて身に着けたものだ。準備されたものは使わなくてはならない。

「タリアス様……」

 恥ずかしさで泣きそうだ。これはいつもの指南とは違う。自分は今、男に抱かれようとしている。裸の身体を隅々まで、じっくりと嬲られようとしているのだ。

 タリアスは口元にわずかな笑みを浮かべながら、そっとユノンの薄物の袷を開いた。
 女ものの下帯を履いたいやらしい姿が露わになり、ひんやりとした冷気が身体を撫でる。

「……ユノン」

 ごくりと、タリアスの喉が上下した。

「私は今から、お前を私のものにする」
「……はい……」

 言葉として言われると、また少し怖くなる。
 全身に注がれている痛いほどの視線から逃れたくて、ユノンはぎゅっと目を閉じた。

(大丈夫、先生からは伽については合格点だと言われた。大丈夫、僕は上手くやれる、大丈夫……)

 頭の横で震える両手をぎゅっと握り、心の中で呪文のように「大丈夫」を唱える。

「……ひゃっ? ……あ、ああんっ!」

 不意に胸にぬるりとした温かなものが触れ、ユノンは驚いて目を開けた。その柔らかなものは執拗に乳首をぐりぐりと押し潰す。

「あん、あっ、ひう、タリアス、さま……」

 タリアスはユノンの胸に顔を埋め、乳首を責めている。片方は唇と舌で刺激し、もう片方は指でころころと転がされている。

「あん、だめ、……です、そこ……」

(あ……すごい、気持ちいい……)

 ユノンの性器は触られてもいないのにすでに下帯の下で固くなり、窮屈な布の下から解放されるのを待っている。
 タリアスは形の良い薄い唇で、痛いくらいに胸の先端を吸っている。その刺激に連動し、腰までもぞもぞと動いてしまう。

「だめなはずがない。これは私のものだ。たとえお前が赤子を産んでも、ここを初めに吸ったのは私だと、忘れるな」
「ひあっ、ああっ、……は、はい……」

(子どもなんて産まれるわけがないのに……)

 そう反論したいのにできるはずもない。
 王であるタリアスが子作りに臨もうとしているのに、妻であるユノンがそれを否定できるわけもない。
 じゅう、と音が立つくらいに両方を吸われ、解放された。

「あ、あ、あ……はあ……っ」

 乳首への責めの後、タリアスは胸の皮膚の何か所かを痛いくらいにきつく吸った。
 ユノンが乱れた呼吸のまま胸元を見下ろすと、赤い斑点が花びらのように散らされていた。
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