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裏切りの現行犯
「――っ!」
視界に飛び込んできたのは、陽光が差し込む寝台の上で、獣のように絡み合う二人の姿だった。
彼らは、扉が開いたことすら気づかないほど互いの熱に溺れていた。ジャスティンの背中にはマーガレットの細い腕が回され、その指先は悦びに震えている。ティファニーが留学先で夜通しペンを走らせていたその時間に、彼らはこうして互いの肌を貪り合っていたのだ。
「……ひどい。あまりにも、醜いわ……」
ティファニーの口から、乾いた掠れ声が漏れた。内側からせり上がる強烈な吐き気が、彼女の喉を焼く。胃の腑を掻き回されるような不快感に、彼女は思わず口元を押さえてよろめいた。
その肩を、エリオットが力強く、それでいて壊れ物を扱うような優しさで支える。
「大丈夫かい、ティファニー嬢。無理をする必要はないよ。……こんな汚い獣たちを、これ以上君の純粋な瞳に映す必要はない。あとは私が代わろう」
エリオットの声は、冷徹なまでの静謐さを保っていた。彼は懐から水晶を埋め込んだ魔導カメラを取り出すと、迷いのない手つきでシャッターを切った。青白い閃光が、静まり返った寝室を無慈悲に照らし出す。
その鋭い光と、聞き慣れない男の声に、ようやく寝台の二人が動きを止めた。
「……え?」
「な、なんだ……!?」
ジャスティンが跳ね起き、乱れた毛布を掴んで自分たちの身体を隠そうとする。マーガレットは髪を振り乱し、恐怖に目を見開いて入り口に立つ影を凝視した。
「……ティ、ティファニー!? どうして……帰国は来週のはずじゃ!」
ジャスティンの声が裏返る。その隣で、マーガレットは短く「きゃっ!」と悲鳴を上げ、ジャスティンの背後に隠れるように身を縮めた。
ティファニーは、支えていたエリオットの手をそっと離し、一歩前へ出た。その表情は、もはや悲しみに暮れる乙女のものではない。氷の彫刻のように冷たく、凛とした伯爵令嬢の顔だった。
「自分の目で、真実を見たかったからよ。そして……私は今、現実を見たわ。これ以上ないほど、生々しい現実をね」
「待ってくれ、ティファニー! これは……これは違うんだ! 僕は、君がいなくて寂しくて、つい魔が差しただけで……心から愛しているのは君なんだ!」
ジャスティンが、醜く縋るような声を上げる。その顔には、先ほどまでの情欲の残滓と、地位を失うことへの恐怖が混じり合っていた。
「愛している? その言葉を、今この状況で吐ける貴方の神経を疑うわ、ジャスティン。貴方が愛しているのは、私ではなくランバート伯爵家の爵位でしょう?」
「ひどいわ、ティファニー!」
不意に、ジャスティンの後ろからマーガレットが鋭い声を上げた。彼女は恐怖をかなぐり捨て、剥き出しの敵意をティファニーに向ける。
「自分だけが被害者のような顔をしないで! 貴女が立派な留学なんて行って、彼を一人にしたのが悪いのよ。私とジャスティンは幼馴染で、ずっと前から繋がっていたの。貴女みたいな高位貴族のお姫様に、彼の何がわかるっていうのよ!」
「……親友だと思っていた貴女に、そう言われる日が来るとは思わなかったわ、マーガレット」
ティファニーが静かに告げたその時、廊下から重々しい足音が近づいてきた。
「……騒々しいな。子爵家の寝室が、これほどまでに賑やかだとは思わなかったぞ」
現れたのは、冷徹な笑みを浮かべたステファン・ローウェルだった。
「ス、ステファン様!? どうして、こちらに!」
マーガレットの声が、今度こそ絶望に染まった。婚約者であるステファン。彼がこの場にいるということは、自分の「不実」が完璧に、逃げ場のない形で証明されたことを意味する。
ステファンはゆっくりと寝台へ近づくと、怯えるマーガレットのうなじを、まるで見世物を確認するかのような冷ややかな目で見下ろした。
「ああ、それだよ。先日、君の肌に見つけた『赤い痕』。虫刺されだと言い張っていたが……。どうやら、その下手人はここにいたらしいな」
