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孤立するグレース
学園の空気は、一度冷え込むと、二度と温まることはない。
それを誰よりも熟知していたのは、私ではなくバレリーだったようだ。
「……あら、グレース様。こちらの席は『満席』ですわ」
学園の社交場。私がテーブルに近づこうとすると、かつてお茶を共にしていた令嬢たちが、あからさまに視線を逸らした。空いている椅子にはわざとらしくバッグが置かれ、私を拒絶する壁となっている。
私は、静かに扇を広げて口元を隠した。
原因は分かっている。
数日前から、バレリーが周囲にこう漏らしているのだ。
『グレースが、自分の好みを押し付けたカフスボタンをスティーブ様に無理やり贈ったの。スティーブ様が困っているのを見て、私、胸が痛くて……』
『私が選んだラピスラズリの方が似合うって、あんなに言ったのに。あの方は「私の言うことだけが正しいの」って笑うのよ』
嘘に嘘を塗り重ね、彼女は私を「愛する男にすら自分の好みを強要する、支配欲の塊」に仕立て上げた。
一方でバレリーは、スティーブを影で支える、思慮深く健気な女性として称賛を集めている。
「グレース様、あちらへ行きましょう」
唯一、私の隣にいてくれるのは、王太子妃内定者のアナスタシアだけだった。
彼女が私の腕を取り、堂々と中央のソファへ導くと、周囲の冷笑がわずかに収まる。公爵令嬢であり、将来の王太子妃である彼女を敵に回すほど、学園の生徒たちは愚かではない。
「……情けないわね。あんな見え透いた嘘に、踊らされるなんて」
アナスタシアが耳元で囁く。
だが、その彼女の助け舟すら、バレリーは毒に変えた。
バレリーは輪の中心で令嬢たちに囲まれながら、困ったような、それでいてひどく悲しげな顔でこちらを振り返った。
「グレース、無理しなくていいのよ……?」
彼女は駆け寄ってくることさえせず、その場で、あえて皆に聞こえるような通る声を出した。
桃色の髪を揺らし、私が買い与えた最高級のレースのドレスを優雅に纏ったまま、彼女は「可哀想な従姉妹を気遣う聖女」の役を完璧に演じ始めたのだ。
「アナスタシア様にまで気を使わせるなんて、グレースは本当に責任感が強いわね。でも、もう大丈夫よ。スティーブ様には、私からちゃんと言っておいたから。『グレースはただ、自分のセンスに自信がありすぎるだけなの。悪気はないから許してあげて』って」
広間にいた全員の視線が、私に突き刺さる。
一見すると、傲慢な従姉妹を必死に庇う、心優しい従姉妹の姿。
だが、その内容は「グレースは自分勝手で無神経だが、身内だから大目に見てやってほしい」という、最大級の侮辱だった。
「バレリー。あなたがスティーブ様に何を話そうと自由だけれど、私のことを勝手に代弁するのはやめてくださらない?」
私が冷ややかに告げると、バレリーは唇を震わせ、今にも泣き出しそうな瞳で周囲を見渡した。
「……ごめんなさい、グレース。私、また余計なことをしてしまったのね。あなたを助けたい一心だったのだけれど……。やっぱり、私みたいな従姉妹が口を出すなんて、不愉快だったわよね」
周囲から、一気に非難の声が上がる。
「なんて言い草だ」
「バレリー様があんなに庇ってくれているのに」
「高慢ちきな女」
逆転した真実。
私が彼女を守るために使ってきた金貨も、時間も、愛情も。
今、この瞬間、すべてが「私を傲慢な悪女として塗りつぶすためのペン」として彼女の手に握られている。
「……ええ。不愉快ですわ。ですから、もう二度と私に構わないで」
私はそれだけ言い残し、アナスタシアと共に広間を後にした。
背後でバレリーが「待って、グレース!」とわざとらしく呼び止める声が聞こえる。
その声に応える令嬢たちの「もう放っておきなさい、バレリー様。あんな人は、独りにしておくのが一番ですわ」という慰めの言葉も。
学園の中で、私は完璧に孤立した。
かつての取り巻きだった友人たちは、今やバレリーを中心に回っている。
けれど、私は回廊を歩きながら、ふっと口角を上げた。
( ああ、清々しいわ。これほどまでに見事に裏切ってくれるなんて)
バレリー、あなたはまだ知らない。
あなたのその「優しい気遣い」のせいで、私が今日から何を「やめる」ことにしたかを。
私は、自室の机の奥に眠っていた一冊の帳簿を取り出す。
そこには、バレリーが「無理やり押し付けられた」と泣いたドレスの、一着数万エスクードにも及ぶ領収書が整然と並んでいる。
私は羽ペンを手に取った。
これまで「贈り物」として記載していた項目の上に、一本の線を引く。
そして、その横に新しい項目を書き込んだ。
【未払い金:シシリア家への貸付金として計上】
私が彼女を飾るのをやめたとき、その「偽物の輝き」がどう剥がれ落ちていくか。
