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真実の恋の結末、幸せな朝
眩いばかりの朝陽が、オギルビー侯爵邸の寝室を黄金色に染め上げていた。
柔らかな天蓋付きのベッドの中で、キャサリンは頬を撫でる温かな指先に意識を浮上させた。ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには世界で一番愛する夫、リチャードの顔があった。
「おはよう、僕の可愛い天使」
とろけるような甘い声。リチャードは、寝起きの乱れたキャサリンの髪を一筋掬い上げると、そこに恭しく唇を落とした。
リチャード・オギルビー次期侯爵。燃えるような琥珀色の瞳と、彫刻のように整った顔立ち。かつて彼は社交界で「愛の狩人」と呼ばれ、数多の浮名を流した放蕩息子だった。
そんな彼が、今では朝の光の中で、妻であるキャサリンを壊れ物を扱うかのような慈愛に満ちた目で見つめている。
「リチャード様……もう起きていらしたのですね」
「ああ。君の寝顔があまりに愛らしくて、ずっと眺めていたんだ。三年間、毎日見ているはずなのに、ちっとも飽きない。むしろ、昨日よりも今日の方が、僕は君を愛しているよ」
リチャードはそう言って、キャサリンを包み込むように抱き寄せた。彼の逞しい腕の中から伝わる体温が、彼女の胸を幸福感で満たしていく。
キャサリン・マギル伯爵令嬢は、自他共に認める「地味な女」だった。
宝石のような華やかさがあるわけでもなく、人目を引くような才気煥発さがあるわけでもない。夜会では壁の花として過ごし、趣味は刺繍と読書。真面目だけが取り柄の、大人しい令嬢。
そんな彼女が、なぜ社交界随一のプレイボーイを射止めたのか。
それは今でも、社交界の七不思議の一つに数えられている。
「君が初めてなんだ、キャサリン。こんなに誰かを守りたい、自分ですら信じられないほど深く愛したいと思ったのは……」
プロポーズの日、リチャードは膝をつき、震える声でそう告げた。
恋愛経験のなかったキャサリンにとって、その情熱的な言葉は、枯れ木に魔法の杖を振られたような衝撃だった。遊び人だった彼が、自分のような地味な女を選んでくれた。その事実は、彼女にとって何よりの誇りであり、彼への絶対的な信頼の礎となっていた。
「……私も、リチャード様を愛しております。……この幸せが、ずっと続けばいいのに……」
「当たり前じゃないか。君以外の女性なんて、僕の目にはもう石ころと同じだよ。僕の心には、君というたった一輪の薔薇しか咲いていないんだから」
リチャードはキャサリンの額に、鼻筋に、そして唇に、小鳥が羽を休めるような優しい口付けをいくつも落とした。
キャサリンは目を閉じ、その甘やかな重みに身を委ねる。
( ああ、なんて幸せなのかしら)
数年前のプロポーズの言葉は、今でも昨日のことのように鮮明に思い出せる。そして、結婚して三年が経った現在も、リチャードの情熱は衰えるどころか、いっそう深まっているように見えた。
「……ふふ、くすぐったいですわ、リチャード様」
キャサリンが身をよじって笑うと、リチャードは満足げに彼女を腕の中に閉じ込めた。シーツの擦れる音と、夫の纏う上質なシトラスの香りが鼻をくすぐる。
かつて彼が「一夜限りの恋」を繰り返していた頃、その隣にいたのは、社交界でも指折りの華やかな美女たちだったはずだ。夜会の主役を張るような、香水の香りが強い、蝶のような淑女たち。
それに比べて、今の彼の隣にいる自分はどうだろう。
朝陽に透けるキャサリンの肌は白く健康的だが、飾り気はない。結い上げていない髪はただ柔らかいだけで、目を引くような金糸でも銀糸でもない。
「リチャード様。私のような地味な女を、本当によく飽きもせず愛してくださるわ」
「地味? とんでもない。君のその清らかさが、僕にとってはどんな宝石よりも価値があるんだ。いいかい、キャサリン。派手なだけの花はすぐに萎れるけれど、君という真実は、僕の魂を癒やしてくれる唯一の癒しなんだよ」
リチャードは、芝居がかった仕草ではなく、心底愛おしそうに彼女の頬を撫でた。その瞳に嘘はないように見えた。少なくとも、彼自身は本気でそう信じているようだった。
キャサリンは、彼の胸にそっと耳を寄せる。トクトクと刻まれる一定のリズム。
この鼓動は私のもの。
この温もりも、私のもの。
