人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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6、一年とひと月前

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 いつも以上に寝付けぬ夜を過ごした日の昼。
 軍師、ヴィルヘルム・ラリ・ヴィルッキラは早朝、離島にある軍港の視察から帰った。
 そもそも、3日前には戻る予定だったが、途中嵐に遭い中立を通すマグダラス王国の港に停泊したらしい。

 その際先んじて受けた連絡が馬鹿げたものだった。
 ーーーーーー陛下に愛らしい雛を献上致します。

 鳥が早々に運んだ連絡に辟易した。
 そもそもあの男は一体何を企んでいる……。
 あの男が今更儂に媚を売る事も無い。
 売る必要がないのだ。

 暗喩の意味は女だろう。

 散々女には飽いたと聞かせていたし、あの男も充分に理解しているはずだ。
 儂に正妃はいないが、妾妃は8人ほどいる。
 どの妾妃も今はもう部屋に踏み入る事すらしていない。もう充分に女は抱いた。
 女は得てして煩わしい。そう結論付けた。

 どの妾妃も諸侯や出入りの商人に充てがわれた者達だ。正妃にはしないと宣言しても、それでも良いと言い張った者達だ。

 野心の深い者、言い含められて媚を売る者、儂に懸想する者など色々いるが、本気になれる女はいなかった。

 断る理由もなく妾妃にし、廃妃する理由も今の所ないので放置している状態だが、妾妃達は皆それなりに暮らしている様だ。
 特に気にかける事もない。

 そういった一切を知っているはずの軍師が女を献上だと宣う。
 裏があるに決まってる。

「陛下失礼致します。軍師がお見えです。」
 部屋の前に控える侍女が声をかける。

「通せ」

 短く伝えると軍師がいつもの飄々とした様子で部屋に入る。

「で?視察は上々だったか?」
 皮肉を込めて言う。

「はい、陛下。此度の視察は真に上々でございました。」
 皮肉を真正面から受け止められる。

「雛を寄越すとはどういう風の吹き回しだ?」

 軍師は薄く笑う。
「マグダラス王国第一王女、レイティア・エレオノーラ・アールテン殿下との誼みを結んで戴きたく。」

「……本気で言っているのか?」

 マグダラス王国は我がグリムヒルトとモトキス王国、どちらにとっても互いを攻める為の要所となり得る土地だ。
 その王女と誼を結ぶ事は野心有りと取られかねない。

「レイティア王女はほぼ廃嫡に近い形でこちらに来られました。マグダラス国王はその覚悟であろうと思われます。」

「それでは誼の意味がなかろう」

「全く意味のない事ではございません。
 この大陸の正統な血筋を入れる事は重要です。
 我が国の民の半数以上は地の民です。
 それらを従わせる格好の理由になります。」

「それはその女と子を成せという事か?」

「さあ? そればかりは私にも。縁というものは人がどうにか出来るものではありませんからね」

 いつもの何を考えているかわからない笑みを浮かべる。

 本当にこの男は捉え所がない。
 だからこそさっさと首を落としてくれる最有力候補だったのだが、20歳で即位して9年、軍部を掌握し、そのほぼ全権を渡しているにも関わらず、この男は何も起こさない。

「ただ、我が妻へリュが忠義を誓いました。」
「……ほう?」
「ですので、くれぐれもご配慮を」
 へリュという女は[炎のセイレーン]という二つ名を持つ双剣の剣士だ。
 カトラスを扱い、グリムヒルトではその二つ名は特別な意味を持つ。
 そもそもは建国の祖アルフヒルドが持っていた二つ名で、その剣技を伝授された者の中で一番強い者に与えられる称号だ。

「それは興味が湧いた。連れて来い」
 あの頑固な女が忠義を誓うとは面白い。

「御意」
 軍師は短く返事し、軽く頭を下げた。
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