君に打つ楔

ツヅミツヅ

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23、小さな喜び

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 二人はマンションの前で帆高の車を待つ。
 その間、壱弥は美優の手を握って離さず、二人は他愛のない話をしていたが、3分程すると、車道の曲がり角から帆高の車が現れる。
「来た来た」
 壱弥は美優の手を離す事無く、空いた右手で手を上げた。
 二人の前に帆高の車が停車した。
 後部座席のドアが開いて、中から穂澄が声をかけて来た。
「美優ちゃん、壱弥、ことよろ~。とりあえず乗って」
 美優から先に乗り込むと、三列シートのちょうど真ん中に美優が座り、右側に穂澄、左側に壱弥が座る形になった。
「美優ちゃん、壱弥にやらしい事されなかった? 大丈夫?」
 座席に座って落ち着き顔を合わせた瞬間に穂澄から言われて、美優は顔が真っ赤になった。
「……っ! ほ、ほずみさん?!」
 運転席から帆高が窘める様に言った。
「こらこら。そういうセンシティブな話題を新年一発目に開口一番するんじゃないよ?」
 航生が続く。
「穂澄はホントに恥じらいないからね~。良くないと思うよ? そういうの」 
 壱弥がしれっと前を向いて言った。
「お陰様でまだ手は出してないよ。しつこい位、美優ちゃんに同意なく手を出すなよって誰かさんからメッセージが来るから」
「当たり前でしょ? 美優ちゃんは駆け引きする様な子じゃないのはわかってるし、あんたの気持ちを無下にする様な子じゃないもの。あんたが迫れば流されちゃうかもしれなくて、なんだか心配なのよ」
「あ、あのね、穂澄さん。大丈夫だよ? ホントに壱弥君、そんな人じゃないから」
「そう? 手は離さないみたいだけどね」
 車に乗り込んでからも、壱弥は何のためらいもなく美優の手を握り、繋いでいた。
「手位いいじゃん。別にいやらしい事じゃないでしょ?」
 穂澄は壱弥をじっとりとした目で見つめる。
「……あんたの魂胆はわかってるのよ。そうやって少しずつ触れてる事が当然になって、どんどんハードル上げて行こうってんでしょ?」
 壱弥は左側の窓に肘をつき、頬杖をついて顔を向けてだんまりを決め込む。
 それでも決して美優の手は離さない。
「ほらね? 何でもかんでも計算尽くで行動してる男がただただ触れ合いたいからなんてロマンティックな理由で手を繋いでる訳ないんだから。美優ちゃん、壱弥はそういうトコあるからね?」
「あの……、でも、壱弥君は優しくしてくれてるし、ホントに大丈夫だよ?」
「優しいのなんて当たり前の事なのよ? 美優ちゃん。ちゃんと美優ちゃんの意志を尊重してくれなきゃ意味無いの。美優ちゃんが納得して選ぶのが壱弥ならいいのよ。でもこの男、それを素直に待ってるような男には私にはどうしても思えないのよね」
「人聞き悪すぎ。美優ちゃんが怯えたらどうしてくれるんだよ」
 窓の向こうの景色を眺めながら壱弥は唇を尖らせて不満を口にした。
「で、神社どこ行く? 大きい神社の方がいいか?」
 帆高がハンドルを握り、バックミラーで壱弥や穂澄の方をちらりと見た。
「人混みはパス」
「私も人混みはイヤ」
「美優ちゃんは?」
「私も人混みは苦手かな」
「航生も?」
「俺はなんだっていいけど、お参り行った後酒呑みたい」
「そんじゃ、いつもの神社行った後、壱弥の家にお邪魔するか」
「はあ? 何勝手に決めてんの? 美優ちゃんと二人で過ごすし」
 窓の景色から目を離した壱弥が前列の二人に抗議した。
