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愛される正統な後継者
フィオルッチ侯爵邸の庭園には、新しい主役がいた。嫡男、リチャード。
パトリシアが命懸けで産み落としたその少年は、成長するにつれ、息を呑むほど高貴な美しさを備えた、優秀な少年に育った。侯爵夫妻は、この「天使」のような孫を片時も離さず慈しみ、屋敷全体がリチャードを中心に回っているかのようだった。
そんなリチャードを、誰よりも優しい眼差しで見つめる者がいた。伯父であるルドルフ伯爵である。
「リチャード、この書物はもう読んだかい? 君ならきっと理解できるはずだ」
ルドルフは事あるごとに屋敷を訪れ、甥であるリチャードに目をかけた。リチャードもまた、父セバスチャンよりも厳格で、どこか自分と通じ合う空気を持つ伯父に、実の父以上に懐いていた。
一方で、リチャードが成長するにつれ、彼の中に一つの疑問が芽生え始めた。
別棟に暮らす、地味な身なりの女性と、自分より七歳年上の庭師見習いの少年。
「お母様。あちらの方は、どなたですか?」
勉強の合間、リチャードが窓の外を指して尋ねた。
パトリシアは、刺繍の手を止めることなく、穏やかな、けれどどこか拒絶を感じさせる声で答えた。
「ああ。彼女は、お父様の実家で仕えていた、元男爵令嬢とその息子よ。我が家で庭師にしてあげるために、見習いをさせているの。貴方が関わることはないわ」
その説明は簡潔だった。リチャードは、それ以上踏み込んではいけない気配を感じ取り、素直に頷いた。
リチャードの誕生会やお茶会は、常に華やかだった。
社交界の貴公子たちが集い、パトリシアとセバスチャンは、完璧な「模範的夫婦」として彼らを迎える。
両親は連れ立って夜会へ出かけ、仲睦まじく微笑み合う。けれど、リチャードは気づいていた。家の中での両親が、必要以上に言葉を交わすことがないことに。
(政略結婚とは、こういうものなのだろうか)
そう自分を納得させていたが、ある夜、彼は見てしまった。父セバスチャンが、母の寝室ではなく、暗闇に紛れてあの別棟へと吸い込まれていく姿を。
なぜか、それについて母に尋ねてはいけない。幼いながらに、リチャードはその「禁忌」を直感していた。
リチャードが十歳を迎えた誕生会の日。彼は、バルコニーで一人、夜風に吹かれていた伯父ルドルフの元へ歩み寄った。
「伯父上。父上と、あの別棟の女性は……どういう関係なのですか」
ルドルフは、ワイングラスを傾けたまま、一瞬だけ動きを止めた。
そして、甥の真っ直ぐな瞳を見つめ返し、静かに語り始めた。
父セバスチャンとオードリーの過去。かつて二人の間に過ちがあり、十七歳になるあの庭師見習いの少年・ルーカスが、父の「血を引く子」であること。
聞かされた真実は、衝撃的ではあった。けれど、リチャードの胸に嫌悪感は湧かなかった。むしろ、長年の違和感がストンと腑に落ちたような、奇妙な納得感があった。
父のあの卑屈な優しさも、母の氷のような沈黙も、すべてはそこから始まっていたのだ。
「驚いたかい、リチャード」
ルドルフが、少年の肩にそっと手を置いた。その手は驚くほど温かかった。
「いいえ。……そうだったのですね」
「リチャード、これだけは覚えておきなさい。君の立場は、何があっても揺るがない。君はフィオルッチ侯爵家の正統な嫡男であり、パトリシア様の深い愛情と、侯爵夫妻の信頼も本物だ」
ルドルフは屈み込み、リチャードの瞳をじっと見つめた。その瞳には、伯父としての情愛を超えた、もっと深く、昏い執着のような色が混じっていた。
「加えて……私も、君を愛しているよ。誰よりもね。だから、何も恐れることはない」
「ありがとうございます、伯父上」
リチャードは微笑んだ。
自分の背後で、父セバスチャンがルーカスを「庭師」として呼びつけ、彼の顔を直視できずに俯いている姿を思い浮かべる。
光の中を歩む自分と、泥を弄る異母兄。
リチャードは、自分が手に入れている幸福の土台が、どれほど残酷な犠牲の上に成り立っているかを、その時初めて、冷徹に理解したのである。
