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暴かれた秘密の領収書
エドワード殿下と出会った翌日から、私の周囲は目に見えない速さで動き始めた。
私は、父の執務室の隣にある図書室に籠り、膨大な量の書類と格闘していた。そこにあるのは、私が十歳の頃から付けていた日記代わりの小遣い帳と、侯爵家御用達の商会から取り寄せた過去十年分の「購入品控え」の写しである。
「……やはり、思った通りね」
私は、ある一点の数字を指でなぞり、冷たい溜息を吐いた。
バレリーに買い与えていたのは、ドレスや宝石だけではない。彼女の母、ビオレッタ叔母様……つまり、父の乳兄弟であるシモンおじ様の妻からも、折に触れて「バレリーの教育費が足りない」「バレリーに恥をかかせたくない」という名目で、多額の送金依頼が私の元へ届いていたのだ。
幼い頃の私は、それを「親戚同士の助け合い」だと信じて疑わなかった。
私が自由にできるポケットマネー、トルモン侯爵である父が、将来のパトリオット侯爵家当主夫人となる私に、金銭感覚を養わせるために与えていた莫大な資産から、それらは支払われていた。
だが、手元の商会の記録と、叔母様から届いた「おねだり」の手紙を照らし合わせると、奇妙な事実が浮かび上がってくる。
「バレリーに贈ったはずの『王都で三つとないエメラルドの耳飾り』。商会の記録では、私の小遣いから代金が支払われているけれど……バレリーが学園で付けているのは、それによく似た精巧な『模造品』だわ」
では、本物はどこへ行ったのか。
答えは簡単だ。シシリア子爵夫人が、自分の贅沢や借金の返済のために、私が贈った宝飾品を即座に質に入れ、あるいは売却していたのだ。
バレリーは、私が贈った本物を売った金で豪遊し、私の前では「グレースにお揃いを強要された」と嘆きながら、安価な模造品を身につけて被害者を演じていた。
一石二鳥、どころではない。彼女たちは私を、文字通り「金を生む木」として、根こそぎ食い荒らしていたのだ。
バタン、と力強く扉が開いた。
現れたのは、書類の束を抱えた兄パトリックだった。
「グレース、こっちも終わったぞ。エドワード殿下の監査官が協力してくれたおかげで、シシリア子爵家の裏帳簿が出た」
兄が机に叩きつけたのは、シモン子爵夫人が秘密裏に行っていた、怪しげな投資と多額の借財の記録だった。
「シシリア子爵夫人は、我が家の信頼を盾にして、各方面から『侯爵家が保証人だ』と嘘を吐いて金を借りまくっていた。その総額は、子爵家の領地を三回売り払っても返せないほどだ」
「……お父様と、シモンおじ様が知れば、血の涙を流されるわね」
「父上はまだ、彼を『兄弟』だと思っているからな。だが、事実は残酷だ。子爵夫人は、お前がバレリーに与える金を、自分の借金の利息払いに充てていた。……バレリー自身も、それを知っていてお前に取り入っていたんだよ」
兄の言葉に、私は静かに目を閉じた。
かつて庭園で泥だらけになって一緒に走り回った、あの純粋な時間は何だったのだろう。
私がバレリーの笑顔を守りたくて差し出した金貨は、彼女たちの欲望という名の溝に、虚しく消えていっただけだった。
「パトリック兄様。すべての領収書を、公証人の元で『貸付金』として再登録して。彼女たちは『無理やり押し付けられた』と公言しているのだから、これは私の贈与ではない。彼女たちの主張通り、私が『勝手に送ったもの』であれば、それは所有権の移転が完了していない不当な利益、あるいはシシリア家による横領になるわ」
「ああ。エドワード殿下のアドバイス通りだな。相手が『嫌がっていた』という嘘を逆手に取って、契約の無効を訴える。……グレース、お前は本当に恐ろしい妹だよ」
パトリックは皮肉げに笑ったが、その瞳には私への確かな信頼が宿っていた。
「卒業パーティーまで、あと一週間。バレリーは今頃、スティーブ様を完全に手に入れたと思って、最後の大博打に出る準備をしているはずだわ」
「大博打?」
「ええ。彼女のことだから、パーティーの場で私を徹底的に貶め、スティーブ様との婚約を破棄にさせた上で、自分の次のパトロン……いいえ、パトリオット侯爵夫人にふさわしいと、公衆の面前で認めさせるつもりでしょう」
私は手元の帳簿を、ゆっくりと閉じた。
表紙を撫でる指先に、これまでの十年間の重みが伝わってくる。
「彼女に、最高の舞台を用意してあげましょう。……彼女が身に纏うドレスも、宝石も、そしてその隣に立つ男も。すべてが、私という基盤の上に乗っているだけの『借り物』であることを、思い知らせてあげるために」
その日の午後、私はバレリーを自室に呼んだ。
彼女は、相変わらずの愛らしい笑顔で現れた。だがその腕には、以前の私なら気づかなかったであろう、安物の模造品のブレスレットが輝いている。
「グレース! 呼んでくれるなんて嬉しいわ。……もしかして、卒業パーティーで付けるティアラを、私に貸してくれる気になったの?」
「ええ、バレリー。あなたにふさわしい、最高の『贈り物』を用意したわ。当日、楽しみにしていてちょうだい」
私の言葉に、バレリーは「やっぱりグレースは優しいわ!」と、私の首に抱きついた。
その腕の冷たさを、私は忘れない。
バレリー。あなたが楽しみにしているそのティアラは、私の愛の証ではない。
あなたの家を、あなたの嘘を、そしてあなたの浅ましい夢を、一撃で粉砕するための、鋭利な刃なのよ。
