契約婚約、喜んで白紙に戻します!〜無口な天才魔導具師様が元恋人とやり直したいなら、私はもうお邪魔いたしません〜

恋せよ恋

文字の大きさ
7 / 20

最後の祝賀会――最高のパートナーとして、お別れを

  鏡の中に映る自分を見て、私はひとつ、深く深呼吸をしました。

 今日の私は、いつもの「事務員リネット」ではありません。エヴァンス商会の威信を背負い、そして天才魔導具師レオン・ウォーカーの婚約者として出席する、最後の公式行事――『魔導具職人ギルド設立五十周年記念祝賀会』の出席者です。

 選んだドレスは、目の覚めるような深い群青色のシルク。
 派手すぎず、けれど会場のシャンデリアの光を反射して、まるで夜の海のように静かに輝く一着です。
 装飾品は、レオン様が去年の誕生日に……おそらく社交辞令的に贈ってくれた、魔力水晶のイヤリングだけ。

「……よし。これで、レオン様の隣に立っても恥ずかしくないわね」

 自分で自分に合格点を出しました。

 平民の成功者が集まるこの祝賀会は、単なるパーティーではありません。次なる出資者や取引先を見つけるための、戦場に近い社交場です。

 私が今日やるべきことは、ただ一つ。
 レオン様が「有能で美しいパートナー」を連れていると周囲に知らしめ、彼の格を上げること。そして、明日から私が隣にいなくなっても、彼に新しい協力者がすぐ現れるように根回しをすることです。

「……最後くらい、完璧な『婚約者』でいさせてくださいね、レオン様」

 会場の入り口で、レオン様と合流しました。
 彼はいつもの作業着ではなく、仕立ての良い黒の礼装に身を包んでいました。
 相変わらずの無表情。けれど、その立ち姿は彫刻のように美しく、通り過ぎる女性たちが思わず吐息を漏らすほどです。

「おはようございます……いえ、今夜は『こんばんは』ですね。レオン様、とっても素敵ですよ」

 私が微笑みかけると、レオン様はピクリと眉を動かしました。
 彼は私を頭の先からつま先まで、まるで新作の魔導回路を検品するかのような鋭い目つきで凝視しています。

「…………。」

 一言も、ありません。

 ……まあ、分かっていましたけれど! せめて「似合っている」くらい言ってくれたら、私の心臓も少しは報われるのにな、なんて。

「さあ、行きましょう。今夜はギルド長や大商会の会頭もいらっしゃいます。レオン様の新作、防護結界の魔導具について興味を持たれている方が大勢いらっしゃるんですよ。しっかりアピールしてきますからね!」

 私は彼の腕にそっと手を添えました。
 ほんの一瞬、彼の腕がビクッと跳ねたような気がしましたが、すぐに鉄のように固くなりました。
 やっぱり、私に触れられるのは嫌なのかしら。でも、今夜だけは我慢してくださいね。

 会場に足を踏み入れると、熱気と楽器の演奏、そして高級な香水の匂いが混ざり合って押し寄せてきました。

 私はプロのスイッチを入れました。

「ギルド長! 本日はおめでとうございます。レオン様、ギルド長へご挨拶を」

「……ああ」

 レオン様が短く会釈する横で、私は流れるように言葉を繋ぎます。

「先日の論文、拝見いたしましたわ。レオン様も大変刺激を受けたと申しておりまして、今日の祝賀会を心待ちにしていたんですのよ」

 実際は、レオン様は「……人が多いのは嫌いだ」とぼやいていただけですが、そこを「情熱」に変換するのが私の仕事です。

 次から次へと挨拶に訪れる人々。
 私は相手の名前、家族構成、最近の取引状況をすべて脳内から引き出し、完璧な世間話を展開しました。

 レオン様は私の隣で、置物のように静かに立っています。
 時折、彼に直接専門的な質問が飛ぶと、彼はボソリと最小限の単語で返しますが、そこへ私がすかさず補足を入れます。

「……つまりレオン様は、効率よりも『使う人の安全性』を最優先したとおっしゃりたいんですわ。職人としての矜持、ですわね?」

「………………そうだ」

 彼が肯定してくれるたびに、周囲の評価が上がっていくのが分かります。

「さすがウォーカー氏の婚約者殿だ」「彼女がいれば、気難しい天才とも仕事ができる」――そんな囁き声が聞こえてくるたびに、私は誇らしい気持ちと、引き裂かれるような寂しさを同時に感じていました。

