人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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200、閑話ー花信ー

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 私と陛下は、洞窟の奥の純血の邑に来ている。
 戦後処理の間、ずっとレジーヌは私の傍にいてくれて私を護ってくれていた。
 そのレジーヌもやはりずっと海の民の皆さんや混血の皆さんに囲まれているのはしんどいらしくて、邑に送って行く事にした。
 城にいる間、私の侍女達はとても丁寧にレジーヌのお世話をしてくれていた。
 混血の人の中には一部だけ触っても幻獣の言う、ピリッとした感じがしない人がいるらしくて、マリとオルティは触れてもピリッとしないからと、毛並みを梳いたり身の回りのお世話をする担当になった。
 周りも珍しくそして大変に美しい毛並みの幻獣を見るのは初めての者の方が多く大変丁重に扱われたが、一部には警戒している者もいるからと、レジーヌは少し疲れ気味だった。
 そんなレジーヌは久々に自然に囲まれた邑に帰って来て、元気にオレリアや他の幻獣達に甘えた。
 そのついでに私は染色の進捗を報告してもらう。

「どう? いい染色の根は見つかった?」
「はい、巫女様。実はこの根が良いみたいでして。染めてみた糸がこれなんです」
 朗らかに笑う邑の女性から手渡された糸はそれはそれは綺麗な青の光沢をしていた。
「わあ! この青、凄く素敵ね! ……マグダラスの海はこんな色をしてたわ」
「そうなのですか?」
「ええ、そうよ。 本当にこんな風に深い青だったの。綺麗ね」
 その糸をじっと見つめていると、本当にマグダラスの海を見ているみたいだった。
 ……
 ……
 私は、ハッと思いつく。
「ねえ! どうせなら、この糸だけで布を織ったらどうかしら?!」
「? この青だけですか?」
「うん! そうよ! そうね、模様をこの森でしか出来ない様なものしたらいいと思うの!」
 店の方がそろそろ落ち着いてきたので、デボラ姉さんがこの邑に通ってくれるという話になっている。
 きっとデボラ姉さんなら、この青を生かしたデザインを皆と一緒に考えてくれるだろう。
 デボラ姉さんの護衛はこの邑一番の弓の名手ジョゼさんが引き受けてくれる事になった。
 邑の人達も少しずつ村の外に出て、交流を持とうという事になったらしい。
 その最初の一歩はジョゼさんがデボラ姉さんの護衛に邑と王都を往復するというものだ。
「……そうね、その海みたいな紋様はどう? これだけ光沢が出てるなら、きっと凹凸だけで充分表現出来るんじゃないかしら?」
 基本的な図案は、火の紋様と風の紋様と水の紋様と地の紋様。
 私達原住の民は各々の神獣を祭る儀式でその意匠の禅衣を身に纏う。
 マグダラスは地の紋様を受け継いでいる。つい先日亡国になってしまったアルフキニア王国は水の紋様を受け継いでいた。
 アルフキニア王国の民達は大半がシビディア王国に身を寄せ難民になったけれど、シビディア王国の国王様が手厚く支援すると表明した。
 シビディア王国との国交が本格的に結ばれたら、技術交流もたくさん出来たらいいのにと思う。
「アナバス様?」
 私は私の後ろに立っていた陛下を振り返る。
「なんだ?」
「グリムヒルトには独自の紋様はないのでしょうか?」
「全くの独自にというのは無いな。基本的にはジャハランカの紋様を真似たものが大半だ」
「ではジャハランカの紋様に海を表す様なものはありますか?」
「ああ、それならあるな。お前も婚姻式の時に見ただろう? ニヨルダの御仁が纏っていた衣装、あの紋様は海を表す」
「ああ、あの鮮やかな紋様ですか。あれとても素敵でしたね。確か、ニヨルダの婚礼の祝いにあの紋様の民族衣装を頂きましたよね?」
「ああ、あったな」
 私は女性の方を振り返ってにっこりと笑う。
「今度持ってきます! あれを参考にデボラ姉さんや皆で新しい紋様を考えましょ?」
「あ、あの、でも、それはとても貴重な物なのではないのですか? 私達の様な者が見せて頂く訳には……」
「大丈夫よ」
 女性は戸惑った様な顔で陛下の方を見た。
 それに応える様に陛下は小さく頷いた。
 その陛下の応えに更に女性は困惑した様で、凄く困った顔をしていた。
「この邑の産業を作るんだから、遠慮なんかしてちゃいけないわ。大丈夫よ、だって見て参考にするだけでしょ?」
「それは……そうですが……その、巫女様のお持ちの物は、その……国にとってとても大切な物なのではないのですか?」
 それについては陛下が答えられた。
