隠し通せると思ったのですか?〜嫁いだ姉の赤子の髪と瞳は、隠しようもなく貴方の色でした〜

恋せよ恋

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静かなる決意と、公爵家の激励

  ティールームでのひとときは、私にとって拷問に近いものだった。

 フィリップ様が微笑むたびに、その唇が姉様の首筋を這っていた光景が重なり、吐き気が胃の腑からせり上がる。

「……フィリップ様、申し訳ありません。やはり少し、体調がすぐれないようですわ。今日はもう、帰らせていただきます」

「えっ? ああ、それは大変だ。屋敷まで送っていくよ、マーガレット」

「いいえ。……しばらく、一人になりたいのです。卒業準備で神経を使いすぎてしまったのかもしれません。……、冷静になりたいのです」

 私の言葉に、フィリップ様は一瞬だけ呆然とした顔をした。

 彼にとって、私が「距離を置く」などという拒絶を見せることは、天地がひっくり返るほどの衝撃だったのだろう。

「……わかった。無理はさせたくないからね。ゆっくり休むんだよ、マーガレット」

 最後まで「物分かりの良い婚約者」を演じる彼から逃げるように、私は用意させた馬車に飛び乗った。

 閉ざされた車内で、私はようやく深く息を吐く。
 彼への愛情は、もう一滴も残っていない。残っているのは、汚れた婚約者と自分を切り離さなければならないという、嫌悪感だけだった。


  翌日。私は学園の高位貴族専用のサロンで、友人であるステファニーにすべてを打ち明けた。

 信頼できる彼女にだけは、この汚れた真実を伝えておきたかったのだ。

「なんてこと。……そんな、信じられないわ……」
 ステファニーは顔を真っ青にし、震える手で自身の口元を覆った。

 彼女のような清廉な公爵令嬢にとって、実の姉と婚約者の不貞など、物語の中の悪逆非道な事件でしかない。

「……ステファニー。私は、フィリップ様との婚約を解消したい。けれど、家同士の繋がりがあるわ。私が一方的に騒げば、レンデン侯爵家の恥になる。……でも、もう、あの方の隣にはいられないの」

「当たり前よ、マーガレット! そんな男、こちらから願い下げだわ。……大丈夫、あなたは一人じゃない。私が、力になるから」
 ステファニーは力強く私の手を握りしめてくれた。

 その温かさに、凍りついていた私の心がわずかに解けるのを感じた。


  その日の夕刻。
 ウェリントン公爵邸に戻ったステファニーは、すぐさま義姉であるイザベラの部屋を訪ねた。

 イザベラは、ジェラールの実姉であり、現在はウェリントン公爵家の次期夫人として家を切り盛りする、聡明で凛とした女性だ。

「お義姉様、お聞きください……。マーガレットが、とんでもなく酷い目に……」

 ステファニーから事の顛末を聞いたイザベラは、手に持っていたティーカップを静かにソーサーへと戻した。

 その青い瞳には、カーライル公爵家特有の、静謐ながらも苛烈な炎が宿っている。

「……なるほど。レンデン侯爵家の長女と、トルドー伯爵家の嫡男ね。よりによって、シシリーの誇り高き血を汚すような真似を」

「マーガレットが可哀想でなりませんわ。彼女、あんなに傷ついているのに、一人で戦おうとしているのよ」

「ふふ、いいえ。彼女は一人ではないわよ、ステファニー」
 イザベラは意味深に微笑むと、ちょうど屋敷を訪れていた実弟、ジェラールを自室へ呼び寄せた。

 部屋に入ってきたジェラールは、ステファニーの泣き腫らした目を見て、わずかに眉を寄せた。

「ステファニー、どうした」

「ジェラール。……マーガレット嬢が、フィリップ次期伯爵との距離を置くと決意されたそうよ。婚約解消に向けて、彼女は動き出したわ」

 イザベラの言葉に、ジェラールの全身に緊張が走った。
 
「……そうか。彼女が、自ら」

「ええ。これは絶好のチャンスよ、ジェラール。しっかりなさい。カーライルの男が、愛する女の窮地を黙って見ているつもり? 泥棒猫に怯える必要なんてないわ。相手が勝手に自滅するのを待つのではなく、あなたが彼女を掬い上げ、逃げ場を奪ってしまいなさい」

 イザベラは弟の肩を叩き、葉っぱをかけるように不敵に笑った。

「マーガレット嬢がレンデン家から、そしてトルドー家の男から離れるための『正当な理由』を、私たちが用意してあげましょう。……いいわね、ジェラール。カーライルの名を汚すような不器用な真似は許さないわよ」

「……分かっている、姉上」
 ジェラールの声は低く、そして揺るぎない決意に満ちていた。
 
 マーガレットが自ら手を離した今、もう遠慮する必要はない。

 彼は窓の外、夕闇に沈む街を見つめながら、フィリップとローザリアが足掻く醜態を想った。

「彼女を、二度とあの男に渡しはしない」

 公爵家の組織力と、イザベラの知略、そしてジェラールの執念。

 マーガレットを守るための、そして不実な者たちを断罪するための包囲網が、今、完成されようとしていた。
__________

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