ステファンの視線がジャスティンを射抜く。ジャスティンは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「ジャスティン。我が分家筋の次男坊か。……ティファニー嬢、並びにエリオット卿。見苦しい身内がお騒がせして申し訳ない。だが、これで全てのパズルが解けました」
ステファンは懐から一通の書類を取り出し、それを寝台の上の二人に向かって放り投げた。
「マーガレット・ダルトン。君との婚約は、今この瞬間をもって破棄とする。当然、不貞による慰謝料は男爵家へ請求させてもらう。……そしてジャスティン、貴様には我がローウェル家門からの放逐を言い渡す。明日の朝には、屋敷から叩き出される準備をしておくことだ」
「そんな……! ステファン様、お待ちください!」
マーガレットが縋りつこうとするが、ステファンはその手を汚らわしいものを見るように振り払った。
ティファニーは、その光景をただ静かに見つめていた。復讐の爽快感などない。ただ、信じていたものが足元から崩れ去る、虚無感だけが胸を支配していた。
「エリオット様。……行きましょう。ここにはもう、私の知っている人は誰もいないわ」
「ああ、行こう。君の未来は、こんな淀んだ場所にはない」
エリオットはティファニーの腰を抱き寄せ、優しくエスコートしながら部屋を後にした。
背後からは、ジャスティンの情けない弁明と、マーガレットの狂ったような泣き声が響き続けていた。
夜の帳が降りた子爵邸。かつて「図書塔」で始まった甘い恋の物語は、最悪の、そして最も冷酷な形で、その幕を閉じたのである。
ティファニーの瞳には、既に前を向く強い光が宿っていた。
隣国のエリオット公爵令息。そして、故郷で待つ愛すべき妹と両親。
失ったものは大きいが、手に入れるものはそれ以上に気高く、確かなものであることを、彼女はこの時確信していた。
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視界に飛び込んできたのは、陽光が差し込む寝台の上で、獣のように絡み合う二人の姿だった。
彼らは、扉が開いたことすら気づかないほど互いの熱に溺れていた。ジャスティンの背中にはマーガレットの細い腕が回され、その指先は悦びに震えている。ティファニーが留学先で夜通しペンを走らせていたその時間に、彼らはこうして互いの肌を貪り合っていたのだ。
「……ひどい。あまりにも、醜いわ……」
ティファニーの口から、乾いた掠れ声が漏れた。内側からせり上がる強烈な吐き気が、彼女の喉を焼く。胃の腑を掻き回されるような不快感に、彼女は思わず口元を押さえてよろめいた。
その肩を、エリオットが力強く、それでいて壊れ物を扱うような優しさで支える。
「大丈夫かい、ティファニー嬢。無理をする必要はないよ。……こんな汚い獣たちを、これ以上君の純粋な瞳に映す必要はない。あとは私が代わろう」
エリオットの声は、冷徹なまでの静謐さを保っていた。彼は懐から水晶を埋め込んだ魔導カメラを取り出すと、迷いのない手つきでシャッターを切った。青白い閃光が、静まり返った寝室を無慈悲に照らし出す。
その鋭い光と、聞き慣れない男の声に、ようやく寝台の二人が動きを止めた。
「……え?」
「な、なんだ……!?」
ジャスティンが跳ね起き、乱れた毛布を掴んで自分たちの身体を隠そうとする。マーガレットは髪を振り乱し、恐怖に目を見開いて入り口に立つ影を凝視した。
「……ティ、ティファニー!? どうして……帰国は来週のはずじゃ!」
ジャスティンの声が裏返る。その隣で、マーガレットは短く「きゃっ!」と悲鳴を上げ、ジャスティンの背後に隠れるように身を縮めた。
ティファニーは、支えていたエリオットの手をそっと離し、一歩前へ出た。その表情は、もはや悲しみに暮れる乙女のものではない。氷の彫刻のように冷たく、凛とした伯爵令嬢の顔だった。
