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最後の祝賀会――最高のパートナーとして、お別れを
鏡の中に映る自分を見て、私はひとつ、深く深呼吸をしました。
今日の私は、いつもの「事務員リネット」ではありません。エヴァンス商会の威信を背負い、そして天才魔導具師レオン・ウォーカーの婚約者として出席する、最後の公式行事――『魔導具職人ギルド設立五十周年記念祝賀会』の出席者です。
選んだドレスは、目の覚めるような深い群青色のシルク。
派手すぎず、けれど会場のシャンデリアの光を反射して、まるで夜の海のように静かに輝く一着です。
装飾品は、レオン様が去年の誕生日に……おそらく社交辞令的に贈ってくれた、魔力水晶のイヤリングだけ。
「……よし。これで、レオン様の隣に立っても恥ずかしくないわね」
自分で自分に合格点を出しました。
平民の成功者が集まるこの祝賀会は、単なるパーティーではありません。次なる出資者や取引先を見つけるための、戦場に近い社交場です。
私が今日やるべきことは、ただ一つ。
レオン様が「有能で美しいパートナー」を連れていると周囲に知らしめ、彼の格を上げること。そして、明日から私が隣にいなくなっても、彼に新しい協力者がすぐ現れるように根回しをすることです。
「……最後くらい、完璧な『婚約者』でいさせてくださいね、レオン様」
会場の入り口で、レオン様と合流しました。
彼はいつもの作業着ではなく、仕立ての良い黒の礼装に身を包んでいました。
相変わらずの無表情。けれど、その立ち姿は彫刻のように美しく、通り過ぎる女性たちが思わず吐息を漏らすほどです。
「おはようございます……いえ、今夜は『こんばんは』ですね。レオン様、とっても素敵ですよ」
私が微笑みかけると、レオン様はピクリと眉を動かしました。
彼は私を頭の先からつま先まで、まるで新作の魔導回路を検品するかのような鋭い目つきで凝視しています。
「…………。」
一言も、ありません。
……まあ、分かっていましたけれど! せめて「似合っている」くらい言ってくれたら、私の心臓も少しは報われるのにな、なんて。
「さあ、行きましょう。今夜はギルド長や大商会の会頭もいらっしゃいます。レオン様の新作、防護結界の魔導具について興味を持たれている方が大勢いらっしゃるんですよ。しっかりアピールしてきますからね!」
私は彼の腕にそっと手を添えました。
ほんの一瞬、彼の腕がビクッと跳ねたような気がしましたが、すぐに鉄のように固くなりました。
やっぱり、私に触れられるのは嫌なのかしら。でも、今夜だけは我慢してくださいね。
会場に足を踏み入れると、熱気と楽器の演奏、そして高級な香水の匂いが混ざり合って押し寄せてきました。
私はプロのスイッチを入れました。
「ギルド長! 本日はおめでとうございます。レオン様、ギルド長へご挨拶を」
「……ああ」
レオン様が短く会釈する横で、私は流れるように言葉を繋ぎます。
「先日の論文、拝見いたしましたわ。レオン様も大変刺激を受けたと申しておりまして、今日の祝賀会を心待ちにしていたんですのよ」
実際は、レオン様は「……人が多いのは嫌いだ」とぼやいていただけですが、そこを「情熱」に変換するのが私の仕事です。
次から次へと挨拶に訪れる人々。
私は相手の名前、家族構成、最近の取引状況をすべて脳内から引き出し、完璧な世間話を展開しました。
レオン様は私の隣で、置物のように静かに立っています。
時折、彼に直接専門的な質問が飛ぶと、彼はボソリと最小限の単語で返しますが、そこへ私がすかさず補足を入れます。
「……つまりレオン様は、効率よりも『使う人の安全性』を最優先したとおっしゃりたいんですわ。職人としての矜持、ですわね?」
「………………そうだ」
彼が肯定してくれるたびに、周囲の評価が上がっていくのが分かります。
「さすがウォーカー氏の婚約者殿だ」「彼女がいれば、気難しい天才とも仕事ができる」――そんな囁き声が聞こえてくるたびに、私は誇らしい気持ちと、引き裂かれるような寂しさを同時に感じていました。
