悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師でした 〜絶世の美女に転生したので、悪評を更生指導で一掃します〜

恋せよ恋

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王太子の審判

  学食の中央、静寂が支配する空間。
 私の差し出したスプーンを前に、エドワード王太子は微動だにせず、ただ眼前の料理――「黄金色のシチュー」を鋭い眼差しで見つめていた。

 周囲の生徒たちは、呼吸をすることさえ忘れたかのように、この異常な光景を凝視している。王族が、平民も口にするような安価な「標準定食」を、公爵令嬢の手から直接受け取るのか。

「……毒味は不要だ」

 エドワードが低く、重厚な声で言った。
 背後に控える側近の一人、魔導師長子息のフレデリックが驚きに目を見開くが、エドワードはそれを手で制した。

「この香りと、厨房で動く者たちの目を見れば、これが卑劣な手段で汚されたものではないことくらい理解できる。……エスメラルダ、君は『試してみろ』と言ったな」

「ええ、殿下。論理を重んじる貴方なら、事実を確認せずして批判なさることはないと思いまして」

 私は不敵な微笑を浮かべたまま、彼の手元を見守った。
 エドワードがゆっくりとスプーンを手に取り、黄金色の液体を掬い上げる。それは、牛肉の端材と根菜を徹底的に煮込み、スパイスで旨味を最大化させた、私の実家のノウハウとハンツたちの情熱が結晶したスープだ。

 彼がそれを口に含んだ瞬間。
 エドワードの喉が小さく動き、その整った眉が、ピクリと跳ねた。

(……来たわね)

 私は心の中で快哉を叫んだ。
 エドワードは切れ者だ。だからこそ、この一皿に込められた「合理性」に気づかないはずがない。

「……肉は端材、野菜も形が不揃いな安物を使っているな。だが、このスパイスの配合と、加熱のプロセスが、その欠点を完全に補っている。……いや、むしろ長所へと変えているのか」

 エドワードは、誰に聞かせるともなく独り言のように呟いた。
 彼は二口目、三口目とスプーンを進める。その動作は優雅だが、明らかに「食欲」という本能に火がついているのが見て取れた。

「チャールズ。現在のこのメニューの原価を推定しろ」

 突然指名されたチャールズは、手元の帳面を素早くめくり、鋭い観察眼で皿を分析した。

「……恐らく、従来の普及食とほぼ同等です。物流と調理工程の最適化を考慮すれば、さらに下がる可能性すらあります。殿下、これは……驚異的なコストパフォーマンスです」

 その答えを聞いたエドワードは、スプーンを置き、私を真っ向から見据えた。
 その瞳には、先ほどまでの困惑ではなく、一人の「統治者」としての冷徹な好奇心が宿っていた。

「エスメラルダ。君は、贅沢な食材を使い贅を尽くすことではなく、知恵と仕組みによって『質の底上げ』を証明して見せた。……これが、君の言う『新しい教育環境』か」

「左様でございます、殿下。空腹と不満は、思考を鈍らせます。平等に開かれた良質な食卓は、生徒たちに尊厳を与え、学びへの活力を生む。これこそが、王国を支える人材を育むための『投資』ですわ」

 私は、彼に寄り添うキャサリンの顔を盗み見た。
 彼女は、王太子が「平民の飯」を称賛し、私と対等に議論している事実に、顔を真っ赤にして屈辱に耐えている。

「……面白い。認めたくはないが、この空間の機能性は、現在の王宮の厨房さえも凌駕している。フレデリック、オリバー。君たちも、この動線と仕組みを記憶しておけ」

 武官出身で動線に厳しいオリバーと、情報収集に長けたチャールズが「御意」と短く応え、それぞれ鋭い視線で食堂を観察し始めた。

 フレデリックは消音素材の床を靴底で確かめ、チャールズは返却口での生徒たちのスムーズな動きを注視している。

 彼らは敵ではあるが、優秀だ。だからこそ、私の改革の価値を否定できない。

「さて、殿下。お味はいかがでしたかしら?」

 私が改めて問うと、エドワードは一瞬だけ、悔しそうな、それでいてどこか晴れやかな表情を見せた。

「……毒を盛られた気分だ。これまで正しいと信じていた学園の『秩序』が、古臭く、無能なものに見えてしまうという、猛毒にな」

 最高の褒め言葉だった。
 私は深く、そして勝利を確信した優雅なカーテシーを再び捧げた。

「光栄ですわ、エドワード殿下」

 学食の革命は、ここに完遂された。
 もはや誰も、この食堂を「公爵令嬢のお遊び」と笑うことはできない。

 私は、食堂の隅でアーノルドがハンツと並んで、誇らしげにこちらを見ているのに気づき、密かにウィンクを贈った。
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