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お茶会の残酷な真実
スワロフ侯爵家の朝食会は、いつだって「完璧な長女」を愛でるための儀式だった。
「カサンドラ、来週のお茶会の主催もあなたに任せるわね。あなたが開くお茶会はいつも趣向が凝らされていて評判が良いもの。お母様、友人たちに会うたびに鼻が高いわ」
母ミランダが、とろけるような笑顔でカサンドラを見つめる。父フィリップも満足げに頷いた。
「全くだ。カサンドラのおかげで、私も同僚の貴族たちから羨ましがられて誇らしいよ。我が家の至宝だね」
「まあ、お父様もお母様も。わたくし、皆様に喜んでいただきたくて一生懸命考えているだけですのよ。ねえ、ジェニファー?」
カサンドラが、ふいになんの屈託もない顔で私に同意を求めてくる。
私は黙ってパンを口に運んだ。
招待状の文面を考え、季節に合わせた茶葉を厳選し、庭師と打ち合わせて会場の配置図を引いたのは、すべて私だ。姉はただ、完成した計画書を眺めて「あら、いいじゃない」と言っただけ。
この食卓に、私の居場所はない。
両親の視線は、初めから私を通り過ぎている。
唯一、兄のピエールだけが、感情の読めない瞳で黙々と食事を続けていた。彼はこの「茶番」に加わりもしないが、私を助けてくれることもない。
そして当日。
侯爵家の庭園は、色とりどりの花と、着飾った貴婦人たちの香油の香りに包まれていた。
「カサンドラ様! まあ、なんて素晴らしい趣向ですの。このお菓子、最新の流行を取り入れつつも、お茶の香りを引き立てる絶妙な甘さですわね!」
「本当ですわ! テーブルクロスの刺繍と、飾られた花の色味が完璧に調和しております。流石はカサンドラ様、類まれなる発想力ですわ」
夫人たちの賞賛の嵐に、カサンドラは頬を染めて、可憐に微笑んだ。
「あら、ありがとうございます。皆様に楽しんでいただきたくて、夜も眠れずに趣向を凝らしましたの。……ホホホ、喜んでいただけて、苦労した甲斐がありましたわ」
その「眠れなかった」はずの夜、姉はエミリオ様へ宛てる情熱的な恋文を私に代筆させていた。私はその後も、睡魔と戦いながらお茶会の手配書を完成させていたというのに。
すると、一人の夫人が、影のようにティーポットを持って控えていた私に冷ややかな視線を向けた。
「それにしても、妹のジェニファー様は……少しはお姉様をお手伝いすればよろしいのに。今日もただ突っ立っているだけ。お姉様がお忙しい中、のんびりできて羨ましいですわね」
「本当ですわ。お姉様がこうも優秀だと、ああも無能……いえ、平凡になってしまうのかしら」
クスクスという品のない笑い声が広がる。
私は指先が白くなるほどトレイを握りしめた。すると、カサンドラが待ってましたと言わんばかりに、私の肩に優しく手を置いた。
「まあ、皆様。そうおっしゃらないでくださいな。ジェニファーは……その、不器用で、何をさせても失敗ばかりしてしまう子なのです。でも、わたくしにとっては唯一の可愛い妹。至らないところは、姉であるわたくしが全て補ってあげればいいのですわ」
「まあ! カサンドラ様、なんてお優しい……!」
「ああ、ジェニファー様はお幸せですわね。こんなに完璧で慈悲深いお姉様がいらして」
……ああ、またこれだ。
姉が「聖女」を演じるための踏み台にされる。
私が必死に積み上げた努力は、すべて姉の「優しさ」を際立たせるためのスパイスに変換されていく。
「ジェニファー、顔色が悪いわよ? あとはわたくしがやっておくから、あなたは下がって休んでいなさい。皆さんに失礼でしょう?」
カサンドラの瞳が、一瞬だけ勝ち誇ったように細められた。
私は静かに頭を下げ、その場を辞した。
(――はい、お姉様。あとはどうぞ、お一人で)
心の中で冷たく呟く。
今日のお茶会のために私が用意した茶葉の銘柄も、独自の配合も、姉は何も知らない。
それでも周囲は「流石はカサンドラ様」と姉を褒めそやし、華やかなお茶会の噂だけが独り歩きしていく。
冷たく強い風が、ジェニファーの背中を追い立てるように吹き抜けた。まるで、未練など捨てて早く行けと急かされているかのように。
