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届かぬ土下座
騎士団の廊下、華やかな祝宴の音楽が遠くで鳴り響く中、カイルはその場に崩れ落ち、額を冷たい石畳にこすりつけた。
「頼む……メリンダ、済まなかった……! 俺が、俺が全部悪かったんだ!」
王都の商会で「若き精鋭」と目される男が、人目も憚らず、泥を這うような土下座を繰り返す。その姿は滑稽で、哀れで、そして救いようがないほど無様だった。
「この五年間、一日たりともお前を忘れたことはない。酒も女も断ち切って、死ぬ気で働いた。お前のために金を貯めたんだ。だから……今度こそ、お前とこの子たちを幸せにさせてくれ!」
必死の訴え。だが、メリンダの瞳には、かつて彼に抱いていた愛情の欠片も、今の無様な姿への同情すらも宿っていない。
「……幸せに? どの口がそんなことを言うの」
メリンダの声は、感情を排した研刃のように冷たかった。
「あなたが必死に働いた五年間? 私はどうしていたと思う? あなたと暮らした五年、明日食べるパンがあるか震えながら、冷たい水で一日中皿を洗った。……あなたが他の女と宝石を選んでいたあの日々、私は血を吐く思いで生きていたのよ」
「それは……っ、分かっている! だから償わせてくれ!」
「いいえ、あなたは何も分かっていないわ。カイル、私を一番傷つけたのは、貧しさでも重労働でもない。……あの夜、あなたが私に向けた、蔑みの視線と呪いの言葉よ」
メリンダは一歩、カイルへ歩み寄り、彼を見下ろした。
「あの夜、私の心は死んだの。……あなたがどんなに立派な男になろうと、どんなに金を積もうと、私の中に刻まれたあの傷は、一生消えることはない。……やり直す? 鏡を見て。私が愛していたカイルは、五年前、あなたが自分の手で殺したのよ」
カイルは言葉を失い、ただ石畳を見つめた。
彼が積み上げた「償い」という名の自己満足は、彼女が受けた深い絶望の前では、あまりにも軽すぎた。
重苦しい沈黙を破ったのは、メリンダの背後に隠れていたクリスの、小さな声だった。
「……おじさん、どうして泣いているの?」
クリスが、メリンダの手をすり抜けて一歩前に出た。
カイルは顔を上げ、涙に濡れた瞳で息子を見つめた。自分と同じ瞳。自分と同じ、少し癖のある髪。
「クリス、ダメよ、戻りなさい」
メリンダの制止も聞かず、クリスは不思議そうにカイルを観察していた。子供の残酷なまでの純粋さが、その場の空気を支配する。
「ねえ、おじさん。……もしかして、おじさんが、僕たちのお父さんなの?」
その問いが、カイルの心臓を素手で握りつぶしたかのように締め付けた。
「……ああ……そうだ。俺が、お前の……最低な父親だ」
カイルは嗚咽を漏らしながら答えた。
『お父さん』。その響きに含まれる温かな信頼に、自分は一ミリも相応しくない。
この子たちの誕生日も、初めて歩いた日も、初めて言葉を話した日も、自分は何も知らず、何もしてやれなかった。
「お父さんなんだ! 騎士団の皆は『お父さんは遠いお星様になった』って言ってたけど、本当は王都にいたんだね!」
クリスの無邪気な笑顔が、何よりも鋭いナイフとなってカイルの罪を抉る。
横にいたローズも、恐る恐るカイルに近づき、その汚れたコートの裾を小さな手で握った。
「……お父さん、泣かないで」
その小さな手の温もりに、カイルは崩壊した。
自分を拒絶し、冷徹に突き放すメリンダ。
一方で、血の繋がりに導かれるように、無条件で自分を受け入れようとする子供たち。
メリンダは、その光景を見て、きつく唇を噛み締めた。
絶対に許さない。その決意は揺るぎない。
けれど、カイルが子供たちの小さな手に触れ、ボロボロと涙を流す姿を見て、彼女の胸の奥で、氷のように固まっていた感情が、ほんのわずかに――本人も気づかないほど微かに、震え始めていた。
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「頼む……メリンダ、済まなかった……! 俺が、俺が全部悪かったんだ!」
王都の商会で「若き精鋭」と目される男が、人目も憚らず、泥を這うような土下座を繰り返す。その姿は滑稽で、哀れで、そして救いようがないほど無様だった。
「この五年間、一日たりともお前を忘れたことはない。酒も女も断ち切って、死ぬ気で働いた。お前のために金を貯めたんだ。だから……今度こそ、お前とこの子たちを幸せにさせてくれ!」
必死の訴え。だが、メリンダの瞳には、かつて彼に抱いていた愛情の欠片も、今の無様な姿への同情すらも宿っていない。
「……幸せに? どの口がそんなことを言うの」
メリンダの声は、感情を排した研刃のように冷たかった。
「あなたが必死に働いた五年間? 私はどうしていたと思う? あなたと暮らした五年、明日食べるパンがあるか震えながら、冷たい水で一日中皿を洗った。……あなたが他の女と宝石を選んでいたあの日々、私は血を吐く思いで生きていたのよ」
「それは……っ、分かっている! だから償わせてくれ!」
「いいえ、あなたは何も分かっていないわ。カイル、私を一番傷つけたのは、貧しさでも重労働でもない。……あの夜、あなたが私に向けた、蔑みの視線と呪いの言葉よ」
メリンダは一歩、カイルへ歩み寄り、彼を見下ろした。
「あの夜、私の心は死んだの。……あなたがどんなに立派な男になろうと、どんなに金を積もうと、私の中に刻まれたあの傷は、一生消えることはない。……やり直す? 鏡を見て。私が愛していたカイルは、五年前、あなたが自分の手で殺したのよ」
カイルは言葉を失い、ただ石畳を見つめた。
彼が積み上げた「償い」という名の自己満足は、彼女が受けた深い絶望の前では、あまりにも軽すぎた。
重苦しい沈黙を破ったのは、メリンダの背後に隠れていたクリスの、小さな声だった。
「……おじさん、どうして泣いているの?」
クリスが、メリンダの手をすり抜けて一歩前に出た。
カイルは顔を上げ、涙に濡れた瞳で息子を見つめた。自分と同じ瞳。自分と同じ、少し癖のある髪。
「クリス、ダメよ、戻りなさい」
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「ねえ、おじさん。……もしかして、おじさんが、僕たちのお父さんなの?」
その問いが、カイルの心臓を素手で握りつぶしたかのように締め付けた。
「……ああ……そうだ。俺が、お前の……最低な父親だ」
カイルは嗚咽を漏らしながら答えた。
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「……お父さん、泣かないで」
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一方で、血の繋がりに導かれるように、無条件で自分を受け入れようとする子供たち。
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絶対に許さない。その決意は揺るぎない。
けれど、カイルが子供たちの小さな手に触れ、ボロボロと涙を流す姿を見て、彼女の胸の奥で、氷のように固まっていた感情が、ほんのわずかに――本人も気づかないほど微かに、震え始めていた。
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