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「陛下」
レイティアは振り返り、ドレッサーの椅子から立ち上がる。
「お戻りお待ちしておりました」
微笑んで頭を下げる。
儂はその肩に触れ、髪に顔を寄せキスをする。
「疲れは取れた様だな。顔色が良い」
ここ数日、疲れで酷い顔色をしていたレイティアはよく眠ったのかスッキリとした顔で儂を見上げる。
「はい、お陰様でたくさん眠れました。謹慎中なので本当は寝ている場合ではないのですけど…」
「書類は宰相に振った。店の件もウルリッカを行かせた。茶会はリーンの次男に代理を務めさせた。勉強は教師と会う事は謹慎中故ならん」
レイティアは苦笑いをして言う。
「リーンヴィスト家のヘルマンニ様が代理を?…それは方々にご迷惑をおかけしてしまいましたね…。これでは謹慎ではなく、まるで休日です」
名目などは何でもいい。
儂としては狙った通りの展開になった。
儂がレイティアに無茶を要求すればレイティア付きの侍女達は黙っている筈がない。儂に諫言してくるだろう。
それを赦さぬと言えばレイティアは必ず侍女達を庇う。
それに対し謹慎を言い渡せばレイティアを閉じ込められる。
「陛下?久しぶりにゆっくりとお茶を飲みながらお話がしたいです。…ダメですか?」
レイティアは儂をジッと見上げている。
その瞳はやはり綺麗な茶色で、澄んだ清廉な色を湛えている。
「いや、良かろう」
儂はレイティアの手を取り、長椅子までエスコートする。
隣に並んだレイティアからは仄かにラベンダーとベルガモットの混じった香りがする。
恐らく香油で磨かれたのだろう。
「良い香りがする」
レイティアの手の甲を持ち上げて鼻に寄せて、その香りを堪能する。
レイティアは頬を染めて俯く。
「…香油で揉みほぐして頂きました。あまりに酷い有様だったので…」
「どんなお前でもいいが、やはり顔色は良い方がいい」
「…はい。今後はご心配をおかけしない様気をつけます」
ドローイングルームの長椅子まで歩み、二人腰掛ける。
侍女達が手早く紅茶を用意し、菓子の準備をした。
それを見届けた儂は皆に下がる様に命じる。
やっと二人きりになった。
この所、こうしたゆったりとした二人きりの時間を過ごせていなかった。待ち望んだ時間だ。
「店の進捗はどうだ?」
カップを持ち上げながら、レイティアに問うた。
「はい、お陰様で近い内に開店に漕ぎ着けられそうです。人手の方も整いましたし」
レイティアは嬉しそうにそう答える。
「そうか。花街に良いマグダラス料理の店が出来るという評判だとテームの報告があったぞ」
レイティアもまた、紅茶の入ったカップを持ち上げて儂に困った様に微笑む。
「今からそんな評判が立ってしまっているのですか?なんだか凄く重圧を感じてしまいます」
「マグダラスの料理はそもそも人気だからな。外装から期待が膨らんでおるのだろう」
「グリムヒルトでは珍しい、煉瓦造りですからね。目立っているのでしょう」
儂は紅茶を口に含む。
「どんな物を出すのだ?」
「マグダラスの一般家庭の料理をメインに、私の覚えてる限りの城で出されたメニューも今、姉さん達と再現しているんです」
「お前が食していたものか…。儂も是非足を運ぼう」
レイティアは儂に真っ直ぐな瞳を向けて問う。
「その時はお供として一緒に連れて行って下さいますか?」
儂は呆れた様に言ってやる。
「儂が一人で行くと思うのか?お前と行くに決まっておろう?」
レイティアは儂にこれだけの寵愛を受けながら、一貫してそれに驕れる事はない。
儂にとってそれは心地良くもあったが、同時に不安にも駆られた。
恐らくレイティアは儂の愛情が薄れたとしても、それを黙って受け入れるだろう。
決して縋らないだろうし決して求めない。
その潔さは儂への執着の薄さを表してる様で、儂の心に矛盾を宿らせた。
儂のそういう思い煩いを知りもせずに、レイティアは嬉しそうに笑う。
「陛下のお供が出来て嬉しいです」
その笑顔に応え、レイティアの髪を撫でる。
「それで、店の出資はお前一人で担っておるのか?」
「はい。こんなにたくさんお金を使ったのは初めてでなんだか緊張してしまいました。でも、たくさんいい経験も出来ましたし、色んな方と知り合う事が出来ました」
「そうか」
「外装を請け負ってくれた煉瓦職人さん達はとても勉強になったからと、これを機に煉瓦工法のユニオンを立ち上げると仰っておられました。また次のお店を建てる時には優先して請け負うと約束して貰えました」
「もう次の店の話が出てるのか?」
「はい。ご紹介して下さった、キヴィレフト商会のレイマさんが必ず流行るから、次の店舗は王都のサントニア通りに出そうと仰ってるんです」
サントニア通りと言えば、王都の最も栄えている通りだ。商業用の港、ヴィエタ港から全ての荷が運び込まれ、それが流通するメイン通り。人も物も情報もこの通りに集まると言っても過言ではない。
レイマという男は抜け目が無い。恐らく儲かる以上の上がりを目論んでいるのだろう。
「でも、私達、商売自体初めてですから、少なくとも花街にある店舗運営に慣れてから、という事になっていますけど」
「これ以上案件を抱える事は赦さぬ」
儂は長椅子の肘掛けに頬杖をついてレイティアに命じる。
「はい。私もこれ以上は抱えきれません」
儂の横で背筋を伸ばし、長椅子に浅く腰掛けたレイティアは苦笑いをして答えた。
