悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師でした 〜絶世の美女に転生したので、悪評を更生指導で一掃します〜

恋せよ恋

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王宮のお茶会と、噂話

  王宮の薔薇園に隣接する東屋。陽光を浴びながら、王太子エドワードとその側近たちは、近頃、社交界の話題を独占している「ある噂」に興じていた。

「おい、エドワード。ミッテラン公爵領の噂、聞いたか?」

 真っ先に口を開いたのは、騎士団長子息のオリバーだ。

「噂? ああ、あの『ヴィラ・エスメラルダ』のことか?」

 エドワードは、ティーカップを傾けながら気だるげに答える。

「そう、そう! なんでも、すごい人気だそうだぞ。王都の貴族たちがこぞって予約を入れているらしい」

「ふむ。どうせ、金に物を言わせて、誰かに丸投げしたんだろう? エスメラルダにそんな計画性があるとは思えん」

 エドワードの言葉には、婚約者への根深い侮蔑が混じっている。だが、宰相嫡男のチャールズが手元の資料に目を落としながら、静かに異論を唱えた。

「だとしてもだ。随分と活気のある地方都市が出来上がったらしいぞ。視察に行った者の報告によれば、街道の整備から公衆衛生まで、驚くほど合理的に設計されているという話だ」

「ああ。なんでも平民の間じゃ、『住みたい街ナンバーワン』だそうだ」

 魔導師長嫡男のフレデリックも加わる。

「へえ。それは、参考にしたいな」

 エドワードは依然として鼻で笑っているが、その目は少しだけ鋭くなった。彼にとってエスメラルダは、自分の自由を縛る「無能な重荷」でなければならなかったからだ。
 そこへ、少し遅れて側近たちの婚約者三人がお茶会に加わった。話題は自然と、モン・ルージュの具体的な魅力へと移っていく。

「皆様、お聞きになりまして? モン・ルージュの薬膳料理や温泉……。あちらから戻られた方の肌が見違えるほど艶やかで、羨ましい限りですわ」

「名産品のジャムやスイーツも、王都では手に入らないものばかりだとか。なんでも、エスメラルダ様がお考えになったと伺いましたけれど……」

 その言葉に、場が一瞬しんと静まり返る。
 誰もが「あの」エスメラルダに、そんな知性や商才があるとは思えなかったからだ。

「まあ、それは本当ですの? にわかには信じ難いですわね……」

 鈴を転がすような声で、純真な驚きを演出したのは、チャールズの婚約者、キャサリン・フォード公爵令嬢だ。彼女は、汚れなき聖母のような微笑みを浮かべながら、言葉の裏に鋭い棘を潜ませた。

「だって、あの、エスメラルダ様ですもの。きっと、優秀な代官の方に恵まれたのでしょうね。わたくし、エスメラルダ様が、数字や経営といった『地道な努力』をなさる姿、一度も拝見したことがございませんの」

 遠回しに「彼女は無能な飾りに過ぎない」と断じるキャサリン。彼女の瞳の奥には、エドワードの隣という「王太子妃の座」を狙う、公爵令嬢としての傲慢な野心が燃えていた。

「確かに、彼女が机に向かう姿など想像もつかんな。どうせ、公爵家の名を使って有能な者を脅して動かしているのだろう」

 エドワードが吐き捨てる。
 最近、王宮に一切姿を現さず、王太子妃教育さえ欠席し続けているエスメラルダ。

「あの方、最近はお城にもいらっしゃいませんし……きっと、自分の領地で好き勝手になさるのが、よほど心地よいのでしょうね。王家への義務より、遊びを優先なさるなんて、羨ましいほど自由だわ」

 キャサリンの追撃に、エドワードの不快感は頂点に達していた。
 自分を追いかけ回していたはずの女が、突然興味を失ったかのように姿を消し、あろうことか「理想郷」などという浮ついた噂の主役になっている。

 王宮の穏やかなお茶会は、いつしか「不在の悪役令嬢」を巡る、猜疑心と見下しに満ちた場へと変貌していた。

 彼らはまだ知らない。
 彼らが嘲笑っているその「遊び」が、すでに彼らの足元を掬う巨大な波となって押し寄せていることを。



  王宮で繰り広げられている陰湿な憶測など知る由もない私は、自室で次なる「福利厚生計画」の書類に目を通していた。その時、鼻の奥がむず痒くなり、思わず声が漏れた。

「っ、クシュンッ!」

「お嬢様、大丈夫でございますか? 風邪でも召されたのでは……」

 マリアが心配そうに駆け寄ってくる。私は鼻を軽く押さえ、苦笑いした。

「ん、大丈夫よ。なんだか、急に寒気がしただけ。どこかで噂でもされてるのかしら。『美しいって罪ね』……なんて、一度言ってみたかったのよね! 美人最高!」

 鏡に映る自分に向かって、私は上機嫌で指を鳴らした。
 前世の「地味で目立たない教師」だった時代には、一生かかっても吐けなかった台詞だ。この圧倒的なビジュアルがあれば、どんなナルシストな発言も「高貴な戯れ」として成立してしまう。これぞ転生の醍醐味、ボーナスステージの恩恵というものだ。

「お嬢様、噂話は容姿だけではございませんよ。お嬢様の辣腕は、平民の間では神だ、女神だと広まっております。何しろ、利益をこれほど領民に還元する領主は少うございますからね。皆、感謝しておりますよ」

 マリアの言葉に、私は少しだけ真面目な顔をして頷いた。

「まあ、喜んでもらえたら一番よね。教育や医療が整い、みんなが幸せなら、生活への不満からくる不必要な諍いや、治安の問題も起きないでしょうからね」

 これは慈善事業ではない。幸福度の高い領民は、それだけで領地の生産性を高め、強固な基盤となる。いわば、ミッテラン公爵領という巨大な「教室」を平穏に保つための、ベテラン教師としてのリスクマネジメントだ。

「はい。本当に、うちのお嬢様は神ですわ!」

 心酔しきったマリアの瞳に見送られながら、私は再びペンを走らせた。
 王太子エドワードやキャサリンが、私の「不在」を嘲笑っているうちに、外堀はすでに埋まりつつある。

 「神」とまで崇められ始めた悪役令嬢が、その圧倒的な支持と知性を引っ提げて学園に再臨した時、彼らがどんな顔をして「がっかりだ」と宣うのか。
 その光景を想像するだけで、食後のハーブティーが一段と美味しく感じられた。
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