不義の子は銀髪でした 〜白い結婚の侯爵夫人が、私の夫の子を宿したようです〜

恋せよ恋

文字の大きさ
14 / 21

不貞の焦燥と綻び

  王都に降り注ぐ月光は、時として残酷なほどに真実を照らし出す。

  エナリアン公爵家での慣例のお茶会から数日が過ぎたが、シャルロットの心は、かつてないほどの激しい嵐に見舞われていた。

「どうして……どうしてシモン様は、私に会おうとしてくださらないの!?」

  侯爵邸の私室、鏡の前でシャルロットは叫び、高価な香水の瓶を床に叩きつけた。粉々に砕け散ったガラスの破片と、部屋に漂う強烈な香りが、彼女のささくれ立った心を映し出している。

  あの日、マグノリアに見せつけられた「正妻の余裕」。シモンが自分に向けた、どこか怯えるような、そして突き放すような冷たい眼差し。それが、シャルロットのプライドを執拗に抉り続けていた。

「私はあの方の『初めて』を貰った女なのよ。たかが、『政略結婚』のマグノリア様なんかに、シモン様の何が分かるっていうの……!」

  シャルロットは、自らの膨らみ始めた腹を無意識にさすった。

  まだ誰にも打ち明けていない、禁断の種。これがシモンの子であるという確信が、彼女を狂わせる。本来ならば、この命はエナリアン公爵家の至宝として祝福されるべきものだったはずだ。それが今や、ユリウスという「冷徹な盾」の陰に隠され、日の目を見ることのない罪の証として扱われている。

  彼女は、自分を「侯爵夫人」という鳥籠に閉じ込めたユリウスを呪った。そして、自分を遠ざけようとするシモンへの苛立ちを募らせていった。

  待っていても彼は来ない。ならば、こちらから引きずり出すまで。

  シャルロットは、震える手で筆を執った。

  書き慣れた愛の言葉ではなく、鋭い針のような言葉を並べていく。

『シモン様。どうしてもお話ししたい大切なことがございます。あの別荘で、二人きりで。もしお越しいただけないのなら……私は、あなたの奥様にすべてを打ち明けるしかありません。……私たちの「愛の証」のことも含めて』

  彼女は、自分の行動がどれほど危うい橋を叩いているか、気づいていなかった。いや、気づかない振りをしていたのだ。シモンという男が、窮地に立たされた時に「愛」よりも「保身」を選ぶ、脆い生き物であることを、彼女は誰よりも知っていたはずなのに。


  一方、エナリアン公爵邸の書斎で、シモンは、届けられたばかりのシャルロットからの手紙を、火の消えた暖炉に投げ込みたい衝動に駆られていた。

  手紙から漂う、あの甘ったるいミントの香り。かつては官能を呼び覚ます鍵だったその匂いが、今は自分を絞め殺す死神の吐息にしか感じられない。

「……若気の至りだったんだ。そう、あれは一時の迷いに過ぎなかった」

  シモンは、何度も自分に言い聞かせた。

  大国の至宝、マグノリア。彼女は完璧だった。その美しさはもちろん、理知的で慈愛に満ちた立ち振る舞いは、シモンにとって「理想の公爵夫人」そのものだった。彼女との生活を、汚らわしい過去の情事で壊したくない。

  彼は今、心からマグノリアを愛そうとしていた。いや、すでに深く愛し始めていた。過去を清算し、誠実な夫として再出発したいと願っていた。

  しかし、過去は影のように彼を追いかけてくる。

  シャルロットという、自分が「ちょうどいい」と軽んじていた女。彼女が、結婚後も、これほどまでになりふり構わず自分に執着し、脅迫じみた真似をしてくるとは想定外だった。
(彼女の中に、私の子がいる……? まさか。そんな、そんな馬鹿なことがあっていいはずがない!)

  もし事実であれば、すべてが終わる。マグノリアとの信頼関係、両国の同盟、そして自分自身の誇り。

  シモンは、鏡に映る自分の顔を見た。そこには、筆頭公爵家の嫡男としての凛々しさはなく、自らの犯した罪に怯える卑怯な男が立っていた。

「シャルロット……君が、これほどまでに醜い女だったとは」

  彼は自分を棚に上げ、彼女を嫌悪した。だが、同時に彼女の言葉を無視する度胸もなかった。弱みを握られている。それも、取り返しのつかない、血にまみれた弱みを。

  その時、書斎の扉が静かにノックされた。

「シモン様。夜風が冷えてまいりましたわ。温かいアールグレイをお持ちしました」

  愛する妻、マグノリアの声だ。

  シモンは反射的に手紙をデスクの引き出しに隠し、鍵をかけた。その動作のあまりの卑しさ。扉を開けて入ってきたマグノリアは、月明かりを纏った女神のように美しかった。彼女の清らかな瞳に見つめられるたび、シモンの内側で罪悪感が黒い霧のように溢れ出す。

「……ありがとう、マグノリア。君の心遣いには、いつも救われる」

「顔色が優れませんわね。何か……お困りごとでも?」

  マグノリアの問いは、どこまでも優しく、そして深淵を覗き込むように鋭かった。

  シモンは、彼女にすべてを打ち明け、許しを請いたいという衝動に駆られた。だが、彼女の完璧な美しさを見れば見るほど、自分の「汚れ」が浮き彫りになり、言葉を飲み込んでしまう。

「いや、何でもないんだ。少し、執務が立て込んでいてね」

「左様でございますか。……あまり、無理をなさらないでくださいね。私、シモン様のお姿を、何よりも誇りに思っておりますから」

  マグノリアの言葉が、皮肉な毒となってシモンの五臓六腑を焼く。

  彼女が部屋を去った後、シモンは崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。

(行かなければならないのか。……あの女が待つ別荘へ)

  シモンは気づかなかった。

  マグノリアが去り際、一瞬だけデスクの引き出し――自分が手紙を隠した場所――を、氷のような視線で見据えていたことを。

  そして、その手紙の内容も、シャルロットが「愛の証」と称するものの正体も、既に彼女の手のひらの上にあることを。

  シモンが守ろうとしている「保身」は、既にユリウスとマグノリアによって、巧妙に張り巡らされた網の中にあった。彼は自ら、その網の深奥へと、一歩ずつ足を踏み出し始めたのだ。
__________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。