「そんだけラブラブなとこ見せつけられたらここは邪魔するのが人情ってもんだろ?」
 航生が自分の後ろにいる壱弥を振り返り、にやりと笑った。
「ね、美優ちゃん、この後俺達も一緒に壱弥んちお邪魔していい?」
「あの、私は一緒でも構わないよ? でも、壱弥君のお家だから、壱弥君が……」
「壱弥はいいんだよ。美優ちゃんがいいなら壱弥もいいから」
 運転席から投げられる言葉に戸惑って壱弥の方を見ると、壱弥は美優を既に見ていた。
「美優ちゃんが決めていいよ?」
 優しく笑った壱弥は軽く繋がれた手に力を入れた。
「えっと……、じゃあ、皆で……。でもいい? 壱弥君」
「美優ちゃんがいいならいいよ」
「よし、じゃあ、決まりだな。しこたま呑むぞ~」
 航生が喜びの声を上げると、壱弥は深いため息を吐いて再び窓の景色に目をやった。
「帰り、なんか買って帰んないとな。壱弥んち、何があるの?」
「一応、ふせちの2人前と雑煮用の餅とか買ってあるよ。ツマミはない。美優ちゃんと二人だったら呑まないし」
「ふせちって何?」
 穂澄がキョトンと訊ねた。
「喪中の時にお節の代わりにふせちっていうの食べるんだって。なんかお節料理の祝い系総菜抜いたヤツ」
「へえ、そんなのあるんだ」
「俺も調べて初めて知った」
 皆が会話している中で、壱弥がわざわざ自分に気を使って、ふせちというものを用意してくれていた事に密かに美優はじんとしていた。
 壱弥は現実的に優しさを見せるだけでなくて、こうして心情までも慮ってくれる。
 やっぱり美優はそういう壱弥を優しい人だと思うし、もし穂澄の言う様にこれが自分の心を手に入れる為の手段だとしても、それは美優の心の動きを理解しようと努めてくれている事に代わりない。
 好きだと思う人にこそかける労力だろうし、そこまでしてくれたらやっぱり単純に嬉しい。
 車は広めの田舎道に入っていく。
 辺りには田園風景が広がっていく。
「こんな山の方の神社に行くんだね」
 美優の呟きに壱弥が答える。
「なんかね、結構由緒ある古い神社があって、そこが広くて人もまばらで雰囲気あっていいんだ。よくこのメンツで行くんだ」
「へえ。私、近所の氏神様とか逆に街の大きな神社にしか行った事無いよ」
「あの神社なんで見つけたんだっけ?」
 航生が壱弥に訊ねた。
「俺がバイクでツーリングしてる時に見つけたんだよ。大型取ってバイク買って慣らしで走ってた時だと思う」
 壱弥が頬杖をついたまま言った。
「壱弥のバイクってアグスタだっけ?」
「そうだよ」
「バイクの方が気合入ってるな」
「なんかバイクの方が性に合ってる」
 皆の会話が別の方に変わっていったのを見計らって、美優は壱弥にこっそり訊ねた。
「……壱弥君、バイクの免許も持ってるんだね」
「うん、興味ある? 乗ってみたい?」
「……うん、乗ってみたいな」
「いいよ。今度レザーの装備買いに行こっか」
「え、そんな大事になるならいいよ」
「構わないよ。せっかくだから乗せてあげる」
 そう微笑みかけられた時、車は神社のパーキングに入っていった。
 車は切り返しもなく速やかに駐車され、帆高はギアをパーキングに入れた。
「ほい、着いたぞ」
 皆次々と車を降りた。
 車の中でコートを脱いでいなかったので少し寒い。
 唯一外していたマフラーを巻いてなんとか首周りの暖は取れた。
「さて、行こうか」
 元日の昼過ぎという時間もあり、人出はまばらだ。きっと昨日の夜はここもたくさんの周辺住民が行列を作っていたのだろう。
「この神社の造り変わってるんだよね。社が二つ並んで建ってるんだ」
「あ、ホントだ。何か由来があるのかな?」
「さあ、何も書いてないんだよね。でもなんか一回で二回お参りする事になるからお得感あるでしょ?」
