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リチャードの悲劇的な高潔さ
銀色の月光が、温室のガラスを静かに照らしている。
ジェラール様に抱き寄せられたまま、私は震える声で、ずっと胸に秘めていた「願い」を口にした。
「……ジェラール様。一つだけ、身勝手なお願いを聞いていただけますか?」
「何だい。君の願いなら、何でも叶えよう」
「……家を、守りたいのです。お姉様がしたことは決して許されることではありません。けれど、レンデン侯爵家とシシリー侯爵家が泥沼の争いになれば、罪のない両親や、何も知らぬ者たちまで地獄に落ちてしまいます。……どうか、表沙汰にせず、内々に解決していただけないでしょうか」
私の必死の訴えに、ジェラール様はしばらく沈黙を守った。
公爵家としては、不実な者たちを社交界から叩き出し、再起不能にする方が容易だろう。けれど彼は、私の潤んだ瞳を見つめると、ふっと溜息をついてその頬を撫でた。
「……わかった。君の慈悲に免じて、最大限の配慮をしよう。だが、リチャード卿には伝えねばならない。シシリーの血を汚したまま、彼を道化にするわけにはいかないからな」
ジェラール様は約束通り、実の姉であるイザベラ様の夫、ウェリントン次期公爵を動かした。
数日後の夜。シシリー侯爵邸の応接室。そこには、緊急の訪問を受けたリチャードと、重厚な威厳を纏ったウェリントン次期公爵が対峙していた。
「……シシリー卿。急な訪問を許してほしい。だが、義弟ジェラールから、どうしても君に伝えねばならぬ『証拠』を預かってきた」
ウェリントン公爵が差し出したのは、数枚の報告書と、夜陰に乗じて離れへ忍び込む男の姿を捉えた、魔法具による記録写真だった。
「……これは……」
リチャードの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
そこに映っていたのは、妻ローザリアと、将来の義弟として接していたフィリップ・トルドーの密会。
あまりに生々しい、裏切りの証拠だった。
リチャードは言葉を失い、震える手で書類を握りしめた。
向き合おうと伝えたばかりの妻。
跡継ぎを授かったと、共に喜んだ夜。
そのすべてが、偽りの上に築かれた砂上の楼閣であったことを突きつけられ、彼は激しい眩暈に襲われた。
「……信じられない。いや……この確かな証拠を前に、疑う余地などないのでしょうね」
絞り出すような彼の声は、喉の奥でひび割れていた。
ウェリントン公爵は、同情を込めた瞳で彼を見つめる。
「シシリー卿、心中お察しする。君が望むなら、ウェリントン公爵家として全力を挙げてトルドー家を――」
「いいえ。……お待ちください」
リチャードは深く頭を垂れ、長い沈黙の末、顔を上げた。
その瞳には、絶望の淵にありながらも、消えない「誇り」が宿っていた。
「……確かに、この時期の不貞は疑いようもありません。しかし、そのお腹の子が……私の子である可能性も、ゼロではない。……私は、自分の子であるかもしれない生命を、生まれる前から見捨てることはできません」
「リチャード卿、君は……」
「実際に赤子が生まれてから、どうするかは決めたいと思います。……もし、その子がシシリーの血を継いでいたならば、私はすべてを飲み込み、妻を許しましょう。……私が愛人を囲っていたことも、彼女を孤独に追いやり、不貞に走らせた原因の一つであったのでしょうから」
リチャードは自嘲気味に、けれど力強く告げた。
彼は、自らの過ちを認め、その報いとして妻の裏切りすら受け入れようとする。あまりにも高潔で、不器用な誠実さ。
「……実は、先日。長年寄り添ったリリエッタとの関係を、完全に清算してまいりました。……彼女を泣かせてまで、私は家族を守ろうと決めたのです。ですから……最後まで、見届けさせてください」
リリエッタとの別れ。彼女が覚悟をもって自分を送り出した、あの日の決断。
それを無駄にしないためにも、彼は「父親」としての最後の一縷の望みに賭けようとしていた。
ウェリントン次期公爵は、深く溜息をつき、彼の肩に手を置いた。
「……承知した。カーライル公爵家も、君の判断を尊重しよう。だが、リチャード卿。……もし、生まれてきた子が『シシリーの黄金を持たぬ者』なら。その時は、覚悟を決めるのだな」
「……ええ。分かっております」
ウェリントン卿が去った後の静かな部屋で、リチャードは一人、深海のような輝きを放つサファイアの指輪を握りしめた。その鋭いエッジが手のひらに食い込み、痛みが現実を辛うじて繋ぎ止めている。
彼はまだ知らない。
妻ローザリアが、自身の不貞への恐怖と、夫から注がれる不相応な誠実に、今にも押し潰されそうなほどの罪悪感に苛まれていることを。
