17 / 20
庭園での交叉
その日は、抜けるような青空だった。
十一歳のリチャードが、伯父ルドルフから贈られた新しい乗馬鞭を手に、ふらりと庭園の奥、木陰が濃くなる境界へと歩みを進めた。そこで、薔薇の剪定をしていた十八歳の庭師見習い――異母兄であるルーカスと、初めて正面から視線がぶつかった。
一瞬の静寂。
その光景を、四つの視線がそれぞれの場所から射抜いていた。
パトリシアは、冷めた紅茶の入ったカップを置くことさえ忘れ、二階の私室の窓からその光景を見下ろしていた。
陽光を浴び、白銀の刺繍が施された服で輝くリチャードと、泥に汚れ、跪いたまま見上げるルーカス。
(……残酷なまでに、美しい構図だわ)
パトリシアの唇が、無意識に歪んだ。
かつてセバスチャンが持ち込んだ「毒」は、今や完璧に中和され、自らの子供を引き立てるための「影」へと成り下がった。ルーカスの存在があるからこそ、リチャードの正統性がより際立つ。
彼女の中に罪悪感はない。あるのは、自らが敷いた完璧な盤面を眺める、統治者としての冷徹な陶酔だけだった。
「あ……」
執務机の書類を整理していたセバスチャンは、窓の外に並び立つ二人の息子を見つけ、ペンを落とした。
心臓が、早鐘のように打ち鳴らされる。
一人は、自分に懐かず、どこか他人のような気高さを纏う嫡男。もう一人は、安らぎを求めた女との間に生まれ、自らの臆病さゆえに泥の中に捨てた実子。
今すぐ駆け寄って二人を離すべきか、それともどちらかを抱きしめるべきか。
けれど、セバスチャンにはそのどちらもできなかった。彼は、自分の過ちが形を成して並んでいる光景に怯え、震える手でカーテンを閉め、暗闇の中に逃げ込むことしかできない「臆病な婿養子」のままだった。
洗濯物を抱えたオードリーは、震える呼吸を殺して茂みの影に立っていた。
リチャードの、あの憎らしいほど気高い横顔。あれが、セバスチャンが「自分の希望だ」と呼び、自分たちを日陰へ追いやった元凶の子。
(見て、ルーカス。これが、貴方からすべてを奪った日向を歩く少年よ……)
彼女は祈るように、そして呪うように息子の背中を見つめた。
ルーカスがそのハサミを、薔薇ではなくあの少年に向けたら。そんな狂った空想が脳裏をよぎる。セバスチャンという命綱に縋りながらも、その綱を自ら切り刻み、全員を破滅に引きずり込みたいという衝動が、彼女の内に黒く渦巻いていた。
「……君が、ルーカス?」
リチャードが、ルドルフから聞いたばかりの名を呼んだ。
ルーカスは、ゆっくりと立ち上がった。十八歳の彼は、父セバスチャンの繊細な美貌に、母オードリーの持つどこか影のある執着を混ぜ合わせたような、危うい色気を放っていた。
「……左様でございます…… 若様」
低く、抑えられた声。
ルーカスは知っていた。目の前の少年が、自分の本当の父親を「父上」と呼び、自分が手にするはずだった教育も、名誉も、名前さえも、すべてを奪って光の中に立っていることを。
リチャードは、ルーカスの瞳の奥にある、自分に向けられた「何か」を敏感に感じ取った。それは敵意というよりは、もっと深い、魂の渇きのようなものだった。
「母上は、君と関わるなと仰った。けれど、伯父上は君のことを教えてくれた。……君は、私のことを恨んでいるの?」
その問いに、ルーカスは一瞬だけ、悲しげに目を細めた。
それから、恭しく頭を下げ、泥のついた手で一輪の真っ赤な薔薇を差し出した。
「恨むなど、滅相もございません。私はただの庭師です。……貴方様が、この屋敷の『光』であり続けるために、私はこの土を耕し続けるだけでございます」
その薔薇の棘が、リチャードの指先にわずかに触れ、赤い血の粒をつくる。
二人の少年の間に流れたのは、決して混ざり合うことのない、けれど永遠に切り離せない「血の呪い」の感触だった。
その夜、パトリシアがリチャードの寝室を訪れると、息子は本を閉じ、真剣な眼差しで母を見上げた。
「母上。別棟の二人について、先日、ルドルフ伯父上からお聞きました。どうか、伯父上を叱らないであげてください。僕が無理に聞き出したのです」
パトリシアは一瞬、心臓が跳ねるのを感じたが、すぐに完璧な微笑みを貼り付けた。
「ふふふ、わかったわ。それで……、ルドルフ伯爵はなんと?」
「父上と、あちらの二人の関係を説明してくださいました。そして、僕に、何も気にせず正統な嫡男として歩めと。僕には、愛してくれる母上と、お祖父様、お祖母様……。それから、伯父上がいるからと。だから僕は、もう迷いません」
リチャードの口から出た「伯父上」という言葉。それは、セバスチャンという形骸化した父よりも、ルドルフこそが自分の後ろ盾であると宣言しているかのようだった。
