さよなら、愛した人 ~絶望の夜に宿ったのは、かつて二人で夢見た命~

恋せよ恋

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カイルの追跡

 メリンダが行きそうな場所を必死に思い出す
 けれど、出てこない。
 彼女の趣味は? 好きな花は? 休日に行きたがっていた場所は?友人は?
 
 ――何も知らない。
 
 五年間、自分は彼女に何も与えず、ただ奪い続けていただけだった。
 彼女は自分のために連れ立って王都に来たのに、自分は彼女を、この広い王都の中でたった一人きりにさせていたのだ。

「メリンダ……どこだ……どこにいるんだよ……」

 夕暮れ時の大通りで、カイルは力なく膝をついた。
 人混みの中に、彼女に似た後ろ姿を見つけるたびに心臓が跳ねる。だが、振り返った顔はどれも、自分を冷たく突き放す見知らぬ他人だった。
 
 家に帰っても、待っているのはカビの生えたパンと、埃の積もった冷たい床だけ。



 一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が経とうとしても、メリンダは戻ってこない。それどころか、風の便りさえ聞こえてこない。

 業を煮やしたカイルは、仕事を早退して彼女の職場を訪ねたのだが――。

「……おい、どういうことだ。メリンダがここにいないってのは!」

「あんた、今さら何しに来たんだい」

 煤けたエプロンをつけた年配の女性が、ゴミを見るような目でカイルを睨みつけた。彼女はメリンダと共に働いていたはずの同僚だ。

「何って……メリンダを迎えに来たんだ。体調でも崩して休んでるんだろ? ほら、これ、あいつが好きな菓子だ。渡してくれればいいから……」

「体調? 休み? ……あんた、正気かい? メリンダはね、二年も前にここの厨房を辞めてるよ。」

「……二年前? 何を言ってる。あいつは毎日、ここへ働きに出ていると言って……」

「それはあんたが、彼女の話をこれっぽっちも聞いてなかった証拠だよ」

 かつての同僚だった女性は、鼻で笑うとバケツの水を床にぶちまけた。

「メリンダはね、二年も前にここの厨房を辞めて、今はもっと待遇の良い、騎士団本部の食堂で雇われてたはずだ。あんたの勤めてる商会の、すぐ裏通りにある大きな建物だよ」

 カイルの思考が一瞬、凍りついた。
 騎士団本部の食堂。
 自分が毎日、一丁前の革鞄を提げて、エリート面をして通り過ぎていたあの重厚な石造りの建物。その裏手にある通用口が、彼女の職場だったというのか。

 カイルは弾かれたように駆け出した。
 自分の勤める商会から、歩いてわずか数分の場所だ。

 昼休みに同僚と連れ立って「あそこの店のランチは口に合わない」などと贅沢な文句を言いながら歩いていたそのすぐ側で、メリンダは重い大鍋を振り、兵士たちの怒号に揉まれながら働いていたのだ。

 息を切らして辿り着いた騎士団食堂の裏口で、カイルは一人の老料理長を捕まえた。

「メリンダ! ここにメリンダという娘がいるはずだ! 迎えに来たんだ!」

 老料理長は、カイルの顔をじろりと眺めると、深く、重い溜息をついた。

「……ああ、あんたがカイルか。メリンダが、大切そうに呼んでいた、許嫁様か」

 料理長の言葉には、隠しきれない軽蔑が混じっていた。

「メリンダはもういない。ここを辞めていったよ。……あんたが彼女をどれほど追い詰めたのかは知らんが、あの子は泣きながら、誰も自分を知らない場所へ行きたいと言っていた」

「そんな……どこへ? どこへ行ったんだ!」

「……教える義理はない。あの子の決断を邪魔させるわけにはいかんからな」

 カイルは料理長の言葉を受け、うなだれるしかなかった。

 
 街に出ると、派手なドレスを着た女たちがカイルを見つけて声をかけてくる。

「あら、カイル様! 今日は早いのね。これからお店、行かない?」
「新しい宝石店ができたの。私に似合うネックレス、選んでほしいな」

「どけよ……。触るな!」

 かつてのカイルなら、鼻を高くして彼女たちの腰を抱き、気前よく金をばら撒いただろう。
 だが今、彼女たちの香水の匂いを嗅ぐだけで、吐き気がした。
 その宝石代を、メリンダがどれだけの皿を洗って工面したのかを知ってしまった今、彼女たちの笑顔は、自分の身勝手さを映し出す、冷酷な鏡のようだった。
__________

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