アイツのきもち

うにたん

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第12話 卒業後のそれぞれが選んだ道~悠馬 編~

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 透が帰宅後、ベッドに力無く倒れ込み、先程つい口走った内容について激しく後悔する。

「はぁ~、やっちゃった……。あんなこと言うつもりじゃなかったのに」

 高校卒業してから定期的に足を運ぶ透との会話を楽しんでいた悠馬。
 
 しかし、それは普段の場合に限る。
 
 今回はいつもとは事情が違っていた。
 
 それは…… 透が明らかに女の影を匂わせていたと言うもの。
 
 すなわち、香水の匂いが移った状態で悠馬の家に来ていたからに他ならない。
 
 ドア越しとはいえ、今まで嗅いだことのない匂いに敏感に反応してしまった。
 
「高校卒業後はみんな大人になっていくんだから、アプローチだって過激になっていくよね……」

 高校卒業をしてまだ間もないからと楽観していた自分を責めたい。
 
「高校とは違うんだ…… ハメなんていくらでも外せるんだから…… どうしよう…… もう姿を見せる? ダメダメ、それじゃ今までと同じじゃない」

 周りが普通に行えることが自分にはまだ出来ない・・・・・・事に焦りを覚え始める悠馬。

 焦りが苛立ちに変わってしまい、透にぶつけてしまった事を悔やんでしまう。
 
 圧倒的に時間がない…… 
 
 とはいえ、ターゲットである「成人式」から今更ずらすことは出来ない。
 
 病院での検査は終わってるし、結果も出てる。既に通院も始めている。
 
 それに加えて、あと一年ちょっとで、もっとお金を貯めて……
 
 パスポートを申請して……
 
 海外渡航をして……
 
 戻り次第、役所への申請を行う……
 
 やるべきことはまだたくさんある。
 
 今後予定しているスケジュールをメモに書き出しながら、ネットで調べたとある機器を見つつ頭を抱える。
 
「はぁ…… 高いなあ、やっぱり。でも…… 将来にどうしても必要なモノだから」
 
 母親は悠馬の事情をすべて理解した・・・・・・・・・・上で費用の提供を申し出たのだが、悠馬が断りを入れていた。
 
 理由はある。
 
 自分の身体・・の事だから自分の事は自分でやりたいというのが一つ。
 
 また、産んでくれた母親に申し訳ないという気持ち。
 
 その上での話だったが、それでも悠馬は断りを入れた。
 
 
 
 あの日…… 悠馬は泣きながら本音を母親に打ち明けた。
 
 
 
 自分の身体の事……
 
 
 
 自分の心の事……
 
 
 
 そして、母親にすら打ち明けられなかった程に悩んで、悩んで、悩み続けたことを……
 
 
 
「そうだったの…… 貴方の望む形・・・で産んであげられなくてごめんなさい。でもね、貴方にどのような選択を迫られようが、どのような決断をしたとしても、それでも貴方は私の子供であることに変わりはないのよ。お母さんは貴方の決断を尊重するし、味方だから…… 何かあったら何時でも話してくれていいんだからね」
 
 悠馬は母親の言葉に安堵した。
 
 もしかしたら、拒絶されるんじゃないかって心のどこかで思ってしまっていた…… 自分自身を自覚してからは不安で堪らない日々を送っていた。
 
 あとは…… あの人がこんな自分を受け入れてくれるかどうか……。
 
 今更悩んでも始まらない。自分のスタート地点がみんなと比べて後方にいる事くらいは最初から分かっていた事。
 
 そのためにはまず、仕事をして費用を貯める。
 
 
 
 決意を新たに悠馬は前へと進む。
 
 
 
 それから一年二カ月が経過した。
 
 『成人式』まで残り約半年……
 
 透とは定期的に会話をしているが、やっぱりドア越しにしか会話が出来ていない。
 
 しかし、今日の会話はいつもと違いただの雑談で終わる事はなかった。
 
「透君、今日は大事な話があります」

「ど、どうした…… 珍しいな、悠馬からそんな事を言うなんて」
 
「成人式の日にみんなの前に出るから……」
 
「ほ、本当か!?」

 急な進展に驚き、立ち上がるが足を滑らせてドアに顔面を強打していた。
 
「だ、大丈夫? そういえばお母さんと一緒に先週ワックス掛けしたんだった……」

「なんというタイミングなんだ……」

 偶然か、はたまた狙っていたかは神のみぞ知る……。そして、階段下から笑い声を必死に抑えている誰かがいるのは言うまでもない。
 
「でもね、実はこれから半年間は会えないんだ……」

「なっ、なんでっ!?」

 明らかに透の声から焦りの色が見える。
 
「みんなの…… 君の前に姿を現す為にどうしても必要な事をやらないといけないの…… その為に……」

「その為に?」

「一度、海外に行きます」

「ゴメン、意味が分からないんだけど…… 旅行って訳じゃないんだよな?」

「うん、どうしても海外じゃないとダメなことが有って、行く必要があるんだ」

「わかった。とはいっても…… なんか寂しくなるな」

「ゴメンね、戻ってきて姿を見せられたら…… ちゃんと全部説明します。高校三年の三学期から今までとこれからの半年間について……」

「待ってる」

「ありがとう…… あ、でもね…… あまりハメ外し過ぎてもダメだからね」

「は、はい……」

 最近悠馬から時折出て来る形容しがたい凄みはなんなのか理解できないが、透はその言葉に身体を震わせていた。
 
 それは凄みからくる恐怖によるものか、はたまた再び悠馬が自分たちの前に姿を現してくれる事への喜びか……。
 
(二年ぶりに悠馬が姿を見せてくれる。あの時誓った謝罪を成人式の日に出来れば…… そして、悠馬が願っていた明日奈との関係『昔みたいに…… 戻りたいなって……』を実現させるためにも)
 
 
 
 
 それから半年間が経過した。
 
 
 
 
 ―― 成人式の当日

「ユウ、もう準備は…… できてるわね。とっても綺麗じゃない。今日は全員イチコロね」

「全員って…… 別に誰彼構わずって訳じゃないんだけど……」

「フフ、そうね。一人にだけ見せれればいいんだもんね」

「うん…… でも、もう一人見て欲しい人がいるから…… 彼女にも今の私を見て欲しい」

「そうね、仲直りできればいいわね」

「うん、いってきます」

 今日の為の戦闘服・・・に身を包んだ悠馬が玄関を開ける。
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