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歪んだ教壇、沈黙するSクラス
学食の改革、そして中庭での不適切な「差別」の排除。
学園の空気が少しずつ変わり始めている中、依然として強固な「旧時代の要塞」として君臨している場所があった。
Sクラス、社会科の教室。
教壇に立つのは、王国でも有数の学者として知られるドマイン先生だ。彼は銀縁の眼鏡を押し上げ、冷徹な瞳で生徒たちを見下ろしていた。
「……以上の歴史的背景から導き出される結論は唯一。平民とは、優れた貴族によって管理・支配されるべき『家畜』であるということです。彼らには自ら思考する能力などなく、ただ命令と空腹によってのみ動く。これが王国の安定を支える真理です」
教室内には、紙を捲る音さえ憚られるような静寂が広がっていた。
教壇に立つのは、王立アカデミーの会員であり、王国の社会学における第一人者として知られるジョージ・ドマインだ。彼は銀縁の眼鏡を冷たく光らせ、教鞭で地図を叩いた。
「……以上の歴史的背景から導き出される結論は唯一。平民とは、優れた貴族によって管理・支配されるべき『家畜』に等しい存在であるということです。彼らには自ら思考する能力などなく、ただ命令と空腹によってのみ動く。これこそが王国の安定を支える真理であり、貴公ら統治者が肝に銘ずべき絶対の法則なのです」
教室内を支配するのは、重苦しいまでの静寂だ。
エドワード王太子を筆頭とするSクラスの面々は、その極論に微かな違和感――「おや?」という疑問を抱きつつも、誰一人として顔には出さず、淡々とペンを走らせていた。
彼らにとって、ドマインは「正解」を握る権威そのものだ。
幼い頃から「権威を尊重せよ」と刷り込まれてきたエリートたちにとって、ドマインの言葉はたとえ歪んでいても、試験で高得点を取るための「聖典」であり、疑うこと自体が自己の知性を否定することに繋がる。
その思考停止した静寂の中、私はあえてゆっくりと、しかし堂々と右手を挙げた。
「先生。今の論理には、致命的な欠陥があるように見受けられますわ」
凛とした声が教室に響いた瞬間、ドマインの手が止まった。
生徒たちの視線が一斉に私に集まる。だが、その視線の多くは驚きではなく、苦笑や冷やかしを含んだものだった。
「おや……。これはこれは、ミッテラン公爵令嬢」
ドマインは教壇から降り、嘲るような足取りで私の席へと歩み寄ってきた。
「エスメラルダ様。貴女は昨年度の社会科の成績、学年最下位から数えた方が早い『問題児』でしたな? 学食の工事などで目立っておられるようですが、勉学においては、まだ自分の名前を綴るのが精一杯ではなかったかな?」
クスクス、という忍び笑いが周囲から漏れる。
ヤスミンが心配そうに私を見つめるが、エドワードたちG4は、目も合わせようとしない。彼らにとって、成績の悪い者の発言には聞く価値などないのだ。
「ええ、以前のわたくしなら、そうだったかもしれませんわね。……ですが、先生。支配者が家畜を管理するというのであれば、その『家畜』に王国の経済の七割を支える『商業』と、食糧自給の全権を握る『農業』を依存している現状は、論理的に破綻していませんか?」
「……何だと?」
「もし『家畜』がストライキを起こせば、管理する側の貴族は三日で餓死し、一週間で王都の機能は停止する。依存している側が『支配者』を自称するのは、いささか滑稽ではありませんこと?」
ドマインの顔色が、微かに変わった。
彼は私の机を指で叩き、周囲の生徒たちに聞こえるように声を張り上げた。
「これだから、知識の浅い者は困る。経済とは循環するものだ。貴族が秩序を守るからこそ、彼らは生きていける。……いいですか、エスメラルダ様。貴女のような『落第寸前の生徒』が、国が誇る私の講義に口を挟むのは、百年早いというものです」
ドマインは背を向け、再び教壇へと戻っていく。
Sクラスの生徒たちもまた、興味を失ったようにノートに視線を戻した。「成績の悪いエスメラルダが、また突拍子もないことを言って恥をかいただけだ」――そんな空気が、教室を支配していた。
私は、膝の上で握りしめた拳に力を込めた。
(……いいわ、ドマイン先生。成績という『数字』でしか人間を測れない貴方に、本当の『知恵』というものが何たるかを教えて差し上げますわ)
私は、マリアから渡されていた、一冊の古い統計資料を広げた。
( かつて教え子たちに『批判的思考』の大切さを説いた情熱を、今、この腐った教室で証明してやるの!)
