裏切りの果てに目覚めた愛は、狂気だった〜冷遇夫の溺愛が、私を壊し始める〜

恋せよ恋

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消えた母子の謎

  セバスチャンの執着は、日を追うごとにその密度を増していた。
 彼が眠りについた後、カサンドラは暗闇の中で自分の腕を見つめるのが常となっていた。そこには、彼が強く抱きしめた跡が赤紫色の痣となって残っている。彼はそれを「愛の証」と呼び、熱い口づけを落とすのだ。

(あの母子は、本当に無事なの……?)

 ふとした瞬間に、あの雨の夜に見た光景が蘇る。
 質素だが温かかったあの家。セバスチャンを「パパ」と呼び、無邪気に笑っていたメロディ。セバスチャンはあの子を修道院へやったと言った。マデリーンとは縁を切ったと。

 けれど、今の彼が見せる「自分以外のすべてを排除する」という狂気を見るにつけ、カサンドラの胸にはざらついた不安が広がっていた。


 ある日、カサンドラは実家の兄フレデリックに、秘密の伝言を送った。
 夫の監視を盗み、信頼できる侍女を介して「あの母子の行方を追ってほしい」と頼んだのだ。兄は夫を快く思っていない。彼なら、セバスチャンの目が届かない場所で動いてくれるはずだった。

 数日後、兄からの返信が届く。それは、手紙ではなく「直接話がある」という緊迫した呼び出しだった。

 夜会での短い逢瀬。壁際でワイングラスを傾けるフレデリックの顔は、かつてないほど強張っていた。

「カサンドラ、あの下町の家だが……奇妙なことになっている」

「奇妙、とは?」

「家はもぬけの殻だ。それはいい。だが、周辺の住民に聞き込みをさせたところ、全員が『そんな女も子供も知らない』と答えるんだ」

 カサンドラの手から血の気が引いた。

「そんなはずはありませんわ。私は、この目であの家を、親子を見たのです」

「ああ、私もそう思って、さらに調べさせた。だが、近隣のパン屋も、隣の住人も、口を揃えてこう言うんだ。『あの家はずっと空き家だった。誰も住んでいなかった』とな。まるで、最初から存在しなかったかのように、記憶が塗り潰されている」

 カサンドラの脳裏に、暖炉の炎を見つめながら微笑んでいたセバスチャンの顔が浮かんだ。

『僕の世界から、君以外の女は一人残らず消え去った』
 彼は単に絶縁したのではない。
 金で口を封じたのか、あるいはもっと恐ろしい手段で、彼女たちの「存在した証拠」そのものをこの世から抹消したのではないか。

 カサンドラがフロアに戻ると、セバスチャンが待っていた。
 彼はカサンドラが兄と長く話していたことに不機嫌を見せることもなく、ただ優しく彼女の空のグラスを受け取り、給仕を呼んだ。

「おかえり、カサンドラ。フレデリック殿と何を話していたんだい?」

「……ただ、実家の薔薇が美しく咲いたという、他愛のない話ですわ」

「そうか。……嘘を吐くときの君の睫毛は、微かに震えるね」

 セバスチャンがカサンドラの頬を撫でた。その指先は氷のように冷たい。
 彼は彼女の耳元に唇を寄せ、囁いた。

「君は、余計なことを知らなくていいんだよ。僕たちが手に入れたこの清らかな世界を、過去のゴミで汚したくないだろう?」

 その言葉を聞いた瞬間、カサンドラは確信した。
 近隣住民の沈黙は、セバスチャンの仕業だ。彼は、自分の新しい「完璧な世界」に不都合な記憶を、力ずくで消し去ったのだ。

(マデリーンは? メロディは……今、どこにいるの?)

 もはや、夫が自分に注ぐ「愛」という言葉が、鋭い刃物にしか聞こえない。
 彼はカサンドラを愛しているのではない。自分にとって都合の良い「理想の妻」という人形を、一寸の曇りもない箱の中に閉じ込め、その箱を磨き上げているだけなのだ。

「さあ、喉が乾いただろう。新しい赤ワインを貰おう。……今夜は、一晩中僕のそばにいておくれ。一分でも、一秒でも、僕から離れないで」

 セバスチャンに導かれ、カサンドラは豪華な監獄へと戻る。

 消えた母子の謎は、重い沈黙の中に沈んでいく。
 カサンドラは、自分の背後に、姿の見えない大きな網がじわじわと狭まっているのを感じていた。
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