8 / 11
カイルの追跡
メリンダが行きそうな場所を必死に思い出す
けれど、出てこない。
彼女の趣味は? 好きな花は? 休日に行きたがっていた場所は?友人は?
――何も知らない。
五年間、自分は彼女に何も与えず、ただ奪い続けていただけだった。
彼女は自分のために連れ立って王都に来たのに、自分は彼女を、この広い王都の中でたった一人きりにさせていたのだ。
「メリンダ……どこだ……どこにいるんだよ……」
夕暮れ時の大通りで、カイルは力なく膝をついた。
人混みの中に、彼女に似た後ろ姿を見つけるたびに心臓が跳ねる。だが、振り返った顔はどれも、自分を冷たく突き放す見知らぬ他人だった。
家に帰っても、待っているのはカビの生えたパンと、埃の積もった冷たい床だけ。
一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が経とうとしても、メリンダは戻ってこない。それどころか、風の便りさえ聞こえてこない。
業を煮やしたカイルは、仕事を早退して彼女の職場を訪ねたのだが――。
「……おい、どういうことだ。メリンダがここにいないってのは!」
「あんた、今さら何しに来たんだい」
煤けたエプロンをつけた年配の女性が、ゴミを見るような目でカイルを睨みつけた。彼女はメリンダと共に働いていたはずの同僚だ。
「何って……メリンダを迎えに来たんだ。体調でも崩して休んでるんだろ? ほら、これ、あいつが好きな菓子だ。渡してくれればいいから……」
「体調? 休み? ……あんた、正気かい? メリンダはね、二年も前にここの厨房を辞めてるよ。」
「……二年前? 何を言ってる。あいつは毎日、ここへ働きに出ていると言って……」
「それはあんたが、彼女の話をこれっぽっちも聞いてなかった証拠だよ」
かつての同僚だった女性は、鼻で笑うとバケツの水を床にぶちまけた。
「メリンダはね、二年も前にここの厨房を辞めて、今はもっと待遇の良い、騎士団本部の食堂で雇われてたはずだ。あんたの勤めてる商会の、すぐ裏通りにある大きな建物だよ」
カイルの思考が一瞬、凍りついた。
騎士団本部の食堂。
自分が毎日、一丁前の革鞄を提げて、エリート面をして通り過ぎていたあの重厚な石造りの建物。その裏手にある通用口が、彼女の職場だったというのか。
カイルは弾かれたように駆け出した。
自分の勤める商会から、歩いてわずか数分の場所だ。
昼休みに同僚と連れ立って「あそこの店のランチは口に合わない」などと贅沢な文句を言いながら歩いていたそのすぐ側で、メリンダは重い大鍋を振り、兵士たちの怒号に揉まれながら働いていたのだ。
息を切らして辿り着いた騎士団食堂の裏口で、カイルは一人の老料理長を捕まえた。
「メリンダ! ここにメリンダという娘がいるはずだ! 迎えに来たんだ!」
老料理長は、カイルの顔をじろりと眺めると、深く、重い溜息をついた。
「……ああ、あんたがカイルか。メリンダが、大切そうに呼んでいた、あの許嫁様か」
料理長の言葉には、隠しきれない軽蔑が混じっていた。
「メリンダはもういない。ここを辞めていったよ。……あんたが彼女をどれほど追い詰めたのかは知らんが、あの子は泣きながら、誰も自分を知らない場所へ行きたいと言っていた」
「そんな……どこへ? どこへ行ったんだ!」
「……教える義理はない。あの子の決断を邪魔させるわけにはいかんからな」
カイルは料理長の言葉を受け、うなだれるしかなかった。
街に出ると、派手なドレスを着た女たちがカイルを見つけて声をかけてくる。
「あら、カイル様! 今日は早いのね。これからお店、行かない?」
「新しい宝石店ができたの。私に似合うネックレス、選んでほしいな」
「どけよ……。触るな!」
かつてのカイルなら、鼻を高くして彼女たちの腰を抱き、気前よく金をばら撒いただろう。
だが今、彼女たちの香水の匂いを嗅ぐだけで、吐き気がした。
その宝石代を、メリンダがどれだけの皿を洗って工面したのかを知ってしまった今、彼女たちの笑顔は、自分の身勝手さを映し出す、冷酷な鏡のようだった。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
📢新連載🌹【泥棒猫に婚約者を譲ったら、公爵夫人の座が転がり込んできました~契約結婚のはずが全力で溺愛されています~】
けれど、出てこない。
彼女の趣味は? 好きな花は? 休日に行きたがっていた場所は?友人は?
