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法事の違和感
「陽子、どうした? ぼーっとして」
二歳上の兄の和也に声をかけられ、私は我に返った。
祖父の一周忌。親戚一同が集まった実家の座敷は、線香の香りと読経の余韻に包まれていた。
「あ、ううん。ちょっと立ちくらみかな」
「無理すんなよ。直人、陽子のこと頼むな」
和也が笑って直人の肩を叩く。直人は「もちろんです、お義兄さん」と爽やかに応えた。その光景は、どこからどう見ても仲の良い義理の兄弟だった。
「陽子さん、これ、お台所に持っていきましょうか」
義姉の美沙さんが、空いた皿を手に取って私に微笑みかける。
三歳の息子・春人くんを育てる彼女は、いつも清潔感のあるワンピースを纏い、誰に対しても優しい「完璧な嫁」だった。
違和感を抱いたのは、その直後だ。
狭い廊下を通り、台所へ向かう時。私の前を歩く美沙さんの後姿を、直人がじっと見つめていた。
それは単に道を譲るためではなく、獲物を品定めするような、あるいは深い共犯関係にある者同士が交わす、熱を帯びた視線。
台所に入ると、美沙さんがふいに足を止めた。
「あら、直人さん。ネクタイが少し曲がっていますよ」
「え? ああ、すみません」
直人が足を止め、美沙さんに顔を近づける。本来なら、私がやるべき役目だ。あるいは、直人が自分自身で直すべきもの。けれど美沙さんは、ごく自然な、それでいてひどく手慣れた動作で直人の首元に指を伸ばした。
(……近い)
二人の距離は、親族としての礼儀を越えていた。
直人の喉仏が、小さく上下する。美沙さんの指先が直人のシャツに触れた瞬間、あの香りがした。あの夜、夫のシャツから漂ってきた、甘くまとわりつく花の香り。
「よし、これで完璧。直人さんは、やっぱり青が似合いますね」
美沙さんは悪びれる様子もなく、春人の待つ座敷へと戻っていった。
「陽子? 何か顔色が悪いぞ」
後から入ってきた兄・和也が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「和也兄ちゃん……美沙さんと直人、仲がいいんだね」
「ああ。直人は聞き上手だからな。美沙も、俺に言えない育児の悩みとかを相談してるみたいで、助かってるんだ。いい義弟を持って、俺は果報者だよ」
兄は心底嬉しそうに笑った。その無防備な笑顔が、今の私には酷く残酷に映った。
兄が信頼し、私たちが愛している二人が、私の知らない「言葉」を交わしている。あの時、直人が見せた一瞬の、陶酔しきったような表情。あれは、私には一度も見せたことのない顔だった。
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二歳上の兄の和也に声をかけられ、私は我に返った。
祖父の一周忌。親戚一同が集まった実家の座敷は、線香の香りと読経の余韻に包まれていた。
「あ、ううん。ちょっと立ちくらみかな」
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和也が笑って直人の肩を叩く。直人は「もちろんです、お義兄さん」と爽やかに応えた。その光景は、どこからどう見ても仲の良い義理の兄弟だった。
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義姉の美沙さんが、空いた皿を手に取って私に微笑みかける。
三歳の息子・春人くんを育てる彼女は、いつも清潔感のあるワンピースを纏い、誰に対しても優しい「完璧な嫁」だった。
違和感を抱いたのは、その直後だ。
狭い廊下を通り、台所へ向かう時。私の前を歩く美沙さんの後姿を、直人がじっと見つめていた。
それは単に道を譲るためではなく、獲物を品定めするような、あるいは深い共犯関係にある者同士が交わす、熱を帯びた視線。
台所に入ると、美沙さんがふいに足を止めた。
「あら、直人さん。ネクタイが少し曲がっていますよ」
「え? ああ、すみません」
直人が足を止め、美沙さんに顔を近づける。本来なら、私がやるべき役目だ。あるいは、直人が自分自身で直すべきもの。けれど美沙さんは、ごく自然な、それでいてひどく手慣れた動作で直人の首元に指を伸ばした。
(……近い)
二人の距離は、親族としての礼儀を越えていた。
直人の喉仏が、小さく上下する。美沙さんの指先が直人のシャツに触れた瞬間、あの香りがした。あの夜、夫のシャツから漂ってきた、甘くまとわりつく花の香り。
「よし、これで完璧。直人さんは、やっぱり青が似合いますね」
美沙さんは悪びれる様子もなく、春人の待つ座敷へと戻っていった。
「陽子? 何か顔色が悪いぞ」
後から入ってきた兄・和也が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「和也兄ちゃん……美沙さんと直人、仲がいいんだね」
「ああ。直人は聞き上手だからな。美沙も、俺に言えない育児の悩みとかを相談してるみたいで、助かってるんだ。いい義弟を持って、俺は果報者だよ」
兄は心底嬉しそうに笑った。その無防備な笑顔が、今の私には酷く残酷に映った。
兄が信頼し、私たちが愛している二人が、私の知らない「言葉」を交わしている。あの時、直人が見せた一瞬の、陶酔しきったような表情。あれは、私には一度も見せたことのない顔だった。
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