「……そう、ルドルフ様が。……その通りよ、リチャード」
パトリシアは息子の額を優しく撫でた。自分の胎内にルドルフの種を宿したあの日、望んだのはこの光景だった。
「あちらのことなど気にせずに、まっすぐ勉強に励みなさい。貴方の歩む道は、既に完璧に整えられているのだから」
息子が眠りについた後、パトリシアは暗い廊下で、勝利の味を噛み締めるように独り笑った。ルドルフ様、貴方はやはり、私と同じ深淵を歩んでくれているのね。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
十一歳のリチャードが、伯父ルドルフから贈られた新しい乗馬鞭を手に、ふらりと庭園の奥、木陰が濃くなる境界へと歩みを進めた。そこで、薔薇の剪定をしていた十八歳の庭師見習い――異母兄であるルーカスと、初めて正面から視線がぶつかった。
一瞬の静寂。
その光景を、四つの視線がそれぞれの場所から射抜いていた。
パトリシアは、冷めた紅茶の入ったカップを置くことさえ忘れ、二階の私室の窓からその光景を見下ろしていた。
陽光を浴び、白銀の刺繍が施された服で輝くリチャードと、泥に汚れ、跪いたまま見上げるルーカス。
(……残酷なまでに、美しい構図だわ)
パトリシアの唇が、無意識に歪んだ。
かつてセバスチャンが持ち込んだ「毒」は、今や完璧に中和され、自らの子供を引き立てるための「影」へと成り下がった。ルーカスの存在があるからこそ、リチャードの正統性がより際立つ。
彼女の中に罪悪感はない。あるのは、自らが敷いた完璧な盤面を眺める、統治者としての冷徹な陶酔だけだった。
「あ……」
執務机の書類を整理していたセバスチャンは、窓の外に並び立つ二人の息子を見つけ、ペンを落とした。
心臓が、早鐘のように打ち鳴らされる。
一人は、自分に懐かず、どこか他人のような気高さを纏う嫡男。もう一人は、安らぎを求めた女との間に生まれ、自らの臆病さゆえに泥の中に捨てた実子。
今すぐ駆け寄って二人を離すべきか、それともどちらかを抱きしめるべきか。
けれど、セバスチャンにはそのどちらもできなかった。彼は、自分の過ちが形を成して並んでいる光景に怯え、震える手でカーテンを閉め、暗闇の中に逃げ込むことしかできない「臆病な婿養子」のままだった。
洗濯物を抱えたオードリーは、震える呼吸を殺して茂みの影に立っていた。
リチャードの、あの憎らしいほど気高い横顔。あれが、セバスチャンが「自分の希望だ」と呼び、自分たちを日陰へ追いやった元凶の子。
(見て、ルーカス。これが、貴方からすべてを奪った日向を歩く少年よ……)
彼女は祈るように、そして呪うように息子の背中を見つめた。
ルーカスがそのハサミを、薔薇ではなくあの少年に向けたら。そんな狂った空想が脳裏をよぎる。セバスチャンという命綱に縋りながらも、その綱を自ら切り刻み、全員を破滅に引きずり込みたいという衝動が、彼女の内に黒く渦巻いていた。
「……君が、ルーカス?」
リチャードが、ルドルフから聞いたばかりの名を呼んだ。
ルーカスは、ゆっくりと立ち上がった。十八歳の彼は、父セバスチャンの繊細な美貌に、母オードリーの持つどこか影のある執着を混ぜ合わせたような、危うい色気を放っていた。
「……左様でございます…… 若様」
低く、抑えられた声。
ルーカスは知っていた。目の前の少年が、自分の本当の父親を「父上」と呼び、自分が手にするはずだった教育も、名誉も、名前さえも、すべてを奪って光の中に立っていることを。
リチャードは、ルーカスの瞳の奥にある、自分に向けられた「何か」を敏感に感じ取った。それは敵意というよりは、もっと深い、魂の渇きのようなものだった。
「母上は、君と関わるなと仰った。けれど、伯父上は君のことを教えてくれた。……君は、私のことを恨んでいるの?」
その問いに、ルーカスは一瞬だけ、悲しげに目を細めた。
それから、恭しく頭を下げ、泥のついた手で一輪の真っ赤な薔薇を差し出した。
「恨むなど、滅相もございません。私はただの庭師です。……貴方様が、この屋敷の『光』であり続けるために、私はこの土を耕し続けるだけでございます」
その薔薇の棘が、リチャードの指先にわずかに触れ、赤い血の粒をつくる。
二人の少年の間に流れたのは、決して混ざり合うことのない、けれど永遠に切り離せない「血の呪い」の感触だった。
その夜、パトリシアがリチャードの寝室を訪れると、息子は本を閉じ、真剣な眼差しで母を見上げた。
「母上。別棟の二人について、先日、ルドルフ伯父上からお聞きました。どうか、伯父上を叱らないであげてください。僕が無理に聞き出したのです」