__________
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「カサンドラ、来週のお茶会の主催もあなたに任せるわね。あなたが開くお茶会はいつも趣向が凝らされていて評判が良いもの。お母様、友人たちに会うたびに鼻が高いわ」
母ミランダが、とろけるような笑顔でカサンドラを見つめる。父フィリップも満足げに頷いた。
「全くだ。カサンドラのおかげで、私も同僚の貴族たちから羨ましがられて誇らしいよ。我が家の至宝だね」
「まあ、お父様もお母様も。わたくし、皆様に喜んでいただきたくて一生懸命考えているだけですのよ。ねえ、ジェニファー?」
カサンドラが、ふいになんの屈託もない顔で私に同意を求めてくる。
私は黙ってパンを口に運んだ。
招待状の文面を考え、季節に合わせた茶葉を厳選し、庭師と打ち合わせて会場の配置図を引いたのは、すべて私だ。姉はただ、完成した計画書を眺めて「あら、いいじゃない」と言っただけ。
この食卓に、私の居場所はない。
両親の視線は、初めから私を通り過ぎている。
唯一、兄のピエールだけが、感情の読めない瞳で黙々と食事を続けていた。彼はこの「茶番」に加わりもしないが、私を助けてくれることもない。
そして当日。
侯爵家の庭園は、色とりどりの花と、着飾った貴婦人たちの香油の香りに包まれていた。
「カサンドラ様! まあ、なんて素晴らしい趣向ですの。このお菓子、最新の流行を取り入れつつも、お茶の香りを引き立てる絶妙な甘さですわね!」
「本当ですわ! テーブルクロスの刺繍と、飾られた花の色味が完璧に調和しております。流石はカサンドラ様、類まれなる発想力ですわ」
夫人たちの賞賛の嵐に、カサンドラは頬を染めて、可憐に微笑んだ。
「あら、ありがとうございます。皆様に楽しんでいただきたくて、夜も眠れずに趣向を凝らしましたの。……ホホホ、喜んでいただけて、苦労した甲斐がありましたわ」
その「眠れなかった」はずの夜、姉はエミリオ様へ宛てる情熱的な恋文を私に代筆させていた。私はその後も、睡魔と戦いながらお茶会の手配書を完成させていたというのに。
すると、一人の夫人が、影のようにティーポットを持って控えていた私に冷ややかな視線を向けた。
「それにしても、妹のジェニファー様は……少しはお姉様をお手伝いすればよろしいのに。今日もただ突っ立っているだけ。お姉様がお忙しい中、のんびりできて羨ましいですわね」
「本当ですわ。お姉様がこうも優秀だと、ああも無能……いえ、平凡になってしまうのかしら」
クスクスという品のない笑い声が広がる。
私は指先が白くなるほどトレイを握りしめた。すると、カサンドラが待ってましたと言わんばかりに、私の肩に優しく手を置いた。
「まあ、皆様。そうおっしゃらないでくださいな。ジェニファーは……その、不器用で、何をさせても失敗ばかりしてしまう子なのです。でも、わたくしにとっては唯一の可愛い妹。至らないところは、姉であるわたくしが全て補ってあげればいいのですわ」
「まあ! カサンドラ様、なんてお優しい……!」
「ああ、ジェニファー様はお幸せですわね。こんなに完璧で慈悲深いお姉様がいらして」
……ああ、またこれだ。
姉が「聖女」を演じるための踏み台にされる。
私が必死に積み上げた努力は、すべて姉の「優しさ」を際立たせるためのスパイスに変換されていく。
「ジェニファー、顔色が悪いわよ? あとはわたくしがやっておくから、あなたは下がって休んでいなさい。皆さんに失礼でしょう?」
カサンドラの瞳が、一瞬だけ勝ち誇ったように細められた。
私は静かに頭を下げ、その場を辞した。
(――はい、お姉様。あとはどうぞ、お一人で)
心の中で冷たく呟く。
今日のお茶会のために私が用意した茶葉の銘柄も、独自の配合も、姉は何も知らない。
それでも周囲は「流石はカサンドラ様」と姉を褒めそやし、華やかなお茶会の噂だけが独り歩きしていく。
冷たく強い風が、ジェニファーの背中を追い立てるように吹き抜けた。まるで、未練など捨てて早く行けと急かされているかのように。
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