――何も知らない。
五年間、自分は彼女に何も与えず、ただ奪い続けていただけだった。
彼女は自分のために連れ立って王都に来たのに、自分は彼女を、この広い王都の中でたった一人きりにさせていたのだ。
「メリンダ……どこだ……どこにいるんだよ……」
夕暮れ時の大通りで、カイルは力なく膝をついた。
人混みの中に、彼女に似た後ろ姿を見つけるたびに心臓が跳ねる。だが、振り返った顔はどれも、自分を冷たく突き放す見知らぬ他人だった。
家に帰っても、待っているのはカビの生えたパンと、埃の積もった冷たい床だけ。
一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が経とうとしても、メリンダは戻ってこない。それどころか、風の便りさえ聞こえてこない。
業を煮やしたカイルは、仕事を早退して彼女の職場を訪ねたのだが――。
「……おい、どういうことだ。メリンダがここにいないってのは!」
「あんた、今さら何しに来たんだい」
煤けたエプロンをつけた年配の女性が、ゴミを見るような目でカイルを睨みつけた。彼女はメリンダと共に働いていたはずの同僚だ。
「何って……メリンダを迎えに来たんだ。体調でも崩して休んでるんだろ? ほら、これ、あいつが好きな菓子だ。渡してくれればいいから……」
「体調? 休み? ……あんた、正気かい? メリンダはね、二年も前にここの厨房を辞めてるよ。」
「……二年前? 何を言ってる。あいつは毎日、ここへ働きに出ていると言って……」
「それはあんたが、彼女の話をこれっぽっちも聞いてなかった証拠だよ」
かつての同僚だった女性は、鼻で笑うとバケツの水を床にぶちまけた。
「メリンダはね、二年も前にここの厨房を辞めて、今はもっと待遇の良い、騎士団本部の食堂で雇われてたはずだ。あんたの勤めてる商会の、すぐ裏通りにある大きな建物だよ」
カイルの思考が一瞬、凍りついた。
騎士団本部の食堂。
自分が毎日、一丁前の革鞄を提げて、エリート面をして通り過ぎていたあの重厚な石造りの建物。その裏手にある通用口が、彼女の職場だったというのか。
カイルは弾かれたように駆け出した。
自分の勤める商会から、歩いてわずか数分の場所だ。
昼休みに同僚と連れ立って「あそこの店のランチは口に合わない」などと贅沢な文句を言いながら歩いていたそのすぐ側で、メリンダは重い大鍋を振り、兵士たちの怒号に揉まれながら働いていたのだ。
息を切らして辿り着いた騎士団食堂の裏口で、カイルは一人の老料理長を捕まえた。
「メリンダ! ここにメリンダという娘がいるはずだ! 迎えに来たんだ!」
老料理長は、カイルの顔をじろりと眺めると、深く、重い溜息をついた。
「……ああ、あんたがカイルか。メリンダが、大切そうに呼んでいた、あの許嫁様か」
料理長の言葉には、隠しきれない軽蔑が混じっていた。
「メリンダはもういない。ここを辞めていったよ。……あんたが彼女をどれほど追い詰めたのかは知らんが、あの子は泣きながら、誰も自分を知らない場所へ行きたいと言っていた」
「そんな……どこへ? どこへ行ったんだ!」
「……教える義理はない。あの子の決断を邪魔させるわけにはいかんからな」
カイルは料理長の言葉を受け、うなだれるしかなかった。
街に出ると、派手なドレスを着た女たちがカイルを見つけて声をかけてくる。
「あら、カイル様! 今日は早いのね。これからお店、行かない?」
「新しい宝石店ができたの。私に似合うネックレス、選んでほしいな」
「どけよ……。触るな!」
かつてのカイルなら、鼻を高くして彼女たちの腰を抱き、気前よく金をばら撒いただろう。
だが今、彼女たちの香水の匂いを嗅ぐだけで、吐き気がした。
その宝石代を、メリンダがどれだけの皿を洗って工面したのかを知ってしまった今、彼女たちの笑顔は、自分の身勝手さを映し出す、冷酷な鏡のようだった。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
