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寂しさと、甘い罠
隣国ルミナリアの王都。その象徴である王立アカデミーの門をくぐったティファニーは、慣れない石畳の感触に、故郷への郷愁を募らせていた。
(……ジャスティン、今頃どうしているかしら)
ルミナリアは芸術と学問の都。街並みは美しく、アカデミーの講義も刺激に満ちている。本来のティファニーであれば、知的好奇心に胸を躍らせていたはずだ。しかし、一日の終わりにペンを執り、ジャスティンへの手紙を書く時間だけが、彼女にとって唯一の「生きた心地」のする時間となっていた。
『愛しいジャスティン。こちらは冬の訪れが早く、朝晩は冷え込みます。貴方が贈ってくれたストールが、今の私を一番温めてくれています……』
溢れるような想いを綴った手紙を、ティファニーは大切に封じる。
「……また、ティファニーからの手紙?」
学食のテラス席。ジャスティンが手にした封筒を見て、マーガレットが微かに口角を上げた。
「ああ。彼女、ルミナリアで頑張っているみたいだ。……少し、寂しそうだけど」
ジャスティンの声には、ティファニーへの思慕が残っていた。しかし、その手紙を読み返すたびに、彼は言いようのない焦燥感に駆られるようにもなっていた。手紙に綴られるルミナリアの華やかな生活、高位貴族たちとの交流。それらが、子爵家の次男でしかない自分を、惨めに際立たせるからだ。
「そう……。彼女はいいわよね、エリート街道まっしぐらで。……ねえ、ジャスティン。そんなに難しい顔をして手紙を読まなくてもいいじゃない。せっかくの休みなんだから、もっと楽しいことを考えましょうよ」
マーガレットは、ジャスティンの隣に音もなく座ると、その肩にそっと自分の頭を預けた。
「……マーガレット、人目があるっ!」
「いいじゃない、幼馴染なんだから。それに、今の貴方は一人で寂しそうに見えるわよ。……私、ステファン様と喧嘩しちゃったの。彼、私のことなんて全然見てくれないんだもの」
マーガレットの声は、震えているように聞こえた。ジャスティンが思わず隣を見ると、彼女は潤んだ瞳で彼を見つめていた。
「……ステファン殿と? 何があったんだ?」
「彼は……私のこと、ただの『政略で決まった格下の婚約者』としか思っていないの。でも、ジャスティンは違うわよね? 貴方は私の良き理解者で、こんなに優しくて……」
マーガレットの指先が、ジャスティンの手の甲を這う。
ジャスティンは一瞬、手を引こうとした。しかし、マーガレットの指から伝わる体温は、留学中のティファニーからは決して得られない「実体」を持っていた。
「……僕は、君を妹のように思っている」
「妹? ……嘘ね。貴方のその瞳、私にはもっと別の色に見えるわ」
マーガレットは、ジャスティンの耳元に唇を寄せた。
「ティファニーは、今頃ルミナリアで、もっと相応しい相手を見つけているかもしれないわよ。……貴方は、一人でその紙切れを抱きしめて黙って待つつもり? 寂しいのは、お互い様でしょう?」
ジャスティンの脳裏に、ティファニーの清らかな笑顔が浮かぶ。
だが、それ以上に重くのしかかってきたのは、家督も継げず、誰からも必要とされていない自分という存在の空虚さだった。
「……マーガレット」
「いいのよ、ジャスティン。これは、私たちだけの『秘密』なんだから」
マーガレットの腕が、ジャスティンの首に回る。
彼女の香油の香りが、ティファニーから贈られた手紙のインクの匂いを上書きしていく。
「……ここじゃ、誰かに見られちゃうわ。うちに行きましょう」
マーガレットが潤んだ瞳で囁き、ジャスティンの手を取った。その導きに抗う力は、今の彼には残っていなかった。
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(……ジャスティン、今頃どうしているかしら)
ルミナリアは芸術と学問の都。街並みは美しく、アカデミーの講義も刺激に満ちている。本来のティファニーであれば、知的好奇心に胸を躍らせていたはずだ。しかし、一日の終わりにペンを執り、ジャスティンへの手紙を書く時間だけが、彼女にとって唯一の「生きた心地」のする時間となっていた。
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「……ここじゃ、誰かに見られちゃうわ。うちに行きましょう」
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