「自分の目で、真実を見たかったからよ。そして……私は今、現実を見たわ。これ以上ないほど、生々しい現実をね」
「待ってくれ、ティファニー! これは……これは違うんだ! 僕は、君がいなくて寂しくて、つい魔が差しただけで……心から愛しているのは君なんだ!」
ジャスティンが、醜く縋るような声を上げる。その顔には、先ほどまでの情欲の残滓と、地位を失うことへの恐怖が混じり合っていた。
「愛している? その言葉を、今この状況で吐ける貴方の神経を疑うわ、ジャスティン。貴方が愛しているのは、私ではなくランバート伯爵家の爵位でしょう?」
「ひどいわ、ティファニー!」
不意に、ジャスティンの後ろからマーガレットが鋭い声を上げた。彼女は恐怖をかなぐり捨て、剥き出しの敵意をティファニーに向ける。
「自分だけが被害者のような顔をしないで! 貴女が立派な留学なんて行って、彼を一人にしたのが悪いのよ。私とジャスティンは幼馴染で、ずっと前から繋がっていたの。貴女みたいな高位貴族のお姫様に、彼の何がわかるっていうのよ!」
「……親友だと思っていた貴女に、そう言われる日が来るとは思わなかったわ、マーガレット」
ティファニーが静かに告げたその時、廊下から重々しい足音が近づいてきた。
「……騒々しいな。子爵家の寝室が、これほどまでに賑やかだとは思わなかったぞ」
現れたのは、冷徹な笑みを浮かべたステファン・ローウェルだった。
「ス、ステファン様!? どうして、こちらに!」
マーガレットの声が、今度こそ絶望に染まった。婚約者であるステファン。彼がこの場にいるということは、自分の「不実」が完璧に、逃げ場のない形で証明されたことを意味する。
ステファンはゆっくりと寝台へ近づくと、怯えるマーガレットのうなじを、まるで見世物を確認するかのような冷ややかな目で見下ろした。
「ああ、それだよ。先日、君の肌に見つけた『赤い痕』。虫刺されだと言い張っていたが……。どうやら、その下手人はここにいたらしいな」
ステファンの視線がジャスティンを射抜く。ジャスティンは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「ジャスティン。我が分家筋の次男坊か。……ティファニー嬢、並びにエリオット卿。見苦しい身内がお騒がせして申し訳ない。だが、これで全てのパズルが解けました」
ステファンは懐から一通の書類を取り出し、それを寝台の上の二人に向かって放り投げた。
「マーガレット・ダルトン。君との婚約は、今この瞬間をもって破棄とする。当然、不貞による慰謝料は男爵家へ請求させてもらう。……そしてジャスティン、貴様には我がローウェル家門からの放逐を言い渡す。明日の朝には、屋敷から叩き出される準備をしておくことだ」
「そんな……! ステファン様、お待ちください!」
マーガレットが縋りつこうとするが、ステファンはその手を汚らわしいものを見るように振り払った。
ティファニーは、その光景をただ静かに見つめていた。復讐の爽快感などない。ただ、信じていたものが足元から崩れ去る、虚無感だけが胸を支配していた。
「エリオット様。……行きましょう。ここにはもう、私の知っている人は誰もいないわ」
「ああ、行こう。君の未来は、こんな淀んだ場所にはない」
エリオットはティファニーの腰を抱き寄せ、優しくエスコートしながら部屋を後にした。
背後からは、ジャスティンの情けない弁明と、マーガレットの狂ったような泣き声が響き続けていた。
夜の帳が降りた子爵邸。かつて「図書塔」で始まった甘い恋の物語は、最悪の、そして最も冷酷な形で、その幕を閉じたのである。
ティファニーの瞳には、既に前を向く強い光が宿っていた。
隣国のエリオット公爵令息。そして、故郷で待つ愛すべき妹と両親。
失ったものは大きいが、手に入れるものはそれ以上に気高く、確かなものであることを、彼女はこの時確信していた。
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