三年前、遊び人の彼の首に「鈴を付けた」と称賛された時、キャサリンは少しだけ誇らしかった。真面目一筋で生きてきた自分が、一人の男を更生させ、真実の愛を教えたのだというささやかな自負。
だが、その安らぎの陰で、キャサリンの胃が再びキュッと小さく悲鳴を上げた。
重苦しい不快感。ここ数日、朝食の香りを想像するだけで胸が詰まる。
「……キャサリン? 顔色が悪いようだが、大丈夫かい?」
リチャードが心配そうに顔を覗き込む。
「ええ……少し、寝足りないだけかもしれませんわ。昨夜も、リチャード様がなかなか離してくださらないから。ふふ」
「おや、それは僕のせいだね。済まない、愛しすぎて加減を忘れてしまうんだ。僕の最愛の奥さん」
リチャードは茶目っ気たっぷりに笑い、彼女の肩を抱き寄せた。
どこまでも甘く、どこまでも完璧な朝。
しかし、この侯爵家を一歩出れば、そこには「元遊び人の妻」という立場を快く思わない者たちの視線が待ち構えている。そして、キャサリンの知らないところで、あの「誓約書」を握りしめたまま、リチャードを値踏みし続けている兄・マキシムの冷徹な眼光も。
キャサリンは、夫の腕の中で微かな悪寒を感じ、それを振り払うようにいっそう深く、彼に寄り添った。
胃のあたりに、微かな違和感があった。最近、朝起きると少しだけ体が重く、胸のむかつきを感じることがある。けれど、キャサリンはそれを、幸福すぎる生活ゆえの贅沢な疲れだと思い込んでいた。
マギル伯爵家の真面目な教育を受けて育ったキャサリンにとって、夫の愛こそが世界のすべてだった。
彼が過去にどれほどの女性と関係を持っていようと、今は自分だけを見てくれている。自分だけが、彼を「本物の愛」に目覚めさせたのだという優越感に近い安堵。
しかし、その幸福の器に、目に見えないほどの小さなひび割れが生じていることに、この時の彼女はまだ気づいていなかった。
「今日は夜会があるね。僕がエスコートするよ。君を一番輝かせるドレスを選ぼう。僕の自慢の妻を、皆に見せつけたいんだ」
リチャードの瞳の奥に、かつての遊び人特有の「所有欲」が、ほんの一瞬だけ鈍い光を放った。
それは愛ゆえの情熱なのか、それとも、失われつつある刺激への飢えなのか。
キャサリンは微笑み、夫の首に細い腕を回した。
この腕を解く日が来ることなど、想像だにしていなかったのだ。
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柔らかな天蓋付きのベッドの中で、キャサリンは頬を撫でる温かな指先に意識を浮上させた。ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには世界で一番愛する夫、リチャードの顔があった。
「おはよう、僕の可愛い天使」
とろけるような甘い声。リチャードは、寝起きの乱れたキャサリンの髪を一筋掬い上げると、そこに恭しく唇を落とした。
リチャード・オギルビー次期侯爵。燃えるような琥珀色の瞳と、彫刻のように整った顔立ち。かつて彼は社交界で「愛の狩人」と呼ばれ、数多の浮名を流した放蕩息子だった。
そんな彼が、今では朝の光の中で、妻であるキャサリンを壊れ物を扱うかのような慈愛に満ちた目で見つめている。
「リチャード様……もう起きていらしたのですね」
「ああ。君の寝顔があまりに愛らしくて、ずっと眺めていたんだ。三年間、毎日見ているはずなのに、ちっとも飽きない。むしろ、昨日よりも今日の方が、僕は君を愛しているよ」
リチャードはそう言って、キャサリンを包み込むように抱き寄せた。彼の逞しい腕の中から伝わる体温が、彼女の胸を幸福感で満たしていく。
キャサリン・マギル伯爵令嬢は、自他共に認める「地味な女」だった。
宝石のような華やかさがあるわけでもなく、人目を引くような才気煥発さがあるわけでもない。夜会では壁の花として過ごし、趣味は刺繍と読書。真面目だけが取り柄の、大人しい令嬢。
そんな彼女が、なぜ社交界随一のプレイボーイを射止めたのか。
それは今でも、社交界の七不思議の一つに数えられている。
「君が初めてなんだ、キャサリン。こんなに誰かを守りたい、自分ですら信じられないほど深く愛したいと思ったのは……」
プロポーズの日、リチャードは膝をつき、震える声でそう告げた。
恋愛経験のなかったキャサリンにとって、その情熱的な言葉は、枯れ木に魔法の杖を振られたような衝撃だった。遊び人だった彼が、自分のような地味な女を選んでくれた。その事実は、彼女にとって何よりの誇りであり、彼への絶対的な信頼の礎となっていた。