楽しみで、仕方がなかった。
_____________
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それを誰よりも熟知していたのは、私ではなくバレリーだったようだ。
「……あら、グレース様。こちらの席は『満席』ですわ」
学園の社交場。私がテーブルに近づこうとすると、かつてお茶を共にしていた令嬢たちが、あからさまに視線を逸らした。空いている椅子にはわざとらしくバッグが置かれ、私を拒絶する壁となっている。
私は、静かに扇を広げて口元を隠した。
原因は分かっている。
数日前から、バレリーが周囲にこう漏らしているのだ。
『グレースが、自分の好みを押し付けたカフスボタンをスティーブ様に無理やり贈ったの。スティーブ様が困っているのを見て、私、胸が痛くて……』
『私が選んだラピスラズリの方が似合うって、あんなに言ったのに。あの方は「私の言うことだけが正しいの」って笑うのよ』
嘘に嘘を塗り重ね、彼女は私を「愛する男にすら自分の好みを強要する、支配欲の塊」に仕立て上げた。
一方でバレリーは、スティーブを影で支える、思慮深く健気な女性として称賛を集めている。
「グレース様、あちらへ行きましょう」
唯一、私の隣にいてくれるのは、王太子妃内定者のアナスタシアだけだった。
彼女が私の腕を取り、堂々と中央のソファへ導くと、周囲の冷笑がわずかに収まる。公爵令嬢であり、将来の王太子妃である彼女を敵に回すほど、学園の生徒たちは愚かではない。
「……情けないわね。あんな見え透いた嘘に、踊らされるなんて」
アナスタシアが耳元で囁く。
だが、その彼女の助け舟すら、バレリーは毒に変えた。
バレリーは輪の中心で令嬢たちに囲まれながら、困ったような、それでいてひどく悲しげな顔でこちらを振り返った。
「グレース、無理しなくていいのよ……?」
彼女は駆け寄ってくることさえせず、その場で、あえて皆に聞こえるような通る声を出した。
桃色の髪を揺らし、私が買い与えた最高級のレースのドレスを優雅に纏ったまま、彼女は「可哀想な従姉妹を気遣う聖女」の役を完璧に演じ始めたのだ。
「アナスタシア様にまで気を使わせるなんて、グレースは本当に責任感が強いわね。でも、もう大丈夫よ。スティーブ様には、私からちゃんと言っておいたから。『グレースはただ、自分のセンスに自信がありすぎるだけなの。悪気はないから許してあげて』って」
広間にいた全員の視線が、私に突き刺さる。
一見すると、傲慢な従姉妹を必死に庇う、心優しい従姉妹の姿。
だが、その内容は「グレースは自分勝手で無神経だが、身内だから大目に見てやってほしい」という、最大級の侮辱だった。
「バレリー。あなたがスティーブ様に何を話そうと自由だけれど、私のことを勝手に代弁するのはやめてくださらない?」
私が冷ややかに告げると、バレリーは唇を震わせ、今にも泣き出しそうな瞳で周囲を見渡した。
「……ごめんなさい、グレース。私、また余計なことをしてしまったのね。あなたを助けたい一心だったのだけれど……。やっぱり、私みたいな従姉妹が口を出すなんて、不愉快だったわよね」
周囲から、一気に非難の声が上がる。
「なんて言い草だ」
「バレリー様があんなに庇ってくれているのに」
「高慢ちきな女」
逆転した真実。
私が彼女を守るために使ってきた金貨も、時間も、愛情も。
今、この瞬間、すべてが「私を傲慢な悪女として塗りつぶすためのペン」として彼女の手に握られている。
「……ええ。不愉快ですわ。ですから、もう二度と私に構わないで」
私はそれだけ言い残し、アナスタシアと共に広間を後にした。
背後でバレリーが「待って、グレース!」とわざとらしく呼び止める声が聞こえる。
その声に応える令嬢たちの「もう放っておきなさい、バレリー様。あんな人は、独りにしておくのが一番ですわ」という慰めの言葉も。
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けれど、私は回廊を歩きながら、ふっと口角を上げた。
( ああ、清々しいわ。これほどまでに見事に裏切ってくれるなんて)
バレリー、あなたはまだ知らない。
あなたのその「優しい気遣い」のせいで、私が今日から何を「やめる」ことにしたかを。
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私は羽ペンを手に取った。
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そして、その横に新しい項目を書き込んだ。
【未払い金:シシリア家への貸付金として計上】
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