隠し通せると思ったのですか?〜嫁いだ姉の赤子の髪と瞳は、隠しようもなく貴方の色でした〜

恋せよ恋

文字の大きさ
15 / 17

今後の話し合い

  産室に響き渡った赤子の産声は、祝福ではなく、三つの家門に下された残酷な審判であった。

 生まれた子の瞳は、濁りのない茶褐色。シシリー侯爵家が数百年守り抜いてきた「黄金の血」の神話を、その無垢な色彩が根底から覆した瞬間だった。

 離縁の通告は、非公式ながら迅速に行われた。

 ローザリアは絶望と虚脱の中で、茶色の瞳を持つ我が子を抱き、夫に縋ることさえ許されぬ産後の慌ただしさのままシシリー邸の離れへと幽閉された。

 主であるリチャードは、一人、執務室で凍りついたように座していた。

 彼が守ろうとした矜持、清算した愛。そのすべてが、フィリップとローザリアという二人の享楽によって踏みにじられたのだ。

 だが、リチャードという男の芯にあるのは、冷徹な憎悪ではなく、どこまでも深く、不器用な「誠実」であった。

「……私の失態だ。私が彼女を孤独にし、愛人を作ったことが、この悲劇の種を蒔いたのだ」

 彼は一人、そう呟くと、ペンを走らせた。
 
 
  翌日、リチャードはひっそりと街外れの別邸を訪れた。

 そこには、彼との別れを受け入れ、静かに、そして完全に身を隠す準備を整えていたリリエッタがいた。

「……リチャード様!? どうして、こちらへ?」

 荷造りの途中で立ち尽くすリリエッタ。彼女の瞳は泣き腫らしたように赤く、けれどリチャードの姿を認めた瞬間、あの日と同じ、深い献身の色に染まった。

 リチャードは無言で彼女に歩み寄り、その細い体を壊れ物を扱うように抱きしめた。

「済まない、リリエッタ。……君を一度は手放した私を、許してくれとは言わない。だが、もう、君を影の中に置くことはしない」

 リチャードは彼女の肩に顔を埋め、ボロボロになった心を彼女の穏やかな温もりに委ねた。

 彼は、自らの家の名誉と、関わったすべての者たちの未来を救うための、最後にして最大の「賭け」を提案したのだ。


  数日後。シシリー侯爵邸の大広間には、当事者たちが顔を揃えていた。

 証人として、ジェラール・カーライル公爵令息、その姉夫婦であるウェリントン公爵夫妻。そして、震えながら座すレンデン侯爵とトルドー伯爵。

 リチャードは、冷徹なまでに落ち着いた声で、自身の決断を告げた。

「シシリー侯爵家は、ローザリアと離縁する。しかし、私はこの不貞の代償として、自身にも過失があったことを認める」

 どよめきが走る中、リチャードは毅然と続けた。

「よって、私は貴殿に対し、一つの提案を申し出る。……リリエッタ・イビサを、レンデン侯爵の『養女』として迎え入れることを要望する」

 その提案の意味を理解したウェリントン公爵が、鋭く問い返す。

「リチャード卿、それは……彼女を男爵令嬢としてではなく、侯爵令嬢として、君の『正妻』に迎えるということか?」

「左様です。リリエッタを正統な侯爵令嬢の身分で迎え入れることで、シシリー家の体面を守る。そして、表向きの理由はこうだ。――『前妻ローザリアは、夫リチャードの長年の想いを知り、自ら身を引いて二人の仲を祝福した、献身的な女性である』とな」

 レンデン侯爵とトルドー伯爵が、驚愕に目を見開いた。

 この提案は、本来なら社交界から抹殺されるはずのローザリアとフィリップを、「悲劇の恋を成就させた立役者」として救い出すための、あまりにも慈悲深い「嘘」であった。

「ローザリアとフィリップ殿は、領地にて赤子と共に暮らすことを許可する。不問に付す代わりに、二人は二度と王都の土を踏むことは許さない。これをもって、レンデン侯爵家とトルドー伯爵家への処罰も相殺とする。……ジェラール殿、ウェリントン卿。証人として、認めていただけますか」

