図書塔で恋した貴方は、親友の寝室で過ごす 〜留学中に不貞を働いた二人へ。身分目当ての貴方たちは勝手に没落してください〜

恋せよ恋

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妊娠と真実

  落日の光が差し込む聖アデール貴族学園の正門前。かつては華やかな馬車が列をなしたその場所に、今や見る影もなくやつれた二人の姿があった。

「ねえ、ジャスティン……本当にこれでいいのよね? 私、もうこれしか道がないのよ」

 マーガレットは震える手で、真っ平の自分の腹部をさすった。その瞳には、かつての愛らしさは微塵もなく、追い詰められた獣のような狂気が宿っている。

「ああ、これしかない。……ティファニーは情に厚い。君が子を身籠ったとなれば、人道的に見捨てられないはずだ。彼女が隣国へ行く前に、何としても『責任』を盾に食い込むんだ。伯爵家の温情さえ引き出せれば、融資も再開されるし、僕の廃嫡も取り消されるかもしれない」

 ジャスティンの言葉は、もはや愛の囁きではなく、沈みゆく泥舟の中で共食いを始める亡者のつぶやきだった。

 彼は、ティファニーが既に継承権を妹に譲ったことを「一時的な怒りによるデモンストレーション」だと信じ込もうとしていた。自分が心から謝罪し、さらに「親友が自分のせいで不遇な妊婦になった」という悲劇を突きつければ、正義感の強い彼女なら折れるはずだ――。

 そんな浅はかな計算だけが、彼らの最後の生命線だった。



  二人は、エリオットと共にルミナリアへ発つ直前のティファニーを、伯爵邸の勝手口近くで待ち伏せた。

 正面からでは門前払いされるため、かつてマーガレットが「親友」として出入りしていた記憶を頼りに、裏門から忍び込んだのだ。

「ティファニー! 待って、行かないで!」

 馬車に乗り込もうとしたティファニーの前に、マーガレットが泥だらけのドレスで躍り出た。背後には、同じく薄汚れた格好のジャスティンが控えている。

「……何の用かしら。不法侵入で衛兵を呼んでもいいのだけれど」

 ティファニーの声は、北風のように冷たかった。彼女の傍らには、不快そうに眉をひそめるエリオットが立っている。

「お願い、聞いて! ティファニー、私……赤ちゃんができたの!」

 マーガレットはその場に泣き崩れ、ティファニーの靴に縋りつこうとした。

「ジャスティンの子よ……。ステファン様には捨てられ、実家からも縁を切られそうなの。このままじゃ、この子は路頭に迷ってしまうわ。お願い、貴女の慈悲で、私たちを助けて! ジャスティンを……ジャスティンを貴女の側仕えでも何でもいいから雇って、私たちが暮らしていける場所を与えてちょうだい!」

 ジャスティンもまた、悲痛な表情を作って一歩前へ出た。

「ティファニー、すまなかった! 僕は最低な男だ。だが、生まれてくる罪のない命に免じて、せめて僕が君の元で働いて、この子を養うチャンスをくれないか。君への愛は本物なんだ、この間違いも、寂しさゆえの……」

「……赤ちゃん、ですって?」

 ティファニーは、感情の読めない瞳で二人を見下ろした。

 あまりにも見え透いた嘘。あまりにも醜い寄生。
 かつて恋した男が、かつて親友と信じた女が、ここまで底辺まで堕ちたのかと思うと、怒りよりも先に深い虚無感が込み上げてくる。

「マーガレット。貴女、本気で言っているの?」

「嘘じゃないわ! 私、本当にお腹が痛いの、気分も悪いのよ! 嘘だと思うなら、お医者様を……」

「ああ、そうしよう」

 ティファニーの隣で、エリオットが静かに口を開いた。彼の指先には、淡い白銀の光が宿っている。

「……パトリオ公爵家に伝わる『真実の天秤』。これは高位の鑑定魔術だ。対象の体内に宿る魔力の残滓、および生命の脈動を瞬時に判別する。……嘘であれば、術者の魔力がその身を焼き、真実であれば柔らかな光が包む。受けてみるかい?」

 マーガレットの顔から、さぁっと血の気が引いた。

「え……? あ、あの、それは……そんな大袈裟なことをしなくても……」

「いいえ、やりましょう。私の親友が、『私の恋した人の子』を宿したというのなら、その健康状態を確認するのは私の義務だわ」

 ティファニーが冷たく言い放つと同時に、エリオットの放った光の輪がマーガレットを包み込んだ。

「あ、あああ……っ!」

 数秒後。マーガレットを包んでいた光は、どす黒い赤色へと変質し、バチバチと火花を散らして彼女を弾き飛ばした。

 それは、「生命の不在」と「悪意ある虚偽」を示す、鑑定魔術の拒絶反応だった。

「鑑定終了だ。……胎内に生命の拍動は一切なし。さらに、子宮の状態から見て、直近で懐妊していた形跡すら認められない。……ただの、下劣な嘘だ」

 エリオットの宣告が、静まり返った裏庭に響き渡った。

「……嘘。こんな、はずじゃ……」

 マーガレットは地面に這いつくばり、がたがたと震え出した。ジャスティンもまた、支えを失ったように膝をつく。

「ジャスティン。貴方もよ」

 ティファニーは一歩、彼に歩み寄った。

「貴方は『責任を取る』と言ったわね。でも、その実体は、私に一生寄生して、あわよくばまた私の情に付け入って伯爵家の財産を掠め取ろうという魂胆でしょう? ……どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのかしら」

「ち、違うんだ、ティファニー! 僕はただ、君を失いたくなくて……!」

「お黙りなさい!」

 ティファニーの鋭い一喝が、ジャスティンの言葉を断ち切った。

「貴方たちが今しがた行ったのは、不法侵入、そして高位貴族に対する詐欺行為よ。エリオット様という証人もいる。……もう、情けをかける余地は一滴も残っていないわ」

 ティファニーは振り返り、控えていた家令に命じた。

「この二人を衛兵に引き渡してちょうだい。罪状は、ランバート伯爵家への詐欺未遂。それから……ローウェル子爵家とダルトン男爵家へ伝えて。この者たちが我が家の名を騙ってこれ以上の不埒を働くなら、家そのものを潰すと」

「そんな! ティファニー、待って! 許して、お願い!」

 マーガレットが、ジャスティンが、引きずられていく中で叫び続ける。だが、ティファニーは一度も振り返らなかった。

 エリオットが彼女の肩に優しく手を置く。

「……終わったね」

「ええ。……私の心の中にあった、あの『図書塔の思い出』も、今、完全に消えたわ」

 ティファニーは、空を見上げた。

 そこには、自分を裏切った者たちの醜い叫びなど届かない、高く、澄み渡ったルミナリアへと続く空が広がっていた。

 偽りの妊娠という、最後のカードすら汚らしく使い果たした二人。
 彼らがこれから歩むのは、自らが撒いた嘘と裏切りの種が、毒草となって生い茂る地獄の道だった。

「行きましょう、エリオット様。……一緒に幸せな人生を始めるために」

 二人は、黄金の紋章が輝く馬車に乗り込み、一度も後ろを振り返ることなく、伯爵邸を後にした。
__________

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