「先生。次回の講義までに、準備しておいてくださいまし」
教壇へ戻るドマインの背中に、私は追い打ちをかけるように告げた。
「平民の識字率向上と経済成長の相関関係……そして、過去三百年で貴族制度が崩壊した近隣諸国の、共通した『教育の欠如』について。どちらが真の家畜か、徹底的に議論いたしましょう?」
ドマインが振り返った時、その瞳には明らかな「動揺」が、そして私を見下していたSクラスの生徒たちの幾人かの手には、初めてペンを止めるほどの「違和感」が宿り始めていた。
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学園の空気が少しずつ変わり始めている中、依然として強固な「旧時代の要塞」として君臨している場所があった。
Sクラス、社会科の教室。
教壇に立つのは、王国でも有数の学者として知られるドマイン先生だ。彼は銀縁の眼鏡を押し上げ、冷徹な瞳で生徒たちを見下ろしていた。
「……以上の歴史的背景から導き出される結論は唯一。平民とは、優れた貴族によって管理・支配されるべき『家畜』であるということです。彼らには自ら思考する能力などなく、ただ命令と空腹によってのみ動く。これが王国の安定を支える真理です」
教室内には、紙を捲る音さえ憚られるような静寂が広がっていた。
教壇に立つのは、王立アカデミーの会員であり、王国の社会学における第一人者として知られるジョージ・ドマインだ。彼は銀縁の眼鏡を冷たく光らせ、教鞭で地図を叩いた。
「……以上の歴史的背景から導き出される結論は唯一。平民とは、優れた貴族によって管理・支配されるべき『家畜』に等しい存在であるということです。彼らには自ら思考する能力などなく、ただ命令と空腹によってのみ動く。これこそが王国の安定を支える真理であり、貴公ら統治者が肝に銘ずべき絶対の法則なのです」
教室内を支配するのは、重苦しいまでの静寂だ。
エドワード王太子を筆頭とするSクラスの面々は、その極論に微かな違和感――「おや?」という疑問を抱きつつも、誰一人として顔には出さず、淡々とペンを走らせていた。
彼らにとって、ドマインは「正解」を握る権威そのものだ。
幼い頃から「権威を尊重せよ」と刷り込まれてきたエリートたちにとって、ドマインの言葉はたとえ歪んでいても、試験で高得点を取るための「聖典」であり、疑うこと自体が自己の知性を否定することに繋がる。
その思考停止した静寂の中、私はあえてゆっくりと、しかし堂々と右手を挙げた。
「先生。今の論理には、致命的な欠陥があるように見受けられますわ」
凛とした声が教室に響いた瞬間、ドマインの手が止まった。
生徒たちの視線が一斉に私に集まる。だが、その視線の多くは驚きではなく、苦笑や冷やかしを含んだものだった。
「おや……。これはこれは、ミッテラン公爵令嬢」
ドマインは教壇から降り、嘲るような足取りで私の席へと歩み寄ってきた。
「エスメラルダ様。貴女は昨年度の社会科の成績、学年最下位から数えた方が早い『問題児』でしたな? 学食の工事などで目立っておられるようですが、勉学においては、まだ自分の名前を綴るのが精一杯ではなかったかな?」
クスクス、という忍び笑いが周囲から漏れる。
ヤスミンが心配そうに私を見つめるが、エドワードたちG4は、目も合わせようとしない。彼らにとって、成績の悪い者の発言には聞く価値などないのだ。
「ええ、以前のわたくしなら、そうだったかもしれませんわね。……ですが、先生。支配者が家畜を管理するというのであれば、その『家畜』に王国の経済の七割を支える『商業』と、食糧自給の全権を握る『農業』を依存している現状は、論理的に破綻していませんか?」
「……何だと?」
「もし『家畜』がストライキを起こせば、管理する側の貴族は三日で餓死し、一週間で王都の機能は停止する。依存している側が『支配者』を自称するのは、いささか滑稽ではありませんこと?」
ドマインの顔色が、微かに変わった。
彼は私の机を指で叩き、周囲の生徒たちに聞こえるように声を張り上げた。
「これだから、知識の浅い者は困る。経済とは循環するものだ。貴族が秩序を守るからこそ、彼らは生きていける。……いいですか、エスメラルダ様。貴女のような『落第寸前の生徒』が、国が誇る私の講義に口を挟むのは、百年早いというものです」
ドマインは背を向け、再び教壇へと戻っていく。
Sクラスの生徒たちもまた、興味を失ったようにノートに視線を戻した。「成績の悪いエスメラルダが、また突拍子もないことを言って恥をかいただけだ」――そんな空気が、教室を支配していた。
私は、膝の上で握りしめた拳に力を込めた。
(……いいわ、ドマイン先生。成績という『数字』でしか人間を測れない貴方に、本当の『知恵』というものが何たるかを教えて差し上げますわ)
私は、マリアから渡されていた、一冊の古い統計資料を広げた。
( かつて教え子たちに『批判的思考』の大切さを説いた情熱を、今、この腐った教室で証明してやるの!)
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教壇へ戻るドマインの背中に、私は追い打ちをかけるように告げた。
「平民の識字率向上と経済成長の相関関係……そして、過去三百年で貴族制度が崩壊した近隣諸国の、共通した『教育の欠如』について。どちらが真の家畜か、徹底的に議論いたしましょう?」
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