 会場に重苦しい沈黙が流れる。

 ジェラールは、マーガレットの安堵したような横顔を一瞥し、やがて静かに頷いた。

「……リチャード卿。君のその高潔な精神に敬意を表しよう。カーライル公爵家は、その提案を支持する。マーガレットを守るためにも、これ以上の泥沼は不要だ」

「ウェリントン家も認めよう。……君は、本当の意味で『血統』よりも尊いものを守ったのだな」

 証人たちの署名が、契約書に刻まれていく。

 それは、裏切りと絶望に染まった三つの家門を、リチャードの自己犠牲によって繋ぎ止めた、奇跡の和解であった。


  数ヶ月後。
 王都の社交界では、一つの美しい物語が語り継がれていた。

 シシリー侯爵夫人は、夫の真実の愛のために自ら身を退き、今は遠い領地で静かに暮らしているという、高潔な自己犠牲の物語。


  一方で、辺境の領地。

 古い屋敷の窓際で、ローザリアは茶色の瞳を持つ赤子を抱き、不満げに薪を割るフィリップの背中を見つめていた。

 王都の華やかさはない。最新のドレスも、宝石もない。
 
 けれど、リチャードが与えてくれたこの「罰としての生」は、自分たちが犯した罪の重さに比べれば、あまりにも温かいものだった。

 時折届く、妹マーガレットからの手紙が、唯一の慰めとなっている。


  そして、シシリー侯爵邸。

 リチャードの傍らには、かつてのような影に怯える控えめな姿を脱ぎ捨て、侯爵令嬢として正式にシシリー侯爵家へ嫁いだリリエッタの姿があった。

 大々的な結婚式こそ執り行われなかったものの、彼女は名実ともにリチャードの「正妻」となり、その身には侯爵夫人に相応しい品位と、何より愛される喜びに満ちた、柔らかな光を纏っていた。

「リチャード様、お庭の薔薇が見頃ですわ」

「ああ、綺麗だ。……リリエッタ。君とこうして歩ける日が来るとは、夢にも思わなかった」

 リチャードは彼女の手を優しく取り、微笑んだ。その瞳には、もう過去の絶望はない。



 学園の卒業式を終え、ジェラールの婚約者となったマーガレットは、遠く空を見上げた。

 それぞれの過ち、それぞれの誠実。濁った茶色は混ざり合わず、黄金は新しく磨かれ、銀色の光がすべてを包み込む。

 長い、長い冬が終わり、新しい季節が始まった。もう、誰も一人で夜の闇に怯える必要はない。

 リチャードが選んだ「誠実」は、最悪の悲劇を回避し、歪ながらも美しい「愛の形」を、三つの家門に刻み込んだのであった。
__________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

📢新連載🌹【夜の庭園で出会った毒舌暴君は、昼下がりの隠れ家カフェの店主でした】

あなたにおすすめの小説

片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた

アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。 高校生くらいから何十回も告白した。 全て「好きなの」 「ごめん、断る」 その繰り返しだった。 だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。 紛らわしいと思う。 彼に好きな人がいるわけではない。 まだそれなら諦めがつく。 彼はカイル=クレシア23歳 イケメンでモテる。 私はアリア=ナターシャ20歳 普通で人には可愛い方だと言われた。 そんなある日 私が20歳になった時だった。 両親が見合い話を持ってきた。 最後の告白をしようと思った。 ダメなら見合いをすると言った。 その見合い相手に溺愛される。

三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。 一度目は信じた。 二度目は耐えた。 三度目は――すべてを失った。 そして私は、屋上から身を投げた。 ……はずだった。 目を覚ますと、そこは過去。 すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。 ――四度目の人生。 これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、 同じように裏切られ、すべてを失ってきた。 だから今度は、もう決めている。 「もう、陸翔はいらない」 愛していた。 けれど、もう疲れた。 今度こそ―― 自分を守るために、家族を守るために、 私は、自分から手を放す。 これは、三度裏切られた女が、 四度目の人生で「選び直す」物語。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ

ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。 スピーナ子爵家の次女。 どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。 ウィオラはいつも『じゃない方』 認められない、 選ばれない… そんなウィオラは―― 中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。 よろしくお願いします。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

図書塔で恋した貴方は、親友の寝室で過ごす 〜留学中に不貞を働いた二人へ。身分目当ての貴方たちは勝手に没落してください〜

恋せよ恋
恋愛
偶然の出会いから親友となったティファニーとマーガレット。 伯爵家嫡子ティファニーは、男爵令嬢マーガレットの紹介で、 彼女の幼馴染のジャスティン子爵家次男と真剣な恋に落ちる。 三歳年上の婚約者のいるマーガレットは、二人を見つめて思う。 「あら、ジャスティンって、カッコ良かったのね。失敗したかも」 そこで、優秀なティファニーが隣国へと留学中の半年間、 ジャスティンを誘惑し、背徳の関係に溺れていく。 そんな親友+婚約者未満の恋人+優秀な伯爵令嬢の物語。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

二度目の恋は幸せに

木蓮
恋愛
シェリルには仲の良い婚約者がいた。彼は婚約破棄して戻って来た義妹を慰めるうちに恋におち、彼の心が自分にないことを知ったシェリルは自ら婚約を解消した。 失恋に落ちこむも新しく婚約したいとこに励まされるうちに新しい幸せを見つけ、2度目の恋をする。 しかし、思わぬ人物が立ちふさがる――。 ※両想いの無自覚いちゃいちゃカップルがくっつくお話です。中盤からひたすらのろけています。 ざまあはちょびっと。 ※何と、まだ3話ですが19日の夜のHOTランキング63位に入れてもらいました! たくさんの方々に読んでいただいた上に、お気に入りやいいねもありがとうございます! 楽しんでいただければ幸いです。