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私は、父の執務室の隣にある図書室に籠り、膨大な量の書類と格闘していた。そこにあるのは、私が十歳の頃から付けていた日記代わりの小遣い帳と、侯爵家御用達の商会から取り寄せた過去十年分の「購入品控え」の写しである。
「……やはり、思った通りね」
私は、ある一点の数字を指でなぞり、冷たい溜息を吐いた。
バレリーに買い与えていたのは、ドレスや宝石だけではない。彼女の母、ビオレッタ叔母様……つまり、父の乳兄弟であるシモンおじ様の妻からも、折に触れて「バレリーの教育費が足りない」「バレリーに恥をかかせたくない」という名目で、多額の送金依頼が私の元へ届いていたのだ。
幼い頃の私は、それを「親戚同士の助け合い」だと信じて疑わなかった。
私が自由にできるポケットマネー、トルモン侯爵である父が、将来のパトリオット侯爵家当主夫人となる私に、金銭感覚を養わせるために与えていた莫大な資産から、それらは支払われていた。
だが、手元の商会の記録と、叔母様から届いた「おねだり」の手紙を照らし合わせると、奇妙な事実が浮かび上がってくる。
「バレリーに贈ったはずの『王都で三つとないエメラルドの耳飾り』。商会の記録では、私の小遣いから代金が支払われているけれど……バレリーが学園で付けているのは、それによく似た精巧な『模造品』だわ」
では、本物はどこへ行ったのか。
答えは簡単だ。シシリア子爵夫人が、自分の贅沢や借金の返済のために、私が贈った宝飾品を即座に質に入れ、あるいは売却していたのだ。
バレリーは、私が贈った本物を売った金で豪遊し、私の前では「グレースにお揃いを強要された」と嘆きながら、安価な模造品を身につけて被害者を演じていた。
一石二鳥、どころではない。彼女たちは私を、文字通り「金を生む木」として、根こそぎ食い荒らしていたのだ。
バタン、と力強く扉が開いた。
現れたのは、書類の束を抱えた兄パトリックだった。
「グレース、こっちも終わったぞ。エドワード殿下の監査官が協力してくれたおかげで、シシリア子爵家の裏帳簿が出た」
兄が机に叩きつけたのは、シモン子爵夫人が秘密裏に行っていた、怪しげな投資と多額の借財の記録だった。
「シシリア子爵夫人は、我が家の信頼を盾にして、各方面から『侯爵家が保証人だ』と嘘を吐いて金を借りまくっていた。その総額は、子爵家の領地を三回売り払っても返せないほどだ」
「……お父様と、シモンおじ様が知れば、血の涙を流されるわね」
「父上はまだ、彼を『兄弟』だと思っているからな。だが、事実は残酷だ。子爵夫人は、お前がバレリーに与える金を、自分の借金の利息払いに充てていた。……バレリー自身も、それを知っていてお前に取り入っていたんだよ」
兄の言葉に、私は静かに目を閉じた。
かつて庭園で泥だらけになって一緒に走り回った、あの純粋な時間は何だったのだろう。
私がバレリーの笑顔を守りたくて差し出した金貨は、彼女たちの欲望という名の溝に、虚しく消えていっただけだった。
「パトリック兄様。すべての領収書を、公証人の元で『貸付金』として再登録して。彼女たちは『無理やり押し付けられた』と公言しているのだから、これは私の贈与ではない。彼女たちの主張通り、私が『勝手に送ったもの』であれば、それは所有権の移転が完了していない不当な利益、あるいはシシリア家による横領になるわ」
「ああ。エドワード殿下のアドバイス通りだな。相手が『嫌がっていた』という嘘を逆手に取って、契約の無効を訴える。……グレース、お前は本当に恐ろしい妹だよ」
パトリックは皮肉げに笑ったが、その瞳には私への確かな信頼が宿っていた。
「卒業パーティーまで、あと一週間。バレリーは今頃、スティーブ様を完全に手に入れたと思って、最後の大博打に出る準備をしているはずだわ」
「大博打?」
「ええ。彼女のことだから、パーティーの場で私を徹底的に貶め、スティーブ様との婚約を破棄にさせた上で、自分の次のパトロン……いいえ、パトリオット侯爵夫人にふさわしいと、公衆の面前で認めさせるつもりでしょう」
私は手元の帳簿を、ゆっくりと閉じた。
表紙を撫でる指先に、これまでの十年間の重みが伝わってくる。
「彼女に、最高の舞台を用意してあげましょう。……彼女が身に纏うドレスも、宝石も、そしてその隣に立つ男も。すべてが、私という基盤の上に乗っているだけの『借り物』であることを、思い知らせてあげるために」
その日の午後、私はバレリーを自室に呼んだ。
彼女は、相変わらずの愛らしい笑顔で現れた。だがその腕には、以前の私なら気づかなかったであろう、安物の模造品のブレスレットが輝いている。
「グレース! 呼んでくれるなんて嬉しいわ。……もしかして、卒業パーティーで付けるティアラを、私に貸してくれる気になったの?」
「ええ、バレリー。あなたにふさわしい、最高の『贈り物』を用意したわ。当日、楽しみにしていてちょうだい」
私の言葉に、バレリーは「やっぱりグレースは優しいわ!」と、私の首に抱きついた。
その腕の冷たさを、私は忘れない。
バレリー。あなたが楽しみにしているそのティアラは、私の愛の証ではない。
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