📢新連載🌹【泥棒猫に婚約者を譲ったら、公爵夫人の座が転がり込んできました~契約結婚のはずが全力で溺愛されています~】
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
王家の賠償金請求
章槻雅希
恋愛
王太子イザイアの婚約者であったエルシーリアは真実の愛に出会ったという王太子に婚約解消を求められる。相手は男爵家庶子のジルダ。
解消とはいえ実質はイザイア有責の破棄に近く、きちんと慰謝料は支払うとのこと。更に王の決めた婚約者ではない女性を選ぶ以上、王太子位を返上し、王籍から抜けて平民になるという。
そこまで覚悟を決めているならエルシーリアに言えることはない。彼女は婚約解消を受け入れる。
しかし、エルシーリアは何とも言えない胸のモヤモヤを抱える。婚約解消がショックなのではない。イザイアのことは手のかかる出来の悪い弟分程度にしか思っていなかったから、失恋したわけでもない。
身勝手な婚約解消に怒る侍女と話をして、エルシーリアはそのモヤモヤの正体に気付く。そしてエルシーリアはそれを父公爵に告げるのだった。
『小説家になろう』『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載。
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
毒を飲んだ令嬢は、二度目の人生で誠実な恋を選ぶ
ゆぷしろん
恋愛
幼いころからずっと隣にいて、いつか結ばれるのだと信じていた幼馴染エドガー。
けれど学園へ入ってから彼は少しずつ変わり、創立記念パーティーの夜、レティシアは彼が別の令嬢と口づけを交わす姿を目撃してしまう。やがて告げられたのは、「君が拒んだからだ」という身勝手な別れの言葉だった。結婚前に口づけや身体を許さなかったことさえ責められ、婚約は解消。噂に傷つき、生きる気力を失ったレティシアは、黒い森の魔女から毒を受け取り、自ら命を絶とうとする。
けれど次に目を覚ましたとき、彼女は幼いころへと戻っていた。
もう二度と、幼馴染に人生を預けない。そう決意したレティシアは、将来エドガーと結ばれる流れを少しずつ変えていく。そして二度目の人生で、前世で傷ついた自分に唯一優しい言葉をかけてくれた伯爵令息ルシアンと、今度こそ最初から出会い直す。穏やかで誠実な彼は、決して急かさず、傷ついた彼女の心を静かにほどいていく。
これは、恋に傷つき死を選んだ令嬢が、もう一度与えられた春の中で、自分の気持ちと向き合いながら、本当に大切にしてくれる人を選び直して幸せになるまでのやり直し恋愛譚。
「今度こそ、私は自分で選ぶ」
毒を飲んだ令嬢は、二度目の人生でようやく知る。幸せとは、誰かに選ばれることではなく、自分を大切にしてくれる人を、自分の意志で選び取ることなのだと。
『「ママは我慢してればいいんでしょ?」と娘に言われた日、私は妻をやめた』~我慢をやめた母と、崩れていく家族、そして再生~
まさき
恋愛
私はずっと「いい妻」でいようとしてきた。
夫に逆らわず、空気を読み、波風を立てないように生きる。
それが、この家を守る唯一の方法だと思っていた。
娘にも、そうであってほしかった。
けれど──
その願いは、静かに歪んでいく。
夫の言葉をなぞるように、娘は私を軽んじるようになった。
そしてある日、夕食の後片付けをしていた私に、娘は言った。
「ママはさ、我慢してればいいんでしょ?」
その一言で、何かが壊れた。
我慢することが、母である証だと思っていた。
だがそれは、私自身をすり減らすだけの“呪い”だった。
──もう、我慢するのはやめる。
妻であることをやめ、母として生き直すために。
私は、自分の人生を取り戻す決意をした。
その選択は、家族を大きく揺るがしていく。
崩れていく夫婦関係。
離れていく娘の心。
そして、待ち受ける“ざまぁ”の行方。
それでも私は問い続ける。
母とは何か。
家族とは何か。
そして──私は、どう生きるべきなのか。