(そうよ。これでいいの。私が去った後も、皆が彼を支えてくれるように。……彼がシェリーさんと歩む道が、平坦であるように)
祝賀会の中盤。ふと、会場の隅にシェリーさんの姿を見つけました。
彼女もまた、華やかなドレスを着て、こちらを忌々しそうに睨んでいます。私は彼女に向けて、静かに会釈をしました。
「あとはよろしくお願いしますね」というメッセージを込めて。
すると、それまでずっと黙っていたレオン様が、急に私の腕を掴みました。驚いて見上げると、彼の瞳には形容しがたい感情が渦巻いていました。怒り? 焦り? それとも……。
「……リネット」
「はい、レオン様。どうなさいました? 少し疲れましたか? テラスで風でも……」
言いかけた私の言葉は、彼の強い視線に遮られました。
レオン様は、何かを……喉元まで出かかっている何かを吐き出そうとして、でも結局、唇を固く結んでしまいました。
「…………なんでも、ない」
その声は、泣きそうなくらい、低く震えていました。
どうしてそんな顔をするんですか。あなたはもうすぐ、自由になれるのに。私という、契約とお金で縛り付けてくる重荷から解放されるのに。
「……私、飲み物を取ってまいりますね。レオン様はここで少し休んでいてください」
耐えられなくなって、私は彼の腕をすり抜けました。
人混みをかき分け、冷たい空気を求めて会場の外へ。会場の喧騒が遠のくと、急に涙が溢れそうになりました。
完璧に振る舞えば振る舞うほど、自分が「余計な存在」であることを突きつけられているような気がして。
今夜の私は、彼の隣に立つのにふさわしい「婚約者」を演じきったはずです。でも、それはあくまで演技。
中身は、彼に恋をして、彼に笑ってほしくて、でもそれが叶わないと知ってしまった、ただの平民の娘なんです。
「……さよなら、レオン様」
独り言のように呟いた言葉は、祝賀会の賑やかな音楽にかき消されていきました。
夜空に浮かぶ月は、レオン様が作る魔導具の光のように、冷たくて、どこまでも綺麗でした。
__________
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今日の私は、いつもの「事務員リネット」ではありません。エヴァンス商会の威信を背負い、そして天才魔導具師レオン・ウォーカーの婚約者として出席する、最後の公式行事――『魔導具職人ギルド設立五十周年記念祝賀会』の出席者です。
選んだドレスは、目の覚めるような深い群青色のシルク。
派手すぎず、けれど会場のシャンデリアの光を反射して、まるで夜の海のように静かに輝く一着です。
装飾品は、レオン様が去年の誕生日に……おそらく社交辞令的に贈ってくれた、魔力水晶のイヤリングだけ。
「……よし。これで、レオン様の隣に立っても恥ずかしくないわね」
自分で自分に合格点を出しました。
平民の成功者が集まるこの祝賀会は、単なるパーティーではありません。次なる出資者や取引先を見つけるための、戦場に近い社交場です。
私が今日やるべきことは、ただ一つ。
レオン様が「有能で美しいパートナー」を連れていると周囲に知らしめ、彼の格を上げること。そして、明日から私が隣にいなくなっても、彼に新しい協力者がすぐ現れるように根回しをすることです。
「……最後くらい、完璧な『婚約者』でいさせてくださいね、レオン様」
会場の入り口で、レオン様と合流しました。
彼はいつもの作業着ではなく、仕立ての良い黒の礼装に身を包んでいました。
相変わらずの無表情。けれど、その立ち姿は彫刻のように美しく、通り過ぎる女性たちが思わず吐息を漏らすほどです。
「おはようございます……いえ、今夜は『こんばんは』ですね。レオン様、とっても素敵ですよ」
私が微笑みかけると、レオン様はピクリと眉を動かしました。
彼は私を頭の先からつま先まで、まるで新作の魔導回路を検品するかのような鋭い目つきで凝視しています。
「…………。」
一言も、ありません。
……まあ、分かっていましたけれど! せめて「似合っている」くらい言ってくれたら、私の心臓も少しは報われるのにな、なんて。