 その壱弥の言葉に美優はクスリと笑う。
「ホントだ。確かにお得感あるね」
 その2つあるお社を両方全員で手を合わせる。
 美優は壱弥に教えてもらった通り、『ご縁をありがとうございます』と心の中で唱える。
 今年はなんだかあまり神頼みをする様な心持ちにはなれなかったので、この壱弥のルールは少しばかり美優を救った。
 参拝が終わると穂澄が皆を振り返って言った。
「さ、お御籤引くわよ!」
「あ、俺いいや」
 壱弥が断る。
「え、なんで?」
「昨日の夜引いたの大吉だっから、今年の正月はもういいや」
「あ、じゃあ、私も」
「え、二人とも大吉だったの? いいな、私末吉だったから、リベンジしてくる! 帆高も吉だったでしょ? 引きましょうよ! 航生なんだったっけ?」
「俺は小吉だった」
「じゃ、引くべきね。次こそは大吉よ」
 三人はお御籤を引く為お社の横の大きな箱の前に行く。
 ここのお御籤は大きな箱の中にたくさんのお御籤が入っていて、賽銭箱に初穂料を入れ自分で箱に手を入れて引くようになっている。
 その間、壱弥と美優は社務所の横に設置されたテントの下に並べられているお守りなどを見ていた。
「あ、この勾玉のお守り可愛いな」
「あ、ホントだね。最近の神社って色んな種類のお守り売ってるよね」
「うん、この小さいランドセルのも可愛いな。きっと子供の学業成就のお守りなんだろうね」
「ホントだね。可愛い」
 美優が色々と見ていると、壱弥は巫女さんとやり取りし始める。
 巫女さんから手渡されたものを壱弥は美優に渡す。
「はい、美優ちゃんはこっち」
「え? 何?」
「さっきの勾玉のお守り。ローズクォーツのがあったんだ。これあげる」
「え、くれるの?」
「うん。俺のはこっちのターコイズのヤツ。ご利益とか全然見てないケドね。見た目重視した」
 にこりと笑う壱弥に美優もつられて笑ってしまう。
「確かに欲しいのとご利益ってあんまり兼ね合わないんだよね」
「受け取ってくれる?」
「……うん。ありがとう」
 壱弥はいつもこうして自分の事を見ていてくれている。
 自分が何気なく言った言葉や何気なくやった行為を細かく憶えていて、それに報いてくれようとする。
 自分はそんな壱弥に何かしてあげられる事はあるだろうか?
 そんな事を考えながら。美優は勾玉のお守りを袋から出して、財布のファスナーに取り付けた。
「ここなら無くさないと思うの」
 美優は取り付けた長財布を壱弥に見せる。
「うん、じゃ、俺も財布につけようかな。壱弥もジーンズの後ろポケットにねじ込んである財布を取り出して、財布の中にあるファスナーに取り付けた。
「うん、確かにこれなら無くさないね。美優ちゃんとお揃いの物がまた増えた」
 壱弥があまりにも嬉しそうに笑うので、美優もなんだか嬉しい気持ちになる。
 こんな小さな事で壱弥は心から喜んでくれる。
「お、お守り買ったんだ。いいね、それ」
 帆高が美優の後ろから声をかけた。
「で? 再戦の結果は?」
 壱弥が帆高に訊ねた。
「惨敗。揃いも揃って末吉だよ」
「ちょっと、今年の私は救いがない訳? 悲し過ぎるわ」
「結果が悪くなった俺達、完全に穂澄に巻き込まれてるよね。ま、でも所詮はお御籤だから、気にしないで気にしない」
 穂澄はがっかりした様子で、航生はそれを微笑んで宥めている。
 完全に膨れ始めた穂澄を航生はそれが至福の悦びの様に微笑んで相手をしている。
 その様子を壱弥と帆高は呆れ顔で見守り、美優はそんな全てを微笑ましく見つめた。
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