不義の子は銀髪でした 〜白い結婚の侯爵夫人が、私の夫の子を宿したようです〜

恋せよ恋

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隣国の至宝、エナリアン公爵家へ嫁ぐ

  その日、ローゼンタール王国の王都は、かつてない熱狂に包まれていた。

  青く澄み渡った空に、祝砲の音が幾重にも重なって響き渡る。沿道を埋め尽くした民衆の視線の先には、純白の六頭立ての馬車。そこに座るのは、この国の歴史を塗り替えるほど美しいとされる、新たなる公爵夫人であった。

「見て、あの方よ……! まるで女神様が地上に降りてこられたみたいだわ!」

「隣国ルミナリアの『至宝』、マグノリア様……。なんてお美しいんだ!」

  民衆の溜息を誘うその女性――マグノリア・ルミネール公爵令嬢は、馬車の小窓から民衆に向けて優雅に手を振った。

  透き通るような白い肌に、陽光を浴びて煌めく金糸の髪。サファイアを溶かし込んだような深い青の瞳は、理性的でありながら慈愛に満ちている。そして何より、特注のウェディングドレスの上からでも分かる、その圧倒的な魅力溢れる肢体。豊かな胸元から引き締まった腰つきへと流れる曲線は、淑女としての品格を保ちつつも、見る者の目を釘付けにする官能的な魅力を放っていた。

「……マグノリア。君を見ていると、現実ではないのではないかと落ち着かない気持ちになるよ」

  隣に座る新郎、シモン・エナリアンが、熱を帯びた声で囁いた。

  彼は銀髪を美しく整え、軍礼服のような逞しい婚礼衣装に身を包んでいる。長身で、服の上からでも分かるほど鍛え上げられた筋肉質の体躯。冷たく端正な顔立ちは、今や妻となったマグノリアを見つめる時だけ、雪解けのような甘い熱を帯びていた。

「シモン様。私たちはこうして、正式に夫婦となったのです。夢ではありませんわ、ふふふ」

  マグノリアが微笑みかけると、シモンはその白い手を取り、熱烈な口づけを落とした。

  二人の婚約が決まったのは、マグノリアが十三歳の時だった。隣り合う二国間の友好の証。完全なる政略結婚で結ばれたはずの縁だったが、五年の月日は、手紙の交換と贈り物のやり取りを通じて、二人の中に確かな「恋情」を育てた……と、信じていた。

  大聖堂での誓いを終えた一行は、披露宴会場となるエナリアン公爵邸へと到着した。

  会場には、国内外の有力貴族が顔を揃えている。その中には、一週間前に結婚式を挙げたばかりの、シモンの幼馴染であり親友のユリウスと、その妻シャルロットの姿もあった。

「シモン、おめでとう。最高の花嫁を射止めたな」

  声をかけてきたのは、フロンティア侯爵家の嫡男、ユリウスだ。

  彼は金髪に緑の目、痩身で中性的な可愛らしい顔立ちをしている。その愛らしい顔つきとは別に、宰相の家系らしい、どこか食えない微笑みを常に浮かべている男だ。

「ありがとう、ユリウス。……シャルロットも、元気そうで何よりだ」

  シモンが視線を向けた先には、ユリウスの隣で所在なさげに立つ小柄な女性、シャルロットがいた。

  茶髪に茶色い瞳。大きな瞳を潤ませた「守ってあげたくなる」タイプの容姿。彼女はマグノリアの圧倒的な美しさを前に、嫉妬を押し隠すように扇で口元を覆っていた。

「……ええ。おめでとうございます、シモン様。そしてマグノリア様……。ルミナリア王国の方は、やはり『華やか』でいらっしゃること」

  シャルロットの声には、微かな毒が混じっていた。

 しかし、マグノリアはそれを見逃さない。

(……あら? 彼女、シモン様を見る目が少し……。いえ、私の気のせいかしら……)

  かつて、シモンとシャルロット、そしてユリウスの三人は幼馴染として育ったと聞いている。

  マグノリアがシモンと婚約する以前、彼らの間にどのような交流があったのか、詳しくは知らない。しかし、今日この場で見せるシモンの態度は、まさに「最愛の妻に心酔する男」そのものだった。

  披露宴の最中、シモンはマグノリアの側を片時も離れようとしない。

  「疲れてはいないか?」「喉は乾いていないか?」「何か少しでも食べたほうがいいよ」。シモン・エナリアンを知る周囲の貴族たちが呆れるほどの過保護ぶりだ。シモンは、マグノリアの聡明な会話や、どの国の王族を相手にしても引けを取らない社交術を目の当たりにし、誇らしげに胸を張っている。

「マグノリア、君と縁を結べた私は幸せ者だ。君は……私の命に代えても守るべき女性だ」

  耳元で囁かれる熱い誓い。

マグノリアは、頬を微かに染めて応えた。

「私も……あなたを支え、この国の一員として共に歩む覚悟です。シモン様」

  しかし。その幸福な光景を、冷え切った緑の瞳で見つめる男がいた。ユリウスだ。

  彼は、隣で歯を食いしばる自らの妻・シャルロットの震える肩を、優しく抱き寄せる。

「どうしたんだい、シャルロット。気分でも悪いのかい? 幼馴染のシモンが、あんなに素晴らしい女性を手に入れて喜ばしいことじゃないか」

  ユリウスの甘い声が、シャルロットの耳に突き刺さる。

「……ええ。本当に。喜ばしい、ですわ……」

  シャルロットは、ドレスの裾を強く握りしめた。

(ふざけないで。あの美しい銀髪も、逞しい腕も、甘い言葉も、全部私のものだったはずなのに。シモン様……あなたは私に『心は君のものだ』と言ったじゃない。政略結婚なんて、形だけだって……!)

  彼女の脳裏には、の密かな情事が焼き付いていた。

  シモンがマグノリアとの結婚を義務として受け入れつつも、癒やしを求めて自分を抱いた夜。自分こそが真の公爵夫人だと、そう信じて疑わなかった頃。

  だが、現れたマグノリアは、シャルロットが想像していた「政略結婚の哀れな身代わり」などではなかった。この世の女性が憧れる、すべてを手に入れた太陽のような女性。

  その夜、結婚式の喧騒が終わり、公爵邸の寝室。シモンは、マグノリアを優しくベッドへと誘った。

「マグノリア。愛している。これからは、私だけを見ていてくれ」

  シモンの大きな手が、マグノリアの豊かな髪を掬い上げる。その瞳には、執着に近いほどの情熱が宿っていた。

  マグノリアは、その熱を全身で受け止め、翻弄されながら、心から幸福を噛み締めていた。
自分が嫁いだこの家で、完璧な公爵夫人として、そして愛される妻として生きていく。その輝かしい未来を、一分たりとも疑ってはいなかった。

  窓の外では、祝杯をあげる街の灯りが遠くに見える。

  しかし、その喧騒から離れたフロンティア侯爵邸の執務室では、ユリウスが一人、書類をめくっていた。

  夫婦の寝室では、新婚であるにも関わらず、妻となったシャルロットが目を泣き腫らして眠っている。
  
  ユリウスは窓の外、エナリアン公爵邸の方角を見つめ、低く、誰にも聞こえない声で呟いた。

「……シモン。君の『脇の甘さ』が、あの美しい花嫁を傷つけないといいけれど。もっとも、そうなった時が僕の好機なのだがね」

  夜の静寂が、四人の運命を飲み込んでいく。愛と情欲、そして冷徹な打算。二組の夫婦の、終わりの始まりを告げる夜は、こうして更けていった。
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