婿入りした最愛の夫が、隠し子を連れ帰った 〜妻の報復と夫の絶望〜

恋せよ恋

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オーチル伯爵家からの謝罪

 セバスチャンの兄、ルドルフ・オーチル伯爵がフィオルッチ侯爵邸を訪れたのは、奇妙な共同生活が始まってから一週間後のことだった。

 彼はセバスチャンとは対照的に、鋭い目元と厳格な空気感を纏った男である。応接室に現れた彼は、パトリシアの姿を見るなり、貴族としての礼法を無視するかのように深く、長く頭を下げた。

「パトリシア侯爵令嬢。……この度は、愚弟が取り返しのつかない不始末を仕出かし、何とお詫びを申し上げてよいか、言葉も見つかりません」
 ルドルフの声には、隠しようのない嫌悪と怒りが滲んでいた。それは弟への怒りであると同時に、自らの家系が抱える「汚点」に対する、生理的な拒絶反応のようにも聞こえた。

「本来ならば、四年前に彼女を解雇した際、速やかに貴女様へ報告すべきでした。……長兄レジナルドの代から、彼女は我が家にとって忌むべき者でありました。まさか、セバスチャンまでがこれほどまでに浅はかな真似を続けていたとは」
 ルドルフは、長兄とオードリーの間の不潔な関係を、そして弟がそれを引き継いだ事実を、心から忌々しく思っているようだった。

 パトリシアは、熱い紅茶の立ち上る湯気を静かに見つめ、それから視線をルドルフへと移した。

「ルドルフ伯爵、わざわざ、ありがとうございます。今回のことには驚かされましたが、オードリー男爵令嬢と子には、侯爵家で暮らしてもらいます」
 パトリシアの淡々とした宣告に、ルドルフは驚いたように顔を上げた。

「本当に、それでよろしいのですか!?」
 彼は身を乗り出し、誠実な、けれど困惑を含んだ声音で続けた。

「もし、我が家でよければ、を養子に迎えることも可能です。もともと我が家に縁のある侍女と、愚弟の不始末ですから。パトリシア様が、その子を日々目にされる苦痛を思えば、それが最善かと存じます。……をオーチルで引き取り、しかるべき教育を施す準備はできております」
 それはルドルフなりの、弟の妻に対する最大限の誠意だったのだろう。不貞の証拠を目の届かない場所へ遠ざけ、彼女の平穏を取り戻そうとする提案。

 けれど、パトリシアはわずかに首を振った。
「いえ、お気遣いだけ受け取っておきます。セバスチャンの子であれば、我が家で養育いたします」
 
 その言葉は、慈悲から出たものではなかった。
 パトリシアは、自分の中に芽生えた、冷たく尖った感情を自覚していた。をオーチル家に返してしまえば、セバスチャンはどこかで「解決した」と安堵するに違いない。オードリーもまた、いつか伯爵家の養母として平穏を得るかもしれない。

 それは、パトリシアにとって許しがたい幕引きだった。

「もちろん、侯爵家の籍には迎えません。あくまで、フィオルッチ家が後見する一人の子供として、私の監視下に置きます」
 パトリシアは、ティーカップをソーサーに戻した。カチリ、と硬い音が静かな室内に響く。

「もし、将来的に伯爵家に後継が恵まれなければ、その時に、また、話し合いましょう。……それまでは、は私の所有物として、この屋敷で育てることにいたします」

 ルドルフは言葉を失った。
 彼はパトリシアの瞳の奥に、かつての控えめな少女の面影が消え、冷徹な統治者の色が宿っているのを見た。

 「所有物」という言葉。それは、不貞の子を愛するためではなく、セバスチャンの犯した罪の証を、決して消えない傷跡として生涯彼の目の前に突きつけ続けるという、パトリシアの残酷な決意表明に他ならなかった。

「……パトリシア様は、お強い方だ」
 ルドルフは溜息をつくように呟いた。

「ですが、その強さが貴女様を壊してしまわぬか、それだけが心配です。愚弟は……セバスチャンは、貴女様のその覚悟の重さを、到底理解し得ない男ですから」
「理解させる必要はありません。彼はただ、私の決定に従えば良いのです。それが、私たちが選んだ『夫婦』の形ですから……」

 ルドルフが去った後、パトリシアは独り、応接室に残った。
 窓からは、別棟の庭でルーカスを遊ばせているセバスチャンの姿が見えた。彼は時折、困ったような、けれど愛おしそうな顔で我が子を抱き上げている。
 
 パトリシアは、その光景を冷めた目で見つめ続けた。
 
「行きも帰りも、お昼休みだって一緒に過ごすのよ」
 かつて友人が言った、最愛の伴侶との当たり前の幸福の風景。自分もそれを信じ、疑うことさえ知らなかった。
 
 友人は、お迎えの時間を確かめられたらという、そんな無邪気な気持ちで茶会を楽しんでいた。だが、今の自分には、そんな日はもう二度と来ない。
 パトリシアは、自身の胸の奥にある、焼けつくような孤独をそおっと抱きしめた。
 
 愛し合っていたはずなのに。早々に真実が明かされたあの日から、彼女の世界の色は、永遠に変わってしまったのである。
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