そして、愛を清算したはずのリリエッタが、彼を想うがゆえに流す涙を拭い、二度とその人生に影を落とさぬよう、独り静かに姿を消そうとしていることを。
リチャードが選んだこの「誠実」という名の慈悲は、果たして家族を繋ぎ止める救いとなるのか。
それとも、すべてが暴かれた瞬間に絶望の牙を剥く、最悪の悲劇を完成させるための最後のピースとなるのか。
闇に溶けるサファイアの青だけが、沈黙の中で凍りついたように輝いていた。
すべての答えは、数ヶ月後の「産声」と共に、この屋敷を揺るがすことになる。
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私の必死の訴えに、ジェラール様はしばらく沈黙を守った。
公爵家としては、不実な者たちを社交界から叩き出し、再起不能にする方が容易だろう。けれど彼は、私の潤んだ瞳を見つめると、ふっと溜息をついてその頬を撫でた。
「……わかった。君の慈悲に免じて、最大限の配慮をしよう。だが、リチャード卿には伝えねばならない。シシリーの血を汚したまま、彼を道化にするわけにはいかないからな」
ジェラール様は約束通り、実の姉であるイザベラ様の夫、ウェリントン次期公爵を動かした。
数日後の夜。シシリー侯爵邸の応接室。そこには、緊急の訪問を受けたリチャードと、重厚な威厳を纏ったウェリントン次期公爵が対峙していた。
「……シシリー卿。急な訪問を許してほしい。だが、義弟ジェラールから、どうしても君に伝えねばならぬ『証拠』を預かってきた」
ウェリントン公爵が差し出したのは、数枚の報告書と、夜陰に乗じて離れへ忍び込む男の姿を捉えた、魔法具による記録写真だった。
「……これは……」
リチャードの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
そこに映っていたのは、妻ローザリアと、将来の義弟として接していたフィリップ・トルドーの密会。
あまりに生々しい、裏切りの証拠だった。
リチャードは言葉を失い、震える手で書類を握りしめた。
向き合おうと伝えたばかりの妻。
跡継ぎを授かったと、共に喜んだ夜。
そのすべてが、偽りの上に築かれた砂上の楼閣であったことを突きつけられ、彼は激しい眩暈に襲われた。
「……信じられない。いや……この確かな証拠を前に、疑う余地などないのでしょうね」
絞り出すような彼の声は、喉の奥でひび割れていた。
ウェリントン公爵は、同情を込めた瞳で彼を見つめる。
「シシリー卿、心中お察しする。君が望むなら、ウェリントン公爵家として全力を挙げてトルドー家を――」
「いいえ。……お待ちください」
リチャードは深く頭を垂れ、長い沈黙の末、顔を上げた。
その瞳には、絶望の淵にありながらも、消えない「誇り」が宿っていた。
「……確かに、この時期の不貞は疑いようもありません。しかし、そのお腹の子が……私の子である可能性も、ゼロではない。……私は、自分の子であるかもしれない生命を、生まれる前から見捨てることはできません」
「リチャード卿、君は……」
「実際に赤子が生まれてから、どうするかは決めたいと思います。……もし、その子がシシリーの血を継いでいたならば、私はすべてを飲み込み、妻を許しましょう。……私が愛人を囲っていたことも、彼女を孤独に追いやり、不貞に走らせた原因の一つであったのでしょうから」
リチャードは自嘲気味に、けれど力強く告げた。
彼は、自らの過ちを認め、その報いとして妻の裏切りすら受け入れようとする。あまりにも高潔で、不器用な誠実さ。
「……実は、先日。長年寄り添ったリリエッタとの関係を、完全に清算してまいりました。……彼女を泣かせてまで、私は家族を守ろうと決めたのです。ですから……最後まで、見届けさせてください」
リリエッタとの別れ。彼女が覚悟をもって自分を送り出した、あの日の決断。
それを無駄にしないためにも、彼は「父親」としての最後の一縷の望みに賭けようとしていた。
ウェリントン次期公爵は、深く溜息をつき、彼の肩に手を置いた。
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彼はまだ知らない。
妻ローザリアが、自身の不貞への恐怖と、夫から注がれる不相応な誠実に、今にも押し潰されそうなほどの罪悪感に苛まれていることを。
そして、愛を清算したはずのリリエッタが、彼を想うがゆえに流す涙を拭い、二度とその人生に影を落とさぬよう、独り静かに姿を消そうとしていることを。
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