不義の子は銀髪でした 〜白い結婚の侯爵夫人が、私の夫の子を宿したようです〜

恋せよ恋

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忘れ去られた女

  エナリアン公爵邸を後にしたマグノリアとシモンの馬車は、王都の喧騒を離れ、公爵家が所有する南部の保養地へと向かっていた。一ヶ月に及ぶ新婚旅行。それは、政略結婚という冷徹な枠組みの中で出会った二人が、真に「夫婦」となるための神聖な儀式でもあった。

  南部の離宮は、エメラルドグリーンの海を見下ろす断崖の上に建つ、白亜の城だ。

  潮風がマグノリアの金糸の髪を優しく揺らす。彼女は、馬車から降り立つなり、その美しすぎる景観に感嘆の息を漏らした。

「素晴らしいわ、シモン様。まるで海そのものが宝石を溶かし込んだかのようです」

「君が喜んでくれて嬉しいよ。ここは歴代の公爵夫人が最も愛した場所なんだ。……だが、どんなに美しい海も、君の瞳の輝きには及ばないがね」

  シモンはそう言うと、マグノリアの腰を抱き寄せた。

  彼の腕の中にあるマグノリアは、コルセットで締め上げる必要などないほど、見事な曲線を描いている。豊かな胸の膨らみ、しなやかな腰、そして風の悪戯でドレスの裾から覗いた、真っ直ぐで健康的な脚。

  シモンは、隣国から嫁いだこの「至宝」を腕に抱くたびに、己の幸運に眩暈を覚えるほどだった。

  離宮での生活は、シモンにとって驚きの連続だった。

  彼は当初、マグノリアを「守るべき華奢な花」だと思い込んでいた。しかし、共に過ごすうちに、彼女の知性とバイタリティが、自分の想像を遥かに超えていることを知る。

  ある日の朝食。マグノリアは、届けられた領地の運営報告書に目を通していた。

「シモン様、この南部の特産品である香料、隣国ルミナリアの関税ルートを見直せば、利益はさらに一割は上積みできるはずですわ。私の実家、ルミネール家が管理する港を通せば、検品の手間も省けます」

  シモンは、フォークを止めて愛妻を見つめた。

「……そこまで考えていたのかい?」

「ええ。私はシモン様の『飾り』として嫁いできたわけではありません。あなたの隣で、この家を豊かにする伴侶でありたいのです」

  マグノリアは屈託のない、しかし自信に満ちた微笑みを浮かべた。その瞳には、一国の公爵夫人としての矜持が宿っている。

  シモンは、自らの内にあった「守ってやりたい」という庇護欲が、次第に「この女性を一生離したくない」という強烈な独占欲へと変質していくのを感じた。

  昼下がり、二人はプライベートビーチで過ごした。

  マグノリアが披露した水浴び用の衣装は、当時の貴族社会の常識を少しだけ逸脱した、彼女の完璧なスタイルを強調するものだった。

  陽光を浴びて白く光る肌。水に濡れて肌に張り付く薄い生地が、彼女の妖艶な肢体を余すところなく浮き彫りにする。

  シモンは、喉の渇きを覚えた。

  かつて、幼馴染のシャルロットと過ごした日々のことが、不意に脳裏を掠める。

  シャルロットは小柄で、いつも縋り付くように自分を求めてきた。は、どこか背徳的で、日常からの逃避のようなものだった。

  しかし、マグノリアは違う。彼女との時間は、生命力に満ち溢れ、未来への希望に満ちている。

「シモン様? どうかなさいましたか?」

  水辺で遊ぶマグノリアが、首を傾げて呼びかける。

「……いや。君があまりにも眩しくてね」

  シモンは、もはやシャルロットのことなど、遠い昔に読んだ出来の悪い喜劇のように感じ始めていた。

(あんな、打算とわがままに塗れた背徳の関係が、恋だと思っていたなんて……。今の私には、マグノリア。君しか見えない)