「……私も、リチャード様を愛しております。……この幸せが、ずっと続けばいいのに……」
「当たり前じゃないか。君以外の女性なんて、僕の目にはもう石ころと同じだよ。僕の心には、君というたった一輪の薔薇しか咲いていないんだから」
リチャードはキャサリンの額に、鼻筋に、そして唇に、小鳥が羽を休めるような優しい口付けをいくつも落とした。
キャサリンは目を閉じ、その甘やかな重みに身を委ねる。
( ああ、なんて幸せなのかしら)
数年前のプロポーズの言葉は、今でも昨日のことのように鮮明に思い出せる。そして、結婚して三年が経った現在も、リチャードの情熱は衰えるどころか、いっそう深まっているように見えた。
「……ふふ、くすぐったいですわ、リチャード様」
キャサリンが身をよじって笑うと、リチャードは満足げに彼女を腕の中に閉じ込めた。シーツの擦れる音と、夫の纏う上質なシトラスの香りが鼻をくすぐる。
かつて彼が「一夜限りの恋」を繰り返していた頃、その隣にいたのは、社交界でも指折りの華やかな美女たちだったはずだ。夜会の主役を張るような、香水の香りが強い、蝶のような淑女たち。
それに比べて、今の彼の隣にいる自分はどうだろう。
朝陽に透けるキャサリンの肌は白く健康的だが、飾り気はない。結い上げていない髪はただ柔らかいだけで、目を引くような金糸でも銀糸でもない。
「リチャード様。私のような地味な女を、本当によく飽きもせず愛してくださるわ」
「地味? とんでもない。君のその清らかさが、僕にとってはどんな宝石よりも価値があるんだ。いいかい、キャサリン。派手なだけの花はすぐに萎れるけれど、君という真実は、僕の魂を癒やしてくれる唯一の癒しなんだよ」
リチャードは、芝居がかった仕草ではなく、心底愛おしそうに彼女の頬を撫でた。その瞳に嘘はないように見えた。少なくとも、彼自身は本気でそう信じているようだった。
キャサリンは、彼の胸にそっと耳を寄せる。トクトクと刻まれる一定のリズム。
この鼓動は私のもの。
この温もりも、私のもの。
三年前、遊び人の彼の首に「鈴を付けた」と称賛された時、キャサリンは少しだけ誇らしかった。真面目一筋で生きてきた自分が、一人の男を更生させ、真実の愛を教えたのだというささやかな自負。
だが、その安らぎの陰で、キャサリンの胃が再びキュッと小さく悲鳴を上げた。
重苦しい不快感。ここ数日、朝食の香りを想像するだけで胸が詰まる。
「……キャサリン? 顔色が悪いようだが、大丈夫かい?」
リチャードが心配そうに顔を覗き込む。
「ええ……少し、寝足りないだけかもしれませんわ。昨夜も、リチャード様がなかなか離してくださらないから。ふふ」
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リチャードは茶目っ気たっぷりに笑い、彼女の肩を抱き寄せた。
どこまでも甘く、どこまでも完璧な朝。
しかし、この侯爵家を一歩出れば、そこには「元遊び人の妻」という立場を快く思わない者たちの視線が待ち構えている。そして、キャサリンの知らないところで、あの「誓約書」を握りしめたまま、リチャードを値踏みし続けている兄・マキシムの冷徹な眼光も。
キャサリンは、夫の腕の中で微かな悪寒を感じ、それを振り払うようにいっそう深く、彼に寄り添った。
胃のあたりに、微かな違和感があった。最近、朝起きると少しだけ体が重く、胸のむかつきを感じることがある。けれど、キャサリンはそれを、幸福すぎる生活ゆえの贅沢な疲れだと思い込んでいた。
マギル伯爵家の真面目な教育を受けて育ったキャサリンにとって、夫の愛こそが世界のすべてだった。
彼が過去にどれほどの女性と関係を持っていようと、今は自分だけを見てくれている。自分だけが、彼を「本物の愛」に目覚めさせたのだという優越感に近い安堵。
しかし、その幸福の器に、目に見えないほどの小さなひび割れが生じていることに、この時の彼女はまだ気づいていなかった。
「今日は夜会があるね。僕がエスコートするよ。君を一番輝かせるドレスを選ぼう。僕の自慢の妻を、皆に見せつけたいんだ」
リチャードの瞳の奥に、かつての遊び人特有の「所有欲」が、ほんの一瞬だけ鈍い光を放った。
それは愛ゆえの情熱なのか、それとも、失われつつある刺激への飢えなのか。
キャサリンは微笑み、夫の首に細い腕を回した。
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