【完結】呪いで化け物になった『浮気夫』を救うため、妻は愛を捨てた

恋せよ恋

文字の大きさ
10 / 15

ベルナルドの焦燥

「エメラルダ、見てくれ。君に似合うと思って、特注させたんだ」

 ベルナルドは、目の覚めるようなエメラルドのネックレスを差し出した。かつて、彼が愛人に贈っていたものよりも遥かに高価で、希少な逸品だ。彼は今、財産と時間のすべてを、妻の歓心を買うために注ぎ込んでいた。

 エメラルダは、その輝きを一瞥し、上品に微笑んだ。

「まあ、素晴らしい輝きですわ。ありがとうございます、閣下。大切に保管し、次の夜会で披露させていただきます。スタンレー侯爵家の威信を示すに相応しい宝飾品ですわね」

 その反応に、ベルナルドの心臓がちくりと痛んだ。
 彼女は喜んでいる。しかし、それは「夫からの贈り物」を喜んでいるのではない。「家の資産が増えたこと」や「社交界での体裁が整うこと」を肯定しているだけのように聞こえた。

「……エメラルダ、そうじゃないんだ。私は、君の喜ぶ顔が見たくて……。家のためではなく、私と君、二人のために贈ったんだよ」

 ベルナルドは彼女の手をとり、指先に熱い唇を落とした。かつて女性たちを虜にしてきた、彼の一番得意な、情熱的な仕草。

「これからは、もう二度と君を悲しませない。私の心も体も、すべて君だけのものだ。愛している、エメラルダ。心から、君だけを愛しているんだ」

 以前の彼女なら、この言葉を聞いただけで、顔を真っ赤にして涙をこぼしただろう。そして、夢心地のような表情で彼に抱きついたはずだ。
 しかし、エメラルダは微動だにしなかった。彼女はそっと、優しく彼の手を握り返し、穏やかな声音で答えた。

「ありがとうございます、閣下。そのように仰っていただけて、公爵夫人としてこれ以上の誉れはございません。これからも、閣下を支え、この家を盛り立てる務めを精一杯果たさせていただきますわ」

「……務め?」

 ベルナルドの声が、わずかに震えた。

「ええ。それが私の役割ですから。健康を管理し、世継ぎを育て、あなたの隣に相応しい女であること。それが私の存在する理由です。どうぞご安心ください、私はどこへも行きませんわ」

 その言葉は、一見すれば理想的な妻の誓いだ。だが、ベルナルドにはそれが、血の通わない「契約書」の朗読のように聞こえた。

「違う……役割とか、務めとか、そんな話をしているんじゃない! 私は、君の『心』が欲しいんだ! 私を愛し、憎み、嫉妬してくれた、あの頃の君に……!」

 ベルナルドは思わず彼女の肩を強く掴み、揺さぶった。
 しかし、エメラルダの瞳は、揺るがない。
 恐怖も、戸惑いも、そして熱情もそこにはない。ただ、鏡のように滑らかな緑の瞳が、焦燥に駆られるベルナルドの姿を、無機質に反射しているだけだった。

「……閣下、少しお声が大きいですわ。使用人たちが驚いてしまいます」

 彼女は困ったように、けれど完璧な慈愛を湛えて首を傾げた。

「私はここにいますわ。あなたの妻として、完璧に、永遠に。……それ以上に、何か必要なことがございますか?」

 ベルナルドは、弾かれたように彼女から手を離した。全身に鳥肌が立つのを感じた。
 救われたはずの命。取り戻したはずの美しい顔。しかし、目の前にいるこの美しい女性は、自分が知っているエメラルダではない。中身が空っぽの、精巧に作られた「侯爵夫人」という名の器だ。

(ああ、まさか……あんなに私を愛していた彼女が、私を見捨てたというのか? 嫌いになったわけではなく、単に……『興味を失った』と?)

 ベルナルドは悟った。
 カサンドラの呪いは、エメラルダの手によって解かれた。
 しかし、その代償として自分は、彼女という人間が持つ唯一無二の「熱」を永遠に失ってしまったのだ。

 エメラルダは、動揺する夫を気遣うように、その頬にそっと手を添えた。その掌は、驚くほど冷たく、そして優しかった。

「さあ、閣下。お顔の色が優れませんわ。今夜はゆっくりお休みになってください。明日は、王太子殿下との会食がございますから」

 その微笑みは、地獄の底で見たカサンドラの高笑いよりも、ずっと、ずっと残酷だった。
____________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

あなたにおすすめの小説

私の婚約者とキスする妹を見た時、婚約破棄されるのだと分かっていました

あねもね
恋愛
妹は私と違って美貌の持ち主で、親の愛情をふんだんに受けて育った結果、傲慢になりました。 自分には手に入らないものは何もないくせに、私のものを欲しがり、果てには私の婚約者まで奪いました。 その時分かりました。婚約破棄されるのだと……。

裏切り者

詩織
恋愛
付き合って3年の目の彼に裏切り者扱い。全く理由がわからない。 それでも話はどんどんと進み、私はここから逃げるしかなかった。

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません

編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。 最後に取ったのは婚約者でした。 ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

仮初めの王妃~3つの契約を課したのは、あなたですよね?~

景華
恋愛
政略結婚で獣人国家ウルバリスに嫁いだ王女クリスティ。 だが夫となったルシアン国王は“番”に心酔し、彼女に破ることのできない魔法契約を突きつける。 一つ、ルシアンとの間に愛を求めないこと 一つ、ルシアンとの間に子を望まないこと 一つ、ルシアンの1メートル以内に近づかないこと 全ての契約をのみ城から離れて暮らすクリスティだったが、やがて彼女には“番衝動を鎮める力”があることが明らかになる。 一方番であると言われ溺愛されるリリィは、擬態能力を使った偽りの番で──?

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……? ~ハッピーエンドへ走りたい~

四季
恋愛
五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……?

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

今まで尽してきた私に、妾になれと言うんですか…?

水垣するめ
恋愛
主人公伯爵家のメアリー・キングスレーは公爵家長男のロビン・ウィンターと婚約していた。 メアリーは幼い頃から公爵のロビンと釣り合うように厳しい教育を受けていた。 そして学園に通い始めてからもロビンのために、生徒会の仕事を請け負い、尽していた。 しかしある日突然、ロビンは平民の女性を連れてきて「彼女を正妻にする!」と宣言した。 そしえメアリーには「お前は妾にする」と言ってきて…。 メアリーはロビンに失望し、婚約破棄をする。 婚約破棄は面子に関わるとロビンは引き留めようとしたが、メアリーは婚約破棄を押し通す。 そしてその後、ロビンのメアリーに対する仕打ちを知った王子や、周囲の貴族はロビンを責め始める…。 ※小説家になろうでも掲載しています。