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不器用な騎士の誓い
王女を乗せた馬車の音が遠ざかり、王宮に静寂が戻った夜。フォックス侯爵邸の主寝室では、外の静けさとは裏腹に、張り詰めた空気が流れていた。
ジュリエットは、柔らかな月光に縁取られた窓辺で、薄絹のナイトドレスを纏い立ち尽くしていた。キャンドルの炎が揺れ、彼女の白い肌とエメラルドの瞳を妖しく、かつ神々しく照らし出している。
そこへ、ようやく全ての呪縛から解き放たれたエリックが足を踏み入れた。
「……ジュリエット。話を聞いてくれ」
エリックの声は震えていた。彼は、先日突きつけられた「白い結婚」という宣告を、今この場で粉砕しなければならなかった。
「アレクシア殿下は、僕にとってあくまで守るべき主君だった。そこに恋愛感情など、ただの一片も存在しない。不敬を承知で言えば、彼女の執着を疎ましく思うことはあっても、恋しいと思ったことなど一度もないんだ!」
ジュリエットが何かを言いかけようとするのを、彼は切実な言葉で遮った。
「学園時代から、僕は君だけを見ていた。生徒会で毅然と公務に励む君の姿、凛としたその横顔に、ずっと心を奪われていたんだ。王命が下ったとき、不謹慎にも僕は喜んでしまった……これで君を独占できると。それなのに、僕の不甲斐なさが君を傷つけ、絶望させてしまった」
エリックは一歩詰め寄り、ジュリエットの細い肩を抱き寄せた。
「お願いだ、ジュリエット。僕たちの初めての夜を、もう一度やり直させてほしい。君を愛している。心から、君だけを……」
至近距離で愛を囁かれ、ジュリエットは顔を赤らめて夫を見上げた。
窓から差し込む青白い月光と、温かなキャンドルの光が混じり合い、彼女の美しさを際立たせている。その姿はまさに、地上に降り立った愛の女神のようであった。
「……エリック、様……」
その瞬間だった。
感動的な夜の余韻をぶち壊すように、エリックが急に顔を背け、鼻を押さえてうずくまった。
「エリック様!? 鼻血が! 大丈夫でございますか!? 誰か! 誰か来てちょうだい!」
「だ、大丈夫だジュリエット! 少し待ってくれれば、収まるはずだから……っ!」
しかし、彼の指の間からは無情にも鮮血が滴り落ちる。
騒ぎを聞きつけた侍女が、何とも言えない、非常に「都合の悪そうな」表情を浮かべておずおずと入室してきた。
「……旦那様、一度お召替えを……」
無言のまま、エリックは侍女に伴われ、真っ赤に染まった布で鼻を抑えたまま寝室を後にした。
半刻ほど経った頃。
ようやく止血を終え、身なりを整えたエリックが戻ってきた。その表情は、先ほどの情熱的な騎士とは打って変わって、消え入りたいほどに気まずそうであった。
「すまない、ジュリエット。……あまりにも、その……月光とキャンドルに照らされた君が美しくて。本当に女神のようで、我を失ってしまったんだ」
「まあ。……ふふっ。そんな風に言っていただけるなんて、少し恥ずかしいですわ」
ジュリエットは小さく吹き出した。その柔らかな笑みを見て、エリックはようやく固まっていた肩の力を抜いた。彼は改めて彼女の前に跪き、その白く細い手を取った。
「ジュリエット。改めて、仕切り直させてくれ」
「はい」
「ジュリエット・フォックス。君のことが好きだ。学園時代から、ずっと君に惚れている。僕が言葉足らずで、不器用で、君には辛い思いばかりさせてしまったが……改めて、やり直させて欲しい。これから一生をかけて、全力で君を愛し抜くと誓う。愛しているんだ、ジュリエット」
ジュリエットの瞳に、今度は悲しみの涙ではなく、幸福な光が宿った。彼女はそっとエリックの頬に手を添え、優しく微笑んだ。
「はい。……私も、ずっとエリック様を愛しておりました。どうぞ、これからよろしくお願いいたします」
重なり合った二人の影が、月明かりの下で一つに溶けていく。
閉ざされていた寝室の扉は、今度こそ二人を祝福するために、静かに、そして固く閉じられた。
こうして、二人の本当の、甘く熱い夜が始まった。
