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パトリシアの奮闘
別邸への通い生活が始まって一ヶ月。パトリシアは、ただギルバートに守られ、甘やかされるだけの生活に終止符を打とうとしていた。
「ギルバート様。私、ローレンス商会の者として、このまま指をくわえて見ているのは嫌なんです」
ある日の夕食後、パトリシアは意を決して切り出した。ギルバートは意外そうに眉を上げ、ワイングラスを置く。
「借金は僕が買い取ったし、実家の当面の運営費も融通してある。君が焦る必要はないよ?」
「いいえ。融通していただいたお金は、いわば『死に金』です。根本的な解決にはなっていません。来年も冷害が続けば、また同じことの繰り返しです。だから……私に、商会の立て直しを手伝わせてください」
パトリシアの瞳には、かつて「遊んで捨てて」と迫った時のような、潔い決意が宿っていた。
彼女は、ただの「守られる小鳥」ではいられなかった。商人の娘として、父や弟、そして領民たちの生活を自分の手で守り抜きたいという、強い自立心が芽生えていたのだ。
「……ふむ。まあ、いいだろう。君がそこまで言うなら、僕も協力しよう」
ギルバートは面白そうに微笑むと、自身の書斎から一冊の帳簿と地図を取り出した。
「ハワード侯爵家は各地に物流網を持っている。君の家の小麦を単に売るだけでなく、付加価値をつける方法を考えてごらん。それから、冷害に強い代替作物の候補も、僕のツテでいくつか紹介できるよ」
それからのパトリシアは、驚くべきバイタリティを見せた。
朝は早くから別邸の掃除をこなし、日中はギルバートの書斎で帳簿と格闘。午後にはギルバートの紹介で、王都の有力な商人や農学者たちと面会した。
「パトリシア様、この品種のジャガイモなら、寒冷な土地でも育つ可能性があります。ただ、保存法が難しくて……」
「それなら、うちの商会が持っている氷室の技術を応用できませんか? 水分を飛ばして乾燥保存する設備を作れば……!」
パトリシアの柔軟な発想と、実家で培った現場の知識が、専門家たちを唸らせた。
彼女は、単に「小麦を売る」ことだけを考えていたわけではない。小麦がダメなら別のものを育て、加工し、新しいブランドとして売り出す――。
そのプロセスに没頭するパトリシアは、もはや「身売りに怯える令嬢」ではなく、一人の立派な「商人」の顔をしていた。
そんな彼女を、ギルバートは眩しそうに見つめていた。
「……君は、本当に退屈させないね。僕の周りにいた女性たちは、どうやって流行のドレスを手に入れるか、いかに美しく着飾るかしか考えていなかった。でも、君が今考えているのは……『泥だらけのジャガイモ』のことだ」
「あ……! すみません、ギルバート様。私、また夢中になって、貴族の令嬢らしからぬ話を……」
「いいんだ。その顔が、一番綺麗だよ」
ギルバートがパトリシアの頬に触れ、優しく耳元で囁く。
その言葉は、かつての社交辞令のような甘さではなく、心からの称賛と熱を帯びていた。
パトリシアの奮闘により、ローレンス商会には新たな販路と事業計画が立ち上がり、破滅の危機は確実に遠のきつつあった。
家族からも「パトリシア、お前のおかげで光が見えた」と涙ながらの手紙が届き、彼女は生まれて初めて、自分の力で運命を切り拓いている実感を得る。
しかし。
パトリシアが未来への希望を抱き始めたその裏で、王都の社交界には、彼女たちの平穏を根底から突き崩す「爆弾」が、今まさにはじけようとしていた。
ギルバートの婚約者、ダイアナ。
彼女の抱えた秘密が、ついに隠し通せないところまで膨れ上がっていたのである。
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「ギルバート様。私、ローレンス商会の者として、このまま指をくわえて見ているのは嫌なんです」
ある日の夕食後、パトリシアは意を決して切り出した。ギルバートは意外そうに眉を上げ、ワイングラスを置く。
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「いいえ。融通していただいたお金は、いわば『死に金』です。根本的な解決にはなっていません。来年も冷害が続けば、また同じことの繰り返しです。だから……私に、商会の立て直しを手伝わせてください」
パトリシアの瞳には、かつて「遊んで捨てて」と迫った時のような、潔い決意が宿っていた。
彼女は、ただの「守られる小鳥」ではいられなかった。商人の娘として、父や弟、そして領民たちの生活を自分の手で守り抜きたいという、強い自立心が芽生えていたのだ。
「……ふむ。まあ、いいだろう。君がそこまで言うなら、僕も協力しよう」
ギルバートは面白そうに微笑むと、自身の書斎から一冊の帳簿と地図を取り出した。
「ハワード侯爵家は各地に物流網を持っている。君の家の小麦を単に売るだけでなく、付加価値をつける方法を考えてごらん。それから、冷害に強い代替作物の候補も、僕のツテでいくつか紹介できるよ」
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彼女は、単に「小麦を売る」ことだけを考えていたわけではない。小麦がダメなら別のものを育て、加工し、新しいブランドとして売り出す――。
そのプロセスに没頭するパトリシアは、もはや「身売りに怯える令嬢」ではなく、一人の立派な「商人」の顔をしていた。
そんな彼女を、ギルバートは眩しそうに見つめていた。
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「あ……! すみません、ギルバート様。私、また夢中になって、貴族の令嬢らしからぬ話を……」
「いいんだ。その顔が、一番綺麗だよ」
ギルバートがパトリシアの頬に触れ、優しく耳元で囁く。
その言葉は、かつての社交辞令のような甘さではなく、心からの称賛と熱を帯びていた。
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