隠し通せると思ったのですか?〜嫁いだ姉の赤子の髪と瞳は、隠しようもなく貴方の色でした〜

恋せよ恋

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崩れる砂の城と、産声の審判

 マーガレットとの結婚式の打ち合わせと聞き、フィリップは意気揚々とレンデン侯爵邸を訪れた。

 学園を卒業し、あとはこの家の次女マーガレットを娶り、いずれは伯爵家を継ぐ。姉のローザリアはシシリー侯爵家で盤石の地位を築き、間もなく跡継ぎを産む。自分の人生は、なんと完璧で輝かしいのだろう。
 
 応接室に入った彼は、そこに自分の両親であるトルドー伯爵夫妻と、冷徹な瞳をしたジェラールが並んでいるのを見て、不審げに首を傾げた。

「父上、母上? それにカーライル公爵令息まで、どうしてここに……。マーガレットはどこに?」

「……座れ、フィリップ」

 父の、聞いたこともないほど低く、地を這うような声。

 フィリップが促されるまま椅子に腰を下ろすと、目の前に数枚の写真と書類が放り出された。

「なんですか、これは……」

 写真に目を落とした瞬間、フィリップの心臓が凍りついた。

 夜の闇、シシリー家の離れ。窓越しに、姉であるローザリアと肌を重ねる自分の姿が、言い逃れのできない鮮明さで写し出されていた。

「……っ! これ、は……何かの間違いだ! 僕は、侯爵夫人を……」

「黙れ、この愚か者が!」

 父の怒号が室内に響き渡る。

「貴様が手を出したのは、他ならぬシシリー侯爵夫人だぞ! 一歩間違えばトルドー家は取り潰し、我ら一族全員が処刑台に送られてもおかしくない大逆不道だ!」

「ち、違うんだ! 僕はローザリア様を救おうとしただけで……あ、ああ、マーガレット! マーガレット、説明させてくれ!」

 扉から現れたマーガレットに対し、フィリップは縋り付くように手を伸ばした。しかし、彼女の隣にはジェラールが立ち、その肩を抱いてフィリップを冷酷に見下ろしている。

「触れるな。穢らわしい」

 ジェラールの短い一言に、フィリップは指先まで硬直した。

「フィリップ様。あなたとの婚約は、本日を以て解消いたします。非はすべてあなたにあります。お父様同士の合意も済んでいますわ」

「そんな……待ってくれ、マーガレット! 僕は君を愛しているんだ! ローザリアとは……あれは、ただの過ちで……!」

「過ちで将来の義姉の夫を欺き、不義の子を産ませようとしたのか?」

 ジェラールの言葉が、フィリップの喉を突き刺す。

「もしも、ローザリア侯爵夫人の産んだ子が、シシリーの証たる『黄金』を纏っていなかった時――。フィリップ、貴様は次期伯爵の座を追われ、廃嫡となる。離縁され、すべてを失うローザリア夫人と、『』を引き取り、一生を辺境の地で、名もなき代官として泥にまみれて生きるがいい。……それが、不実を働いた貴様に唯一許された、生という名の刑罰だ」

「辺境……? 代官……? 嘘だ、そんなの嘘だ! 僕が……この僕が、あんな田舎で……!」

 フィリップは狂ったように叫び、床に転げ回ってパニックを起こした。

 優雅な社交界、美しい宝石、称賛の眼差し。そのすべてが、砂の城のように音を立てて崩れ去っていく。

 彼はようやく気づいたのだ。自分がローザリアと貪った甘い蜜の代償が、どれほど残酷な毒であったのかを。


  季節は巡り、マーガレットたちの卒業式の日がやってきた。

 学園の講堂は、華やかなドレスと正装に包まれた卒業生たちで活気づいていた。

 マーガレットは、ジェラールの隣で、晴れやかな、それでいてどこか張り詰めた表情でその時を待っていた。

 式の最中、ジェラールの元に一人の使いが駆け寄り、耳元で短く囁いた。

 ジェラールの瞳が、鋭く光る。

「……始まったか」


  同じ頃、シシリー侯爵邸では。
 屋敷中に、ローザリアの悲痛な叫び声が響き渡っていた。

「あああああ! 痛い、痛い……! 助けて、リチャード様……っ!」

 産室の外では、リチャードが祈るように拳を握りしめて立ち尽くしていた。

 不貞の証拠を知りながら、それでも「自分に似た子が生まれる」という奇跡を信じ、リリエッタを捨ててまで守り抜こうとした、彼の最後の希望。

 三時間、四時間……。

 やがて、部屋の奥から火がついたような赤子の産声が上がった。

「生まれた……!」

 リチャードが、扉を押し開ける。

 そこには、疲れ果てたローザリアと、産婆に抱かれた生まれたばかりの赤子がいた。

「リチャード様……見てください……私たちの、子です……」

 ローザリアは、最後のか細い希望を胸に、夫へ微笑みかけようとした。

 リチャードは、震える手で赤子を覗き込む。

 その瞬間、彼の時間が止まった。

 シシリー家の誇りである『黄金の髪』でも、抜けるような『青い瞳』でもない。

 赤子の薄い産毛は、夜の闇のような深い『』。

 そして、うっすらと開かれた瞳の色は……フィリップ・トルドーと全く同じ、『』をしていた。

「……ああ」
 リチャードの口から、魂が漏れ出すような声が漏れた。

 それは、怒りですらなく、深淵のような絶望だった。

 自分の誠実さが、リリエッタを泣かせてまで守ろうとしたものが、すべて他人の不浄な残滓であったという事実。

「……リチャード様、これは……」

 産婆たちも、その色の異常さに言葉を失う。

 シシリー家の系譜を完全に否定するその色は、誰の目にも明らかな「裏切りの証」だった。

「……離縁だ。今すぐに」

 リチャードの声には、もはや一片の温度も残っていなかった。

「リチャード様! お願い、お待ちになって……! この子は、この子は……っ!」

「うるさい! 二度と私の名を呼ぶな。……お前の顔も、二度と見たくない」

 リチャードは背を向け、産室を後にした。

 残されたローザリアは、茶色の髪と瞳をした我が子を抱き、狂ったように泣き叫んだ。


  卒業式の喧騒の中、ジェラールはマーガレットの手を強く引き、静かに告げた。

「終わったよ、マーガレット。……シシリー家に、『』が生まれた」

 マーガレットは、深く、深く溜息をついた。

 悲しみでもなく、喜びでもない。ただ、一つの悪夢が終わり、すべてが正当な報いを受けたという静かな納得だけがそこにあった。

「……さようなら、お姉様。……さようなら、フィリップ様」

 空はどこまでも高く、青い。

 不実の種が撒き散らした泥濘を越えて、マーガレットはジェラールと共に、新しい光の中へと歩み出した。

 その背後で、かつての家族たちの崩壊する音が、風に乗って虚しく響いていた。
__________

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