  彼は確信した。

  過去の過ちは、若気の至りとして封印する。シャルロットとの過去は、この南国の強い日差しが影を消し去るように、完全に霧散したのだと。

  しかし、シモンが「過去」として切り捨てた場所では、深い闇が澱んでいた。
  
  同じ頃。ローゼンタール王国の王都、フロンティア侯爵邸。

  シャルロット侯爵夫人は、冷たいベッドの上で、夫であるユリウスの帰りを待っていた。いや、待っているのではない。彼が帰ってこないことを確認し、一人で苛立ちを募らせていたのだ。

  結婚から二週間。ユリウスは一度も、シャルロットを「妻」として抱かなかった。

「仕事が立て込んでいる」「宰相である父上の手伝いがある」

  そんな理由を並べては、夜遅くまで王城に残り、帰宅しても客間で眠る。

「……何よ。あんなに可愛らしい顔をして、男としての機能がないのかしら」

  シャルロットは鏡に向かって、自らの茶髪を乱暴に梳いた。

  彼女のプライドはズタズタだった。自分は「侯爵夫人」という地位を手に入れたはずなのに。豊かさと誇りを手に入れたはずなのに。

  実際、生家のゴードン伯爵家は困窮していた。

  シャルロットが望んだのは、かつての贅沢を取り戻すこと。そして、愛するシモンの「第二夫人」としてでも、公爵家で彼のそばで権力を握ることだった。

  しかし、シモンから届くはずの手紙は、一通も来ない。

『シモン様、私は寂しくてたまりません。ユリウス様は冷たく、私は孤独です。いつ、あの日のように会いに来てくださるのですか?』

  何通も書き認めては、秘密の従僕に持たせた手紙。

  だが、返事はない。それどころか、シモンが南部の離宮で、マグノリアに夢中になっているという噂だけが耳に入ってくる。

「……嘘よ。あんな、容姿ばかり立派な隣国の女に、シモン様が本気になるはずがないわ。シモン様が好きなのは、小さくて、守ってあげなきゃいけない……私のはずよ!」

  シャルロットの瞳に、昏い炎が宿る。

  彼女は、まだ気づいていなかった。

  夫であるユリウスが、隣の書斎で、彼女が送った「秘密の手紙」のコピーを、無表情に眺めていることを……。


  一方、エナリアン公爵家の所領、南部の離宮での最終夜。

  シモンとマグノリアは、バルコニーで星空を眺めていた。

「マグノリア。明日には王都へ戻らなければならない。だが、約束する。王都に戻っても、私は君を一番に愛し、守り続ける」

  シモンは、マグノリアの肩を抱き寄せ、情熱的な口づけを贈った。

  彼にとって、この一ヶ月は、過去の自分を精算し、新たな自分に生まれ変わるための期間だった。

  少なくとも、彼はそう信じていた。

「ええ、シモン様。私も、あなたを信じておりますわ」

  マグノリアは、夫の胸に顔を埋めた。

  シモンの心拍が、自分への愛ゆえに早まっていることを感じ、彼女は幸福の絶頂にいた。

  だが。聡明なマグノリアの脳裏には、出発前に見たユリウスの「緑の瞳」が、ふと思い出された。あの、すべてを見透かすような、怜悧な光。

(……王都に戻れば、またあの二人……フロンティア侯爵夫妻とお会いすることになるわね。シャルロット様の、あの視線。ただの気のせいであれば良いのだけれど)

  マグノリアは、大国ルミナリア王国の筆頭公爵家が誇る「至宝」として、その持ち前の鋭い直感で察していた。この幸福な蜜月は、嵐の前の静けさに過ぎないことを。

  しかし、どれほど聡明な彼女であっても、この時はまだ予想だにしていなかった。愛する夫がかつて犯した「罪」の代償を、他ならぬ自分自身が共に払わされる日が、刻一刻と近づいていることまでは。
  
  夜空には、満天の星。しかし、その一つが、まるで不吉な予兆のように、赤くまたたいた。
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