パトリシアは一瞬、心臓が跳ねるのを感じたが、すぐに完璧な微笑みを貼り付けた。
「ふふふ、わかったわ。それで……、ルドルフ伯爵はなんと?」
「父上と、あちらの二人の関係を説明してくださいました。そして、僕に、何も気にせず正統な嫡男として歩めと。僕には、愛してくれる母上と、お祖父様、お祖母様……。それから、伯父上がいるからと。だから僕は、もう迷いません」
リチャードの口から出た「伯父上」という言葉。それは、セバスチャンという形骸化した父よりも、ルドルフこそが自分の後ろ盾であると宣言しているかのようだった。
「……そう、ルドルフ様が。……その通りよ、リチャード」
パトリシアは息子の額を優しく撫でた。自分の胎内にルドルフの種を宿したあの日、望んだのはこの光景だった。
「あちらのことなど気にせずに、まっすぐ勉強に励みなさい。貴方の歩む道は、既に完璧に整えられているのだから」
息子が眠りについた後、パトリシアは暗い廊下で、勝利の味を噛み締めるように独り笑った。ルドルフ様、貴方はやはり、私と同じ深淵を歩んでくれているのね。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
あなたにおすすめの小説
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです
藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。
理由は単純。
愛などなくても、仕事に支障はないからだという。
──そうですか。
それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。
王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。
夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。
離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。
気づいたときにはもう遅い。
積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。
一方で私は、王妃のもとへ。
今さら引き止められても、遅いのです。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?
雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。
理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。
クラリスはただ微笑み、こう返す。
「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」
そうして物語は終わる……はずだった。
けれど、ここからすべてが狂い始める。
*完結まで予約投稿済みです。
*1日3回更新(7時・12時・18時)
婚約者の王太子が平民と結婚するそうです──どうぞ、ご勝手に【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王太子エドモンが平民との“真実の愛“を宣言した日、王国の均衡は崩れた。
エドモンの婚約者である公爵令嬢エヴァは、公衆の面前で婚約破棄され、更には婚約者のいるクラウディオ・レンツ公爵との結婚を命じられる。
──そして舞踏会の夜。
王太子妃になった元平民ナタリーは、王宮の礼儀も政治も知らぬまま混乱を引き起こす。
ナタリーの暴走により、王家はついにエヴァを敵に回した。
王族は焦り、貴族は離反し、反王派は勢力を拡大。
王国は“内乱寸前”へと傾いていく。
そんな中、エヴァの前に跪いたのは王太子の従弟アレクシス・レンツ。
「僕と結婚してほしい。
僕以外が王になれば、この国は沈む」
冷静で聡明な少年は、エヴァを“未来の国母”に据えるためチャンスを求めた。
「3ヶ月以内に、私をその気にさせてご覧なさい」
エヴァは、アレクシスに手を差し伸べた。
それからの2人は──?
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。視点が頻繁に変わります。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。