(そうよ。これでいいの。私が去った後も、皆が彼を支えてくれるように。……彼がシェリーさんと歩む道が、平坦であるように)

 祝賀会の中盤。ふと、会場の隅にシェリーさんの姿を見つけました。
 彼女もまた、華やかなドレスを着て、こちらを忌々しそうに睨んでいます。私は彼女に向けて、静かに会釈をしました。

「あとはよろしくお願いしますね」というメッセージを込めて。

 すると、それまでずっと黙っていたレオン様が、急に私の腕を掴みました。驚いて見上げると、彼の瞳には形容しがたい感情が渦巻いていました。怒り? 焦り? それとも……。

「……リネット」

「はい、レオン様。どうなさいました? 少し疲れましたか? テラスで風でも……」

 言いかけた私の言葉は、彼の強い視線に遮られました。
 レオン様は、何かを……喉元まで出かかっている何かを吐き出そうとして、でも結局、唇を固く結んでしまいました。

「…………なんでも、ない」

 その声は、泣きそうなくらい、低く震えていました。
 どうしてそんな顔をするんですか。あなたはもうすぐ、自由になれるのに。私という、契約とお金で縛り付けてくる重荷から解放されるのに。

「……私、飲み物を取ってまいりますね。レオン様はここで少し休んでいてください」

 耐えられなくなって、私は彼の腕をすり抜けました。
 人混みをかき分け、冷たい空気を求めて会場の外へ。会場の喧騒が遠のくと、急に涙が溢れそうになりました。
 完璧に振る舞えば振る舞うほど、自分が「余計な存在」であることを突きつけられているような気がして。

 今夜の私は、彼の隣に立つのにふさわしい「婚約者」を演じきったはずです。でも、それはあくまで演技。
 中身は、彼に恋をして、彼に笑ってほしくて、でもそれが叶わないと知ってしまった、ただの平民の娘なんです。

「……さよなら、レオン様」

 独り言のように呟いた言葉は、祝賀会の賑やかな音楽にかき消されていきました。
 夜空に浮かぶ月は、レオン様が作る魔導具の光のように、冷たくて、どこまでも綺麗でした。
__________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

あなたにおすすめの小説

冷酷夫からの離婚宣告を受けたので、次は愛してくれる夫を探そうと思います。

待鳥園子
恋愛
「……それでは、クラウディア。君とはあと、三ヶ月で離縁しようと思う」 一年前に結婚した夫ジャレッドからの言葉に、私はまったく驚かなかった。 彼はずっと半分しか貴族の血を持たぬ私に対し冷たく、いつかは離婚するだろうと思っていたからだ。 それでは、離婚までに新しい夫を見付けねばとやって来た夜会に、夫ジャレッドが居て!?

もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません

まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?

片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた

アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。 高校生くらいから何十回も告白した。 全て「好きなの」 「ごめん、断る」 その繰り返しだった。 だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。 紛らわしいと思う。 彼に好きな人がいるわけではない。 まだそれなら諦めがつく。 彼はカイル=クレシア23歳 イケメンでモテる。 私はアリア=ナターシャ20歳 普通で人には可愛い方だと言われた。 そんなある日 私が20歳になった時だった。 両親が見合い話を持ってきた。 最後の告白をしようと思った。 ダメなら見合いをすると言った。 その見合い相手に溺愛される。

私だけが愛して1度も笑ったことの無い夫が、死んだはずの息子を連れてもどってきた

まつめ
恋愛
夫はただの一度も私に笑いかけたことは無く、穏やかに夫婦の時間をもったこともない。魔法騎士団の、騎士団長を務める彼は、23年間の結婚生活のほとんどを戦地で過ごしている。22歳の息子の戦死の知らせが届く。けれど夫は元気な息子を連れて私の元に戻って来てくれた。

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています

もちもちほっぺ
恋愛
侯爵家の地下室に住み、姉の食べかけで飢えをしのぎ、婚約者には初対面で「老婆のようだ、姉の方がよかった」と言われた令嬢リリアーナ。 ある日その婚約者に問答無用で公爵邸に連れ帰られた。 庭の恵みを口にするたびに肌が輝き、髪が艶めき、体に力が満ちていく。首に巻いたお守りの秘密、十数年続く国の不作の真実、虐げられ続けた令嬢の出生の謎。 全てが明かされる時、地下室令嬢の逆転劇が始まる。 なお婚約者は今日も庭でグルメリポートを最後まで聞いている。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】