___________
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📢✨新作【六歳下の幼馴染に溺れた夫。白い結婚を理由に離縁を申し立てたら、義弟(溺愛)に全力で求婚されました】
パトリシアが命懸けで産み落としたその少年は、成長するにつれ、息を呑むほど高貴な美しさを備えた、優秀な少年に育った。侯爵夫妻は、この「天使」のような孫を片時も離さず慈しみ、屋敷全体がリチャードを中心に回っているかのようだった。
そんなリチャードを、誰よりも優しい眼差しで見つめる者がいた。伯父であるルドルフ伯爵である。
「リチャード、この書物はもう読んだかい? 君ならきっと理解できるはずだ」
ルドルフは事あるごとに屋敷を訪れ、甥であるリチャードに目をかけた。リチャードもまた、父セバスチャンよりも厳格で、どこか自分と通じ合う空気を持つ伯父に、実の父以上に懐いていた。
一方で、リチャードが成長するにつれ、彼の中に一つの疑問が芽生え始めた。
別棟に暮らす、地味な身なりの女性と、自分より七歳年上の庭師見習いの少年。
「お母様。あちらの方は、どなたですか?」
勉強の合間、リチャードが窓の外を指して尋ねた。
パトリシアは、刺繍の手を止めることなく、穏やかな、けれどどこか拒絶を感じさせる声で答えた。
「ああ。彼女は、お父様の実家で仕えていた、元男爵令嬢とその息子よ。我が家で庭師にしてあげるために、見習いをさせているの。貴方が関わることはないわ」
その説明は簡潔だった。リチャードは、それ以上踏み込んではいけない気配を感じ取り、素直に頷いた。
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両親は連れ立って夜会へ出かけ、仲睦まじく微笑み合う。けれど、リチャードは気づいていた。家の中での両親が、必要以上に言葉を交わすことがないことに。
(政略結婚とは、こういうものなのだろうか)
そう自分を納得させていたが、ある夜、彼は見てしまった。父セバスチャンが、母の寝室ではなく、暗闇に紛れてあの別棟へと吸い込まれていく姿を。
なぜか、それについて母に尋ねてはいけない。幼いながらに、リチャードはその「禁忌」を直感していた。
リチャードが十歳を迎えた誕生会の日。彼は、バルコニーで一人、夜風に吹かれていた伯父ルドルフの元へ歩み寄った。
「伯父上。父上と、あの別棟の女性は……どういう関係なのですか」
ルドルフは、ワイングラスを傾けたまま、一瞬だけ動きを止めた。
そして、甥の真っ直ぐな瞳を見つめ返し、静かに語り始めた。
父セバスチャンとオードリーの過去。かつて二人の間に過ちがあり、十七歳になるあの庭師見習いの少年・ルーカスが、父の「血を引く子」であること。
聞かされた真実は、衝撃的ではあった。けれど、リチャードの胸に嫌悪感は湧かなかった。むしろ、長年の違和感がストンと腑に落ちたような、奇妙な納得感があった。
父のあの卑屈な優しさも、母の氷のような沈黙も、すべてはそこから始まっていたのだ。
「驚いたかい、リチャード」
ルドルフが、少年の肩にそっと手を置いた。その手は驚くほど温かかった。
「いいえ。……そうだったのですね」
「リチャード、これだけは覚えておきなさい。君の立場は、何があっても揺るがない。君はフィオルッチ侯爵家の正統な嫡男であり、パトリシア様の深い愛情と、侯爵夫妻の信頼も本物だ」
ルドルフは屈み込み、リチャードの瞳をじっと見つめた。その瞳には、伯父としての情愛を超えた、もっと深く、昏い執着のような色が混じっていた。
「加えて……私も、君を愛しているよ。誰よりもね。だから、何も恐れることはない」
「ありがとうございます、伯父上」
リチャードは微笑んだ。
自分の背後で、父セバスチャンがルーカスを「庭師」として呼びつけ、彼の顔を直視できずに俯いている姿を思い浮かべる。
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