「だからこそだ。この機織りは国にとって大きな事業にしていくつもりだと聞く。この国王と王妃の名を冠して始めた事業が失敗したとあっては示しがつかない。使えるものは何でも使って何としても成功させろ。その方がよほど巫女殿への恩返しになる」
「……巫女様への恩返しになるのであれば、わかりました」
 女性は眉尻を下げて笑った。
 私はそれに笑って答えて、女性手に持ってるもう一つの糸を見た。
「そっちも新しい糸?」
「あ、はいそうです。こちらは全然光沢は出なかったので、失敗作だと思うのですが……」
「そう? 少しくすんだ赤が逆に珍しいんじゃない? これも染色手順は記録しておいた方がいいと思うわ」
「きっとドロテが手順の全てを記録してると思います」
「ホント? どんどん新しい色を作っていきましょ? 最悪機織りは上手くいかなくてもここ独自の色の糸を売る事が出来ればこの邑の収入源は確保されるもの」
「はい、巫女様」
 私と陛下は女性に別れを告げて、アンヌお婆さんの所を訊ねた。
「こんにちは、アンヌお婆さん。足の具合はどう?」
「巫女様、いらっしゃいませ。巫女様が訪ねて下さる度に持って来て下さる痛み止めの薬草のお陰でこの所ずっと加減が良いのです」
 アンヌお婆さんはにっこり穏やかな笑顔で私達を出迎えてくれた。
「そう? 良かったわ。今日も摘んで来たわよ。今日はね、アナバス様も野営の時に使った事があるっていう、薬草も一緒に摘んで来たの」
「それはそれは……。アナバス様、勿体ない事でございます」
「軍人が野営の際に使うものだから、主に傷に効く。あまり役に立たないかもしれない」
「いえ、ありがたい事にございます」
 頭を下げようとするアンヌお婆さんの肩を陛下は止めた。
「身体を労われ」
 そう言うとアンヌお婆さんの丸まった背中を優しく撫でた。
「ふふ。巫女様の仰る通り、とても優しい方ですね、アナバス様は」
 私はそれを聞いてとっても嬉しくなった。
 だって、王城では誰も彼も陛下の事を怖がっているから、私がどんなに優しい方だと言ってもいまいち伝わらない。
 初めて共感して貰えた事に感動を覚えた。
「俺の様なろくでなしを優しいとはな……。ご老体、人を見る目は養われなかったのか?」
 アンヌお婆さんは笑い皺の出来た目尻に更に深い皺を刻んで陛下の手を取った。
「アナバス様のこの手はたくさんのモノが握られておりますのでしょう。その重みを知っていらっしゃる。ですからこそ苦しむもので、たくさんの自嘲も抱えておられる事でしょう。そして優しい方でなければ自嘲に気取られる事などございません」
「……そうか……」
 陛下は重ねられた手の甲をじっと眺めた。
「きっと巫女様の瞳にはそういうアナバス様が映っているのですよ」
 陛下は弾かれた様にアンヌお婆さんの顔を見た。
 アンヌお婆さんはいつもと変わらないニコニコと優しい笑顔で陛下を見つめ返した。
 そしてポンポンとアナバス様の手を労う様に優しく叩いた。
「……アンヌと言ったな……。身体を労わり永らえて、俺を導いてくれ」
「この様な婆に出来る事でしたら喜んで」
 陛下は再びアンヌお婆さんの背中を撫でる。
 その後私達は少し談笑した後、アンヌお婆さんの家を出た。
 陛下はアンヌお婆さんの家の前で少し佇んでいて、しばらく何かを思索されている様子だった。
 私はその横に並んで、陛下の指先を少し握った。
 その指は握り返されて、陛下は私を見つめた。
「……やはりこの邑は居心地が良い。隠居したらこの邑に住まうか」
「ここでですか? それはとっても素敵ですね!」
 私はその陛下の提案に思いを馳せ、心躍らせた。
 私達が私達の責務を果たし終えたら、ここで機を織って暮らすのもいいかもしれない。
 ……でも……、

 私は陛下を見上げて笑う。
「私はアナバス様と二人なら、きっとどこだって心地良いです」
 そんな私に優しく微笑んでくれた陛下は、私の頭を撫でた。
「……お前の目に映る俺がどんなものなのか、俺はいつも不安だった」
「そうなのですか?」
「ああ、だが、今日教えてもらった通りなのなら、お前の心は揺らぐ事無く俺の傍にいるという事だ」
「はい、ずっとお傍に置いて下さい、アナバス様」
「……ああ」

 手を繋いでじっと見つめ合う。
 陛下が私の頬を優しく指でなぞった。
 陛下のその優しい翠色の瞳にじっと見つめられて、私の心臓はドキドキと高鳴る。

 私はこの人の事が好きで仕方ない。
 何度だって恋をする。
 きっとまた生まれ変わっても、私はこの人に出逢ってしまったら必ず恋をするだろう。
 そこにはきっと理屈なんて存在しない。

 その位、この人は唯一で、無二だ。

 瞳を閉じて私達は自然と唇を重ねた。
 ヒメユズリの花の香りがどこかから漂って来る。
 
 ……もうすぐ、プストの季節がまたやって来る……。
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