悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師でした 〜絶世の美女に転生したので、悪評を更生指導で一掃します〜

恋せよ恋

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モン・ルージュの再編――「ダイヤモンド」から「街」へ

  私が開発を主導した領地北部の保養地「モン・ルージュ」から、領地の代官が挨拶に訪れた。

「エスメラルダ様! ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです! 早速ですが、領地の収益報告に馳せ参じました!」

 領地代官を務めているのは、ミッテラン公爵家の遠縁にあたる子爵家の当主、オリビエだ。父ギルバートとは乳兄弟の間柄であり、現在アラフォー。これまた、溜息が出るほどの美形である。

(……待って。公爵家の家門は美形しかいないの? 恐るべしミッテラン公爵家の遺伝子!)

 内心の驚きを「完璧な淑女の微笑」で隠す私の前で、オリビエは晴れやかな顔で報告を続けた。

「エスメラルダ様、収益は右肩上がりで、損益収支も大幅なプラスです。これまでダイヤモンド鉱山のみが収入源だったモン・ルージュにとって、金銭だけではなく老若男女問わず働ける職場が生まれたことは、真に画期的なことです」

 ダイヤモンド鉱山は公爵家に潤沢な資産をもたらす根源だが、労働力として必要なのは「頑丈な若い男」のみに限られる。街を真に活性化させるには、女性や年配者、そして力の弱い若者たちの働き口を作らなければ、コミュニティとしての繁栄はない。

 そこに投じられた私の「保養地計画」は、領民にとって願ってもない救済案だったのだ。
 もちろん、当初はオリビエも顔を顰めた。我儘で傲慢、悪評轟く公爵令嬢が「領民のために」などと言い出したのだ。罠か、陰謀か、何らかの策略を疑うのが代官としての正常な判断だろう。

 彼は乳兄弟である父ギルバートに詰め寄ったという。だが、父は静かにこう返した。

「オリビエの言いたいことはわかる。だが、最近のエスメラルダは何かが違うんだ。上手く言えないが……。信じてみてもいいんじゃないかな。もし失敗しても、私が責任を持つ。あの子の好きなようにやらせてみてくれないか。頼む」

 父の深い信頼と、オリビエの英断。それが、現在のモン・ルージュの大成功を支えていた。

「そう、順調で何よりだわ。……では、そろそろ次のステップ、『福利厚生』に収益を回しましょうか」

「フクリ……コウセイ、ですか?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げるオリビエに、私は流れるように指示を出す。

「学校と診療所、そして孤児院を整備するの。鉱山で怪我をした労働者の待遇改善、子供たちへの基礎教育。そして、不幸にして命を落とした者の家族への救済よ」

「……! はい! 素晴らしいお考えです。さすがは、我らがエスメラルダお嬢様だ!」

(教育と医療こそが、街の地盤を強くする。これは慈善事業じゃない、持続可能な都市開発よ)

 こうしてモン・ルージュは、単なる保養地から、最先端の都市開発へとその歩みを進め始めた。
 公爵令嬢という最強の権力と、ベテラン教師の「社会を見る目」。この二つが組み合わさった時、この国に新しい「理想郷」が生まれようとしていたのである。



 王都の社交界では、今やミッテラン公爵領北部の「モン・ルージュ」の話題で持ちきりであった。扇の影で交わされる噂話は、日を追うごとにその熱を帯びていく。

「先週、やっと予約の順番が来て『ヴィラ・エスメラルダ』へ行って参りましたのよ! 温泉も、お食事も素晴らしかったですわ。見てくださる、このスベスベのお肌! なんでも『デトックス』という薬膳料理のおかげらしくて、身体の中から浄化された気分ですの。お通じも良くなって、いいことずくめですわ!」

「まあ、素晴らしい場所なのね。でも、あそこは北の田舎でしょう?」

「あら、そう思うでしょう? それが王都に引けを取らない……いえ、王都以上かもしれないわ。カフェはどこもオシャレだし、『パンケーキ』や『チーズケーキ』の専門店まであるんですもの」

 その場にいた令嬢たちが身を乗り出す。彼女たちにとって、未知のスイーツや美容法は何よりも魅力的な「武器」だ。だが、噂はそれだけにとどまらなかった。

「それにね、私、滞在中に持病の頭痛が出て困っていたら、『診療所』という医療施設を紹介されたの。平民も多くいたけれど、医師は貴族出身だったし、すぐに診てもらえて助かったわ」

「まあ。平民も病気になったら診てもらえるのかしら?」

「ええ。モン・ルージュで収入のある者なら無料、それ以外でも僅かな診察料で済むらしいわ。その代わり、私たち貴族からは『寄付金』という形で相応の対価を受け入れているのよ。合理的だと思わない?」

「……なにやら、底知れない街ね」

 驚きに目を見開く友人に対し、経験者は得意げに声を弾ませる。

「さらに驚いたのは、平民の小さな子供たちよ。七歳くらいの子が『学校』に通って、文字や算数を勉強しているんですって!」

「まあ、平民が? 学費はどうしているの?」

「モン・ルージュに暮らす者なら無料なんですって。なんでも『住民登録』という制度を導入していて、どこの家に誰が住んでいるか、家族構成まで全て把握しているらしいわ。だから行政サービス……だったかしら、支援が確実に行き届くのね」

「住民登録……?それでは悪いこともできないわね」

「ええ。それどころか、学校に行き、安心して診療を受け、住む場所に困れば家まで紹介してもらえる。浮浪者も孤児も一人として目にしなかったわ。平民にとってはまさに理想郷でしょうね」

 かつては荒くれ者の集まる鉱山の街だったモン・ルージュ。
 それが今や、高度な行政システムと福祉、そして最先端の流行が共存する「理想の都市」として変貌を遂げている事実に、王都の貴族たちは戦慄と羨望を隠せなかった。

(よしよし。王都の『口コミくちこみ』マーケティングも順調ね。教育と医療が行き届いた街は、それだけで最強のブランドになる。……さあ、エドワード殿下。あなたが切り捨てようとした『エスメラルダ』が、どれほどの価値を領地に生み出しているか、そろそろ思い知る時間よ)

 王都から届く報告書を読みながら、エスメラルダは優雅にハーブティーを啜り、勝利を確信する微笑を浮かべた。
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