「さあ、行きましょう。今夜はギルド長や大商会の会頭もいらっしゃいます。レオン様の新作、防護結界の魔導具について興味を持たれている方が大勢いらっしゃるんですよ。しっかりアピールしてきますからね!」
私は彼の腕にそっと手を添えました。
ほんの一瞬、彼の腕がビクッと跳ねたような気がしましたが、すぐに鉄のように固くなりました。
やっぱり、私に触れられるのは嫌なのかしら。でも、今夜だけは我慢してくださいね。
会場に足を踏み入れると、熱気と楽器の演奏、そして高級な香水の匂いが混ざり合って押し寄せてきました。
私はプロのスイッチを入れました。
「ギルド長! 本日はおめでとうございます。レオン様、ギルド長へご挨拶を」
「……ああ」
レオン様が短く会釈する横で、私は流れるように言葉を繋ぎます。
「先日の論文、拝見いたしましたわ。レオン様も大変刺激を受けたと申しておりまして、今日の祝賀会を心待ちにしていたんですのよ」
実際は、レオン様は「……人が多いのは嫌いだ」とぼやいていただけですが、そこを「情熱」に変換するのが私の仕事です。
次から次へと挨拶に訪れる人々。
私は相手の名前、家族構成、最近の取引状況をすべて脳内から引き出し、完璧な世間話を展開しました。
レオン様は私の隣で、置物のように静かに立っています。
時折、彼に直接専門的な質問が飛ぶと、彼はボソリと最小限の単語で返しますが、そこへ私がすかさず補足を入れます。
「……つまりレオン様は、効率よりも『使う人の安全性』を最優先したとおっしゃりたいんですわ。職人としての矜持、ですわね?」
「………………そうだ」
彼が肯定してくれるたびに、周囲の評価が上がっていくのが分かります。
「さすがウォーカー氏の婚約者殿だ」「彼女がいれば、気難しい天才とも仕事ができる」――そんな囁き声が聞こえてくるたびに、私は誇らしい気持ちと、引き裂かれるような寂しさを同時に感じていました。
(そうよ。これでいいの。私が去った後も、皆が彼を支えてくれるように。……彼がシェリーさんと歩む道が、平坦であるように)
祝賀会の中盤。ふと、会場の隅にシェリーさんの姿を見つけました。
彼女もまた、華やかなドレスを着て、こちらを忌々しそうに睨んでいます。私は彼女に向けて、静かに会釈をしました。
「あとはよろしくお願いしますね」というメッセージを込めて。
すると、それまでずっと黙っていたレオン様が、急に私の腕を掴みました。驚いて見上げると、彼の瞳には形容しがたい感情が渦巻いていました。怒り? 焦り? それとも……。
「……リネット」
「はい、レオン様。どうなさいました? 少し疲れましたか? テラスで風でも……」
言いかけた私の言葉は、彼の強い視線に遮られました。
レオン様は、何かを……喉元まで出かかっている何かを吐き出そうとして、でも結局、唇を固く結んでしまいました。
「…………なんでも、ない」
その声は、泣きそうなくらい、低く震えていました。
どうしてそんな顔をするんですか。あなたはもうすぐ、自由になれるのに。私という、契約とお金で縛り付けてくる重荷から解放されるのに。
「……私、飲み物を取ってまいりますね。レオン様はここで少し休んでいてください」
耐えられなくなって、私は彼の腕をすり抜けました。
人混みをかき分け、冷たい空気を求めて会場の外へ。会場の喧騒が遠のくと、急に涙が溢れそうになりました。
完璧に振る舞えば振る舞うほど、自分が「余計な存在」であることを突きつけられているような気がして。
今夜の私は、彼の隣に立つのにふさわしい「婚約者」を演じきったはずです。でも、それはあくまで演技。
中身は、彼に恋をして、彼に笑ってほしくて、でもそれが叶わないと知ってしまった、ただの平民の娘なんです。
「……さよなら、レオン様」
独り言のように呟いた言葉は、祝賀会の賑やかな音楽にかき消されていきました。
夜空に浮かぶ月は、レオン様が作る魔導具の光のように、冷たくて、どこまでも綺麗でした。
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