レイティアは振り返り、ドレッサーの椅子から立ち上がる。
「お戻りお待ちしておりました」
微笑んで頭を下げる。
儂はその肩に触れ、髪に顔を寄せキスをする。
「疲れは取れた様だな。顔色が良い」
ここ数日、疲れで酷い顔色をしていたレイティアはよく眠ったのかスッキリとした顔で儂を見上げる。
「はい、お陰様でたくさん眠れました。謹慎中なので本当は寝ている場合ではないのですけど…」
「書類は宰相に振った。店の件もウルリッカを行かせた。茶会はリーンの次男に代理を務めさせた。勉強は教師と会う事は謹慎中故ならん」
レイティアは苦笑いをして言う。
「リーンヴィスト家のヘルマンニ様が代理を?…それは方々にご迷惑をおかけしてしまいましたね…。これでは謹慎ではなく、まるで休日です」
名目などは何でもいい。
儂としては狙った通りの展開になった。
儂がレイティアに無茶を要求すればレイティア付きの侍女達は黙っている筈がない。儂に諫言してくるだろう。
それを赦さぬと言えばレイティアは必ず侍女達を庇う。
それに対し謹慎を言い渡せばレイティアを閉じ込められる。
「陛下?久しぶりにゆっくりとお茶を飲みながらお話がしたいです。…ダメですか?」
レイティアは儂をジッと見上げている。
その瞳はやはり綺麗な茶色で、澄んだ清廉な色を湛えている。
「いや、良かろう」
儂はレイティアの手を取り、長椅子までエスコートする。
隣に並んだレイティアからは仄かにラベンダーとベルガモットの混じった香りがする。
恐らく香油で磨かれたのだろう。
「良い香りがする」
レイティアの手の甲を持ち上げて鼻に寄せて、その香りを堪能する。
レイティアは頬を染めて俯く。
「…香油で揉みほぐして頂きました。あまりに酷い有様だったので…」
「どんなお前でもいいが、やはり顔色は良い方がいい」
「…はい。今後はご心配をおかけしない様気をつけます」
ドローイングルームの長椅子まで歩み、二人腰掛ける。
侍女達が手早く紅茶を用意し、菓子の準備をした。
それを見届けた儂は皆に下がる様に命じる。
やっと二人きりになった。
この所、こうしたゆったりとした二人きりの時間を過ごせていなかった。待ち望んだ時間だ。
「店の進捗はどうだ?」
カップを持ち上げながら、レイティアに問うた。
「はい、お陰様で近い内に開店に漕ぎ着けられそうです。人手の方も整いましたし」
レイティアは嬉しそうにそう答える。
「そうか。花街に良いマグダラス料理の店が出来るという評判だとテームの報告があったぞ」
レイティアもまた、紅茶の入ったカップを持ち上げて儂に困った様に微笑む。
「今からそんな評判が立ってしまっているのですか?なんだか凄く重圧を感じてしまいます」
「マグダラスの料理はそもそも人気だからな。外装から期待が膨らんでおるのだろう」
「グリムヒルトでは珍しい、煉瓦造りですからね。目立っているのでしょう」
儂は紅茶を口に含む。
「どんな物を出すのだ?」
「マグダラスの一般家庭の料理をメインに、私の覚えてる限りの城で出されたメニューも今、姉さん達と再現しているんです」
「お前が食していたものか…。儂も是非足を運ぼう」
レイティアは儂に真っ直ぐな瞳を向けて問う。
「その時はお供として一緒に連れて行って下さいますか?」
儂は呆れた様に言ってやる。
「儂が一人で行くと思うのか?お前と行くに決まっておろう?」
レイティアは儂にこれだけの寵愛を受けながら、一貫してそれに驕れる事はない。
儂にとってそれは心地良くもあったが、同時に不安にも駆られた。
恐らくレイティアは儂の愛情が薄れたとしても、それを黙って受け入れるだろう。
決して縋らないだろうし決して求めない。
その潔さは儂への執着の薄さを表してる様で、儂の心に矛盾を宿らせた。
儂のそういう思い煩いを知りもせずに、レイティアは嬉しそうに笑う。
「陛下のお供が出来て嬉しいです」
その笑顔に応え、レイティアの髪を撫でる。
「それで、店の出資はお前一人で担っておるのか?」
「はい。こんなにたくさんお金を使ったのは初めてでなんだか緊張してしまいました。でも、たくさんいい経験も出来ましたし、色んな方と知り合う事が出来ました」
「そうか」
「外装を請け負ってくれた煉瓦職人さん達はとても勉強になったからと、これを機に煉瓦工法のユニオンを立ち上げると仰っておられました。また次のお店を建てる時には優先して請け負うと約束して貰えました」
「もう次の店の話が出てるのか?」
「はい。ご紹介して下さった、キヴィレフト商会のレイマさんが必ず流行るから、次の店舗は王都のサントニア通りに出そうと仰ってるんです」
サントニア通りと言えば、王都の最も栄えている通りだ。商業用の港、ヴィエタ港から全ての荷が運び込まれ、それが流通するメイン通り。人も物も情報もこの通りに集まると言っても過言ではない。
レイマという男は抜け目が無い。恐らく儲かる以上の上がりを目論んでいるのだろう。
「でも、私達、商売自体初めてですから、少なくとも花街にある店舗運営に慣れてから、という事になっていますけど」
「これ以上案件を抱える事は赦さぬ」
儂は長椅子の肘掛けに頬杖をついてレイティアに命じる。
「はい。私もこれ以上は抱えきれません」
儂の横で背筋を伸ばし、長椅子に浅く腰掛けたレイティアは苦笑いをして答えた。
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