__________
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ジュリエットは、柔らかな月光に縁取られた窓辺で、薄絹のナイトドレスを纏い立ち尽くしていた。キャンドルの炎が揺れ、彼女の白い肌とエメラルドの瞳を妖しく、かつ神々しく照らし出している。
そこへ、ようやく全ての呪縛から解き放たれたエリックが足を踏み入れた。
「……ジュリエット。話を聞いてくれ」
エリックの声は震えていた。彼は、先日突きつけられた「白い結婚」という宣告を、今この場で粉砕しなければならなかった。
「アレクシア殿下は、僕にとってあくまで守るべき主君だった。そこに恋愛感情など、ただの一片も存在しない。不敬を承知で言えば、彼女の執着を疎ましく思うことはあっても、恋しいと思ったことなど一度もないんだ!」
ジュリエットが何かを言いかけようとするのを、彼は切実な言葉で遮った。
「学園時代から、僕は君だけを見ていた。生徒会で毅然と公務に励む君の姿、凛としたその横顔に、ずっと心を奪われていたんだ。王命が下ったとき、不謹慎にも僕は喜んでしまった……これで君を独占できると。それなのに、僕の不甲斐なさが君を傷つけ、絶望させてしまった」
エリックは一歩詰め寄り、ジュリエットの細い肩を抱き寄せた。
「お願いだ、ジュリエット。僕たちの初めての夜を、もう一度やり直させてほしい。君を愛している。心から、君だけを……」
至近距離で愛を囁かれ、ジュリエットは顔を赤らめて夫を見上げた。
窓から差し込む青白い月光と、温かなキャンドルの光が混じり合い、彼女の美しさを際立たせている。その姿はまさに、地上に降り立った愛の女神のようであった。
「……エリック、様……」
その瞬間だった。
感動的な夜の余韻をぶち壊すように、エリックが急に顔を背け、鼻を押さえてうずくまった。
「エリック様!? 鼻血が! 大丈夫でございますか!? 誰か! 誰か来てちょうだい!」
「だ、大丈夫だジュリエット! 少し待ってくれれば、収まるはずだから……っ!」
しかし、彼の指の間からは無情にも鮮血が滴り落ちる。
騒ぎを聞きつけた侍女が、何とも言えない、非常に「都合の悪そうな」表情を浮かべておずおずと入室してきた。
「……旦那様、一度お召替えを……」
無言のまま、エリックは侍女に伴われ、真っ赤に染まった布で鼻を抑えたまま寝室を後にした。
半刻ほど経った頃。
ようやく止血を終え、身なりを整えたエリックが戻ってきた。その表情は、先ほどの情熱的な騎士とは打って変わって、消え入りたいほどに気まずそうであった。
「すまない、ジュリエット。……あまりにも、その……月光とキャンドルに照らされた君が美しくて。本当に女神のようで、我を失ってしまったんだ」
「まあ。……ふふっ。そんな風に言っていただけるなんて、少し恥ずかしいですわ」
ジュリエットは小さく吹き出した。その柔らかな笑みを見て、エリックはようやく固まっていた肩の力を抜いた。彼は改めて彼女の前に跪き、その白く細い手を取った。
「ジュリエット。改めて、仕切り直させてくれ」
「はい」
「ジュリエット・フォックス。君のことが好きだ。学園時代から、ずっと君に惚れている。僕が言葉足らずで、不器用で、君には辛い思いばかりさせてしまったが……改めて、やり直させて欲しい。これから一生をかけて、全力で君を愛し抜くと誓う。愛しているんだ、ジュリエット」
ジュリエットの瞳に、今度は悲しみの涙ではなく、幸福な光が宿った。彼女はそっとエリックの頬に手を添え、優しく微笑んだ。
「はい。……私も、ずっとエリック様を愛しておりました。どうぞ、これからよろしくお願いいたします」
重なり合った二人の影が、月明かりの下で一つに溶けていく。
閉ざされていた寝室の扉は、今度こそ二人を祝福するために、静かに、そして固く閉じられた。
こうして、二人の本当の、甘く熱い夜が始まった。
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