図書塔で恋した貴方は、親友の寝室で過ごす 〜留学中に不貞を働いた二人へ。身分目当ての貴方たちは勝手に没落してください〜

恋せよ恋

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連鎖する破滅

  子爵邸の寝室という「地獄」から立ち去ったティファニーを待っていたのは、冷たい夜風と、隣国パトリオ公爵家の紋章が刻まれた豪奢な馬車だった。

「……終わったのね。すべて」

 馬車のシートに深く身を沈めたティファニーは、隣に座るエリオットを見つめた。彼は何も言わず、ただ彼女の冷えた指先を大きな掌で包み込み、温めてくれた。その温もりだけが、今、彼女をこの世界に繋ぎ止めている唯一の錨だった。

 だが、これで終わりではない。
 裏切りの代償は、涙や言葉で払えるほど安くはないのだ。

 翌朝。ティファニーがランバート伯爵邸の門をくぐったとき、屋敷はかつてない緊張感に包まれていた。留学先から予定より早く帰国した娘への驚きよりも、彼女の背後に控えるエリオットの威風堂々たる姿と、彼女の瞳に宿る苛烈な光が、使用人たちを震え上がらせた。

「お父様、お母様。ただいま戻りました。……そして、お話しすべきことがあります」

 応接室に集まった家族の前で、ティファニーは昨夜の出来事、そしてエリオットから手渡された全ての証拠を突きつけた。

「……なんということだ。これほどまでの破廉恥な男だったとは……婚約を結んでいなくて幸いだったな」

 父であるランバート伯爵の顔が、怒りで赤黒く染まる。彼は即座に執事を呼び、震える声で命じた。

「今すぐ、ローウェル子爵家への全ての経済支援を打ち切れ! 彼らが進めていた新事業の融資も、我が家が保証人となっている債務もだ。一銭たりとも、あの裏切り者の家には流さん!」

 それは、ローウェル子爵家にとって死刑宣告に等しかった。子爵家は放蕩癖のある現当主のせいで火の車であり、ティファニーとジャスティンの婚約による「伯爵家からの資金注入」だけが唯一の希望だったのだ。

 追い打ちをかけるように、ステファンからも「不貞による婚約破棄」の通知がダルトン男爵家とローウェル子爵家へ届けられた。ステファンは一切の手加減をせず、法外な慰謝料を請求した。支払えなければ爵位の返上、あるいは強制労働――。逃げ場はどこにもなかった。



  応接室の片隅で、ティファニーは静かに立ち上がった。

「お父様。私からも、一つお願いがあります」

「なんだ、ティファニー。お前の望むことなら何でも叶えよう。あの男を極刑にしろと言うなら、私は躊躇わんぞ」

「いいえ。……私は、ランバート伯爵家の継承権を放棄します。家督は、妹のジュリエットにお譲りください」

 その場にいた全員が、息を呑んだ。
 
 特に、部屋の隅で事の成り行きを不安そうに見守っていた十二歳の妹、ジュリエットが目を見開いて姉を見つめた。

「お姉様……? どういうこと……?」

 ティファニーはジュリエットの元へ歩み寄り、その小さな手を握った。

「ジュリエット。貴女には、幼馴染のピーター・グレハムという、心から信頼できる方がいるわね? 貴女たちは、家柄や打算ではなく、純粋に想い合っている」

「え、ええ……。でも、私は次女だから、お姉様を支える立場でいたいって……」

「いいえ。私は、この国での役割を終えたの。……私は、パトリオ公爵家のエリオット様と共に、隣国ルミナリアへ渡ります。リッチモ伯爵夫人として、新たな人生を歩む決意をしました」

 ティファニーは、エリオットを振り返った。彼は頷き、伯爵夫妻に向かって深く頭を下げた。

「ランバート伯爵。私はティファニー嬢を愛しています。彼女の知性と誇りは、我が国の、そして私の人生に不可欠なものです。彼女を政治の道具や、裏切りの対象として扱うようなこの国のしがらみから、私が救い出したい。……どうか、彼女を私に託していただけませんか」

 伯爵は絶句した。隣国の公爵家、それもリッチモ伯爵位を継承するエリオットからの求婚。それは、裏切ったジャスティンなど足元にも及ばない、破格の良縁だった。

 ティファニーは再びジュリエットに向き直った。

「ジュリエット。私はもう、この家を狙うような汚い男たちに利用されたくないの。貴女なら、ピーターと共にこの領地を、領民を、正しく愛することができるはずよ。……私のわがままを、聞いてくれるかしら?」

 十二歳のジュリエットの瞳に、強い光が宿った。彼女は姉の手を握り返し、一歩前へ出た。

「わかりました。お姉様が、あんなにひどい目に遭っても前を向こうとしているなら……。私、逃げません。ピーターと一緒に、ランバート伯爵家を守ります。だからお姉様は……お姉様は、本当の幸せを掴んでください!」

 その幼い、けれど凛とした覚悟に、ティファニーの目からようやく一筋の涙が零れた。

 これで、ジャスティンの「最後の手札」も消えた。彼がどれほど泣きつき、どれほど許しを請おうとも、ティファニーはもはや「伯爵家の跡取り」ではないのだ。彼が欲した椅子は、既に十二歳の少女の手に渡ったのである。



  数日後。
 ローウェル子爵邸では、ジャスティンが必死になってティファニーへの手紙を書いていた。

(嘘だ……。融資が止まるなんて。父上が、僕を廃嫡すると言っている!……ティファニー、君しかいないんだ! 君が僕を許してくれれば、すべて元通りになる!)

 だが、彼が差し出そうとした手紙は、屋敷の玄関で門前払いされた。
 それどころか、屋敷の前には借金取りが群がり、家具には次々と差し押さえの赤紙が貼られていく。


 一方、ダルトン男爵家でも、マーガレットが狂ったように叫んでいた。

「なんでよ! なんで私が慰謝料なんて払わなきゃいけないの!? ステファン様、あんなに私を可愛がってくれたじゃない! ティファニーだって、親友の私を見捨てるはずがないわ!」
 
 彼女は知らない。
 ティファニーが既に、彼女たちの手が届かない「隣国の次期伯爵夫人」としての扉を開いたことを。

 そして、自分たちが縋ろうとしていた「ランバート伯爵家」という巨大な壁が、今や自分たちを押し潰すための鈍器へと変わったことを。

 ティファニーは、エリオットが用意した馬車の窓から、遠ざかる学園の塔を見つめていた。
そこにはもう、未練も、悲しみもない。
 あるのは、裏切り者たちに下される「自滅」という名の審判を見届ける、冷徹な執行人の心だけだった。

「破滅の連鎖は止まらないわ。……貴方たちが望んだ『自由な恋』の結末を、泥の中で存分に味わいなさい」
__________

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